みんなが笑うから、私も嬉しい。そんな夜更かしの翌朝
まぶたを開けたときには、すでに窓から薄い光が差し込んでいた。隣室から聞こえる足音や、廊下を行き来する朝の空気が、ゆったりとした時間の流れを感じさせる。私は何度かまばたきをし、しばし寝ぼけた頭を働かせる。
(……昨夜、けっこう騒いじゃったっけ……? 気づけば守衛さんに心配されて……ああ、思い出した)
体を起こそうとして、思わず苦笑してしまう。珍しく、エミーとローザが“夜ふかしガールズトーク”に持ち込んで盛り上がったせいで、寝たのはかなり遅い時間だった気がする。おかげで寝不足のだるさが体に残っているけれど、嫌な疲れではない。どちらかというと、楽しかった余韻が温かな満足感に変わっている感じだ。
「うーん……眠い……」
口元を押さえてあくびをこらえながら、豪華な大きいベッドからそろりと降りる。見ると、部屋の隅にはエミーとローザの普通サイズベッドがそれぞれ配置されている。すでに片方のベッドはカーテンが引かれ、誰かが起き出したのか、布団もきちんと整えてあるようだ。もう一方には人影が見える——ローザかエミーのどちらか、まだ寝ているのかもしれない。
「あ……お嬢様、おはようございます……」
ちょうど部屋のドアが開き、エミーが軽く頭を下げて戻ってきたところだった。たぶん洗面所に行っていたのだろう。私はあくびをこぼしながら「おはよう……」と小声で返す。すると、エミーが頬をくすっとゆるめ、なんとも言えない照れ笑いを浮かべる。
「昨夜……結局遅くまでお話ししちゃいましたね。騒ぎすぎたかも……。お嬢様は、大丈夫ですか?」
「うん、まあ……眠いけど、そこまで辛くはないよ……。二人のほうこそ、だいぶ興奮してたけど……平気?」
「ふふっ、私は平気ですよ。ローザはまだ眠そうにしていますけど……。楽しかったですね、久々にあんなに笑っちゃって」
エミーのはにかんだ表情から察するに、彼女自身も夜ふかしのツケが多少きているらしいが、それ以上に昨日の“ガールズトーク”が楽しかったことが伝わる。あれだけ恋バナやら何やらとテンションが高かったのに、守衛さんに「どうなされましたか?」とノックされるまで気づかないのだから恐ろしい。
「……そういえば、ローザはまだ寝てるの?」
「少し前に起きたんですが、二度寝しようか迷ってて……もう少ししたら起きると思います。お嬢様、朝食はどうなさいます? 今日はゆっくりめにしてもいいですよ?」
「うん……そうね、無理しないでゆっくりにしよう。あ、私も洗面してくる……」
私はまだぼんやりした頭で支度を整える。鏡を覗くと、確かに目がちょっと充血しているかも。乙女トークで夜更かしなんて、前世の男だった自分からすると驚きでしかないけれど、今はそういう機会も悪くないと感じる自分がいるのが面白い。こんな穏やかな朝、ちょっと寝不足くらいの代償なら許容範囲かも……なんて考えながら洗面を済ませると、廊下でローザとすれ違う。
「あ……お、おはようございます、お嬢様……。眠い……」
「おはよう、ローザ。大丈夫? 結構夜中まで……」
「はい……ごめんなさい、昨日はやりすぎたかもしれません。でも……楽しくて……」
ローザが恥ずかしそうに口元を押さえて笑う。彼女は年齢的にも20代のはずだが、昨日の夜中は子どものように大はしゃぎしていた印象がある。私はほんの少し罪悪感を覚えつつも、「私も楽しんだからいいよ」と声をかける。内心、「二人とも私より結婚適齢期だし、自分たちの将来を考える時期なんだろうに……。こんな子ども相手に騒いでいていいのか?」という思いが浮かぶ。だが、それを口に出すと怒られそうだ。せっかく彼女たちが気遣ってくれているのに、「余計な心配しないでください」みたいに言われるのは嫌だから。私はその言葉をのど元で飲み込み、ほほ笑みに変えた。
「じゃあ、朝食はゆっくりにして、体力を戻そうね。昨夜、守衛さんにもう一回怒られなくてよかった……ほんとヒヤヒヤしたし」
「ですよね。私たち、なんでもないですって嘘つきましたけど、絶対バレてた気が……」
「バレてるよ……絶対」
そんな会話を交わしているうちに、二人とも苦笑を浮かべる。それから館の食堂へ向かったが、ローザがすかさず昨日の夜の話を蒸し返してきた。
「……そういえば、お嬢様。結局“好みのタイプ”は優しい人、で終わっちゃったじゃないですか。ほんとはもっと詳しく聞きたいんですよ。背が高いほうがいいとか、筋肉質がいいとか、ありますよね?」
「え、またその話するの……?」
「だって気になるんですよ~! エミーも気になってるよね?」
エミーが悪戯っぽく微笑む。私は「もう勘弁して……」と隠れるようにテーブルに顔を埋めたくなるが、朝から元気がみなぎる二人は容赦ない。恋バナが大好物なのか、主人公である私をターゲットに質問攻めする気満々らしい。
「や、やめてよ……。私、まだ12歳だってば……。そんな相手探しなんて考えられないし……」
「でもでも、そのうち舞踏会とかでダンスするかもしれませんよ。せっかく当主見習いとして将来を見据えているんだから、一応の想定はしておいたほうが……」
「いらないってば、その想定。私こそ、ローザたちの将来のほうが気になるし……結婚とか――あ、いや……」
