表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/156

ただ一人のバースデー 部屋の窓辺で呟く寂しさ

 朝の光が淡く部屋に差し込むと同時に目が覚めて、私は寝台の上でしばらくぼんやりしていた。いつもなら「もう少し寝ていたいな……」と思うところだけれど、今日は違う。一応領主の自分の誕生日を忘れるなんて……と疑いたくなるような状況で、でもまだ可能性を信じたい。だって、ついに13歳の誕生日なのだ。心の中で「今日こそは」と胸を高鳴らせて起き上がる。


 ところが、いざ部屋から出てみると、空気がやけに慌ただしい。いつもなら顔を合わせた瞬間に「おはようございます、お嬢様」と柔らかく微笑んでくれる侍女たちも、足早に廊下を駆けて行くばかりで、まともに言葉を交わしてくれない。エミーとローザもすでに姿が見えず、他の使用人に尋ねても「失礼します、ちょっと急いでおりまして……」とそそくさ離れていく。どうやら私の誕生日なんて気づいていない……いや、もしかすると忘れているのかもしれない。


 (まさか本当に忘れている? 一応領主の誕生日だよ?)なんて内心で苦笑してみても、笑えずにモヤッと胸が重くなる。


 せめて朝食のときには何か言ってもらえるかもしれない……と、わずかな期待を抱いて食堂へ向かった。でも朝食の席でも、侍女は黙々と料理を運んでくるだけで、一言も私の誕生日に触れない。周囲を見渡しても人影が少なく落ち着かない雰囲気だ。まるで今日が私にとっての特別な日ではなく、単なる忙しい日の一コマみたいに見える。


 「なんで……今日は私の13歳の誕生日なのに……」と声にならない声でつぶやき、料理を口にしてみても、まったく味がしない。エミーやローザと雑談しながらだと美味しく感じるはずが、今は喉を通らない。護衛のボリスさんの姿も見当たらず、食事を運んできた侍女はさっさと引き上げてしまった。視線を向けても気づかれず、会話をする機会さえ与えられない。


 結局、朝食らしい朝食を取ることもできず、苛立ちと不安を抑えこむように席を立つ。私は当主見習いとしての仕事をこなさなくてはならないのだから、気分が落ちようが放り出すわけにもいかない。前世は成人男性だった自分の意識を抱えつつも、この少女としての体で生きている以上、領内を維持するためには黙々とやるべきことをするしかないのだ。


 午前中は書類仕事と雑務の山。いつもより多い気がするのは気のせいだろうか。とにかく黙々とこなしているが、使用人や侍女が「失礼します」「後ほど戻りますから」と目まぐるしく行き交い、誰も落ち着いて話をしてくれない。エミーやローザすら、私の顔を見ると「すみません、あとで!」と小走りに消えてしまう。


 「まさか本当に誰も気づかないんだ……」


 心の中で呟くたび、胸が締め付けられる。去年までは、少なくとも小さなケーキや花があったはずじゃ……? 去年は、ちゃんと祝ってくれたのに。なぜ今年はこんなにも冷淡なのか。頭で考えても答えは出ないし、怒るにしても相手がいないのだからぶつけようがない。仕事に没頭しようとしても集中できない自分がもどかしい。


 昼食の時間が近づき、再び食堂へ向かってみるが、そこも朝と同じく静まり返った空間があるだけ。出入りする侍女たちは何か運んでいるけれど、私に言葉をかける素振りすらない。少しは「お誕生日、おめでとうございます」とでも言ってもらえると期待していた自分が馬鹿みたいに思えてきた。


 「あ、こんにちは……」と声をかけようとしても、「すみません、急ぎの用がありますので」と去っていく。食堂で軽く食事をとりながら、虚しくなる。贈り物やカードが一つでも届けば違ったのに。結局、ボリスさんが姿を見せても、「また後ほど会議がありまして」と言うなり部屋を出ていくから、挨拶すらまともにできない。私の誕生日について触れる人はゼロ。苛立ちと寂しさが最高潮に達しそうになって、思わずフォークを握る手に力がこもる。


 「誕生日を祝ってほしいなんて、子どもっぽいって言われるかもしれないけど……私はまだ13歳なんだよ……。いや、実際子どもなんだから、精神的にも影響あるのは当然だよね……」


 そう自分で自分に言い聞かせながら、ふてくされた表情で食べかけの料理を放置する。思えば昨晩から、今日こそはみんなに「おめでとう」と言ってほしいとワクワクしていた自分が情けなくなる。でも、もういいや。どうせ誰も気づいてないなら、こんなにも虚しい日はない。


 午後になって館の雑務を再開しても状況は変わらない。黙々と処理していると、使用人が「お嬢様、荷物が届きましたよ」と呼びに来るので、少しだけ胸が高まる。「もしかしてプレゼント?」と一瞬思ってしまうが、蓋を開ければ領内の庶務品や書類、補充する消耗品だけ。心臓がずん、と落ち込む音を感じるほどショックで、半ばやけになって箱を閉じてしまう。


