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12歳を迎える前夜に――夜の涙は、祝福の予感?

 朝の光が薄く差し込む窓辺。私は目を覚まして一度大きく伸びをした。少し肌寒い空気が鼻先をくすぐり、まだもう少し布団に包まれていたい気分になるけれど、そんなこと言ってる暇はない。なぜなら、今日は――


「……今日が終わったら、明日が私の12歳の誕生日、か」


 小さくつぶやくと、胸の奥からふっと暖かさがこみ上げてくる。なんとも言えない気持ち。嬉しいような、怖いような。とにかく“特別”な時間を迎える前夜なのは確かだ。


 私は髪を整えようとベッドを出て立ち上がる。侍女のエミーとローザも簡素な寝台で寝起きしているから、気を遣わないようにそっと足音を忍ばせながら支度を始める。が、二人は意外と敏感だ。


「う……ん、おはよう、リアンナ。もう起きたの?」

「わ、わたしも今起きる~……ふああ……」


 まだ寝ぼけ眼のエミーとローザが、髪を振り乱しつつ顔をあげた。その様子があまりにいつも通りで、ほほえましくてつい笑ってしまう。するとローザが寝ぼけたままぽそりと呟く。


「……っていうか、お嬢様、明日は12歳の誕生日だよね……うふふ、おめでたい……」

「そうそう。早起きするのもわかるけど、あんまり無理しないでくださいね、お嬢様。……うう、眠い……」


 彼女たちはまだ寝ぼけ半分だけれど、私の誕生日を心待ちにしてくれてるらしいのがよく伝わる。その気持ちは素直に嬉しい。けれど、私はどこか複雑な思いを抱えたままだ。


(……この世界に来てから、本当にいろいろあったよね)


 私がここに生まれてからの約12年――前世の記憶を抱きつつ、伯爵家当主としての道を歩もうとしてきた。王との交渉で領地の召し上げを回避したり、暗殺の危機にさらされたり、ラグレン家の陰謀に巻き込まれそうになったり……平穏とは言えない日々。それでも、侍女たちやボリスさんたちに守られながら、やっとこの年まで生きてこられた。


 だけど私は、まだまだ“未熟な子ども”として見られることも多い。実際、私には当主としても分からないことが山ほどある。もともと前世は大人だったのに、いったん赤ん坊に戻って今この姿。最初は違和感だらけだったが、もうすぐ12年も経つなんて……時の流れは早い。


「よし、そろそろ身支度しよう」


 私はひとり自分に言い聞かせるように呟いて、簡単に顔を洗ったあと寝巻きを脱ぎ始める。エミーとローザも目をこすりながら起き上がり、私の髪をまとめたり着替えの手伝いをしてくれる。いつも通りの朝だけれど、やっぱり心のどこかで浮き立っているような、落ち着かない感覚がある。


 そんなこんなで朝食を終えると、今度は当主(見習い)としての勉強や仕事の時間が始まる。私はまだ11歳――明日で12歳になるわけだけど、当主として独り立ちするには当然まだまだ先が長い。成人は18歳だとボリスさんから聞いている。つまり、私が一人前だと言われるまでは、最低でもあと6年はかかるということだ。


(……6年か。もう3分の2を過ぎたんだと思うと……どうなんだろう、長いのか短いのかよくわからない)


 前世の自分を思い返せば、18歳なんてとっくに通り越していたはず。でも今の私は伯爵家の少女リアンナとして、改めて子どもの道を歩んでいる状態。身体が成長し、ドレスを着こなし、領地を統治する勉強を一から学ぶ――この不思議な状況には慣れたようで慣れていない。


 朝から書類をチェックしたり、地元の村から届いた連絡事項をベアトリーチェやボリスさんと確認したりするのはいつものルーティンだが、頭のどこかでは明日のことを意識してしまう。早く仕事を終えて、パーティーの準備も気になるし、ラグレン家の動向も把握しなきゃ。いろいろ考えると、気づけば午後になっていた。


 お昼を済ませても、当主見習いの業務は続く。執務室に戻り、ふうっとひと息ついて腰を下ろすと、ローザが「お嬢様、大丈夫ですか? 明日が楽しみすぎて疲れちゃってる?」と冗談めかして声をかける。私は「そんなわけないでしょ……」と苦笑しつつ、ほのぼのした気分にもなってきた。彼女たちの支えがあるからこそ、日々をこなしていけるんだと改めて実感する。


 夕方頃になり、ようやく一日の勉強や仕事がひと段落。ベアトリーチェに「今日はここまでにしようかしら?」と言われ、私は気が抜けてへたり込む寸前だった。思いのほか書類が多く、頭がくたくただ。


「お嬢様、明日はいよいよ12歳なんですから、今夜はしっかり休んでくださいね。体調を崩したら大変ですよ」

 エミーが気遣うように微笑む。ローザも「そうそう、食事のあとはゆっくりお風呂に入りましょ?」と声を弾ませる。


 そう――この世界の風呂は、日本ほど豪華な浴室ではないけれど、魔力を使った温水設備が整っていて、そこそこ快適だ。暗殺の危険さえなければ、バスタイムは楽しみの一つでもある。だが今日は“特別な日”の前夜だからか、やたらエミーとローザのテンションが高い。


