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2歳になりまして、ただいま言葉拡張中。侍女と歩む異世界の日常②

 少し前まで「1歳をちょっと超えたばかり」だった私も、いまや1歳半を迎えようとしている。この世界に生まれ落ちてから、ざっと一年と半年。毎日が、赤ちゃんとしての暮らしのなかで驚きと学びの連続だ。前世の記憶を持っているからか、周りから見れば成長が早いのか遅いのかは分からないけれど、“自分のペース”でしっかり前に進んでいる実感がある。


 もっとも、赤子の身分に変わりはないし、父母がいないまま領主として担がれている状態も続いたまま。そこに対して強く意識することはあまりない──というより、赤ちゃんの体には限界があるからだ。私はこの約半年のあいだ、とにかく“日々の成長”に忙しい。ご飯を食べる、はいはいで部屋を探検する、侍女たちに甘える、そういう一つひとつが大切な学びになっているし、政治的なことまで考える余裕はまだない。


 かといって、不安を完全に忘れているわけではない。領主としての私を支える“摂政”や“文官”たちがどう動いているのかは気になるし、いつかクーデターや陰謀が起きるかもしれない、なんて恐れは常につきまとう。でも、まだ1歳半程度の体力と発語力では、どうしようもない。それを思うと、とにかく“生き延びて成長する”しか道がないと、内心で割り切っているのだ。



 この世界だと、普通の赤ちゃんがいつ頃からよちよち歩き始めるのか、私はよく知らない。前世の知識では1歳前後から歩きだす子もいるし、1歳半過ぎても伝い歩きのみって場合もある。私の場合はどうかというと、1歳3~4か月を超えたあたりで、だいぶ伝い歩きが安定してきた感じがあった。家具の角や、低めの机に手をかけて、なんとかよろよろ進める状態になったのだ。


 エミーとローザは、私が伝い歩きをすると「すごいすごい!」「もう歩いてるも同然じゃない?」と大喜びで拍手喝采。私が調子に乗って手を離してみようとすると、まだバランスが取れず、“ベタン”と床に尻餅をつく。それを見て二人は「大丈夫!?」と慌てながらも「痛かった? ほら立ち上がろう!」と、やたら元気づけてくれる。そんな優しさに甘えつつ、私は日々“歩く”練習を繰り返している。


 1歳半を超えると、腕と足にも筋力がだいぶつき、伝い歩きだけでなく、数秒程度なら支えなしで立てるようになった。3歩くらいなら踏み出せることもあり、自分で「よいしょ……」と頑張ると、エミーが「すごいわ! もう歩いたの!?」(といっているのだろうか?)と目を輝かせる。一方、ローザは負けじと「わ、私も見てるよ!」(と言っているような気がする。)と駆け寄り、二人で私を奪い合うように抱っこしてくれる。少し複雑だけど、嬉しい。


 もちろん、まだ慎重に動かないと転倒するし、立ち上がったとしても5秒が限度。でも、この数秒が私にとっては大きな勝利なのだ。前世の感覚なら“歩く”なんて当たり前の行為だが、赤子として再スタートした今、“自力で立つ”という行為がこんなにも感動的だとは想像しなかった。歩行ができれば行動範囲は飛躍的に広がるし、身の回りのことをもっと自力でこなせるようになる。



 1歳半を超えたころから、言葉への理解力がグッと伸びたように思う。侍女たちが常用する単語やフレーズを丸暗記し、“こういう場面ではこの言葉を使う”という感覚が、かなり掴めるようになってきた。私が試しに「ナッサ~」と口にすると、エミーが「そうそう! ナッサよ!」と嬉しそうに頷いてくれる。まるで「かわいい~」「よかったね~」的な声かけの感覚だ。


 さらに私が「あ、あ……ラトゥ…?」なんて漏らすと、ローザがすぐ「え? 眠い? ラトゥする?」と聞き返してくる。どうやら“ラトゥ”は寝ることや休息に関する言葉らしい。私は「う…うん」と小さく頷いてみせると、二人は「よしよし、じゃあベッドに行こうね」といった調子で動いてくれる。会話というにはまだ遠いが、“音→意味→反応→結果”という流れが確かに生まれているのだ。


 このやりとりを通じて、私の中では単語辞書のようなものが日々増えている。

 - ナッサ:肯定や“いいね!”とか“かわいいね!”のような褒め言葉

 - ラトゥ:寝る、休む

 - ラント:仕事、用事

 - イクラ:どうやら食事を示す? or “ご飯”のような感じ

 - ニセラ:人形や玩具の総称? それとも特定の人形だけ?


