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夜ふかしガールズトークと、ちいさな秘密

 夜の帳がしんしんと降りる頃、私たち三人――私と、侍女のエミー、ローザは、いつものように同じ部屋で寝支度を整えていた。この部屋には私のための大型で豪華なベッドが中心に据えられていて、壁際にはエミーとローザ用の普通サイズのベッドが二つ。安全面を考慮しての“三人同室”が続いているが、今となってはずいぶん気楽で居心地がいい。


 下腹部の痛みももうない。数日前の激しい痛みが嘘のように日常が戻った今、こうしてみんなで揃って寝られるのはほっとする。……なのだけれど、今夜はエミーとローザのテンションがいつも以上に高いような気がしてならない。


「お嬢様、もう寝ちゃいます? まだそんなに遅い時間でもないですよ?」


 ローザが、私がベッドに潜り込もうとするのを見て、ちょこんと声をかけてくる。その顔にはなんだかウキウキとした笑みが浮かんでいて、私はまばたきをする。彼女のベッドの上にはふかふかの枕が並び、まるでピクニック気分のように整えられている。


「うーん、今日は少し疲れたから、早めに寝ようかと思ってたけど……。どうしたの?」


 私が首を傾げると、エミーが続けてくすくす笑いながら手を振る。


「実はちょっと――夜ふかしトークしませんか? お嬢様もだいぶ元気になられたし、最近はバタバタしてましたしね。たまには楽しくおしゃべりしたいなって」


「おしゃべり……。ま、別にいいけど……」


 軽く抵抗を感じながらも、彼女たちのやる気に引っ張られる形で、私は豪華ベッドから降りてローザの普通サイズベッドの端に腰かける。近ごろは私の体も回復しているので、夜ふかしに付き合える程度の余力はある。ふと気づけば、もう12歳を迎えてからそこそこ日が経つんだな――なんて思い返すが、エミーとローザは20代。彼女たちのほうがいろいろと“大人の事情”を抱えているんじゃないか……という思いが頭をかすめた。でも、そんなことを言えば怒られそうなので黙っておく。


「それじゃあ……何話すの? 私、あんまり話題ないけど……」


「うふふ、やっぱりまずは恋バナですよ、恋バナ!」


 エミーがビシッと指を立てて笑顔で宣言し、私は一瞬で表情がこわばる。前世が男だった私は、こういう“女の子の恋愛トーク”にどうついていけばいいかいまだにつかめていない。まあ、いつものことだが、二人の勢いに押されてしまうのだ。


「恋バナ? 私、ほんとにないってば……こんな12歳にどうしろと……」


 そう口ごもるが、ローザとエミーはまるで聞く耳を持たない。


「だって、お嬢様は伯爵家の当主見習いですよ? 将来的に貴族の間で結婚の話とか絶対出てくるだろうし」

「ねえねえ、どういうタイプがいいのか、ちゃんと自己分析しておくのって大事ですよ? もし素敵な人が現れたらどうするのか……」

「え、えーっと……。ま、まあ……優しい人なら……?」


 案の定、彼女たちの恋愛話は止まることを知らない。私はふかふかの枕を抱え込みながら目をそらす。ここは夜だから、あまり大声は出せないのに、二人は静かにテンションを高めている。やがてエミーが、声のボリュームを抑えつつ私の隣へ来て、意味深に笑いかけた。


「お嬢様、前に護衛の男性とか、隣領の少年とか、いろいろ出会いありそうじゃないですか? ほんとに興味ないの?」


「う、うん、興味ない……とか言ったら怒られるのかな……」


「そりゃもう、出会いを無駄にしてたらもったいないですよ~?」


 ――もったいない、と言われても。私は恋なんてリアルに考えられないし、そもそも前世では男で……。頭を抱えたくなるが、二人の笑顔を見ていると「まあ、楽しんでもいいか」という気分にもなる。もし口を滑らせて「二人こそ、20代だから結婚とか考えないの?」などと言ったらどうなるだろう……怒られるに違いない。二人とも愛嬌たっぷりだし、まだまだ私に付き合ってくれる感じだけど、当人たちに“そんな年頃なのかな”と思うと、何とも言えない感覚がある。


(たぶん、私よりも彼女たちのほうが自分の将来や結婚を考えたほうがいい気がするんだけど……。でも言ったらムッとされそうだし、やめとこう……)


 うっかりそんな心の声を漏らしそうになり、私は慌てて口を引き結ぶ。大丈夫、今日はあくまで“私の恋バナ”を面白がる日らしい。そう割り切ってエミーやローザの問いかけに何とか答える。


「でも、本当に特にいないってば……。それに、まだ12歳だし……当主として忙しいし……」


「まあ、確かにそんな余裕はないかもしれませんが。いつか突然現れるんですよ、運命の人が!」

「そうそう、私たちもまだ出会えてないけど、いつか結婚……あっ……えへへ、私の話はいいの……」


 ローザが急に照れ臭そうに笑う。その言葉を見逃さないエミーが「ローザこそどうなのよ!?」と追及を始め、そこからロケット噴射のように、二人の楽しい雑談が炸裂する。私が「ローザが結婚……? そういえば……」と聞き耳を立ててしまうが、ローザは「ちょっと、秘密です!」とか言いながら、エミーに肩を押されたりベッドで転がったり。夜中だというのに、声が抑えきれないほど笑い合っている。


