昼の男子ノリを語る私と、からかう侍女たち――心の中の違和感
夕暮れの茜色が空を染め、館の壁面に長い影を落としていた。男装“リオン”として街に出ていた私は、護衛とエミー、ローザに護られながら、無事に帰館を果たす。日中の裁配人室訪問と、その後の少年たちとのランチは、思っていたより充実した時間だった。けれど、今こうして館の玄関をくぐり抜けると、一気に“私”が戻ってきて、ちょっと不思議な感覚が胸をつつく。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
待ち構えていた侍女長ベアトリーチェが、小さな会釈とともに出迎える。だが、私は今“リオン”のままだ。慌ててエミーがそばへ駆け寄り、「ただいま戻りました、リオン様が先ほどまで外出されておりまして……」と苦笑い混じりに説明する。ベアトリーチェは「ええ、存じておりますよ。ひとまずお着替えになられるのでしょう?」と落ち着いた声で答え、私に視線を投げかけた。彼女が特に驚きもせず受け入れてくれるのはありがたいが、内心ちょっと恥ずかしい。
「うん。もう……今日は男の子の格好はおしまい。部屋に戻るね」
ベアトリーチェが控えめに一礼すると、私は軽く会釈を返して館の廊下を進む。慣れたはずの男装だが、やはり館の中に戻ると“偽りもの”をしている感じが強くなって落ち着かない。私が足を速めると、エミーとローザもそっとついてきてくれた。
自室に入ってまず深い息を吐き出す。夕闇の帳が広がりつつあり、窓の外にはほんのりとした橙色が残るだけ。明かりを灯した部屋には、大きなベッドが静かに待っている。やっぱりここが私の帰る場所——と、改めて思うと、不思議な安堵感に包まれた。
「リオン様、いえ、お嬢様。男装の服は脱がれますよね? ドレスへお着替え……とはいかないまでも、普通の服にしましょうか?」
「うん。さすがにもう、その格好はいいかな……くつろぎたいし」
私はコートとウィッグを外し、帽子も脱いでテーブルに置く。次いでブーツを脱ぎ、シャツのボタンを外していくと、一日の緊張がどっと解けていく。鏡を見ると、そこには“リオン”を名乗っていた少年の姿が半分だけ残っていて、もう半分は仮面を外した少女の気配が浮き出ている。思わず苦笑してしまう。
(やっぱり変な感じだな……男装するときは自然に少年たちに溶け込めるのに、館へ帰るとこんなに違和感……どっちが本当の私なんだろ)
そんな問いを抱えつつ、エミーとローザが手際よく私を着替えさせてくれる。最終的に、ゆるい部屋着のようなワンピースを着せてもらい、肩まで降ろした髪を簡単に梳くと、やっと身体が軽くなった。
「おかえりなさい、お嬢様。……これで完全に戻った気がしますね」
「うん……ただいま、かな。なんだか男の子の格好は息が詰まるのか、でも外では自由な感じもあって……複雑」
二人はクスッと笑う。その表情には、私のややこしい心境も察してくれている優しさがうかがえた。
「では、少し休んでから夕食にしましょうか。そろそろ洗顔などなさいます?」
「うん。ありがと。……もう夕飯すぐでしょ? 先に軽く洗って……あとはゆっくりする」
そう言って私はドレッサーの前へ行き、ウィッグから残る整髪剤を拭う。エミーがタオルを持ってきてくれ、ローザがささっと手伝ってくれるのがありがたい。ついさっきまで少年たちとご飯を食べていた自分が、いまは伯爵家の当主見習いとして館の部屋にいる不思議さに内心で笑ってしまう。
ひと段落して夕食を済ませ、私が部屋へ戻るころにはすっかり夜の帳が落ちていた。窓の外には月が薄ぼんやりと浮かび、もう外での仕事をするには遅い時間。廊下には適度に設置された魔法灯がともり、館全体に静けさが流れている。そんな中、私はふと思い立って部屋のソファに腰を下ろした。まだ寝るには早いから、少し本でも読もうかな……と思いながら、エミーとローザがどうしているか気になる。
「お嬢様、失礼します。……今夜はもうお休みの準備をなさいます?」
「ん……まだいいよ。ちょっと、今日のことを振り返りたいというか……」
エミーが慎重に戸を開けて顔を出したので、私は苦笑して手招きする。直後、ローザものぞき込み、「お入り、二人とも」と私が声をかけると、彼女たちは控えめに入室してきた。これだけでわかる——今夜も“ガールズトーク”が始まりそうな雰囲気だ。
「今日、楽しかったでしょ? 男の子の格好で少年たちとお昼を。街の様子も知れて、いい日でしたね」
ローザがふわりと微笑む。その顔を見た瞬間、私は何だかくすぐったい気持ちになってしまう。昼に経験した“リオン”としての時間は、私にとって未知の楽しさがあったけど、同時に言えない秘密や違和感も募る。それを彼女たちが察してくれている気がするからだ。
「うん……すごくいい一日だった。裁配人室の用事も済んだし、フューゴたちとも再会できてさ……」
「きっと、久々に少年同士のノリが心地よかったんじゃないですか? お嬢様は普段、当主として気を張ってますもんね」
