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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第2章 ウブカタバコ ―言葉にしてはいけない箱―

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第26話 箱の名前は

 翌朝、教室に入るなり、ひなたはみなとに声をかけた。


 「ねえ、昨日の箱。名前って聞いてる?」


 みなとは一瞬戸惑い、きょろきょろと周囲を見回したあと、小さく頷いた。


 「兄が言ってた……“ウブカタバコ”って。漢字は知らないけど、なんか昔の家系の名前って言ってた」


 「“ウブカタ”……?」


 響きにどこか湿ったものを感じる。ぬめりのような、呼びにくさのある音。


「その名前、昨日理久にも聞いたけど、たぶん、かなり古い。記録にもあまり残ってない」


 「じゃあ、どこから来た名前なの?」


 「兄の友達が最初に言い出したらしいけど……誰が最初に“そう呼んだか”は、もうわかんないって」


 「名前の出所がわからないって、ちょっと怖くない?」


 授業のチャイムが鳴るなか、みなとはそれ以上言おうとせず、席へと戻っていった。


 ひなたはノートを開いたものの、頭に入ってくるのは「ウブカタバコ」という言葉だけだった。


 ──それは、“存在の出所”すら曖昧な何か。


 名づけが先にあり、物体があとから引きずられて生まれてくるような、奇妙な順序。


 放課後、ひなたは理久と再び例のベンチに腰かけた。


 彼は何冊かの古書とタブレットを手に、文献をめくっていた。


 「ウブカタという姓は、過去にいくつかの地方豪族に見られる。特に北中部に偏ってるな。興味深いのは、“この姓が記録上、どこからも発祥してない”ことだ」


 「……名字って、普通どこかの地名とか由来があるんじゃないの?」


 「ああ、でもこれは違う。まるで“消された名前”みたいに、分布が断絶してる。途中からポツポツと出現して、そして突然消えてる。まるで……」


「“語ることが許されなくなった”?」


 理久はひなたを見る。その目は、彼女が核心に触れたことを確信しているようだった。


「そう。名前そのものが“語りの構造”を持ってる。おそらく、語られることで何かが連鎖するタイプだ」


「……それって、もう私、アウトじゃない?」


「まだ“構造が確立してない”段階だ。おそらく今は、接触フェーズにあるだけだ。ただ、これ以上広めたら、どこかで“語る主体”が固定される可能性がある」


 その言葉の意味がすぐにはわからず、ひなたはスマホを取り出した。


 昨日スクショした画像。


 今朝見たときよりも、色調が明らかに濃くなっている。木目の中に、黒ずんだ節のような“目”が見える気がした。


「……これって、昨日と違うよね?」


 理久がスマホを覗き込み、一言呟く。


「変化してる。お前が語ったことによって、“意味”が強くなった。つまり──」


 彼が言いかけたその瞬間、背後の非常階段を誰かが駆け上がる音がした。


「朝倉さん、いる!?」


 現れたのは、みなとだった。息を切らし、何かに怯えた表情でスマホを差し出す。


「さっきの……兄の部屋。撮ったら、勝手に通知が出たの。“@Ubk_Box”ってアカウントが、写真にタグ付けしてたの……!」


 理久が眉をしかめた。


「そんなアカウント、昨日までは存在してなかった」


「タグ付けって、誰がやったの?」


「……誰でもない。鍵垢でもない。たぶん、“語られた箱自身”だ」




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