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からかい上手な侍女たち、初恋をだまし取る罪深き騎士のフリ

 朝陽がゆっくりと館の窓を染め上げる頃、私は寝台からそっと身を起こした。先日、領地の制度づくりで頭を使いすぎたのか、今日は少し気分転換したい気持ちが強い。そこで外に出て、町の市場をひと巡りすることに決めた。いつものように護衛を連れて行かなくてはならないが、それも仕方ない。肩の力を抜いて新鮮な空気を吸いたいのだ。


 エミーとローザに朝の支度を手伝ってもらいながら、私はやや気恥ずかしい思いを抱える。なにせ、今日は「男装」での外出だから。ウィッグと帽子、少し少年っぽい服装をまとっていく。前世の名残で男の子の仕草を自然にこなせる自分と、実際の身体が少女であることのギャップが胸をざわつかせるが、今は深く考えないようにする。


「お嬢様、男の子の格好になる準備できました。市場へ行く車も手配が完了しましたよ。」


「うん、ありがとう。あくまで軽く見学するだけだし、変に目立たないようにしなくちゃ。」


 そう言いつつ、一種の高揚感を覚えるのも事実。男装姿の自分が町の空気に溶け込むとき、前世の男としての感覚と、いまの少女としての身体との不思議な境界がかすかに揺れる。それは楽しいような、少し痛いような感情だった。


 エミーとローザを伴い、屋敷を出て護衛と合流し、小さな馬具付きの車に乗り込む。町までは大した距離もなく、しばし揺られて到着すると、まだ午前中だというのに市場は人で賑わっていた。露店がずらりと並び、果物、野菜、雑貨、布地、いろんなものが売られている。熱気に満ちた喧騒が、私の心を躍らせる。


「わあ、今日は人出が多いね。ちょっとドキドキする……」


 エミーとローザが、後ろから「男の子の格好してるからって、はしゃぎすぎないでくださいね」と微笑んでいる。私は「わかってるよ」と軽い口調で返す。見れば、護衛たちは通りの角あたりにさりげなく配置されている。前にもこうして町へ出たことはあるが、今日は本当に見学だけのつもりだ。トラブルなく終わってくれればいいのだが。


 店をひとつずつ見て回り、果物屋では「お兄さん寄ってって!」と呼び込みをかけられる。私は「うん、ちょっと見るね」と少年らしい口調で応じながら、内心(ああ、やっぱり“お兄さん”なんだな……)と苦笑する。エミーとローザがまたクスクス笑う気配を感じるが、気にせず適当に交わしながら、りんごの品定めをする。


 しばらく市場を歩きまわり、そろそろ別の露店を見ようかと道を折れようとしたとき、足元から小さなすすり泣きが聞こえてきた。そこには十歳ほどの少女が蹲っていて、目に涙を浮かべているのがわかる。通行人は多いのだが、みな忙しそうに行き交い、その子に構う余裕はないらしい。胸がキュッとなり、私は思わず声をかけた。


「……どうしたの? 迷子?」


 少女がビクッと顔を上げ、目が合った瞬間、彼女の頬が赤く染まる。私は(あ、これ……迷子だな……)と勘づく。帽子のつばを下げつつ、少年風の口調を意識する。


「大丈夫? 何かあった?」


 少女はモジモジしながら、小さな声で「ま、ママとはぐれちゃって……」と涙目になる。私は「そっか、そりゃ大変だ……」と慰めつつ、差し伸べた手を彼女がぎゅっと掴んでくるのに、ちょっとドキリとする。エミーとローザが後ろで見守っているのが心強い。


「じゃあ一緒に探そう? お母さんはどんな人?」


「う、うん……ありがとう、えっと……お兄ちゃん……」


 その呼び方に、私は内心また大きく揺れる。女の子……なのに……と思いつつ、ここで否定しても余計に混乱させるだけだ。仕方なく、私は「う、うん……」としか言えない。少女は安心したようで、私の腕に控えめにしがみつく。ふと、その仕草に胸がキュンとする感覚がある。自分より幼い存在を守りたい気持ちが湧くのだが、これはもしや母性本能? と自嘲気味に思ってしまう。


「……よし、エミー、ローザ。手分けしてあの辺りを見てみよう。迷子の子のお母さんを探そう」


 二人は「はい、リオン様」と返事をし、穏やかに微笑む。私は少女を連れて市場を巡る形となり、あちこちで「すみません、この子のお母さんを……」と声をかけながら回る。すると、少女は見上げたまま大人しくついてきつつ、ときどき「お兄ちゃん、やさしいね……」などと言って頬を赤らめる。何とも言えない恥ずかしさに包まれる。


