温泉まんじゅうと森の伝説 お互いの領地を語る三人
朝陽がゆっくりと館の窓を染め上げる頃、私は寝台からそっと身を起こした。先日、新しい制度づくりや男の子の格好での外出など忙しい日々が続いていたが、今日は少し趣向の違う行事が待っている。久しぶりにリチェルドとセレイナを招いてお茶会を開くのだ。友だちと呼べる相手を館に呼べるのは嬉しい反面、準備やドレスの選びなど考えることも多くて、起きてすぐから気を張ってしまう。
エミーとローザに朝の支度を手伝ってもらいながら、私はやや気恥ずかしい思いを抱える。なにせ、今日は男装での外出ではなく、正式な場として“当主見習いの少女”としてドレスを着るのだから。フリルやコルセット、鮮やかな装飾を見るだけでどこか落ち着かない自分がいるけれど、ここで可愛いドレスを選ぶのも大事な務めなのだと納得する。
鏡の前で袖を通していくと、やっぱり少しだけ落ち着かない。リチェルドは背丈がさほど大きくないし、仕草が柔らかいけれど、男子として自然な雰囲気がある……なんて印象を思い出すと、自分はどう見えるのだろうと微妙な思いにかられる。しかし、これも慣れだと自分を説得して、エミーとローザに仕上げを任せた。
そうして身支度を整え、朝食を早々に済ませてホールへ向かう。フローラルな香りが漂う飾り花を置いて、今日のために少し豪華にしたテーブルクロスをかけて……と、お茶会の会場の最終チェックをする。すると使用人がやってきて「お客さまが到着されました」と知らせてくれた。やはり先に到着したのはリチェルドだったらしい。
玄関ホールへ足を運んで出迎えると、リチェルドはどこか所在なげに立っていて、手に小さな包みを持っている。私は笑顔を浮かべ、「リチェルド、いらっしゃい」と声をかけると、彼は「お、お嬢様、お久しぶりです……!」とぎこちなく挨拶を返し、私のドレス姿を見て頬を紅く染める。やっぱり緊張しているのが伝わってきて、私は少し照れ笑いを浮かべた。
「久々だね。お茶会に招いておいてなんだけど、バタバタしちゃって。待たせちゃった?」
「い、いえ、そんな……僕のほうこそ少し早く着いちゃって。あ、あと、これ……ささやかな手土産で……」
彼が差し出した小包からは、ふんわり甘い匂いが漂う。おそらく温泉街ならではのお菓子だろう。私は「あ、ありがとう。後で三人で味見しようね」と受け取る。リチェルドはさらに赤面してうつむき、私は内心で「そんなに意識しなくても」と思いつつ、気まずい沈黙にならないように言葉を探す。
そこへ使用人が再びやってきて、セレイナの到着を告げる。私は思わずホッとしながら「じゃあ、一緒に応接室へ行こう」と声をかけ、リチェルドを案内する。ほどなくセレイナが現れ、「ごめんなさい、馬車が少しトラブルで遅れちゃった」と涼やかな笑みを浮かべる。こうして三人が揃うと、空気が落ち着いたようで、私は応接室へと案内した。
中に入り、椅子に腰を下ろすと、すぐに侍女たちが紅茶と菓子を運んでくる。最初はお互いの近況報告から始まった。セレイナは森の話や湖の話をし、リチェルドは温泉街の新スポットのことなどを話す。私はそれを聞きながら笑顔で相槌を打つ。途中、リチェルドが「きょ、今日はお嬢様、その……ドレスがよくお似合いで……」と控えめに言いかけて急に言葉を詰まらせたり、セレイナがそれを見て微笑んだりするところに、なんとも言えない甘い空気が漂っている。
侍女が用意したお茶をすすりながら、私はさりげなくリチェルドの差し入れてくれたお菓子を開封してみる。「わあ、やっぱりいい匂い……食べていい?」と尋ねると、リチェルドは「あ、はい、ぜひ……」とやけに緊張気味。私が頬張って「おいしい」と言うと、彼は「よ、よかった……」と胸を撫で下ろす。
セレイナがそれを見て、くすっと楽しそうに口を開く。「そういえば、この二人の様子を写真で撮れたらいいのに」と軽い冗談めかした声。 この世界には、魔法で写真を撮る技術があるらしい。静止した映像を紙に焼き付けられるのだとか。 私とリチェルドは同時に「えっ?」と驚き、セレイナは「だって、可愛いじゃない。せっかくだし、残しておきたいもの」と肩をすくめる。私は「や、やめてよ、そんな恥ずかしい……」と困り顔で否定するが、リチェルドも「あ、あの……そういうのは……」と苦笑い。
セレイナはわざとらしく溜息をついて、「あら残念ね。せっかくいい雰囲気なのに」とまたからかう。リチェルドは再度顔を真っ赤にして下を向き、私は「何が“いい雰囲気”なの……」とまた笑うしかない。まったく落ち着かないまま、時だけが過ぎていく。
やがてお茶もお菓子も大方食べ終わったころ、セレイナが「もうそろそろお暇しようかしら。さすがに日も傾いてきそうだし」と言って立ち上がる。それに伴いリチェルドも「あ、そうですね。僕も……」と渋々体を起こす。私は「まだ話し足りない気もするけど……ありがとうね、二人とも」とお礼を述べて玄関まで見送る。
馬車が待つ玄関先で、セレイナが「じゃあ、また呼んでちょうだい」と穏やかな笑顔を向ける。私は「うん、本当にまた来てほしい」と素直に応じる。後ろでリチェルドは言葉に詰まっている様子だけれど、意を決したように私のほうを振り返り、「き、きょうはありがとうございました。その、また近いうちにお会いできれば……」と一息に告げる。私は「もちろん、いつでも」と笑って答え、リチェルドは更に赤くなって馬車に乗り込んでしまった。
それを見てセレイナは小さく吹き出すように笑い、「じゃあ、またね」と手を振りながら馬車へ。二人を乗せた馬車が離れていく様子をしばらく眺め、私はホッと息をついた。エミーとローザが後ろから近づき、「どうでした? お二人とも、楽しそうでしたね」と声をかけてくる。私は「ええ、そりゃ楽しかったけど……」と曖昧に返事をしながらも、リチェルドの照れた顔やセレイナの大人びた微笑を思い出して胸がそわそわする。
本当のことを言えば、前世は男だった自分が、今こうして女としてのドレスを纏い、“男子”からの視線を浴びるのはまだ慣れない。だけど不快かというと、そうでもないのがややこしい。ほんの少しだけ「素直に嬉しいかも」と感じてしまう時点で、何かが変わり始めているのかもしれない。そんな戸惑いと期待がないまぜになった気持ちを抱えながら、私は今日の甘いお茶会の余韻を噛みしめる。
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