第14話 くちばはら駅/再踏
夜明け前。空はまだ青白く、電車は始発すら走っていない。
ひなたと理久は、来練駅のホームにいた。
前回と同じ無人駅。IC専用の改札、自販機一台、誰もいないベンチ。
だが、理久は目を凝らす。
「……微妙に、違う」
「え?」
「構造だ。ホームの端。前は、階段が“ひとつ”だった」
理久が指をさす。そこには確かに、“もう一本”の階段が見える。しかもその先は──地図にない道。
ふたりは言葉を交わさず、階段を降りた。
そこに広がっていたのは、舗装されていない砂利道。
雑木林を抜けた先に、平屋の廃駅舎のような建物があった。
錆びた看板に、黒ずんだ文字が見える。
『くちばはら駅』
「……これ、普通のマップには載ってなかったよね」
「ああ。来練駅の支線なんて、そもそも存在しないはずだった」
理久はスマホの電源を切った。《Whispr》に視点を与えないためだ。
ひなたも、それに倣う。
「ここが……始まり?」
その問いに理久は答えず、駅舎の扉を押した。
内部は埃っぽく、誰も使っていない公民館のような空気が漂っていた。
掲示板、ベンチ、割れた券売機、そして──床に散らばる紙片。
ひなたが一枚拾い、めくった。
「……ログ……?」
そこには、印刷されたSNSの投稿が並んでいた。
見覚えのある文体。
「電車を降りた。知らない駅名。ちょっと怖いけど、歩いてみる」
「出口が見つからない」
「人影。……誰かが、いる……?」
「ユイ……」
ひなたの声が震える。
この駅舎全体が、“過去の語り手たちのログ”の物理的な墓場になっていた。
理久は、奥の張り紙に目を留めた。
古びたクラフト紙の中央に、大きな手書き文字。
【語るな。見せるな。繰り返すな】
「……これが、語りの断絶条件だ」
《Whispr》は語りたがる。感情、行動、推理、発見、結末。
それを与えれば物語になる。ならば──意味のない再訪を繰り返せば、“語れない現実”が生まれる。
理久はベンチに座り、何も言わず、何もせず、時間を潰し始めた。
ひなたも、最初は戸惑ったが、やがて同じように動くのをやめた。
言葉を交わさない。
探索しない。
調べない。
実況を成立させない、ただの“存在”になる。
十分後──スマホのバイブが震えた。
だが、画面には何の通知も表示されていなかった。
「……きた」
「何が?」
「ログが、止まった。視点を与えていない状態が成立した。
今、この駅には、“誰も語っていない”」
そのとき──
廃駅舎の奥から、微かな足音が響いた。
理久とひなたは、顔を見合わせる。
物語は止まった。
語りも実況も、もう書かれない。
なのに──
“誰か”が、こちらに向かって歩いてくる。
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