13.漫画
染谷の自宅兼事務所はマロウドから歩いて10分ほどのところにあった。綺麗な新築マンションの303号室。売れない漫画家時代は自宅で描いて出版社に郵送していたが、ある日、作品が売れてアニメ化が決定した。当然のごとく、収入が滝の如く入ってくるようになり、実家にいる必要もなくなった染谷は、早速新築のマンションを買い、そこを自宅兼事務所にするようになった。
アシスタントの導入も出版社から提案があったが、自宅に誰かを常駐させるのも嫌であった為、染谷はこれを拒否していた。
その為、自宅に誰かを呼ぶのは久しぶりであった。
「ここが、染谷さんの家か。要塞のような場所であるな」
時子が染谷の自宅を見た最初の一言であった。
部屋に入ると、様々なものが整然と置かれており、部屋の窓際にはポツンと机が置かれていた。その机の両端には様々な絵が描かれた紙がどっさりと置かれていた。そして、光る板が、二つ中央に置かれている。
「この光る板はどうやって使うのだ?」
「こっちはパソコン。そしてこっちは液タブ。どちらも漫画を描くのに使っているよ」
「漫画とは、直接紙に描くものではないのか」
「最近では、液晶化が進んで、漫画を紙で描いてる人は少ないと思うよ」
「よくわからないが、これを使って描くのだな」
時子は液タブを興味深そうに覗き込む。
「で、出来上がった漫画はこれ。時子ちゃんに一冊あげよう」
「いいのか」
時子は、染谷から漫画を奪うようにして受け取る。時子にあげた漫画はつい最近書籍化された「運命の交差点」という青春物だった。
時子は、その場で貪るようにして読み始めた。
「わからない言葉や表現があったら教えて」
結局、時子はその場で座り込み、1時間ほどで一巻を読み終えた。
「絵が生きているようだ。漫画とはこんなに面白いのか。これ、続きはあるのか?」
「もちろんあるよ。これが第二巻」
「それも私にくれないか?」
「いいけど、続きはマロウドで読みなよ。遅くなると市江さんも心配するから」
時子が「私」という言葉を使っているのは、初めて見た気がする。現代の言葉に慣れてきている証拠だろうか。その一方で、元の世界に帰った時に元の言語で話せるかどうか心配になった。しかし、考えてみれば、元は同じ日本語である。関西弁と標準語のような物である。きっと心配御無用だろう。
時子をマロウドまで送る途中、時子がこんな質問をしてきた。
「染谷さんは、なんで漫画家になろうと思ったの?」
「俺は、幼いころから絵を描くのが好きでね。物を学ぶ学校という場所があるのだけれど、学校に行っても勉強なんかせず、漫画ばかり描いてたよ。17になる頃には本を出す出版社の人から出版化しないかお誘いがかかった。現代には、小学校、中学校、高校、大学ってそれぞれ難易度別に学校があって、高校から大学に上がる為には試験があるんだけれどもね、俺はこのまま漫画家になって飯を食おうと思ってたから、大学に行くつもりは無かったのさ。けれど、勉強してないわりに学校の成績だけよかったから親や学校で人を教える先生が大学だけは行ったほうがいいと言うから受けたのさ。けれど・・・。」
「要するに、その大学とやらに行くようになっても、漫画をずっと描き続けていたのか」
染谷が左手で頭の後頭部を撫でながらあははと笑う。
「時子ちゃん勘が鋭いね。その通り。大学は必要最低限だけ通って、殆んど漫画を書く時間に費やしてたんだよ」
時子が着ている、市江さんからプレゼントされたであろう白いTシャツにはこう書かれていた。
“If you only draw manga, you won’t be popular with woman.(漫画ばかり描いていたら、女にモテないぞ)”




