ちょっと待って、誕生日の次の日にこんなシリアス展開とか聞いてない!
朝の気配がひんやりとした空気となって部屋を満たしている。誕生日パーティーの余韻がまだ頭に残っていて、眠りが浅かった私――けれど、なぜか体が妙に重い。うっすらとした不安感を抱きつつ、ベッドで寝返りを打つと、お腹のあたりがどこか痛む。
「……何だろう、変な感じ……」
小さくつぶやきながら、ふと布団をめくった瞬間、視界に飛び込んできたモノに息を呑んだ。赤黒い染みが、シーツにこびりついている。最初は何かの汚れかと思い、じっと見つめると――どう見ても血のように見える色合いだ。私は思わず心臓がドクドクして、額に嫌な汗が滲む。
「え……な、何……血……?」
途端に胸がギュッと締め付けられ、冷たい恐怖が背中を走り抜ける。怯えた視線を下へ向けると、自分の寝間着にも赤黒い汚れが薄く付着していた。「もしかして……わたし、どこか怪我……? 暗殺? 毒……?」と思うと一気に息が詰まり、喉がヒュッと狭くなる。まさか昨日のご馳走に毒が混ざっていて、内臓から出血している? 死にたくない……! そんな不安が瞬時に弾け、涙がこみ上げた。
「ひっ……いや……!」
思わず大声を出せず、か細く震える声で「だ、誰か……」と助けを呼ぶと、となりの寝台で寝ていたエミーとローザが驚いて飛び起き、駆け寄ってきた。私はシーツの赤黒い汚れを指さしながら、言葉にならないほど怯えきった表情を向ける。ふたりは「お嬢様、どうされ……え?」と目を丸くし、すぐに私の太ももと下着を見て驚いた。
「お嬢様……大丈夫ですか? どこか痛い? 怪我? 血……?」
「も、もしかして……体内から……? 私、毒かもしれない……死にたくない……!」
私は泣きそうな声で説明にならない説明をする。体が震えて嗚咽を漏らしそうだった。二人は顔を見合わせ、何か確信したような表情を浮かべる。そして、エミーが私の肩をそっと抱きながら、優しく息を吐いた。
「お嬢様、おめでとうございます。これは……初潮ですよ。暗殺や毒なんかじゃありませんから」
――初潮?
その単語が耳に入った瞬間、私は一瞬呼吸を止めて、でもすぐに「嘘……嘘だよね……?」と涙が一気に溢れた。知識としてはわかる。でも、今まさに自分の身に、それが起きている。誕生日パーティーの翌朝に、突然こんな……。
「嘘……こんなの、私……いや……死ななくても……これ……どうして……!」
口から出る言葉は乱れ、「暗殺じゃない」ことへの安堵より、女性の身体としての“変化”に対する嫌悪とパニックが押し寄せる。あえて考えないようにしてきたせいか、こんなことは想像すらしていなかった。なのに目の前には血の痕。頭が追いつかず、嗚咽が出てきそうで呼吸もままならない。
――さらに、下腹部にずんと重い鈍痛が広がり始めた。生理痛というものか――そう思うと、胸がいっそう苦しくなる。もしこのまま、私が本当にこの体で大人になったらどうなるんだろう。子どもを産むなんて、想像もつかないのに。私が妊娠して、跡継ぎを求められて、出産まで……。それをみんなが当然のこととして期待する日が来るのかもしれないと考えると、痛み以上に恐怖がこみ上げた。
口から出る言葉は乱れ、「暗殺じゃない」ことへの安堵より、女性の身体としての“変化”に対する嫌悪とパニックが押し寄せる。あえて考えないようにしてきたせいか、こんなことは想像すらしていなかった。なのに目の前には血の痕。頭が追いつかず、嗚咽が出てきそうで呼吸もままならない。
「大丈夫です、お嬢様。命に関わることじゃありません。暖かくして、清潔にしておけば大丈夫です。」
「や、やだ……そんな……私……」
ローザが慌ててフォローするが、まったく耳に入らない。前世では男だった“自分”にはまるで無縁だったこんな出血を、いまの体が当たり前に経験している――その事実が恐ろしくてたまらない。 私は涙をこぼしながら、シーツを強く握りしめた。
「……下着、汚れちゃってますよね。お嬢様、替えましょう……ね?」
「……わ、私が……自分で……でも……」
言葉がうまく繋がらない。自分でやると言いながらも、体が強張って動かない。パニックで視界が霞み、涙で何度も前が見えなくなる。ローザは落ち着いた声で「ゆっくりでいいですよ」と言うが、それでも手が震えて、ちゃんと下着を外せるか自信がなかった。
エミーが「用意しますね」といって、新しい下着と生理用品を取りに行く。そのとき、気のせいか鼻をくすぐる独特の血のにおいに気づき、いっそう嫌悪感が込み上げる。私はなんとか気力を振り絞り、下着を脱ぎ……。
「お嬢様、まずはこの布をここに敷いて……ほら、下着の内側にきちんと固定するんです。血が漏れないように少し厚みがあるんですけど、慣れるまでは違和感があるかもしれませんね」
エミーが丁寧に手順を示してくれるが、私はそれを聞くだけで顔が熱くなる。こんなものを身につけて何日か過ごさなくてはならないのかと思うと、前世の男だった自分がすごく居心地悪くて、情けなくなる。それでも、使い方を知らないままではもっと困る――いや、そもそもこんな場面でこんな説明を受けるはめになるなんて、夢にも思わなかったのに。
