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ごめんね、と侍女に謝ったら、心がふっと軽くなった

 朝が訪れ、薄青い光が部屋に差し込む頃、私は目を覚ました。昨日からの痛みがまだ体の底にこびりついている。気づけば下腹部に鈍い重さが残ったままで、スムーズに寝台から立ち上がるのも難しい。少し動こうとするだけで腰のあたりがぎゅっと締めつけられるような痛みを発し、思わず小さく呻いてしまう。


「やっぱり……まだ痛いんだ……」


 そんな独り言が、寝起きの部屋の静寂に浮かぶ。視線をシーツにやると、昨日のような赤黒い汚れはない。そこだけ見れば多少は落ち着いているのかなと一瞬思うが、実際の体調はまるで好転していない。痛みが引かないばかりか、心の奥にもずっしりと重苦しさが居座っている。


 昨日は一日中ベッドに伏せっていた。初潮が起きたとわかった瞬間に、まるで毒を盛られたかのように泣き叫んで、侍女のエミーとローザに散々迷惑をかけた。今思い出しても、顔が火照るくらい恥ずかしくて、同時に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。誕生日パーティーであれほど盛り上がっていた自分が、まさか次の日にこんな苦しみと恥辱を味わうなんて想像もしなかった。


「どうして私が、こんな体になって……」


 小さくつぶやいて、枕に顔をうずめる。赤ちゃんを産める体――頭ではわかっていても、心がついていかない。私の中には、前世の男の記憶があって、“女性としての体が完成に近づくこと”に激しい違和感を覚えている。いくら知識があろうが、実際に自分の体がそうなるのは別問題らしい。


 扉をノックする音に、小さく身を硬くする。声を出す前に、「失礼します、お嬢様」とローザが顔をのぞかせた。彼女の柔らかい表情を見るだけで、昨夜までの騒動が頭をよぎり、一瞬息が詰まる。


「おはようございます。体調はいかがですか? まだ痛みはあるんですか?」


「……正直、まだ……。ごめんなさい、昨日も散々迷惑かけちゃって……」


 私がそう言うと、ローザは表情を暗くするどころか、安心させるように笑みを返してくれた。その笑顔に救われる反面、申し訳なさと恥ずかしさが同時にこみあげる。案の定、ローザは「大丈夫ですよ、お嬢様が無理なく過ごせることが一番です」と澄んだ声で言う。どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう……と感謝しながらも、胸が少し痛むのは、自分の態度があまりに子どもじみていたせいだとわかっているからだ。


「昨日……色々ひどい言い方して、ごめんね。私が勝手に取り乱して……」


「いいんです、お嬢様。私たちこそ、もっと上手くサポートできればよかったのに……。でも、もしまだお辛いなら、今日も仕事はお休みにして、お身体を休めてください」


 ローザの言葉に、私は枕を抱きしめたまま小さくうなずく。昨日ほど感情が制御不能にはならないけれど、痛みも嫌悪感もまだ手ごわいまま残っているし、“受け入れられない”気持ちは変わらない。体は間違いなく“女として”進んでいるのだと、ひと晩経ってもなじまないまま、私はただ苦しんでいる。


 ローザが折りたたみの小さなテーブルをベッド脇にセットし、消化の良いスープを置いてくれる。魔法の力で程よく温度を保てる仕組みになっているらしく、立ち上る香りがなんとも優しげだ。いつもなら「美味しそう」ってテンションが上がるのに、今は重い胃が「食べたい」と主張しない。


 それでも、何も口にしないのは体によくないと頭ではわかる。匙を手に取り、ぱくりとスープをひとすくい。温かな塩気がじんわりと舌に染みるけれど、驚くほど「美味しい」という感覚が湧かない。これは私が痛みにさいなまれているからなのか、精神的につらいからなのか。どちらにしても、食事が楽しく感じられないのは寂しい。


 スプーン三杯ほど口にしたところで、私は匙を置く。そうするだけで腹の奥が重く、うめきそうになる。ローザは黙ってそれを見届け、「少しだけでも口にできてよかった」と優しく微笑む。私はまた頭を下げ、「ごめん、こんなに少ししか食べられなくて……」と謝る。


 ローザは「大丈夫ですよ」と言いながら、皿を片付けていく。そのとき、ふと思い出したように「お嬢様、昨日のことですが……エミーにも少し声をかけてあげてくださいね」と囁く。私は「あ……」と苦い顔をしてしまう。そうだ、昨日、私はエミーにもひどい言葉を浴びせてしまった。


「うん、わかってる。……ちゃんと謝る……」


 今さらながら後悔が胸をえぐる。エミーに「赤ちゃんを産める体になりました」なんて祝福を言われたとき、私は思わず刺すような眼を向けてしまったし、言葉も荒くなってしまった。それを思い出すと、いても立ってもいられない。こんな体になるなんて嫌だと爆発してしまった私と、純粋に“女性として成長を喜んだ”エミー。悪意がないのはわかっているのに、感情が渦巻いてどうしようもなかった。


