12歳の祝宴、胃とコルセットの戦い
朝の光がカーテンから差し込む。私はいつもどおりベッドの中で目を開け、小さく伸びをした。だけれど、今日は特別な日――12歳の誕生日なのだ。胸の奥にほんの少しだけ高揚感がある。それでも正直、思っていたほどの“変化”は感じない。
(18歳で成人っていうなら、お酒も18からにしてくれればいいのに……)
ぼんやりと思う。以前ボリスさんから、成人は18歳だけど酒は20歳になってからだと聞いたとき、理不尽だなと思った(まあ、日本もそうだったけれども)。今日12歳になっても、お酒解禁は遠い。大人扱いされるまで6年もあるんだから、いっそ飲ませても……なんてくだらない愚痴だけれど、誕生日だから余計に気になってしまう。
そんなことを考えていると、エミーとローザが目を覚まし、そろって私を見てにこやかに言った。
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます! 12歳ですね!」
「本当、おめでとうございます。今日はパーティーもありますし、楽しみましょうね」
朝から祝福ムード。私は心がくすぐったくなりながら「ありがとう……」と返す。いつもと同じ部屋なのに、こうして「おめでとう」と言われると少しだけ嬉しいし、照れくさい。一度大きく息をついて気持ちを落ち着かせ、髪を整え、朝食を済ませたら――あとは当主(見習い)の仕事と勉強が始まるのがいつものルーティンだ。
午前中は、領地の報告書に目を通したり、ボリスさんと次の方針を確認したり、地味な時間が続く。正直、誕生日くらい休ませてくれてもと思うが、なかなかそうはいかないらしい。ラグレン家の動向や周辺の状況に油断はできないし、私だって当主になるための勉強は山積みだから。
「お嬢様、改めましてお誕生日おめでとうございます。12歳とは、時の流れは早いですね……」
「ありがとうございます、ボリスさん。でも、あんまり実感ないんですよ。18歳が大人というのはまだ先だし……お酒だって20歳まで飲めないなら、結局子どものままですよね」
苦笑いしながらそう口にすると、ボリスさんは「は、はあ……お嬢様のお気持ちはわからなくもありませんが……」と言葉を濁す。摂政としてはコメントしにくいのかもしれない。でも私は心の中で「成人18なら酒も18からにしてくれればいいのに」と憤慨しているだけなので、そんな大した話でもない。とにかく今は仕事に集中することにする。
昼過ぎになって侍女長ベアトリーチェが「お嬢様、準備ができました」と控え室から顔を出す。今日の午後は、私の12歳を祝うパーティーが館で開かれる。最初は小規模のつもりだったが、領民からも祝いたいという声があり、そこそこ賑やかになりそうだ。
私はドレスに着替えるため部屋に戻る。エミーとローザの手伝いを受けながらコルセットを締めると、やっぱり苦しい。でも今日ばかりは仕方ない。誕生日だし、いちおう当主(見習い)らしい格好をしないといけない。
「はあ……コルセットのせいで、食べにくそう……」
「お嬢様、誕生日ですからね。みんながご馳走を用意してますよ?」
「うん、だから余計に困るの……でも食べるけど」
呆れられそうなやり取りをしつつ、なんとか身支度を整える。鏡を見ると、やけに華やかなドレス姿。背筋が伸びて姿勢は良く見えるけれど、コルセットにギュッと締められたウエストが、少しだけ心を落ち着かなくさせる。
そしてパーティー会場へ。館の広間は華やかな装飾こそ控えめだが、センス良くまとめられていて、私は入り口で「わあ」と小さく声を漏らす。集まったのは領内の重役や親しい客人たちで、そう多くはないけれど、みんな笑顔で迎えてくれた。
「お嬢様、12歳おめでとうございます!」
「これからのご活躍、期待してますよ!」
お祝いの言葉が飛び交い、私がほんの少し困惑ぎみに頭を下げると、ベアトリーチェが「では、お嬢様、ひとことご挨拶を」と促す。視線を感じながらドキドキしつつ、ドレスの裾を持って礼をし、声を上げる。
「えっと……今日は私の12歳の誕生日を祝ってくださり、本当にありがとうございます。まだまだ未熟な当主見習いですが、皆さまの支えがあって、ここまで成長できました。これからも学びを深め、領地を守れるよう努力いたしますので、どうぞよろしくお願いします」
少し息が詰まりそうになるが、なんとか言えた。拍手が起こり、私は照れながら笑う。こういう社交の場は苦手だけど、悪い気分じゃない。いつか正式な社交界に出ていく日が来るかもしれないと思うと、少し練習になるのかも。
パーティーが始まると、テーブルに並んだ料理に自然と目が向く。リフィナ貝の蒸し物や、クリュアンの揚げ料理、イバリア魚を薄切りにした刺身風の一品など、私が好きな海産物を使った皿が多い。トゲだらけのイバリア魚は調理が難しいのに、歯ごたえがコリコリしてほのかに甘い。さらにフルーツは虹色の果汁が弾けるポムルを使ったゼリーまで……。見るだけで食欲が唆られる。今日は誕生日。酒は飲めないし、コルセットもきついけど、食べずにはいられない。
「……よし、こうなったら食べまくるしかない……おいしそう……」
