5.書店にて
「時子ちゃんいるかな」
染谷は、仕事の合間にマロウドに顔を出すようになっていた。
「染谷さん」
時子は、すっかり現代の私服に着替えて、現代語も少し覚えたようだった。きっと、市江さんが相手の名前に「さん」を付けて呼ぶということを教えたのだろう。
「すっかりこの店にも馴染んだね」
「今はここで店の手伝いをしておる」
「市江さん、しばらく時子ちゃんをお借りしてもいいですか?」
「いいわよ。どうしたの、お出かけでもするの?」
「はい、町の案内に連れて行ってきます」
外は太陽がカンカンと煌めく快晴だった。商店街にはいつもの通り人が溢れかえり、特に外国人観光客が多かった。時子は、怖そうに染谷にピッタリくっついて離れない。
「そんなにぴったりくっついて歩かなくても大丈夫だよ」
「この世がどんなものなのかわからなくて怖いのじゃ。染谷さんにひとつ聞きたいことがあるのじゃが」
「なに?」
「ここは、平安京のなれ果てなのか?」
染谷はその質問に対しての質問に少し困った。平安時代からは時代が離れすぎているからだ。その時代を一個一個説明しようとすると、歴史の教科書が必要になる。(そうか、歴史の教科書!)染谷は、行きつけの丸善に寄る事にした。そこには書店もある。丁度、夕時だったので、買い物客でごった返していた。時子は、相変わらず不安そうな表情で、染谷のTシャツをひっぱり、ぴったりとくっついてくる。
「ここはどこじゃ?」
「ここは、丸善という書店だよ」
「書店とは?」
「わかりやすく言えば、書物を売る場所だよ」
「なれ果てでは、こんな形で書物を売るのか?」
「逆に、時子ちゃんの住む街にはこういうのは無いのかい?」
「そもそも、書物は高貴な者の嗜みじゃ。紙なんて高価なものがこんなに当たり前にあるのが不思議じゃ」
染谷は、丸善の教科書コーナーに時子を連れて行った。
歴史の教科書の中でも、特に図解に特化した物を手に取り時子に見せた。
「ここが時子ちゃんのいた時代。平安時代」
ページをパラパラめくり時子に見せると、興味津々と言った様子だった。
「全部解説するのは、時間がかかるし、ここであまり長いこと立ち読みするのは良くないから、これ買ってあげるから、市江さんのところで暇なときに読みな」
「買ってくれるとは、こんな高価なものをか?」
市江さんのところで出された白米といい、紙といい、平安の頃と物価が異なっている事に、時子はただただ驚きだった。まず、平安の頃は物々交換が主流で通貨を使って取引するということは珍しかった。
染谷はついでに、隣にあった小学校低学年向けの国語の参考書も手に取り、会計を済ませた。