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甘い香りと拍手の音色 涙をぬぐう少女の13歳

【作者からのお礼】

おかげさまで、非常に沢山の方に読んでいただけました。読者の皆様、ありがとうございます。

リアンナが13歳になるところまで、物語を続けられたのは、皆様の応援があったおかげです。

今後ともよろしくお願いいたします。

 夜の気配がしんしんと館を包みはじめるころ、私は静まり返った廊下を一人きりで歩いていた。昼間まではあんなに人の出入りが多かった気がするのに、いつの間にか誰の姿もない。薄暗いランプの明かりだけが、廊下の壁をかすかに照らしている。重たい沈黙が痛いほどに肌を刺すようで、心臓がきゅっと縮むのを感じる。


 (結局、朝から一度も「おめでとう」の言葉を耳にしないまま……もう夜になっちゃった。)


 これが現実だということを受け入れるのが悔しくて、廊下を踏みしめる足取りが重い。夕食時になれば、あるいは誰かが声をかけてくれるかもしれないと、わずかな望みを抱いていたが、食堂には誰もおらず、料理も用意されていない。いつもなら「召し上がれ」の声が聞こえるはずなのに、まるで私以外の人間がどこかへ消えてしまったかのようだ。


 「なんで……本当に、私の誕生日はどうでもいいんだ……?」


 いら立ちとも悲しみともつかぬ声が漏れる。13歳の私、女の子の身体で、前世は男という記憶を抱えている私が、誕生日を祝ってほしいと願うのは子どもじみているのかもしれない。でも実際には、こうして孤独を感じるくらいには、まだ年相応の感受性に影響を受けてしまう。それが自分でももどかしく、切なかった。


 階段を下りてみても、人の気配がまるでない。ほんの少し前までは廊下を行き来していた侍女や使用人の足音があったのに、今は何も聞こえない。呼びかけても返事はなくて、あまりの静けさに胸が騒ぐ。こんなにも広い館の中で私だけ取り残されているような感覚……それだけで目頭が熱くなる。


 「もう嫌だ……なんでこんな暗い館で独りきりになってるの……。今日は私の誕生日なのに……」


 声が虚空に吸い込まれていく。13歳の記念すべき日は、こんなにも最悪の形で終わるのだろうか。明日になれば、この日の寂しさがさらに重くのしかかるんじゃないかと想像すると、体が震えるほどつらい。せめて誰か、たった一人でもいい、「おめでとう」って声をかけてくれれば救われるのに。


 ホールへ続く扉の前を通りかかったとき、なぜか嫌に胸がざわついて、私はそこに立ち止まる。普段ならホールで侍女たちがディナーの配膳準備をしていたり、誰かが会話をしていたりするはずなのに、今は物音ひとつしない。少し迷いながら扉に手をかけ、ゆっくり開いてみる。


 扉がわずかに開いた瞬間、中の空間が真っ暗なのが見え、一瞬たじろぐ。けれど、いっそこれで何も起きないなら、それはもう仕方ないと腹をくくり、意を決して扉を開放した——そのときだ。


 「お嬢様!」「おめでとうございます!」


 一気に眩い光がホールを満たし、私の目に飛び込んでくる。暗かった館内とは打って変わって、ホールは華やかな明かりに彩られ、大勢の侍女や護衛たち、エミーとローザ、ボリスさんまでもが勢ぞろいして私を出迎えていた。全員が笑顔で声をそろえ、「お誕生日おめでとうございます!」と叫ぶ。


 あまりの衝撃に思考が止まる。テーブルには豪華なケーキや料理の数々が並び、花で飾られた空間が目にまぶしい。私の名前を呼ぶ人々の顔がみんな優しげで、まるで昼間までの冷たさが嘘のようだ。涙が自然に込み上げてくるのを止められず、私は言葉にならない声を漏らした。


 エミーとローザが人混みをかき分けて駆け寄ってきて、深々と頭を下げる。「朝から意地悪することになってごめんなさい。お嬢様に気づかれないように準備するのが本当に大変で……」と苦笑しながら口々に言う。護衛たちも「ずっと冷たく接してすみませんでした」とか「やはりお嬢様が寂しそうで心苦しかったです」と弁解を始める。ボリスさんは「計画に集中していて、あなたを寂しがらせてしまったね」と申し訳なさそうに笑う。


 その言葉の一つ一つが嬉しすぎて、私は目元を拭う余裕もないまま、「私……本当に……忘れられたって……思ってた……」とか細い声を出す。ボリスさんや周囲の人々は一斉にかぶりを振って「とんでもない。お嬢様を祝うために、わざとああいう形を取ったんですよ」と口を揃える。噛み締めていた不安や寂しさが一瞬でほどけて、涙が増すばかりだ。


 見れば、大きなケーキにはロウソクがいくつも立てられ、テーブルの上には私の好物ばかりが並んでいる。花の香りと料理の匂いが混ざって、さっきまで空っぽだった館を一気に温かい空気で満たしている。心臓は大きな音を立てて、身体の芯がじんわり熱くなるのがわかる。こんなに劇的に報われるなんて予想もしなかった。


 「今日は13歳の記念だから、特別なケーキを用意しましたよ。どうぞロウソクを消してください!」と侍女が明るい声で促す。私は涙声のままふらふらとテーブルに近づき、数本のロウソクを見つめながら、「な、なんて大げさな……」と苦笑する。けれど心の奥底では“ありがとう”が鳴り止まないほど溢れていた。


 深呼吸をして、ロウソクに火を点けてもらい、一息で吹き消す。周りから「わー!」と拍手が起こり、まばゆい光が私を照らす。さっきまで閉ざされていた闇が嘘みたいに、今は光と声と笑いが満ちている。握りしめた手が震えるのを感じながら、私はそっと頬をぬぐう。


