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記録して公開するだけ? 革新的アイデアにボリスも唸る

 朝の光がゆっくりと部屋を照らす中、私は寝台から身体を起こした。軽く伸びをすると、エミーとローザがさっそく支度を手伝ってくれる。昨夜はついつい夜更かししてしまったので多少眠たいけれど、今日はいつも通り領主見習いとしての仕事と勉強が詰まっている。しっかり気合いを入れないといけない。


「お嬢様、おはようございます。朝食の用意が整っていますし、今日も予定がぎっしりですよ?」


「うん、わかってる。ありがとう、二人とも……。とにかく食べて、書斎に行こうかな。ボリスさんに相談したいことがあるんだ」


 そう言いながら、私はワンピースを身につけて鏡を覗く。先日見かけた二重売買の問題が頭から離れない。土地を二重に売ってしまうなんて、売り手が本当に正しい所有者かわからないからこそ起きるトラブルだ。これが増えれば増えるほど、人々が怖がって取引を避け、領内の発展にマイナスになる気がしてならないのだ。


(品物なら手元にあればわかるけど、土地は持ち歩けない。だれが本当の所有者か確かめにくい……。あの裁配人室でも困ってたし、なんとか改善できないかな)


 昨日も思い出してはモヤモヤしていたが、やっぱり何か制度を作らないとまずい。そういう意識が朝から私を背中を押していた。頭の中で“こうすれば解決できそう?”というアイディアが膨らんでいる。私は朝食を急いで済ませ、さっそく書斎へ向かうことにした。


 書斎の扉を開けると、ボリスさんがすでに書類を整理しているのが見えた。地図や報告書が机上に並び、摂政としての業務をこなしている最中だ。私が「おはよう、ボリスさん」と声をかけると、彼はにこやかに顔を上げて「お嬢様、おはようございます。どうなさいました?」と応じる。


「うん、ちょっと話があって……このあいだ聞いた二重売買のこと、問題になってるらしいよね? あれを放置すると土地の取引がどんどん減りそうな気がして……」


「確かに、あちこちから報告が来ています。被害にあった人もいて、裁配人室でも対応に苦慮しているようですよ」


「だよね。そこで私、何か制度を作れないかと思って。……要するに、土地の取引を公式に記録する仕組みを導入したらどうだろう?」


 私の切り出しに、ボリスさんは「ほう?」と眉を動かす。私は一気にまくし立てる形で説明を始めた。土地が売買されるとき、“誰が所有者か”が見えにくいから騙されやすい。だから、領主が作る公式の台帳に、取引の履歴を公開情報として記録するのだ。そうすれば、もし売り手が本物の所有者か不明なときも、その記録を確認してから契約できる。


「今、税金用の台帳はあるけど、それは非公開だし、いま誰が耕しているか程度しか書かれてないでしょ? そこで、新しい台帳、というか“登記簿”を作って、そこに売買の履歴を全部書き込む。しかも、誰でも見られるようにするんです」


「なるほど……税用の台帳は役人だけが見るのが原則ですから、領民の方々は確認できませんね。でも、お嬢様の提案なら公開されるわけですね?」


「うん。買いたい人がいれば、その登記簿を見れば『本当にその人が所有者か?』を確かめられるし、もし二重に売ろうとしてもバレる。さらに、先に登記した人を優先するルールにすれば、『登記の早いほうが正当』ってことになるから、事故が減るはず」


 ボリスさんは「なるほど」と深く頷く。私は心の中で「よし、引き込めそう」と小さく意気込む。ここで踏ん張りどころだ。どれだけ現実味があるかが勝負になる。


「登記……面白いですね。ただ、書き込む作業や管理が増えませんか? 新たに役人を雇う必要もある。しかも膨大な領地面積をどう把握するのか……」


「大変だとは思うけれど、二重売買が続くほうがよほど領内に悪い影響があるはず。それに、せっかく新しい耕地が増えてるのに、怖がって取引されないのはもったいない」


 ボリスさんが書類を捲り、「確かに……」と渋い声を漏らす。私は念を押すように語る。


「権利や義務って、目に見えないでしょ? だからこそ、それを“見えるように”工夫するのが重要だと思うんです。土地は動かせないし、信頼だけで売り買いするのは危ない。でも“この記録があるから私が正当な持ち主”と証明できれば、領民の方々も安心して取引できますよ」