 やがて、通りの向こうから「リナ!」という声が飛ぶ。駆け寄ってくるのは少し年上の女性で、驚きと安堵の表情を浮かべている。彼女こそがリナの母親らしい。リナが「ママ!」と涙混じりでしがみつくので、私はやっと胸をなでおろす。


 女性はリナを抱きしめた後、私に深々と頭を下げる。「ありがとうございます、うちのリナがお世話になりました……。まさかこんなに人混みで見つけていただけるとは」


「あ、いえ……大したことはしてませんよ」


 私は無理に少年らしい言葉で返しながら、汗が滲むのを感じる。するとリナが母親の腕をほどいて再び私の腕にしがみつき、「お兄ちゃん、大好き……また会いたいな……」と微かに上目遣いをしてくる。ああ、これは完全に恋心かもしれない。私が照れて言葉を失っていると、リナの母親は「こら、もう迷惑をかけたらだめよ」と諭すが、リナは離れようとしない。


 結局、私は「え、えっと……また機会があれば……うん……」と曖昧に言ってしまう。リナは目を輝かせて「うん!」と答え、母親も申し訳なさげに頭を下げて去っていった。私は「はあ」と大きく溜め息をつき、後ろを振り返ると、エミーとローザが笑いをこらえきれない様子でニヤニヤしている。


 帰り道、案の定、二人のからかい攻撃が始まる。護衛の目もあるから大声にはならないが、ニヤニヤ具合が半端ない。路地を歩いているときに隙を見てエミーが言う。


「お嬢様、あれは乙女の大事な初恋をだまし取る行為かもしれませんよ……」


「だまし取ってないし! 私はただ助けただけなのに!」


 ローザまでもが「あんなに嬉しそうに『お兄ちゃん』って……。お嬢様、やるじゃないですか」と冗談めかすから、私は頭を抱えるしかない。


「や、やるって何よ……。それに私は女の子なんだってば……相手に悪いよ、こんなの……」


「まあまあ。でも、リナちゃん、すっかり恋しちゃったみたいですよ? そんな初恋を……ねえ?」


「うう、やめて……」


 まさかこんな形で恋心を向けられるなんて思いもしなかった。その一方、助けたいと思った瞬間に湧き上がった守りたい気持ちは、私の中で母性のようなものだったかもしれない……と今さら自問する。母性なんて、12歳で意識するのは変かもしれないが、この身体が少女である以上、そういう感情もありなのかな……と妙に納得しそうになる。ともかく、私は赤面状態で先へと急ぎ、エミーとローザの追撃を何とかかわし続けた。


 結局、市場は十分に見学したし、目的も果たせたのだが、私は余計なハプニングでぐったりしてしまった。護衛の者たちも苦笑しながら「お疲れさまでした」と言ってくれる。エミーとローザは最後まで「お兄ちゃん、モテモテですね!」とからかいの手を緩めず、私は恥ずかしさと罪悪感に包まれながら馬具付きの車へ逃げるように乗り込んだ。


(はあ……私、また男の子の格好でこんなことになっちゃうなんて……。でもあの子、無事にお母さんに会えてよかったし、喜んでくれて嬉しかったのも事実だし……)


 脳裏には、リナが顔を赤らめながら「お兄ちゃん大好き」と言ってきたシーンが焼きついている。あの子にとって初恋かもしれないと思うと、なんだか申し訳ないような、でも温かいような……ごちゃまぜの感情だ。罪悪感と母性のようなものが交錯していて、頭がパンクしそう。こんな気持ち、前世は経験しなかったし、今の身体でも初めて味わうタイプの戸惑いだ。


 車が揺れ出すと、エミーとローザが隣で笑いをこらえるような表情をしている。私は「絶対、もう男の子の格好で子ども助けるの怖い……」と拗ねるが、彼女たちは「またかわいい子に好かれちゃいますね」「でもお嬢様も優しいから仕方ないですよ」と全然悪びれない。私の反論はむなしく空回りして、やがて笑い声にかき消される。


 そんなやりとりに顔を赤らめつつ、私は窓の外を見やる。太陽はすでに高く昇り、町の喧騒が遠ざかっていく。今日の市場見学は、それなりにリフレッシュになるはずだったのに、まさかこんな初恋騒動が生まれるとは……。もう少し私も大人になったら、こういう時どう対処すればいいのか冷静になれるのだろうか。そんな予感とも不安ともつかない想いを抱きながら、私は市場での一幕をしみじみ思い返す。守りたくなる気持ちはあったけど、今の体は女の子——そんな矛盾を抱えたまま、複雑に胸がざわついて仕方ないのだった。

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