 「ほんとに……こんな、こんな仕掛けがあったなんて……」


 震えた言葉を漏らすと、エミーとローザが「あの朝の不愛想な態度、すべて演技です!」と声を合わせる。護衛たちも、みんな苦笑しながら私の周りを取り囲むように微笑む。私は嬉しさで頭が真っ白になる。一人一人の顔を見つめるだけで、どれほど寂しかったか、どれほど今が幸せかが身に染みるようだった。


 「お嬢様に、プレゼントも用意しておりますよ」と侍女が箱を持ってきて、私は感極まって「あ、ありがとう……」と受け取る。開けてみると、中には私が欲しいと呟いていた小物が……そして、「寒いときは暖かく、暑いときは涼しくなる魔法のネックレス」まで入っている。すっかり忘れていた私の呟きを誰かが覚えてくれたのかと思うと、嬉しさでまた涙が出そうになる。


 「そ、そういうの……私、いつか手に入れたいって思ってたけど……」


 周りが「お嬢様が前にポロッと仰ってたんです!」と笑いながら教えてくれ、「みんなでお金を出し合って買ってきました」と侍女や護衛が胸を張る。私は「ありがとう、ありがとう」しか言えなくて、息が苦しいほど感情が込み上げてくる。


 パーティーはさらに続き、護衛たちが軽い踊りを披露してくれたり、侍女が即席コーラスをしたり、館の中が笑いと拍手に包まれる。にぎやかに盛り上がる空間を見渡していると、私は心の中で思わず呟く。


 「私……前世で成人男性だったのに、誕生日パーティーでこんなに感動なんて、不思議……」


 この体で、こんなふうに泣いて笑って、周囲から祝福されている様子がどうにも刺激的なのだ。前世は男だった自分といまの少女の自分のギャップをしみじみと感じる。だけどこの瞬間は、その差を超えてただただ嬉しさが勝り、温かい涙が止まらない。


 「お嬢様、さすがに泣きすぎですよ!」と侍女がからかい、私は「い、意地悪……みんながこんな……」と拗ねる。周りは「いやいや、泣いてくれると作戦成功って気がする!」と大笑い。館のホールをこんな笑いと喜びで満たす光景なんて、さっきまで想像もしなかった。


 パーティーがひと段落すると、深夜に近い時間になっているらしい。私は大きな息をつきながら、「もう……何だか今日は一日中振り回されたよ」とエミーたちに言う。彼女たちは「本当にごめんなさい。でも、お嬢様の笑顔が見れて大満足です!」としれっと微笑むから、怒る気になれない。まさに愛のサプライズだ。


 ケーキを食べた甘い香りがまだ口の中に残っていて、私は名残惜しそうにホールを出る。部屋へ戻る途中、ドレスの裾を捲り上げるようにして廊下を急ぎ、感無量の気持ちで心が熱い。暗かった廊下が、いつのまにか活気を取り戻していて、人々が後片付けを行っているのが見える。みんな本当に大掛かりなことを仕組んだのだと思うと感謝の言葉が足りない気がする。


 部屋に戻ると、案の定、エミーとローザも一緒に入ってくる。二人は同室で寝泊まりしているから、私より先に布団の支度を始めるのがお決まりだ。私はしみじみとした声で「ありがとうね、本当に……。朝からずっとショックだったんだから」と改めて伝える。エミーが「朝のあのお顔、可哀想でしたもんね。申し訳ないです」と謝りつつ笑い、ローザも「泣かせるつもりはなかったんですよ。でも、このほうがサプライズ感が出ますから」と悪戯っぽく肩をすくめる。


 「も、もう……意地悪」と口を尖らせつつ、私はベッドに腰掛ける。部屋のランプがほんのり柔らかく揺れて、さっきのパーティーの熱気がようやく静まりかえってくる。自分の心臓の鼓動がまだ速いままだから、落ち着くまで時間がかかりそうだ。


 けれど、目を閉じれば浮かんでくるのは皆の笑顔と、「おめでとう」と言ってくれたあの声。それを思い出すたびにじんわり熱いものがこみ上げ、泣き笑いのような感情が戻ってくる。ああ、こんなに愛されているんだと気づく瞬間は、私にとってかけがえのない財産だ。


 「さあ、13歳になったし……明日からまた頑張るね。私……」


 こぼれた呟きを聞きつけたエミーとローザが「お嬢様、じゃあもうお休みなさい。今日は本当に疲れたでしょ?」と促す。二人が照明を少し落とし、それぞれ自分の寝床(同室の小さなベッド)へ向かうのが見える。こうして三人が一つの部屋に収まる様子が、私にとっては当たり前で、同時にとても幸せな光景なのだと再認識する。


 ライトを落とした静かな空間に、さっきまでのにぎやかさが嘘のように落ち着いた空気が戻ってくる。私はそっとドレスを脱ぎ、寝間着に着替えながら、誕生日というものがここまで心を突き動かすとは、と少し笑いたくなる。不思議だが、とても大切な思い出に変わった一日だ。悲しみと絶望から一転、最高のプレゼントを受け取ったこの夜を、きっと一生忘れないだろう。


 「……ありがとう、みんな。……おやすみ」


 小さな声でそう言い、布団にもぐり込む。暗がりの中でエミーとローザの寝息が遠くに感じられるまで、私は心の中で「嬉しい」を何度も繰り返す。前世は男、けれど今は女の子として13歳を祝われるなんて、まさかこんなに幸せを感じる日が来るとは思わなかった。微かな違和感を胸に抱えつつも、今は幸せが大きすぎてそれを優しく飲み込んでくれる。瞼を閉じ、眠りに落ちる直前まで笑みがこぼれている自分がいて、こそばゆいような安堵に包まれていた。

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