「お嬢様、今日はいつも以上にしっかり洗っちゃいますからね~」

「明日はパーティーですし、綺麗なお肌で迎えたいじゃないですか♪」


 二人のうきうきした声を背中に聞きながら、私はバスルームへ向かう。前世が男だった意識を持つ身としては、少女の身体を人目にさらすのは今でも心が落ち着かない部分がある。でも、侍女のエミーとローザはこれが仕事だし、私にとっても当たり前の日常になっている……はず、なんだけど。


 浴場で湯を張り、服を脱いで一枚ずつ布を外すたびに、自分の体を映す鏡に目が行く。11歳でも、女の子の身体は確実に変化している。胸元はこれまでほとんど平らだったのが、最近ほんの少しだけ丸みを帯び始めていた。そこは「成長期だし仕方ない、覚悟してた」と自分に言い聞かせられるのだけど――


「……お嬢様、おしりのラインも随分変わってきたんじゃないですか? ほら、触るとすぐわかります~」

「ちょ、ちょっと、ローザ……! くすぐったいってば!」


 ローザが無邪気に笑いながら、私のヒップラインを撫でまわす。私は思わず飛び上がりそうになる。自分でうすうす感じてはいたけど、胸よりもお尻のほうがより“女性的”に膨らんできた実感があるのだ。まだ成長途中のくせに、意外と形がはっきりしてきている。前世の男だった私には想像もつかなかった、違和感そのもの。胸ならともかく、お尻が大きくなっていくのはなんとも……。


「うわあ、ほんとだ、少しむっちりしてきたかも。お嬢様もいよいよ女の子の体つきって感じね~」

 エミーまでそんなことを嬉しそうに言うものだから、私は顔が赤くなってしまう。そりゃ侍女たちから見れば、主人公(私)が女の子らしく成長するのは当たり前だろうけど、私はどこか受け止めきれずにいる。


(……前世でも女性の体のことは知っていたけど、まさか自分がこうなるなんて。胸だけじゃなく、お尻だってこんなに……)


 実感がわきすぎて、頭がクラクラする。私の知らないうちに、私の身体はどんどん“女の子”へと移り変わっているのだ。今までいろいろあったから多少は慣れたつもりでも、目の当たりにするとやっぱり不思議な気分が込み上げてくる。


 そうこうしているうちに、エミーとローザが楽しげな様子で私の体を徹底的に洗ってくれる。髪の毛の隅々まで丁寧に洗い、背中から足の先まで泡まみれにしながら笑顔でゴシゴシ。私は恥ずかしくて仕方ないけれど、侍女長の方針で“誕生日前には徹底的に”というのが決まっているらしい。彼女たちも「お嬢様の門出を美しく飾りたい!」と情熱的に動いていて、何も言えない。


「もう、やめて……くすぐったいよ。はあ……明日がパーティーだからって、張り切りすぎ……」

「うふふ、お嬢様のためですもん。綺麗になりましょう~」


 濡れた素肌を見られる以上に、身体のラインを他人の目で確認されるのが精神的にきつい。わずかに膨らむ胸や、その下のくびれ、そしてお尻。どれも“女の子”としてのシルエットを刻々と形作っていく。今さら目を背けても仕方ないとはいえ、心の奥でとてつもない違和感が大きくなる。


(ああ……ちゃんと女の子になってる。もう11年経つのに、なんでまだ心がついていかないんだろ)


 でも、どうにも否定しようがない事実がそこにある。エミーとローザは、そんな私の悩みなど露ほども知らず、とにかく喜々として洗い流していく。その笑顔を見ていると、私のほうが悪いみたいで何も言えなくなるのだ。終わったあとは確かにさっぱりしているし、自分じゃ洗えない部分もピカピカだ。うん、ありがたい……のだけど。複雑すぎる。


 入浴後、体を拭いて寝巻きを着たころには、すっかり疲労感が押し寄せてきた。長い一日だった。いつも通り仕事をして、明日への準備をして、お風呂では体の成長を否応なく自覚させられて……もう頭がパンクしそうだ。


 寝室に戻り、エミーとローザが「ぐっすり休んでくださいね、お嬢様。明日は楽しい一日にしましょうね!」と笑顔を向けてくれる。私はぎこちなく微笑み返し、「うん……ありがとう。おやすみ」とつぶやいた。


 布団に潜り込み、目を閉じる。明日は12歳になる――子どもが少し大きくなるだけ、と言われればそれまでかもしれない。でも、私にとっては大きな節目だ。成人は18歳。つまり、もうあと6年で“大人”として扱われるようになるのだ。前世がどうあれ、今は伯爵家の少女としてこの世界で生きている。それは決して避けられない現実。しかも、私の身体はどんどん女性として完成に近づいていくのだから。


(なんで、こんなに嬉しいはずなのに……苦しいんだろ)


 シーツに顔をうずめながら、自然と目頭が熱くなるのを感じる。特別な日を迎えるんだから喜ばなきゃいけないはずなのに、なぜか不安や戸惑いが消えず、涙が一滴だけこぼれ落ちた。自分でも理由がはっきりわからない。でも、少しだけ泣いてしまいたくなる。


(それでも、明日はきっといい日になる……はず)


 そう思い込もうとすると、いつの間にか意識がふわりと遠のいていく。長い一日の疲れが限界に来ていたのだろう。暗いまどろみのなか、胸の奥がまだツキンと痛むけれど、明日目覚めれば私は12歳。そこに何かが変わっているかもしれない。――そう願いながら、私はゆっくりとまぶたを閉じた。

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