下腹部がじんわり重く痛んで、じわっとした湿った感触が嫌で仕方ない。ようやく替え終えたころ、二人は汚れたシーツと下着を手早く片付けようとする。見るだけでも恥ずかしく、私は布団の端を握りしめた。
「う……見、見ないで……!」
思わず声が漏れる。どこか怪我をしたわけでもなく、でも恐ろしくて仕方ない汚れ。エミーとローザが「すみません、お嬢様……」と申し訳なさそうにしながらも作業を続けているのがわかって、熱くなった顔がさらに熱を持つ。
「ごめんなさい……変に取り乱して……」
涙をぬぐいながら、弱々しくそう呟くと、エミーは「大丈夫ですよ、お嬢様……焦らずゆっくり……」と微笑む。けれど私は落ち着けない。前世が男だったころは、こんな現象は他人事で、知識としてしか知らなかった。自分がこんな血を流すなんて、全く想像していなかったのだ。 それが今、こんなにリアルなかたちで突きつけられるなんて――。
「でも……私、こんなの……」
言いかけた声が震えたとき、ローザが励ますように「お嬢様ならきっと大丈夫です。少しずつ慣れていきましょう」と笑顔を向けてくれるが、それは余計に苦しさを増す。慣れる? いや、前世は男だった自分がこんな女性の痛みに慣れるなんて、想像したくない……
エミーが一瞬息をついて、「お嬢様、これで女性として本当に一人前になったとも言えますよ。赤ちゃんを産める体になられたわけですから、めでたいことなんです」と微笑む。その言葉を聞き、私の胸はさらに突き刺されたように痛む。
「……やめてよ……」
声がかすれて思わず涙が溢れそうになる。女性として“一人前”だなんて、知識ではわかっていても、伯爵家の跡継ぎとして子どもを産むかもしれないという現実を連想すると呼吸が止まりそうだ。男だった頃にこんな未来を想像したことなんてなかった。なのに、今の体は確実に“女性”として完成に近づこうとしている。
「子どもを……産むための体、とか……無理……私には想像できない……」
震える声でそう漏らすと、二人は困ったような顔をしてうなずく。彼女たちに悪気がないのはわかるのに、どうしようもなく胸がギュッと痛む。私は再び布団に倒れこみ、枕に顔を埋めた。いつか跡継ぎを求められるかもしれない。男として生きたはずの自分が、女性として妊娠や出産を強いられるかもしれない――その考えが絶望的に怖い。
「わ、私……こんなの……頭が混乱して……」
嗚咽が出そうになるのを必死でこらえながら、私は何度も薄く涙を拭う。前世の記憶が頭の奥で叫んでいる。「こんなのあり得ない、受け入れたくない」――でもこの体は容赦なく“女の機能”を発揮し始めているんだ。見習い当主として頑張ろうと思っていた矢先、まるで将来を突きつけられた気がして混乱が収まらない。
その日は侍女たちの判断で私の仕事や勉強は中止になった。朝からのショックと痛み、血のにおい、そして精神的な動揺があまりに大きくて、正直立ち上がる気力もない。布団のなかで丸くなって何時間も泣いたりぼんやりしたりを繰り返す。エミーたちがスープやハーブティーを持ってきてくれるが、食欲も湧かずあまり口にできなかった。
――そんなふうに昼下がりまで過ごしていると、少しだけ冷静になってきた自分に気づく。死ぬわけではないと頭で理解してから、恐怖は若干薄れた。しかし、嫌悪感や拒否感は消えない。身体は女性なのだと改めて突きつけられているのだから、前世の男だった自分からすれば苦痛そのものだ。
「……こんな私じゃ、またみんなに迷惑かけるかな……」
夕方、部屋に戻ったエミーが汚れたシーツを取り替えながら、「お嬢様……少しは落ち着きましたか?」と声をかける。私は「……うん、ごめんね、朝は取り乱して」と謝る。彼女たちは「当然ですよ」と優しい微笑みを返してくれる。ありがたいけれど、その優しさがかえって心に染みる。
「……う…うっ…」
自分の声が小さく震える。男性だった頃、生理なんて他人ごとで、身近にある一つの知識に過ぎなかった。まさか自分がこんな形で経験するなんて夢にも思わなかったのに。伯爵家当主として家の跡継ぎを意識しなくてはならないのか、そんな期待も背負っているのだと思うと、これから先の道のりが暗く見える。
夜になって布団に潜り、エミーとローザも隣で寝静まる頃、私はそっと吐息を漏らした。前世の自分だったら味わわずに済んだ苦労を、今の私は否応なく背負わされるのだろうか――。そう考えると頭が痛くなるけれど、いつかは向き合わねばならないのかもしれない。嫌だ、と叫びたくても誰も助けてはくれない。
「はあ……」
深い息をついて、まぶたを閉じる。誕生日の夜に感じた幸福が、わずか一日で粉々に砕け散ったようで、虚しさがつのる。でも、少なくとも「暗殺や毒で死ぬ」わけではない。生きてはいる。だが、生きる先には女性としての人生があるんだ――。そんな逃げ場のない現実を抱えつつ、私は浅い眠りへ沈んでいく。どこかでまだ「こんなの嘘だ」と思いたい気持ちと、「もう取り返しがつかないのかもしれない」という諦めがないまぜになって、涙が一筋こぼれたまま意識が薄れていった。
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