そうつぶやき、私はまずリフィナ貝の蒸し料理から手をつける。殻が透けたような神秘的な見た目で、身は柔らかく甘みが強い。思わず「んんっ……おいしい!」と声が漏れる。
「お嬢様、そんなに勢いよく食べて、コルセットは大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……たぶん……」
次はクリュアン。派手な色合いのエビを揚げたものだが、殻をむくと淡いピンク色をしていて、一口噛めばプリプリの歯ごたえが感じられる。ああ、これも最高……! あまりに美味しいのでパクパク口に運び、スープで流し込む。
続いてイバリア魚の刺身。皮にトゲがある危険な見た目だけど、調理された身はコリコリでほんのりした甘みが口に広がる。まるで高級貝のような味わいだ。「美味しすぎる……」と感動しながら、更にフルーツのポムルゼリーを掬う。虹色の果汁がさっと口中に広がり、爽やかな甘酸っぱさ。もう止まらない。
「お嬢様、落ち着いて……わ、わあ、そんな大きな一口で……」
「んぐ……だって、せっかくだし……うう、美味しい……」
ローザが慌てて声をかけるが、私は止まらない。せっかくの誕生日料理を堪能しなければ意味がない。酒は大人だけが楽しそうに飲んでいるが、私には20歳まで許されないのだ。ならば食欲を満たすしかない、というのが私の結論。
夢中になっているうち、だんだん満腹感が襲ってきた。コルセットの締め付けが大きく感じられ、ウエストが圧迫されて息苦しい。それでもまだ隣のテーブルには香ばしいグリルチキンや、珍しいハーブを使った野菜スープが並んでいる。なんだかんだ言いつつ、私は皿に手を伸ばす。
(ああ……もう限界かも……でもあと少しだけ……!)
最後にもう少しだけ、と欲張って口に詰め込む。すると急激に胃が重くなり、私は「うぐ……」と椅子に腰を下ろして頭を抱えた。苦しい。でも美味しかった。隣を見ると、ボリスさんが酒に酔いながらも「お嬢様、だ、大丈夫でございますか……?」と声をかけてくる。自分こそ飲みすぎじゃないかと思うけど、少し心配してくれているらしい。
「……はあ、もう無理かも……でも美味しかったです……食べすぎました……」
「お腹痛くなりませんように……お嬢様が無事なら何よりです」
彼はホッとした様子で再び杯をあおぐ。私のほうはもう目を閉じて深呼吸しながら腹をさするしかない。周りを見ると、パーティーもほぼお開きの雰囲気だし、あとは片付けを使用人に任せればいい。
皆が徐々に会場を後にし、私もそろそろ自室に戻ろうか……と思った瞬間、侍女長ベアトリーチェが「お嬢様、パーティーの後はお風呂をおすすめしますわ。お気持ちもリフレッシュなさって」と微笑む。
「えっ、また風呂……? いや、そんなに汗かいたわけじゃないんだけど……」
「せっかく綺麗なドレスを着られましたし、当主としての身だしなみが一段階上がった以上、清潔を保つのはもちろん、お化粧の練習なども少しずつなさったほうがよろしいかと」
うぐ、と私は言葉に詰まる。確かに見習いとはいえ伯爵家の当主、これからは身だしなみにいっそう気を遣うべき立場だとわかっている。だけど12歳になったばかりで、お化粧だのマナーだの本格的に始まるって……少し気が早い気もするし、急かされるのも嫌だ。けど、遅れて恥をかくのもなんだか怖い気がして、どうにも複雑だ。
「うう……わかりました、入りましょう……」
観念して返事すると、エミーとローザは「さすがお嬢様、偉いです!」と嬉しそうに声を上げる。もう彼女たちに逆らう体力はない。こうして私はまた浴室へ連行されるのだった……。
夜、へとへとになりながら部屋に帰ってくると、私はぐったりとベッドに倒れ込んだ。お風呂で多少は体が軽くなったけど、胃のほうはまだパンパンで苦しい。コルセットを外せたのが唯一の救い。あまりにも食べすぎたな……と反省しつつ、思い出すとおいしかったから後悔もしていない。若いうちの特権だと思えば、まあいいか。
「お嬢様、今夜は大丈夫ですか? お腹、痛くないですか?」
「ちょっと痛いかも……ありがとうね、ローザ。水、そばに置いといてくれる?」
エミーとローザが心配してくれるので、素直に頷きながら布団に潜る。12歳を迎えた一日、パーティーに仕事に……なんだか慌ただしく過ぎ去ってしまった。でも、こうして祝ってもらえたことは嬉しいし、私は確かに一歩年を重ねた。当主としての責務は増すかもしれないし、体の変化も進むかもしれない。それでも、まだ子ども扱いされる期間は続きそうだ――大人は18歳から。さらに酒はその先とくる。そこをなんとかしてほしいなと思いつつ、世界の制度が変わるわけでもない。
(はあ……それにしても、本当に食べすぎ……苦しい……。でも楽しかったし、いいや)
そう自分に言い聞かせながらまぶたを閉じる。ご馳走をいっぱい堪能した満足感と、お腹の重さが混ざり合って変な感じだが、今は何も考えずに眠りたい。明日からも領主としてやるべきことは尽きないし、私の道はまだまだ続く。きっとこの先も笑ったり泣いたりしながら成長していくんだろう――そんな予感を抱きつつ、私はゆっくりと意識を手放した。
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