 「私の誕生日なんて、誰も興味ないんだ…」


 そうつぶやく声が、書斎の壁に虚しく反響する。冒頭で感じていた“みんな忙しいのかな”という推測は、もはや「絶対忘れてるんだ」という疑惑に変わりつつあった。苛立ちから資料を投げ出しそうになるが、それをするのは自分のプライドが許さない。黙って机に向かうしかないのだが、心が沈んだままだ。


 夕方が近づくと、妙に館が静かになる。昼までは人の出入りが慌ただしかった気がするのに、今は廊下を歩いても誰にも会わない。空気がひんやりとして、まるで私を取り残すかのよう。私は荒れた気持ちで「もうこれ以上期待しても無駄……」と胸中で繰り返すが、それでも完全には諦めきれない自分がいる。13歳の誕生日だというのに、何もしないまま終わるなんてやっぱり悲しすぎる——でも事実上、そうなりかけている。


 部屋の窓辺にたたずみ、空を見上げれば、もう日が西に沈みかかっている。オレンジ色から紺色へ変化する空が、やけに心にしみるようだった。小さな声で呟いてしまう。


 「13歳になったのに……ちっとも“おめでとう”なんて言葉が聞けない一日だなんて……最悪だよ。」


 去年までは、少なくとも小さなケーキと花があって、みんなで小さく拍手してくれたのに。それすらない現実に打ちひしがれて、自分でもどうしてこんなに傷ついているのか理解できない。前世は成人男性という感覚があるから、子どもじみた行為にこだわらなくてもいいはずなのに、今の体はこの世界で13歳を迎えた少女。その差が余計に葛藤を生み、誕生日を祝われない衝撃が思った以上に深く突き刺さる。


 気づけば館の廊下をフラフラと歩いているが、誰ともすれ違わない。まるで私だけが別世界に取り残されたかのように感じてしまう。灯のともっていないランプが無機質に並ぶだけの通路が、こんなにも不気味に見えるなんて……。夕闇が迫り、窓の外の光も薄れていくなか、足音を響かせるのは自分だけだと気づいた瞬間、鳥肌が立つような寂しさが襲ってくる。


 「どうして……こんなに静かなんだろう……」


 ぽつりと呟いても、応えてくれる人はいない。昼間から胸に積もっていた苛立ちと悲しみが最高潮に達し、怒りにも似た衝動が込み上げるが、ぶつける相手がいない。ここは私が領主を務めるはずの館なのに、まるでよそ者扱いされているみたいで、自分の居場所を見失いそうになる。


 ――いっそ寝てしまおうか、と部屋へ戻ろうとする。眠れば明日にはこの日が終わっている。最悪の誕生日だったと諦めるしかない。それでも諦めきれない思いが残っているから、やるせない。胸の隅にまだわずかな期待が残っている自分が子どもっぽくて、嫌になる。


 「誰か……少しでもいい、祝ってほしいって思うの、子どもじみてるかな。でも、私……まだ13歳なんだよ……。こんなに気持ちに影響が出るのは、しょうがないよね……」


 自分で自分を納得させるように言い聞かせてみても、館が深い沈黙に包まれることに変わりはない。足音の反響が空虚に響く。苛立ちをこらえながら廊下を再度歩いてみても、どこにも使用人の姿はない。皆、いったいどこで何をしているのか。何が起こっているのか。答えは得られず、時間だけが過ぎていく。


 外は薄暗く、気づけば夜が迫っている。今日は本当に最悪だ。誕生日を迎えるのを楽しみにしていた自分が惨めに思えてならない。こんな気持ちのまま一日が終わるなんて、どうしようもない虚しさだ。私が軽く目を伏せると、心にぽっかり穴が開くような感覚が襲い、ため息が漏れる。


 どうしても、今日は誰からも祝ってもらえないまま夜を迎えるのだろう。そんな確信に近い思いが頭を支配しはじめ、私は胸を押さえて何とか涙をこらえる。誕生日だというのに嬉しさなんて欠片もない。暗い廊下に一人立ち止まるまま、苛立ちと悲しみを抱え続ける夜が来るなんて……。そんな絶望を噛みしめるように黙り込み、私は深い呼吸をしてみるが、うまく酸素が巡らない感じだ。


 こうして暗い館内を歩いても虚しいだけ。誰もいないなら部屋に戻ってしまおう。そう決意しかけて足を引き返しながら、私は改めて思う。「今日は……本当に最悪の誕生日」と。結局、朝から晩までひとりぼっちで、期待が徒労に終わった一日。そんな寂しさを胸に抱いたまま、夜の帳がますます深まっていく。まるで私を包み込む闇が重みを増していくように感じられた。

【作者からのお願い】

もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。また「いいね」や感想もお待ちしています!

また、☆で評価していただければ大変うれしいです。

皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