 覚えた単語を自分の口で再現しようとすると、舌が回らず苦労するけれど、何度も練習しているうちに、少しずつ「音」が近づいていく。侍女たちがそれを聞き取ってくれて、喜んでくれるのは励みになる。しかも二人は私が“おしゃべり”するたびに「すごい!」「もっと言ってみて!」と大はしゃぎ。私にしてみれば微妙な発音のつもりでも、褒められると自信が湧いてくるから不思議だ。



 両親を失った私にとって、彼女たちの存在はどれほど大きいことか。今世では彼女たちが“お姉さん”として私を支えてくれている。いまは見習い侍女の立場?らしいけれど、実質的にはほとんど私の「お守り係」だ。

 どちらも十代半ばあたりにみえる。エミーのほうが少し年上のようだ。

 二人はちょっとでも私が不安そうな顔をすると、「大丈夫? お腹すいた?」なんて感じで近づいてきて、ミルクや柔らかい食べ物を出してくれるし、寒がっているときにはすぐブランケットをかけてくれる。逆に私がはいはいで動きすぎて暑そうだと、扇いでくれたり、気を利かせて水分補給をさせてくれたり。まさに至れり尽くせりだ。


 最初は「どうせ領主だから、失礼があってはいけないって理屈で構っているのでは?」と思ったこともあった。でも、私が言葉を少し発音しようと頑張るときの二人の素直な喜びようや、転んだときに真っ先に駆け寄ってくる焦りっぷりを見ると、それだけではないとわかる。彼女たちは純粋に私を可愛がってくれている。それを感じるたびに、胸がホッと温かくなる。



 月日はさらに流れ、私が1歳半を過ぎるころには、もう少し“よちよち歩き”に近づいてきた感じがある。といっても、一人でスタスタ歩くには程遠い。でも、ローザやエミーの手を片手で掴んでゆっくり足を運べば、何とか数歩は移動できるようになった。

 最初は両手を支えてもらっていたが、片手だけでも案外いけるものだ、と実践してみたら、めちゃくちゃ緊張した。バランスを崩して転びそうになっては、エミーにガシッと抱きとめられ、ローザが「慌てないで~」と声をかけてくれる。そのときのドキドキ感は、前世でたとえるならジェットコースターに乗ってるような感覚だ。


 言葉の理解も1歳半を超えたあたりで、さらに進歩。侍女同士やほかの兵士たちの会話も、単語の区切りがだいぶハッキリ聞こえるようになった。「クズラ」「トンナ」のような政治経済絡みっぽい言葉から、「フェルナ」「シェリ」といった名前らしき響きなど……。前世の英単語学習よろしく、私は脳内に“この言葉はこんな場面で使われる”という感じでメモしている。

 まだ私自身がフルセンテンスを口にするのは難しいけど、「ナッサ」「ラント」「ラトゥ」などはだいぶスムーズに発音できるようになった。「リア」という音を向こうが私に向かって使うことも多いので、もしかしたら私の呼称か愛称っぽい気もする。まあ、周囲は「領主様」のつもりで呼んでいるのか、私の本名を呼んでいるのか、そこはよくわからないけれど……。



 私が一歳半も過ぎ、あと数か月で2歳の節目を迎える、そんなある日のこと。エミーとローザは揃って部屋にやってきて、にこにこと私を抱き上げた。「さあ、少し外に出てみましょう?」と提案してくる。

 外といっても、屋敷の外庭のことだ。生まれてからこっち、両親を失ったこともあって、ほとんど屋敷の敷地内から出ていない私には、ちょっとした探検気分。「外庭?」と目をキラキラさせていると、二人は嬉しそうに「ナッサ、ナッサ」と褒めてくる。どうやら天気も良いので、日光浴がてら私を連れ出そうとしているらしい。