 じわりと涙がまた滲みそうになり、「……ほんと、ダメだな、私……」と独り言のように漏らす。ローザは「お嬢様、そんな……」と声をかけようとしたところで、ドアがノックされ、今度はエミーが顔を出した。私は緊張で体をこわばらせる。


「お嬢様……失礼します。体調はいかがですか? 少しは……」


 エミーが私を心配そうに見つめているのがわかる。私は枕に手を置いたまま、ちょっと意を決して顔を上げた。


「エ、エミー……昨日は、ごめんね……。私、ちょっと取り乱しすぎて……」


 声がうまく出なくてかすれてしまう。胸がトクンと鼓動する。エミーは急いでかぶりを振り、「いえ、私こそ“めでたい”なんて言って、お嬢様には辛い言葉でしたよね。申し訳ありませんでした」と申し訳なさそうに目を伏せる。


「でも……あれは悪意があって言ったわけじゃないよね……知ってる。私が一方的に拒絶して、ほんとごめん……」


 心苦しくて、私はまた涙が出そうになる。男だった意識が「何そんなに泣いてんだ」と冷ややかな声を浴びせてくるような気さえするが、どうしようもなく感情が揺れてしまうのだ。エミーは首を横に振りつつ、ベッド脇まで来て、私の肩にそっと手を置いた。


「お嬢様のお辛い気持ちを考えず、勝手にお祝いムードで言ってしまいました。誰だって初めは戸惑うものなのに……」


 エミーの声が悲しげに落ちていくので、私は慌てて首を振り返す。「ち、違うの。私は自分の体が……赤ちゃんを産める体って言われて、受けとめられなかっただけで、エミーが悪いわけじゃ……」と言葉を詰まらせながら訂正。お互いに謝罪を繰り返す、何とも奇妙な光景だ。


 二人でぎこちないまま頭を下げあい、そして小さく微笑み合ったところで、胸がふっと軽くなる。


 「お嬢様、もしよろしければ……今のうちに、生理用品の扱い方とか、洗い方もお伝えしておきましょうか?」


 エミーが声をかけてくる。私が素直に「う、うん」と頷くと、彼女は鞄から柔らかい布でできた替えの生理用品を取り出し、私の手の上に置いた。


 「今は使い捨ての紙製もありますけれど、この館では魔力を込めた洗濯方法がありますし、繰り返し使うタイプも多いんです。最初は抵抗があるかもしれないけど……いずれ慣れますよ」


 言いながらエミーは、実物を指さして手順を説明してくれる。どう固定するか、汚れた場合の下洗いのしかたなどを、優しい口調でゆっくり伝えてくれる。私は少し緊張しながらも、「洗うときは魔力洗浄器を使うんだ……」「あまり高温になりすぎると布が傷むから温度を加減する……」と、一つひとつ教わる。


 「こんなふうに、まずはぬるま湯につけて血の固まりをほぐしてから、魔力を込めて……。もし面倒なら、私たち侍女がやりますが、お嬢様がご自分でされても大丈夫ですよ」


 エミーの指先が布の端を掴んで軽く水洗いの動作を真似する。その一連の流れを見ているだけで、私はまた少し恥ずかしさが込み上げてくる。でも知っておかないと困るのも事実だ。

 「そっか……私がこれから管理しないといけないんだ……」と思うと、改めて“女の体を持つ”現実を突きつけられる感じがする。


 「そうそう、干すときは風通しのいいところで……あ、でもあまり人目につかないようにしたいなら、こちらで工夫しますので。お嬢様のご希望に合わせますね」


 エミーが最後にそう言うと、私はこくりと小さく頷いた。前世ではまったく無縁だった生理用品の洗い方なんて、どうにも複雑な気分だけれど、“自分の体”として、いずれ慣れていかなきゃならないのだ。

 「ありがとう。ちょっと……緊張するけど、知っておいて良かったと思う……」

 私がそう呟くと、エミーは安堵の笑みを浮かべ、「いつでも言ってくださいね。私も慣れるまで大変でしたから」と返してくれる。

 恥ずかしさに顔を赤くしながらも、これでまた一歩先に進むための知識を手に入れた――気がした。


 そうだ、私の取り乱しは彼女たちを困らせたけど、元はといえば自分の体の変化への拒絶であって、侍女たちが悪いわけじゃないのだ。前世の私がまだ頭の片隅で叫んでいるが、ここで衝突を続けても何も生まれない。


「……少しは落ち着きました。今は体が痛くて動けないけど、明日くらいには仕事も、戻りたいと思ってる……」


「無理せずに……でも、はい、お待ちしていますよ、お嬢様」


 エミーの柔らかな笑顔に、私も小さく微笑み返す。痛みはまだ鋭く下腹部を突いてくるし、嫌悪感が消えたわけじゃないけれど、昨日のような絶望とは違う。一歩だけでも、前へ進むきっかけをつかめた気がした。


