現地視察前夜、笑いあり恥じらいありの乙女心
部屋のカーテンから差し込む柔らかな朝日が、床にぼんやりと金色の帯を描いている。私はその輝きにまぶたを刺激され、ゆっくりと目を開けた。廊下に響く人々の足音から、館が動き出したことを察するいつもの朝なのに、なぜか昨夜の“ガールズトーク”が頭の片隅に残っていて、自分でも不思議な気分になる。
「……おはよう」
私は豪華なベッドから体を起こし、小さく伸びをする。今のところ、昨夜の疲れはそれほど感じない。むしろ月日が経つにつれ、体が少しずつ“少女”として安定してきている気がしてならない。前世なら男の身体だったはずだけど、今はこの体で生きるしかない——そんな違和感をいつも抱えながらも、ここ数日は割と調子がいい。
ふと視線をめぐらすと、エミーとローザが早くも起き出して部屋の中を整えている。私たちは同室で寝起きを共にしているせいか、目が合った瞬間、二人は“おはよう”の代わりに優しい笑みを返してくれた。ここで一緒に過ごすのは、私にとってもいつの間にか当たり前になっていて、こんな何気ない朝の光景にも温かさを感じる。
「おはようございます、お嬢様。今日もいい天気ですね」
「おはようございます。朝食の準備はあと十分ほどで整いますよ」
そうだ、あれだけガールズトークで盛り上がった後でも、二人ともきっちり朝の支度をできるのがすごい。私はまだ寝ぼけ気味だが、彼女たちと一緒に朝を始められるのは悪くない気分だ。
「それじゃあ、顔洗ってくる……」
「はい、お嬢様、洗面所へご案内しますね。無理はしなくて大丈夫ですよ」
「うん……ありがとう」
部屋を出て、軽く洗面を済ませながら、私はあらためて頭を切り替える。夜中まで盛り上がった“女子トーク”の名残がほんのりあるが、朝になれば心を領主(見習い)としての仕事にフォーカスしないと。領地を治める重みを感じる以上、遊んでばかりはいられない。
(そう……私は“領主”だから。いずれ本格的に私が立たないと、国が領地を召し上げるかもっていう話も出てた。いつまでもガールズトークに浮かれてるわけにはいかないよね)
思い返すと、私の伯爵家には厳しい現実がある。何かの拍子で私が失態を犯せば、領地召し上げの危機も本当に起こりうる。下手をすれば政治の混乱を招き、革命とか内紛に巻き込まれ、命を落とす可能性すらあるかもしれない——いや、考えすぎかもしれないけど、封建制のこの世界では決してあり得ない話でもない。となれば、しっかり学び、立派に統治する術を身につける必要がある。
「お嬢様、お仕度はいかがなさいます? 今日は大きなご用事もないとのことですし、シンプルなドレスでもよろしいでしょうか?」
「うん、それでいいよ。ありがとう」
私が答えると、エミーが肩をすくめて愛嬌たっぷりに微笑みかける。夜中のテンションとは打って変わって頼もしい表情だ。こうして日中は侍女として、私のサポートをきっちりこなしてくれるのだから有難い。
「朝食を済ませたら、今日も座学と見習いの仕事ですよね? 無理なさらないでくださいね」
「ありがとう。でもがんばるよ。さて……朝ごはん、食べに行こうか……」
ひととおり身支度を終えて食堂へ向かう。朝の光が差し込むホールは温かい雰囲気に包まれ、テーブルには温かいスープとパンなどが並べられている。私は腰を下ろし、ゆっくり味わいながら喉を潤す。エミーとローザがそばで控えているが、一緒に食べられるときは食べるし、仕事の合間に後で食べることもある。今回は「私が先に失礼して食べるからね」と言って、彼女たちも一緒に席につく形だ。
「ところで、お嬢様、今日はお勉強と見習いですけど……何か気になる課題ってあります?」
ローザが尋ねるので、私はスープをすすりながらふと思案する。今は私が見習いとして統治の基礎を学んでいる段階。書類仕事や報告書の分析はこなしているものの、まだまだ実際の運用がどうなっているか把握しきれていない。
「うん……実は“裁配人”のことがちょっと引っかかってるんだよね。以前ボリスさんが言ってたけど、ウチの領地にもある制度で……もっと改善できないのかなって」
「裁配人……ああ、各地区で“もめ事の仲裁役”を務める人ですよね? 住民同士のトラブルがあれば、まずはそちらに相談するという仕組みでしたよね?」
「そうそう。制度としては古いらしくて、あまりうまく機能していない例もあるみたい。私もまだちゃんとわかってないけど、今後いろいろ手を入れるべきかもしれない。小さく改革できるなら、小さくから始めたいなと」
私がそう言うと、エミーとローザは複雑そうにうなずいた。二人とも地元の小さなモメ事を耳にすることが多い立場だが、大半がまだ私に報告される段階までいかないらしい。裁配人が片づけてしまうのか、あるいは泣き寝入りなのか……。そこに何か歪みが潜んでいるなら、見習いとはいえ当主として対処していきたい気持ちがある。