「ふむ……確かに、これなら取引履歴を追えるようになりますね。二重売買が起きても、どちらが先に権利を取得したかを判断しやすい」


 ボリスさんの表情がやや明るくなった。私は心の中でガッツポーズをする。あと一息だ。


「そのうち慣れてきたら、台帳に記入しない人は“怪しい”と見られるようになるかもしれない。そうすれば、自然とみんなが自発的に登録してくれるはず……。『権利が見える』仕組みを作るだけで、かなりリスクが減るんじゃないかな」


「なるほど……登記簿を作って、そこに取引を書き込む、そして公開……。これは検討すべき価値がありますね」


「嬉しい! 前に本で読んだ法学の話を思い出して、応用できそうだと思ったんです」


 私がはにかむと、ボリスさんも穏やかに笑う。少し離れたところで、ベアトリーチェが「お嬢様、すばらしいご提案ですね」と感嘆の声をあげる。エミーとローザも目を合わせて微笑んでいるのがわかる。これならうまくいけそうだ。


「では、早速私のほうで必要な役人の選定や、具体的な記入方法を考えてみましょう。領民の皆さんに周知する方法も要りますが、これなら何とかなりそうですね」


「うん、協力お願いします。大変だけど、がんばろう?」


「ええ、もちろん。土地の所有に安心があれば、発展も進むでしょう」


 こうして、私とボリスさんは簡単に打ち合わせを始める。まず、台帳の名前(登記簿)をどう呼ぶか、紙の保管場所、閲覧方法などをざっと話し合う。もちろん細部は今後煮詰める必要があるけれど、出だしとしては上々だろう。


 打ち合わせが一段落すると、ボリスさんが「細かい設計図は後ほどまとめます」と言い、私は書斎を後にする。エミーとローザが「お疲れさまです」と荷物を運び、私も軽く息をつく。まだ昼前だが、すでに大仕事を終えた気分だ。


「でもよかった……。この案、採用してもらえそう。二重売買も減るだろうし、領地がもっと活性化したらいいよね」


「はい、お嬢様。これで安心して土地を取引できる人が増えそうです。領民の方々にもメリット大きいですよ」


「そうだね。なんだかワクワクする……権利や義務は目に見えないけど、登記簿で見える化するってわけだし」


 私が笑うと、ローザも「ええ、本当に」と嬉しそうに相槌を打つ。きっとエミーも同じ気持ちなのだろう。誰もが土地の売買に怯えず暮らせるなら、私が当主を継ぐころにはもっと豊かな領地になっているかもしれない。12歳になってしばらく経つ私だが、まだまだ幼いところはあるとはいえ、前世の知識を活かして一歩踏み出せた感じがするのだ。


(土地は持ち運べないし、権利だって目に見えない。でも、それを“見える”形にする工夫が大事――法学の本で学んだのがここで使えるなんて、ちょっと不思議だけど嬉しい)


 ふわりと胸が温かくなる。体は少女、心はややこしいままだとしても、こうして私がこの世界で生きていくための道筋が、少しずつ形をとりはじめている。そんな手応えが込み上げてくるのだ。


 午後からは書類の整理や別の学習もあるけれど、今は新制度の構想が頭を離れない。私は「うん、頑張るぞ」と小声でつぶやき、エミーたちに「次は何があるっけ?」と笑顔で尋ねる。何だか今日はいつも以上にやる気に満ちている。暗殺や政治抗争の不安もあるけれど、今はそんなことより、領地をもっと良くする具体的なアイディアをまとめたい。そう思えるのは、私がこの体で領主をやる意義を感じているからだろう。


 12歳になってしばらく経つけれど、まだ先は長い。性別の違和感を抱えながらの毎日も簡単ではない。それでも、こうして改革の種をまき、新たな秩序を作りだせるなら……きっと私はここで成長していける。そんな希望を胸に、私は廊下を歩き出す。いつかこの仕組みが根付き、二重売買なんて言葉が過去のものになる時代が来るかもしれない——そう考えると、自然と笑顔がこぼれるのだった。


前世 日本国 不動産登記法

(目的)

1条 この法律は、不動産の表示及び不動産に関する権利を公示するための登記に関する制度について定めることにより、国民の権利の保全を図り、もって取引の安全と円滑に資することを目的とする。


民法

(物権の設定及び移転)

第176条 物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。


(不動産に関する物権の変動の対抗要件)

第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。


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