 初めてというわけではないが、久々の外庭はやっぱり新鮮だ。暖かな陽光を浴びて、まだよちよちとはいえ私の足で地面を踏みしめる感覚が心地いい。芝生のような小草があって、座り込みながら手を伸ばすと、ふわっとした柔らかな手触りが楽しい。エミーとローザが傍についてくれるので、万が一転んでも大丈夫。

 庭の一角には、花壇もあるらしく、色とりどりの花が揺れているのが見える。私は思わずそっちの方へ“よち、よち”と進もうとするが、少し歩いただけですでにグラついてしまう。エミーが慌てて支え、「まだ無理しちゃだめ」と苦笑する。実際、2歳近いとはいえ、まともに歩くにはもうひと頑張り必要そうだ。


 この外庭での散歩は、私にとって一大イベントだった。空が広くて、雲がもくもくしていて、そよ風が頬を撫でていく感触は室内では味わえない。思わず「あ、あ……」と声を上げると、ローザが「空、きれいだね」とでも言っているのか、遠くを指さして笑っている。もちろん言語はまだ全部はわからないが、その笑顔を見るだけで何となく伝わるものがある。

 こういう何気ない時間の積み重ねが、私の感性を豊かにしてくれるのを感じる。 前世では仕事に追われて“自然を楽しむ”なんて気持ちの余裕はなかったけれど、今は赤子として“初めての経験”に満ちている。木の葉の匂い、土の湿り気、花の色彩……全部が新鮮だ。



 屋敷の中では、私の2歳目前を祝う準備が進められているらしく、エミーとローザが「もうすぐ何かあるらしいよ!」(といっているのだろうか?)とコソコソ話しているところを見かける。日付の概念が定かでないこの世界でも、一応“誕生日”をカウントする習慣はあるようで、私が生まれた日から2年目を迎える節目を祝うのだとか。

 侍女の先輩らしき人たちも、なにか囁いているし、何やら小さなプレゼント的なものを用意しているような気配もある。まだ実際に見せてもらえてはいないが、ローザが「楽しみだね!」という感じで瞳を輝かせているのを見ると、こっちまでワクワクしてくる。

 私が1歳のときも、何か祝うような空気はあったが、父や母がいないことで盛大にはならなかった。今回はもう少し賑やかになるかもしれない……と、軽く期待している。


 今後、2歳を迎えれば、歩行と言葉の面で一層の進歩があるかもしれない。実際、前世の常識でも、2歳児はなんとか単語をつなげて意思表示ができるようになり、自己主張も出てくる時期だ。今の私も、すでに自分の意思を伝えたい欲求が強まっていて、「あそこに行きたい」「これを触りたい」「お腹すいた」のような気持ちを、全身と片言の音で表現している。早くもっと会話してみたいなあ……という焦りも大きい。

 それに、2歳くらいになれば、私がこの家の中をもう少し自由に探検できるだろう。摂政の部屋や文官の集まる場所にひょいと行って、何が行われているのか眺められたら面白そうだ。もちろん、そんなことをすれば危ないかもしれないけど、興味は尽きない。だって私は、前世で“法”や“交渉”に関わる仕事をしていたんだから、ここの仕組みを知ることに大きな関心があるのだ。



 エミーとローザの二人が、私を大事に面倒見る理由にはいろいろあるかもしれない。年齢的にまだ子どもである彼女たちは、私をおもちゃのように可愛がっている面もあれば、“仕事”として責任を果たしている面もあるだろう。だけど、そこにはもうひとつ、“情”があると私は感じる。

 私が1歳を超えて、どんどん活発に動くようになっても、彼女たちは決して「面倒くさい」と態度に出したりしない。むしろ、抱っこをねだれば「よしよし」と軽々抱き上げてくれるし、謎の言葉を喋れば「もっと言って!」という感じでハイテンションで喜んでくれる。夜泣きが続くときも、交代で寝かしつけてくれて、どちらか片方が寝不足になると、もう一人がフォローするといった具合に支え合っている。

