第34話 夢の中の言葉
春日の言葉は冗談には聞こえなかった。
いや、冗談であってほしかった。
「……本当に、わたしの声だった?」
「うん。抑揚も、喋り方も。いつも朝倉さんが話してる声そのまま。でも、喋ってる内容は……ぜんぜん思い出せない。夢なのに、怖いくらいリアルで、気づいたら汗びっしょりで起きてて……」
ひなたはその場に座り込んだ。まるで頭の中に霧がかかったように、思考が追いつかない。
自分が、誰かの夢に現れて“語っている”。
本人の自覚とは無関係に、“夢”という媒体で物語が拡張している。
「他にも……いたりする? わたしの声を聞いたって子」
「二人。三年の先輩と、隣のクラスの男子。どっちも、同じこと言ってた。“夢の中で朝倉さんが何かを語っていた。でも内容は覚えてない”って。そしてみんな共通して、目が覚めたときに“箱”の映像が頭に浮かんだって……」
ひなたはぞっとした。
──夢で“語る”。そして目覚めと同時に“思い出す”。
その記憶に“言葉”はないのに、“映像”だけが残っている。
映像と記憶。それが新たな語りのトリガー。
それはもはや、会話やSNSのような媒体を通す必要がない。
“見た”という体験だけで、感染は成立するのだ。
「これって、もう理久の言ってた“構文”とか、そういうレベルじゃない……」
ひなたは口元を手で覆い、呼吸を整えた。
自分が“語らせている”。
でも、それは意図的なものじゃない。
“語ることを禁じられた語り手”が、意図せず別の回路で語りを拡張している。
その瞬間、スマホが震えた。
画面を見ると、理久からの通知──ではなかった。
件名:なし
差出人:UNKNOWN
添付:動画ファイル(18秒)
恐る恐る再生すると、真っ暗な画面に音だけが流れた。
それは──ひなたの声だった。
「この箱はね、“語ること”そのものが目的なんだよ。誰かに話したくなる。知ってるって言いたくなる。気づくと、口に出してる。 それがこの箱の正体。“誰かを通して語らせる”。 だから、もう止められないの。私たちは、ただの媒体なんだよ」
その声に、ひなたは崩れ落ちた。
自分が言った覚えのない言葉。
でも、紛れもない自分の声。
そしてその言葉の意味が、まっすぐに心を刺してくる。
──私はもう、語らされている。
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