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少年たちと食べる昼の味――秘密はそっと胸の奥に

 合同庁舎から出た私は、男装の“リオン”としての身なりを整えつつ、エミーとローザに目配せをする。二度目の裁配人室訪問も順調に終わり、既に用事は片づいた形だ。お昼前の街路には、そこかしこで屋台や商店の呼び声が響いていて、何か楽しいことが起こりそうな予感がする。


「さて……このまま少し歩こうか。帰るにはまだ早いし……」


 そんなことを考えながら視線を巡らせていると、背後から甲高い呼び声がした。


「おーい、そこの兄ちゃん! やっぱりリオンじゃねえか!」


 振り向けば、少年グループの中心で手を振るのはフューゴ。以前、この町で甘味巡りをしたときに一緒に食べ歩きした仲間だ。彼の後ろには数人の少年が続いていて、楽しそうな雰囲気のままこちらへ駆け寄ってくる。


「フューゴ……!? あ、久しぶり……! まさか、こんなとこで会うなんて」


 思わぬ再会に一瞬戸惑いながらも、思わず顔がほころぶ。フューゴは相変わらず元気そうな笑顔で、ぐいぐいとこちらへ近寄ってくる。


「そっちこそ、なんでここに? 俺ら、用事があって来たんだけど、まさかリオンに会えるとは思わなかったな。ちょうど腹減ってたし、一緒にどうだ? メシ行かね?」


「メシ……? どうしよう……」


 私が少し視線を揺らすと、エミーとローザは互いに目を合わせてから微笑むように小さく頷く。二人とも私に向かって“どうぞご自由に”という合図をくれたので、私は気恥ずかしさと嬉しさを抱えながら「なら……お邪魔じゃなければ」と答えた。するとフューゴだけでなく、彼の仲間たちも「いいね、行こう行こう!」とテンションを上げる。彼らの明るさにつられて、私も「まぁ、いいか」と心を弾ませる。


「よーし、じゃあ決まりだな。ほら、リオン、前に甘味巡りしたときも楽しかったろ? ここら辺にも旨い店があるんだぜ」


「そっか、うん。どんな店か楽しみ」


 エミーとローザには目で合図を送り、二人は心得たように「周辺をぶらついていますから、何かあれば呼んでください」と離れていく。私としては初めて彼らと“食事”をする形だけど、甘味を一緒に食べた経験もあるし、妙な警戒感はない。むしろ、ワクワクした気持ちが湧き上がっていた。


 フューゴたちが案内したのは、裏路地を少し進んだ先にある庶民的な食堂。看板に肉の絵が描かれ、手ごろな価格帯を売りにしているらしく、扉を開けるとほどほどにお客さんが入っている様子だ。彼らは慣れた調子で空いている席に陣取り、「ここは量が多くて安いんだ、リオンも絶対気に入る」と自信満々に語る。


「オレらしょっちゅう来るわけじゃねえけど、腹減ったときはココがベストなんだよな」

「へえ……そうなんだ」


 メニューを覗き込むと、肉をメインに据えたプレートやスープなどが並んでいて、確かにがっつり食べられそう。私は男装の“リオン”として、少し大口を叩くぐらいがちょうどいいかもしれない。店員が注文を取りに来ると、フューゴが「あっ、肉プレートでいいだろ?」と勝手に決めようとして、私も「うん、それで頼むよ」と乗っかる。やや量が多そうだけれど、それも少年らしさを演出するにはちょうどいい。


「よーし、じゃあオレたちも同じやつで。スープも頼もう!」

「ふふ、意外と注文量が多いね」


 手際よくオーダーを通したあと、私たちはのんびり会話を始める。フューゴが思い出したように私を眺め、「つーか、リオンって……前よりなんか雰囲気違うような。ときどきしゃべり方が柔らかい気がするけど……気のせいか?」などと首をかしげた。

「え、そ、そう? 気のせいじゃないかな……」

 私は思わず背を伸ばしてごまかす。少女としての言葉づかいが漏れかけているのかもしれないが、フューゴはそれ以上は追及しないで「ま、いっか」と笑った。ただ、彼の視線が微妙に私の動作を観察しているのを感じ、内心ドキリとする。


