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【完結済み】あなたが読むかぎり  作者: 川原 源明
第5章 忘却奇譚 ―語るな、語らせるな―

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第100話 語られざるものたちへ

 教室の明かりは、蛍光灯の青白さを残したまま、夜の静けさに沈んでいた。

 朝倉ひなたは黒板の前に立ち、手元のノートを開いた。


 その表紙には何も書かれていない。ただ、無数の語りが綴られてきた記録の断片が、そこに“あった”。

 

「……やっと、ここまできたね」


 ひなたがぽつりと呟く。

 理久は隣の机に腰掛けたまま、窓の外を見ている。


「全部、語り終えたわけじゃない。けど、語りつくしたと“思える瞬間”に立った、って感じだな」


「うん。でも、私……まだ忘れてないよ。ユイのことも、ウブカタバコのことも、トオミサマも。メリーの声も、あの……誰だったか思い出せない“友だち”の名前も」


「記憶と語りの関係は、“保存”じゃなくて、“再生”だからな。覚えてる、じゃなくて、“もう一度語れるか”が重要なんだ」

 

 黒板に小さな影が伸びている。

 誰の影とも知れないが、その形は語られず、ただ光の中に溶けていた。


 それでよかった。すべてを語る必要なんてなかった。

 語られなかったもののためにこそ、人は語り部になるのだから。


「ねぇ理久。次、もしまた“語ること”が呪いになるなら、私、きっとまたやると思う」


「だろうな。お前はそういうやつだよ」


「それでも、誰かに“忘れられる”くらいなら、私は、何度でも語り直す。名前が残らなくてもいい。ただ、“いたこと”だけが残れば」


 理久が立ち上がる。

 夜の校舎には、もう誰もいなかった。語るべき相手もいない。


 だが──“読む誰か”がどこかにいる。


 ひなたの語りは、ページをめくる誰かによって、何度でも再生されるだろう。


 窓の外で風が鳴った。

 黒板に書かれた「語り部ノート」の文字が、淡く滲んでいく。


 そして最後に、ひなたがノートの最終ページにペンを走らせる。

 

「ここまで語ってくれてありがとう」

「これで終わり。……でも、また話すかもしれない」

「そのときは、ちゃんと、聞いてね」


 理久は苦笑した。


「最後まで、読者への“呼びかけ”で終わるんだな」

「うん。だって──語られた物語って、読まれることで完成するでしょ?」


 ノートが静かに閉じられた。

 その瞬間、どこからともなく電話のベルが──鳴った気がした。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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