口に出しかけて、私は慌てて途中で言葉を止める。「結婚とか考えなくていいの?」なんて言ったら余計なお世話というか、前世的にはセクシャルハラスメントに聞こえそうだ。私は唇をぎゅっと結んで下を向くが、ローザとエミーはきょとんとした顔をしている。うわ、ちょっと間が悪かったかな……と思っていると、二人は苦笑し合って「何でしょう、今のは?」と囁く。
「い、いえ……なんでもない……ごめん。朝から変なこと言っちゃった」
私は逃げるようにスプーンを手にとり、スープをすすりはじめる。二人が背を向けて「ん……?」と首をかしげているが、そこにちょうど館の使用人がやってきて「失礼します。朝のお茶はこちらへ……」と運んでくれるので、うやむやに流せた。
「う、うん、とりあえずご飯食べよう……ん……おいしい……」
半ばごまかすように口を動かすと、エミーが「ふふ、そうですね」と微妙に釈然としない表情で同意し、ローザは肩をすくめて席についた。なんだか申し訳なくて胸がキュッとなるが、突っ込まれなかっただけまし、と思うことにする。——二人の結婚は彼女たち自身が決めること、私には関係ないのだから。
そうして三人で食事をしながら、いつものようにやり取りを交わす。しかしエミーとローザは、ひとしきり食べ終えたあとに、まだ昨日の夜の延長戦をやる気らしく、私に向けて質問を繰り返す。
「お嬢様、じゃあ昨日の恋バナ続きとして、もし隣領の少年とまた会う機会があったら、どんなお話しようと思います?」
「えー……そもそも、そんなに話すことないけど、領地のこととか……。あの子って、たしか北のフェアレント家の次男だっけ?」
「そうそう。でも可愛い感じの少年でしたよね。あの人と踊るなんて展開もあるかもしれませんよ?」
「踊る!? え、やめて……無理無理」
口では無理と言いつつ、頭の中では微妙に「まあ、話すだけなら……」みたいな思考が生まれてしまう。これが“12歳の少女”としての感覚なのか、前世が男な自分にはいまいち判別がつかない。ただ、どうやら恋愛も“完全否定”じゃなくて、いつかはあるかもしれないという意識が芽生え始めているらしい。昨日の夜ふかしで、二人から色々聞かされた影響だろう。
「まあまあ、お嬢様もいずれは素敵な相手を見つけるはずですよ。――私たちだってまだ見つけてないんですし」
「そ、そうだよね、エミーとローザだって……まだ見つけてない、って……あ」
さっき黙り込んだ話題がまた口に出かけて、慌てて修正する。「あ……えっと、ほら、二人とも美人さんだし、優しいし……すぐ素敵な相手が見つかるんじゃないの?」という言葉でごまかしてみると、エミーが顔を赤らめ、ローザが苦笑を浮かべた。私を怒ることはしなかったが、どこか微妙な空気が流れる。
「そうかな……まだですけどね、私たち。あはは……」
「まあ、お嬢様のほうが貴族としてはいろいろ選択肢があるだろうし……私たちはどうなるか、だよね?」
むしろ二人が遠慮がちに視線を合わせる仕草が切ない感じで、私はさらに言葉に詰まる。やっぱり言わなければよかったかな……でも、もう遅い。なんとか話を逸らしたいところで、ふいにドアがノックされる。「失礼します、館の外で商人が……」という使用人の声がするので、私たちは一斉に「はーい」と応じ、ちょうどよいタイミングで会話を中断する形になった。
昼にかけて、私は当主見習いとしての勉強をこなし、二人は侍女業務に専念する。寝不足のせいで少々ぼんやりするけれど、昨日の夜に交わした笑いの記憶が、なんだか元気を与えてくれているように思えた。頭の片隅では「二人とも結婚を考える時期だろうし……私のほうが負担かけてないかな?」と心配になるが、それを口に出すのはどうにも難しい。
午後になり、書類整理を終えたころ、エミーとローザがそろって私の部屋へやってくる。実は昨夜のトークが未消化なのか、ふざけた口調で言い合いを続行しているらしく、私の顔を見るなり「お嬢様、あれから考えました? 好みの男性像!」とか言い始める。私は手で顔を覆いつつ「も、もういいから!」と返し、また笑いが起きる。これ以上突っ込まれるとまともに答えられないが、二人は面白がっているようだ。
「それにしても、お嬢様、夜中にあんなに笑うとは思わなかったですよ。最近は体調も戻ってきたし、また今夜もお喋りしたくなるかも~」
「え!? また今日も夜ふかし? ……うん、勘弁して……寝不足で倒れちゃうよ」
「ふふ、それはそうですね。でも、これから時々、夜更かしトークしましょうよ。楽しかったし!」
ローザが嬉しそうに微笑む。私はやや呆れながらも、「まあ、まんざらじゃないかもね……」と胸の中で思う。ああ、こんなふうに同室の夜を過ごすのも悪くない。前世が男だった自分には未知の世界だが、今の体としては不思議としっくりきている気もする。
「うん……わかった。なんか、昨夜は本当に騒ぎすぎたけど、楽しかったよ。次は気をつけつつ、ほどほどにね……?」
「了解です、お嬢様! ではまた今夜……いろいろ聞きたいことが!」
「ちょ、ちょっと、ローザ……」
私は思わず眉を下げるが、二人の笑顔に負けてしまう。まあ、彼女たちのおかげで暗い気分にならずに済むなら、それもいいかもしれない。こうして、私のいつもの一日は、乙女の夜ふかしトークの続きをしつつ、ちょっとまだくすぶる話題(エミーやローザの将来)には触れきれないまま、賑やかに終わりを迎えるのだ。
またどんな会話が花開くのか——不思議なことに、いまはそれが少しだけ楽しみでもある。
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