8.桑田康介
丁度、マロウドの目の前について、時子と別れを告げようとした時だった。
「おーい、一平!」
遠くから、誰かの呼ぶ声がして染谷は振り向いた。
「おお、康介か。来るなら言ってくれよ」
「済まない。今朝急に新幹線でこっちに戻る事になったので」
それは、大学の友人で同じ古銭収集を趣味としている康介であった。康介は、大学を卒業してから、ブクブクと太り始めていた。きっと酒のせいだろう。大学に入学して初めて知り合った頃は、飄々として、人間臭さの無い男前な奴だったが、しばらくして一人前に酒の飲み方を覚え、別人のようになっていた。今は、東京の出版社で働いており、地元の京都には年に数回帰るのみとなっていた。
康介は、息を荒らげながらこちらへ駆け寄ってきた。
「探したよ。マロウドにいるかと思って市江さんに聞いたら、さっきどこかへ出かけたって言うし」
康介は、珍しい物でも見るような目つきで、時子を見るとこう言い放った。
「この子が、あの?」
「そう、名前は時子ちゃん」
康介には一通り時子のことを電話で話してあった。
「はじめまして。桑田康介といいます」
時子は大柄なその男を前にして、明らかに委縮していた。
「時子ちゃん、この人は信頼の置ける人だから大丈夫だよ」
「大柄な男。悪党の顔をしている。染谷さんこの人は悪代官なのではないか」
「悪いのは肝臓だけだよ」と康介は冗談を言って笑って見せた。
「この人は、俺の学友さ」
「学友?」
「そう。勉強仲間。付き合いも長いし、大丈夫」
康介は、怯えて染谷の裾を掴んでいる時子の手を優しく取り、握手した。
「これは、仲間の合図。握手だ」