「でも、お嬢様、裁配人制度ってなかなか複雑ですよ? 今でも実際にその役目を担っている人がいるわけですし、そう簡単には変えられない気がします……」
「そうかもしれない。でも、放っておくと住民の不満が膨らんで、大きな騒動に発展したりしたら嫌だから……」
「そ、騒動……それは、さすがに大きい話ですが、確かに油断はできませんよね……」
ローザが目を丸くして苦笑する。私も言いながら、さすがに“革命”という言葉は大仰だったかもしれないと思うが、あり得ないわけではないのが領主制の怖いところだ。王家や貴族とのパワーバランスが崩れれば、領地召し上げだってありうる。
「ま、まあ……どちらにせよ、いきなり大改造なんてできないし、とりあえず現地を見に行くのが先だよね。座学だけじゃ実態がわからないし」
「お嬢様、現地というと……実際に近隣の村や、裁配人さんがいる地区を回るイメージですか?」
「うん、そんな感じ。ちょっと“リオン”になって見に行こうと思うんだけど。まだ予定は決まってないけど、今日あたりボリスさんに相談してみようと思う」
そう、私は男装“リオン”の姿で外を歩くことがときどきある。暗殺リスクがある伯爵家の少女として堂々外を出歩くのは危険だから、少年のフリをして行動するのだ。しかも前世が男だったから、そこまで居心地は悪くない……と言いたいが、最近は微妙に体が女の子に成長しているせいで違和感も増してきたのが本音だ。
「なるほど……それならエミーと私も同行しますよ。安全もそうですけど、いろいろサポートがないと大変ですよね、特に小さな村まで行くなら」
「助かる。じゃあ後でボリスさんに言って、なるべく早く出かけたいな。……もしかしたら、明日とか?」
「わっ、早いですね。でも確かに、そういうフットワークの軽さも大事ですよ」
エミーの言葉に頷きながら、私はパンをかじり、朝食を少しずつ終わらせる。頭の中では「明日からすぐ行けるのかな? ボリスさんが予定を組んでくれるかも」と考えるだけでちょっとわくわくしてくる。前世の男だった私が異世界の領地を回るって、何だか冒険感があるし、伯爵家の当主見習いとしての成長にもつながりそうだ。苦労は多いだろうけど、退屈な座学だけよりはモチベーションが高まる。
結局、その日の昼過ぎ、摂政ボリスさんと打ち合わせしてみると、「そんなに急ぎじゃないかもしれませんが、お嬢様が現地を見たいというなら手配しますよ」という返事をもらった。まさか本当に明日に出かけられるとは……。驚きつつも、早速行動できることに嬉しさがこみ上げる。何だかんだ言って、私が「動きたい」と言ったらすぐに応じてくれるのは恵まれているのかもしれない。
「明日からだと、準備は今夜中にしなきゃいけないね。あんまり大掛かりにならないようにしないと、目立っちゃうから」
私はエミーとローザにそう告げると、二人は「わかりました、最低限の荷物と同行の護衛を手配しましょう」と手際よく動き始める。こういうときに頼れる侍女がいるってありがたい。
「ただし、お嬢様はリオンになるってことですよね? 服装はどうします?」
「そうね、昔使ってた男装を引っ張り出すことにする。……やや窮屈に感じるかもしれないけど、今は仕立て直す余裕ないし……」
「え……そ、そうですね……」
あまり深く考えたくないが、私の体はちょっとずつ女性らしい丸みを帯びつつある。そのぶん、男装のサイズ調整が微妙に追いついていないのだ。そこに引っかかる違和感を噛みしめながらも、「まあ、多少無理すれば着れるはず……」という判断に落ち着く。
「じゃあ今日はもう、勉強はこれくらいにして、明日の準備をメインにしようかな……夕食まで資料を整理して、夜になったら……」
「夜になったら、また念入りにお風呂で……洗いますか? 明日は久しぶりの外出だし、できるだけ清潔にしてからがいいですよね」
「うっ……まあ、そうだけど……。わかったよ」
エミーの申し出に私は何とも言えない表情を浮かべる。彼女とローザに丁寧に洗われるのは助かるけれど、どうしても恥ずかしさは拭えない。しかも最近「大人になっていますね」なんて言われると、冗談でもドキリとしてしまう。ちょっと“それってセクハラ気味じゃ……?”と感じなくもないが、彼女たちが悪気なく世話を焼いてくれているのはわかるから、口に出せない。実際、忙しい日々の中で完全に自分で洗いきるのは難しいという事情もあるのだ。
(でも、さすがに毎回恥ずかしい……。エミーとローザは気にしないのかな。私のことを子ども扱いしてる? ……うーん、気にしてる余裕ないか)
黙って準備に取りかかり、荷造りを進める。エミーとローザは何やらメモを取りつつ「護衛は最小限」とか「道中の食糧はどうするか」など細かい打ち合わせをしている。私は“領主”として、こういう行動をちゃんと計画できるのが少し楽しくなってくる。紙の上だけじゃなく、現地を見ることが統治を学ぶ近道だと思うし、何より気分転換にもなるはずだ。