 ローザもそばで安心したように息をつき、「あ、そうだ。お嬢様、私も……この館に勤めて最初の頃に“それ”が来て、本当に泣きましたよ。最初は体がどうにかなっちゃうのかと思って……。でも周りの人が支えてくれて、だんだん慣れていったんです」と微笑む。私は驚きつつ、「やっぱり……慣れるもんなの?」と首をひねってみる。今はまだイメージが湧かないが、ローザほど快活な人もかつては怖がって泣いたのだ。そう考えると「私だけが特別におかしいわけじゃないんだ」と自分を慰められる。


 午後になっても下腹部の痛みはしっかり残っていて、起き上がるたびにズキズキする。少し歩こうと立ちあがったら、「あっ……」と思わず腰を曲げてしまい、侍女たちに慌てて椅子に戻される。仕方なく私は再びベッドで横になり、窓の外を見ながら時間をやり過ごす。


 夕方になる頃、痛みが和らぐどころか、やや強くなっている気さえする。重くて嫌で、今さらまた泣きそうだけれど、今度は自制できそうだ。昨日に比べれば、感情をちょっとだけコントロールできるようになったように感じる。人は本当に慣れていくものなのかな……?


「でも、体はまだ子どもなのに……こんなに早く“女”として進んじゃうんだ……赤ちゃんを産める体って、私には……」


 あのフレーズを思い出すと鳥肌が立つ。でも、完全に否定するわけにもいかないし、周囲はそれを「自然」だと言う。今はどうしても理解が追いつかないが、いつか私も“女として当たり前”だと思える日が来るのだろうか。そんな疑問に答えは出せないまま、夜がしんしんと降りてくる。


 部屋の灯りを落とし、布団にくるまっても、下腹部のうずきが続き、なかなか眠れそうにない。痛みのせいだけじゃなく、心がまだざわついている。だけど、それでも昨日ほどの混乱はない。“一日”の時間が、ほんの少しだけ私を静かにさせてくれている。


「みんな、こんなふうにして大人になるんだって……まだ想像できないや……」


 思わず独りごちて、布団に顔を埋める。懐かしい男性の身体だったころはこんな苦労はなかった――そう言っても仕方ない。それが今の私の現実なら、なんとか折り合いをつけていかなきゃダメなんだろう。痛みは憎いし、嫌悪感も捨てられない。でも、昨日よりはほんの少し大丈夫かもしれない。


「明日は……ちょっと仕事をのぞいてみよう。まだ無理かもしれないけど、こんなに休み続けてもいられないし……」


 そんな思いを抱きながら、私は目を閉じる。体がつらいのも、前世の記憶が頭で喧嘩しているのも、全部ひっくるめてまだ嫌だけど、今日はエミーやローザにちゃんと謝れたし、受け止めてくれる人たちがいる。そう思うと、ほんのかすかな安心が湧いてくる。ベッドの上で小さく丸くなり、鈍痛をこらえながら、ゆっくりと息を吐いてみる。


「私……まだ痛いし、気持ちも半分ぐちゃぐちゃだけど、ちょっとは落ち着けたかな……」


 そう心でつぶやいたとき、ようやく薄い眠気が胸のあたりからじわりと広がってきた。昨日の記憶をぐるぐるしながら眠れなかった分、今夜は少しでも穏やかな夢が見られるといい。体の中の違和感は簡単に消えそうもないが、無理に消そうとするより、一歩ずつ向き合うしかない。そんなことをぼんやり考えているうちに、私の意識はゆっくりと闇へ溶け込んでいった。


「心がまだ痛いし、前世の記憶がいちいち邪魔してくる……でも私、この世界で女として生きてくしかないんだ……」


 眠りに落ちる直前にそんな思いがふっと浮かぶ。いつか本当に私が“大人の女性”になる日が来るのだろうか。そのとき、赤ちゃんを産むことも現実味を帯びてくるのかもしれない――想像するとやっぱり無理だ、と叫びたくなるが、ローザやエミーの言葉を思い出せば、ほんの少しだけ光が見える気がする。ああ、まだ痛い。痛くて苦しくて泣きそう。でも、昨日ほど絶望じゃない。これは大きな進歩だと思いたい。


「明日こそ、もうちょっとだけ前に進んでみる……」


 そう心に決めて、私は重たく沈むまぶたをゆっくり閉じる。頭の中で何度も繰り返す“女の体”というフレーズ。その拒否感は根強いけれど、今は無理に否定したり、涙をこらえたりするより、受け止める時間を自分に与えたい。そうすればきっと、今より少しは辛くなくなる……そんなかすかな期待を抱きながら、瞳を閉ざした。

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