第32話 “知ってる”という呪い
スマホの画面に浮かび上がった木箱の写真は、見覚えのある形だった。
黒ずんだ木肌。鋲のような金具。節のような、目のような──
ひなたは、画面を手のひらでそっと覆った。
それだけで、心臓の鼓動が速くなる。
「ねえ、この箱、知ってる?」
たったそれだけの文字列。送り主は不明。
アイコンも名前も、DMの履歴さえ存在しない。まるで、そこに何もなかったかのように表示されている。
削除しようとして、手を止めた。
スクリーンの隅に、“開封済み”の文字が浮かんでいた。
「……見た時点で、アウト……」
ひなたはスマホを伏せ、深く息をついた。
“語らなければ終わる”はずの物語が、誰かの“知っている”という意識を通して、またひらかれてしまった。
すぐに理久に連絡しようとしたが、指が止まる。
あれから、彼は一度もこの話題に触れていない。いや、“触れられない”のだ。
──彼の中で、物語は終わっている。
なら、自分がこの“再開”を引き受けるしかない。
決意を固めたひなたは、翌朝、図書館へ向かった。
目指すのは、以前理久が調べていた「呪術的伝承構造」についての記述がある専門書。
人文社会系の資料室はひどく静かで、異様に湿った紙の匂いが漂っていた。
『言語霊性と構造災禍』──
理久が読んでいた分厚い本の該当章を開くと、そこにはこう書かれていた。
“語られることで成立する概念体系は、記憶に宿る構造を伴って反復される。
それは単なる伝承ではなく、語られたことを知ること自体が再演となる。”
(p.134)
──語ったわけじゃない。
でも、思い出した。知っていた。
それだけで“再演”になる。
ページをめくる手が震える。
> “一度でも“知った”存在は、発話によらずとも再出現の器となる。特に、名称を媒介にしない構造的呪物は、記号よりも記憶を優先する。”
つまり──
語らなかったのに、なぜ戻ってきたのか。
その理由が、今このページの中にある。
「記憶が、呪いの媒体になった……」
ひなたは呟き、そしてすぐに口を押さえた。
声に出した。それだけで、輪が回る。
館内の静寂に、ひなたの呼吸音が異様に大きく感じられる。
そのとき。
ふいに、カウンターの奥から書架の影に人の気配を感じた。
そちらを振り向くと、女子生徒が一人、じっとこちらを見ていた。
制服姿。どこか見覚えのある顔。
その生徒は、ゆっくりと近づき──そしてひなたに問うた。
「ねえ、朝倉さん。“あの箱”って、あなたが投稿したんだよね?」
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