夜になり、夕食をいただいて一息ついたあと、エミーとローザが「そろそろお風呂へ行きましょうか?」と声をかけてくる。私は気が重いまま「うん」と答える。だって、念入りに洗われる=隅々まで見られたり触られたりするってことで、ここ最近ますます体が成長しているのを実感してきた私にとっては耐久イベントでもある。
浴室に入ると、すでに湯船がちょうどいい温度になっていて、湯気がもわっと立ち込めている。私は服を脱ぎ捨ててバスタオルを巻き、恐る恐る足を湯に浸す。ふわっと体が温められて「はあ……」と思わず息をつくと、後ろからエミーとローザがタオルを泡立ててやってくる。もう慣れた光景といえばそうだけど、やっぱり恥ずかしい……。体は女子そのものだから、あまり触られると気まずい。セクハラだと抗議したいのを堪え、じっと耐える。
「えっと、失礼しますね……お嬢様、腕を上げて……」
「背中は私が……腰も丁寧に洗いますね」
「ふ、ふう……。はい、お願いします……」
彼女たちは大人になっていく私の身体を見ても気にしない様子で、慣れた手つきで洗ってくれる。若干のくすぐったさと冷や汗が混じるが、体自体は気持ちいい。外に出れば男装“リオン”になるし、この身体を隠すにはこうして清潔にしておくのが必須だ。納得して自分を無理やり納得させていると、エミーがふと微笑んで囁く。
「お嬢様、やっぱり大人の体になってきてますよね……最初のころと比べて背も伸びたし、ラインが少し丸みを帯びて……なんというか、綺麗です」
「え……そ、そんなことないよ……」
私は思わず顔を真っ赤にしてしまう。ローザまで「そうそう、胸もほんのりふくらみが出てきて……」なんて言い出すもんだから、なんというかこれはセクハラじゃないの!? と思いたくなる。しかしこの状況で反発するのも気まずい。私は口に出せず、タオルを顔に押しつけて「うう……」と唸るしかない。
「ご、ごめんなさい、お嬢様……痛むところはないですか?」
「だ、大丈夫だけど……もう、恥ずかしいから、その話やめて……」
エミーとローザは恐縮気味に笑いながら、「はいはい、失礼しました」と身を引く。別に悪意じゃないのはわかっているので、私もあまり強くは言えない。彼女たちの手による念入りな洗いを受けていくうちに、いつしか身体の疲れがほぐれていく感覚がある。お風呂から上がるころには、頭がぼんやりするほど体はぽかぽかだ。
部屋に戻って寝間着を着ると、時計は既に夜を示している。エミーとローザが「お嬢様、明日は早めに出発ですもんね。しっかり休んでください」と声をかけてくる。私は軽く首を振って「うん、わかった……」と布団の上に腰を下ろした。
「ありがとうございます、二人とも……なんだかんだいって助かるよ。明日、いよいよ“リオン”で外を歩くから……正直ちょっと緊張してる」
「緊張、ですか? 危険のことを考えてですか?」
「うん、それもあるし、座学ばかりじゃわからないことが多いから。でも……やっぱりワクワクもある。領地の人々がどんな暮らしをしてるか、この目で見たいし」
そう言うと、二人は頼もしげに微笑んだ。ローザが「私たちもしっかり護衛しますし、楽しみにしてますね」と元気づけてくれる。エミーも「『裁配人』については私も少し気になってましたから、いい情報が集まるといいですね」と返す。そんなやりとりをしつつ、最後は「じゃあおやすみなさい、お嬢様」と二人が普通のベッドに戻る形だ。暗殺などの不安はあるものの、同室の安心感は変わらない。
私は大きなベッドに潜り込み、ふかふかの布団を引き寄せながら、明日のことを思い描く。痛みも今はもうないし、男装“リオン”になって歩き回るのも久々だから緊張と興奮が半々。昔は男だった記憶を持つ私にとって、“少女としての体で生きる”感覚と“男装”のミスマッチをどう扱えばいいのか、いまだに戸惑う面も多い。だが、私が当主として領地を見渡すためには必要な手段。こうして一歩ずつ前に進んでいくしかない。
(まあ、エミーとローザがついてくれるから、大丈夫だよね……)
思わず微笑みをこぼす。夜ふかしの楽しいガールズトークや、恥ずかしい入浴シーン、そして“領主”としての責任感——あれこれを思い浮かべているうちに瞼が重くなる。きっと明日は緊張の連続だろう。でも、今はほんの少しのワクワクを抱えながら、ゆっくり眠りに落ちていきたい。
――こうして私は、新たな挑戦に踏み出す前の夜を迎える。座学だけでは得られない現地の実態を知るため、男装“リオン”として明日から動き出す予定だ。領地を守る道は険しいかもしれないが、もう“子ども”とは言えないと自分に言い聞かせつつ、やっぱり恥ずかしさも拭えない。ただ、その複雑な感情も含めて私の大切な一部なのだと感じながら、私は布団に包まれて静かに目を閉じた。
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