第35話 媒体たちの目覚め
月曜の朝、教室はざわついていた。
週末明けの倦怠感とは違う、何かざらついた空気が教室のあちこちに漂っている。
ひなたは、自分に向けられる視線の増加にすぐ気づいた。
明確に注目されているというより、“記憶の端に引っかかる存在”のような目線。
(……気づいてる? いや、“思い出してる”だけ?)
春日の言葉が頭をよぎる。
「夢の中で、あなたが語ってた」
もう、言葉は不要だった。
“夢”という回路で、ひなたの言葉が他者へと渡っている。
ただの幻覚ではない。語られた内容は思い出せなくとも、“語った”という感触だけは鮮明に残る。
それは、感染の記憶だ。
昼休み、春日がそっと近づいてくる。
「また増えてる。たぶん、六人目。……もう止められないんじゃない?」
「……でも、私には記憶がない。そんなこと言った覚えも、夢を見た覚えもない。
それなのに、私の“声”で誰かが語らされてる……」
「それってつまり、ひなた自身が“語る”んじゃなくて、もう“語らされる構造”に組み込まれてるってことじゃない?」
春日の言葉に、ひなたは反論できなかった。
まるで舞台の中央に立たされ、知らないうちに台詞を喋らされているような感覚。
そのとき、教室のスピーカーがノイズ交じりにざらついた音を立てた。
放送の予定はないはずだった。誰もが耳をそばだてる。
しかし、そこから流れたのは、放送とは呼べない“何か”だった。
「語ってはいけない。語らせてはいけない。でも、あなたは知っている。知った時点で、それはもう、始まっている」
女子生徒の声。
けれど、その声は明らかに、ひなた自身のものだった。
教室が凍りつく。
「え、今の……朝倉?」
「録音? ドッキリ……?」
ざわつく声の中、ひなたは言葉を失っていた。
それは本人すら記憶にない“録音”だった。
だが、声は間違いなく彼女のものだった。
誰かが操作したわけではない。
放送室は無人だったと、のちに確認された。
ログも残っていなかった。発信元不明、録音データなし。
それでも、確かに“声”は届いた。
──学校という“媒体”すら、語りの構造に組み込まれ始めている。
「ひなた。理久くんに言ったほうがいい。あの人、なんだかんだで、言葉の構造とか、そういうの詳しいでしょ?」
「……ダメ。彼はもう、語れない。あの時、自分の中で終わらせたから。あれ以上巻き込んだら……今度こそ、本当に戻ってこられなくなるかもしれない」
ひなたは俯きながら呟いた。
語りを止めるために、理久は“語られる者”になった。
そして今、ひなたは“語らせる者”になろうとしている。
──もう一度だけ、“語り”に戻るべきなのか。
それとも、すべてを黙殺するべきなのか。
その選択のときが、迫っていた。
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