「ところで、リオン、あの綺麗なお姉さん二人は何? 姉ちゃんなのか?」


 そう言われて私は身をこわばらせ、ほんの一拍あけて口を開く。


「あ……あれは姉じゃなくて、侍女なんだ。世話をしてくれる人たちで……」


「え、侍女? まじか……すげー。なんで侍女なんて連れてんの?」


 少年たちの目が丸くなるが、私はもう嘘を隠しきれないと思い、軽く息をのむ。貴族であることをあまり公にするつもりはなかったが、ここは正直に話すしかなさそうだ。


「えっと……実は、俺は……勉強しに来てる、貴族なんだ。そんな大した家じゃないけど、一応いろいろ学ばなくちゃいけなくて」


「うお……本物の貴族? まじか……」

「初めて見た! すげえな……」


 少年たちは声を上げて驚くが、そこに強い敬意や距離感は感じられない。あくまで「貴族ってどんなもん?」という興味が勝っている様子で、私が慌てて取り繕うまでもなく、彼らは目をキラキラさせている。


「勉強ってのも大変そうだな。でも別に、オレら、リオンのこと貴族だからって気にしねえよ」

「うん、なんか、普通に話せる感じの奴だし」


 そのフラットな態度に、私はほっと胸を撫でおろすと同時に、「でもやっぱり身分とかあるんだよな……」と心のなかで複雑な思いを抱える。しかし彼らの素朴な反応が嬉しくて、自然に笑みがこぼれた。


(身分を知られても全然態度を変えないんだな……ありがたい。とはいえ、本当は性別の差もあるんだけど……うう、そこは黙っておこう)


 そんなセルフツッコミを心で呟いていると、注文した料理が到着し、話題は肉料理の話や店の人気ぶりに切り替わる。少年たちは「ほら、早く食おうぜ!」とやけに楽しそうだ。私もさっきの緊張が解けて、再び食事に集中することにした。


 店を出たあとは、明るい昼の通りを一緒に歩いていく。フューゴたちは午後の用事があるらしく、「そろそろオレら、離れるわ」と手を振り、私とも自然に別れる流れになった。名残惜しくはあるが、これ以上付き合うと私もエミーとローザを待たせてしまう。


「じゃあ、リオン、また今度会おうな。貴族だからどうってことはないけど、オレらは別に構わないしさ。気楽に来てくれよ」


「うん……ありがとう、フューゴ。もし機会があれば、また甘味でも食べに行こう」


「おうとも!」


 彼が軽く拳を差し出すので、私も男装らしく拳をコツンと当てて応じる。こういう少年同士の振る舞いは少しぎこちないが、前世の男だったころを思い出す感じもあって、なんだか恥ずかしくも懐かしい。視界の隅でエミーとローザがにこやかにこちらを見ているのを感じ、私は心を弾ませながらフューゴたちと別れた。


 合流したエミーとローザは、「リオン様、お疲れさまでした。すごく楽しまれてましたね」と微笑む。私は苦笑しつつ、


「うん……ちょっとびっくりされたけど、彼らは身分とかあまり気にしないみたい。性別のことは……まあ、それも言ってないし、言う気はないけど……」


「そうなのですね。でも、よいお友達になれそうでは?」


「そうだね……性別はともかく、こうして気軽に話せるなら嬉しい。ま、今はこれでいいよ」


 ホッとした笑みを浮かべ、私は護衛たちのいる場所へ戻る。すでに馬具付きの車が待っていて、準備万端だ。座席に腰かけると、満腹のせいもあり、緊張が解けて身体がほわっとだるくなる。けれど、心の中は満たされた気持ちでいっぱいだった。二度目の裁配人室訪問が終わっただけでなく、思わぬ再会があったのだから。


 馬具の車が静かに走り出し、街の喧騒が遠ざかっていく。この日は貴族だとバレても大騒ぎにならず、むしろ「へえ、すごいな」と興味を持たれるくらいで済んだのが救いだ。性別のことまで話す機会はなかったが、もし今後仲良くなれば、もっと踏みこんだ話をする日が来るのかもしれない……なんて考えると、少しだけ胸が高鳴る。


(とりあえず、今日はこれで十分。男装のまま少年たちとの昼食を楽しんで、勉強もできたし……。いい一日だったな)


 そんな満足感を抱えながら、私はゆっくりと目を閉じる。車の揺れに身を任せて館への帰路につく間、性別や身分の壁があることを意識しながらも、心が軽やかなまま次の日へと向かっていくのだった。

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