 私も最初は戸惑っていただけだったが、二人の様子を眺めているうちに自然と口元がゆるんできた。痛かったおなかも今はすっかり治まっているし、体調を気にしなくていい夜だと、こんなにも楽しく過ごせるのか、と驚いてしまう。前世の男感覚で言えば「女子トークなんて興味ない」だったが、いざ同室で見ていると、コロコロ笑い転げる二人が可愛くてこちらまで笑ってしまう。


「二人とも、静かにね……夜だよ……」


「ごめんなさい……でもローザが面白いこと言うから!」


「言ってないよー! エミーだってあの護衛さんのこと好きなんでしょ!? こないだキッチンでこそこそ話してたじゃない」


「や、やめて~! それは全然違いますってば!」


 大盛り上がりに拍車がかかって、声を低めにしていても布団の上で笑いをこらえきれない様子。私までつられて笑ってしまい、思わず「ふふ……あはは……」と声を立てた。こんな夜も悪くない。初潮で倒れ込んでいた頃には想像すらできなかった、乙女の賑やかな夜だ。


 しかし、それも長くは続かない。あまりの笑い声に反応してか、廊下を巡回している守衛さんが“トントン”と部屋の扉をノックした。


「……お嬢様、どうなされましたか?」


 くぐもった声が聞こえて、一瞬で私たちは息をひそめる。エミーとローザが慌てて布団にもぐり込むように姿勢を変えて、私もベッドの端で口を押さえる。完全に悪戯がバレた子どもの気分だ。呼吸を静め、私が返事をする前にエミーが小さく声を張る。


「だ、大丈夫です……なんでもないです……ご心配なく……」


 すかさずローザも「ここ、平気です……す、すみません、ちょっと、声が……」と付け足す。守衛は少し戸惑ったように沈黙し、「そ、そうですか。失礼致しました。」と廊下を離れていった。ほっと安堵の息が漏れる。ニヤニヤしていたエミーとローザの表情が「うわ、やらかした……」みたいな感じで凍りつき、私は思わず唇を噛んで笑う。


「もう、だから言ったでしょ……夜中なんだから静かにって……」


「す、すみません、お嬢様。ローザが大声出すから……」


「エミーこそ! さっきの突っ込みが大音量だったのよ! お嬢様……ごめんなさい……」


 二人が互いのせいにし合いながら、しかし吹き出しそうに肩を震わせている。私も苦笑し、「まったく……でもまあ、楽しかったからいっか」とつぶやく。先ほどまでは“恋バナやめて!”と嫌がっていたのに、今はこのテンションに乗っている自分がいるのが不思議だった。


 気づけば夜はだいぶ更けている。もう一度騒いだら、今度は守衛さんじゃなく侍女長のベアトリーチェが飛んでくるかもしれない。私は大きく伸びをして、「そろそろ寝よ?」と声をかけた。エミーとローザも「うん……寝よ寝よ」とうなずき、各自のベッドへ戻って布団をかぶる。ごくりと息を飲む静寂が戻った。


「結局お嬢様の好み、あんまり聞けなかったな……まあいいか、また今度……」


「ローザこそ、護衛さんの件ちゃんと話してないでしょ~。うふふ……」


「……うう……寝るってば……」


 小さな声でのやりとり。私はくすくす笑いながら目を閉じる。20代のエミーとローザには、彼女たちなりの人生設計や結婚事情があるはずだ。――私よりよっぽど、こっちのほうが深刻なんじゃ……? 少し心の中で思うが、それを口にしたら怒られそうなので、ぐっとこらえて黙り込む。


(だって、二人ともまだ若いから。家の都合もあるだろうに、こんなふうに私の世話ばかり……そもそも自分たちの将来はいいの? でも、口に出したら嫌な空気になるかも……)


 不意に切なくなるが、すぐに頭を振って考えを振り払う。今はただ、この安らかな時間を大切にしたい。三人同室の理由は暗殺対策など物騒なものもあるが、今はそんな緊張を忘れさせるようなあたたかい空気が流れているのだ。私はふかふかの枕に頬を埋めて、ゆっくり呼吸を整える。


「おやすみなさい、お嬢様。……楽しかったですね、今夜は」


 エミーの声が小さくかかり、ローザも「うん……おやすみなさい」と続く。私も「うん、おやすみ……」と返す。二人の恋バナ、自分の将来の話、いろんなことが頭をよぎるけれど、今この瞬間は何も考えず眠りに落ちたい――そう思えるほど、私は穏やかな気持ちで満たされていた。


 夜の静寂が部屋を包む。守衛の足音も遠のき、廊下はもう完全に暗がりだ。さっきまでの笑い声が嘘みたいに部屋が落ち着きを取り戻していくが、私の胸にはほんのり暖かい余韻が残る。前世で男だった記憶なんかも、今ここでは大した障害にならないかもしれない――少なくともエミーやローザが隣にいてくれる今夜は、そんな小さな一歩を踏み出している気がした。


(まあ、恋愛の話はまだいいかな……二人の結婚とかのほうが先かもしれないし。……って口にしたら怒られそう……)


 そんな思考で苦笑を噛み殺しながら、私はゆっくりまぶたを下ろす。まどろみの中で、エミーとローザの満面の笑みが浮かぶが、嫌じゃない。むしろありがたい。――こうして私たちの夜はカーテン越しの月明かりを眺めながら、そっとクスクス笑いを胸に秘めて終わりを迎える。甘い余韻のなかで、私は心地よい眠りへと落ちていくのだった。


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