 私はそんな彼女たちを見て、心底感謝しているし、二人が成長していく姿も微妙に楽しみだったりする。私の世話をする中で、彼女たちも侍女としての仕事を覚え、先輩侍女から叱られたり褒められたりを繰り返しながら頑張っているのだ。まるで姉妹のような関係に思えるが、同じ屋敷で暮らす仲間といった感覚もあり、これが“異世界転生ならでは”の絆なのかもしれない。



 そうして、いよいよ私が2歳の誕生日を迎える日が来る。正確に何月何日が誕生日なのか、この世界の暦がどうなっているのかは分からないが、エミーとローザが指を二本立てて教えてくれて、なんとなく“今日がその日”なのだと察した。

 私にとっては単なる1日の変化かもしれないけれど、周囲はちょっとしたお祝いムード。エミーが先輩侍女に呼ばれてどこかへ行き、しばらくして箱を抱えて戻ってくると、ローザと一緒に「ラント、ラント!(お仕事、お仕事!)」と嬉しそうに準備を始めた。何やらプレゼントのようなものが入っているらしく、キラキラした布や小さな人形らしきものが見え隠れする。

 数時間後、二人は私を部屋の中央に座らせて、「今日はラータ(私の呼称?)のお誕生日!」みたいなニュアンスを語りかけてきた。言葉の半分以上は理解できないが、“おめでとう”に近い響きが連発されているのは感じ取れる。どうやら本格的な誕生日のセレモニーはしないまでも、私のためにささやかな贈り物を用意してくれたらしい。


 彼女たちが差し出してくれたのは、小さな人形のようなモノ。

 近くで見ると、布と藁を組み合わせて作られた簡素な人形で、ところどころ刺繍のように糸が通してある。これがこの世界のハンドメイド玩具なのだろうか。私が興味津々で触れると、ローザが「ナッサ~」と微笑みながら手伝ってくれる。一方でエミーは「こちらもあるよ」と、何やらやわらかい布を広げて見せてくれる。それは赤ん坊用のケープみたいな感じで、色合いが優しく、フード部分に小さな飾りが付いている。

 「これ、私たちからのプレゼントなんだ」――そんな意図を読み取れる言葉をエミーが言ったので、私は思わず笑顔になった。まだ大げさなパーティーなどないけれど、この屋敷で私が元気に2歳を迎えたことを祝ってくれているのが伝わる。両親はいないが、こうして周囲の優しさに囲まれて誕生日を迎えるのは、素直に嬉しい。



 こうして私は、ついに2歳という大台(?)に突入した。それは“赤ちゃん”から“幼児”へと移り変わる重要な節目でもある。まだ自力で完璧に歩き回れるわけじゃないし、言葉も単語レベルだが、それでも半年前とは比較にならないくらい行動の自由度が増している。

 エミーとローザは相変わらず私の世話に追われながらも、それを心底楽しんでくれているようだ。私がちょっと変わった発音をすると、「いま何か言った?」「ね、聞こえた?」と二人で盛り上がり、私を交互に抱きしめる。身体が成長して重くなっているはずなのに、二人がかりならまだ余裕で支えてくれるらしい。


 もちろん、領主として何かできるわけではないが、2歳になった私にはひとつの小さな目標がある。それは「もう少し、侍女や周囲と話せるようになる」ことだ。いまは単語の断片をくっつけたり、指差しと合わせたりするだけでも、最低限の意思疎通はできる。だが、もっと話せれば世界が広がるし、屋敷の人たちとの絆も深まるはず。

 もしクーデターや陰謀がこの先起こるとしても、言葉を使って事前に察知したり、対策を練ったりできる可能性が増えるかもしれない。なにより、彼女たちともっと“しゃべって”笑い合える未来を想像するとワクワクする。

 2歳という節目は、あくまで始まりだ。しばらくは引き続き、はいはい+伝い歩き+単語学習のコンビネーションで生活を営みつつ、エミーやローザの優しさに支えられ、少しずつ社会を知っていく。赤子から幼児へ――この世界での私は、そんな新しいステージに足を踏み入れたのだ。


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