「そ、そうかも……。でも、やっぱり男の子の格好って疲れるよ……。とくに彼らが身分を気にしないのは嬉しいけど、性別は……黙ってるわけだから」
私がしみじみと本音をこぼすと、エミーが「それにしてもフューゴさんたち、とても無邪気でしたね」と穏やかな声で返す。前世の男の記憶があるからって“完璧に少年”を演じられるわけではない。ここ最近の私の体は少女として成長しているからこそ微妙なギャップがある。甘味巡りのときは気にしなかったが、今は戸惑いも増しているのだ。
「……しかも、彼らが私のしゃべり方に“柔らかい”って違和感を抱いたみたいで。ちょっと焦ったよ。まあ、深入りされなかったからいいけど」
思わず漏らした言葉に、私はソファの背に身体を預ける。エミーとローザは顔を見合わせて小さく笑った。
「もう少しカッコよく振る舞ってみるとか、いかがです? 少年らしい言葉づかいを増やすとか」
「う……それはそれで違和感あるし……。」
「ふふ、乙女と少年の境界線、行ったり来たりですね」
ローザの指摘に、私はドキリとする。私は少女だ。でも“リオン”で外を歩くときは男の子らしさが欲しいし、前世の感覚が蘇る部分もあって意外と楽しめてしまう。そんな不思議なバランスに自分でも戸惑うばかりだ。
「それに今日、フューゴたちに侍女のこと聞かれて、つい“勉強中の貴族”って言っちゃった。びっくりしてたけど、『へえ〜』って感じで受け入れられて……あれも何だか嬉しかったな」
思い出して笑うと、エミーとローザも「よかったですね」と頷く。身分を明かすと敬遠されるかと思いきや、彼らはむしろ好奇心を示すに留まったのだ。私の性別はバレていないし、彼らは騒ぎ立てないから本当にありがたい……と考えると、何とも複雑な安堵感が広がる。
(身分と性別、どちらも彼らの想定外だろうに、あんなに素直に受け入れてくれるなんて……。嬉しいけど、ちょっと罪悪感もあるんだよね。私は本当は女の子なのに)
そんな思考をこらえつつ、私はソファのクッションをぎゅっと抱きしめる。彼らとの再会を話すうちに、少し鼻歌混じりになりそうなほど気分が良くなってきた。いまのところ彼らに迷惑をかけていないし、次回また会えるなら会いたい——そう思うと、自然に笑みがこぼれる。
やがて会話がひと段落したタイミングで、ローザが真剣な表情を浮かべ、「さて、お嬢様」と切り出す。これはまた別の衣装やドレスの話だろうか……と身構えてしまう私。
「そろそろ、女の子の服装にも慣れてほしいんですよね。次の正式な場ではドレス姿をお見せする必要もあると思いますし」
「うう……やっぱりそうなるよね。コルセットとか本当に苦手なんだけど……」
「仕方ありません。いまのうちに少しずつ慣れましょう。男装で外を歩くだけが勉強じゃありませんから」
エミーが柔らかく笑う。私がグチをこぼすのをわかっていながら、遠回しに「少女としても堂々とできるようになってほしい」とアピールしているのだろう。確かにこの先、当主として公式の場に出るときは、少女らしい振る舞いが必須。前世が男だとか、リオンとして慣れているからという言い訳は通じない。
「……まあ、わかったよ。頑張る。いつかフューゴたちの前で“女の子の私”を見せる日が来るかもしれないし……」
「ふふ、それはそれで楽しみですね。どんなリアクションをされるのか」
また笑いが弾け、部屋は和やかな空気に包まれる。エミーとローザが軽くからかうように「きっと似合いますよ」と言い、私は「勘弁してよ……」と肩をすくめる。そんなやりとりがいかにもガールズトークらしく、今夜もつい夜更かしになりかけそうだ。
しかし、そこへノックの音が静かに響く。「失礼します……夜分も遅く……」という侍女長ベアトリーチェの慎重な声が続き、私たちは「はーい、寝ますー」と声をそろえて返事する。こうしてまた夜更かしを注意される前にお開きにしないと、昨日の二の舞になってしまう。
私は大きく伸びをして、「じゃあ……寝よう」と決める。エミーとローザも笑顔で頷き、それぞれ自分たちの寝床へ。私はふかふかの布団に身を沈め、明かりを落とした部屋の微かな暗がりをまぶたに感じながら深呼吸する。昼間の余韻が頭の中にまだ残っていて、眠気とともに心地よい混乱が広がる。
(結局、身分も性別も隠したままだけれど、楽しかった。彼らは優しかったし、ここでのガールズトークも落ち着く……。こんなふうにいろんな顔を使い分けるの、大変だけど悪くないかも)
心の奥でそんな思いを抱きながら、私は布団の中で目を閉じる。いつか少年たちが私の正体を知ったらどうなるのか、あるいは私自身、もっと少女として表に立つときが来たらどうなるのか。いろんな疑問はあるけれど、今はひとまず疲れを癒やしたい。ガールズトークの笑い声がまだ耳に残るこの夜、私は静かに意識を手放し、柔らかな眠りの闇へと溶け込んでいった。
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