きゅうくつな服、ほころぶ心――はじめての友達に会う日
朝の光がカーテン越しに柔らかく差し込み、部屋の床を淡く照らしている。まばゆい光の帯が微かな埃を浮遊させ、きらきらとした舞踏を見せてくれている――そんな景色をうっすらと眺めながら、私はベッドの中で静かに呼吸を整えた。まばたき一つするごとに心臓がドキドキと音を立て、いつも以上に高鳴っているのがわかる。なぜなら今日は“お茶会”の当日――近くの領地の領主の子たちと、本格的に交流を図る、ちょっとしたデビューの日だからだ。
「ふあ……緊張して眠れなかった気がする……」
そうつぶやきながら身体を起こすと、隣の簡素な寝台で寝起きを共にしている侍女のエミーとローザが、同時に顔をあげてこちらを見た。いつものことながら、彼女たちと同室というのは、暗殺リスクを下げるための配置――というのが建前。しかし最近は平和な日常が続いていて、まるで“姉妹のような共同生活”になりつつあるのが不思議な居心地。
「リア、おはよう。今日はいよいよだね? お茶会の日でしょ?」
エミーがにこやかな声で言うと、ローザも「そっか……緊張してるんだ?」とベッドの縁に腰かけて伸びをする。私は苦笑しながら布団をたたみ、「うん……ちょっと……。同年代の子どもたちと一緒にお茶なんて、ほぼ初めてだから」と素直に答える。本来ならまだ寝ていたいところだけれど、これほど目が冴えているのは、やはり特別な日だからこそだろう。
ぼんやりした頭のまま、私は服を脱ぎ替えて身支度を整える。エミーとローザが手際よく手伝ってくれるが、内心は朝からソワソワ。まるで大イベントに出るときのような気持ちだ。これまで王都での場面やドレス姿での公式行事も経験してきたけれど、今回ばかりは“子ども同士”の交流という未知の世界。自分の中にある前世由来の大人っぽい感覚と、今の少女としての体、そして年齢……すべてが噛み合わず、胸の奥がモヤモヤしてしまう。
「顔、ちょっと強張ってるかも。大丈夫?」
ローザが笑い交じりに声をかけてくる。私は「そ、そっかな……? 平常心、平常心……」と小声で呟き、深呼吸。
食堂へ行くと、テーブルにはパンやスープ、それにフルーツが用意されていた。軽く済ませてから本格的な準備に取りかかる――という流れになるらしい。ボリスさんや侍女長のベアトリーチェも朝早くから動いており、護衛の配置や会場の調整などを進めてくれている。暗殺の危険は少ないとはいえ、念には念を入れる形だ。
「お嬢様、今日はお茶会本番ですからね。万が一、ラグレン家やその他の不穏な動きがあっても対処できるよう、警護は強化します。ただし、あまり表に出ないようにするのでご安心を」
ボリスさんがそう言って、落ち着いた笑みを見せる。私はパンをかじりながら「あ、ありがとう……でも、そんな物騒なことは起きないよね? たかがお茶会だし……」と半ば不安、半ば楽観の入り混じった声を返す。
「ええ、たぶん大丈夫でしょう。ただ、何かあれば私かベアトリーチェに声をかけてください」
そう言うと、ボリスさんは一礼して執務のために去っていく。私も急いで朝食を終え、いよいよ“当日の準備”へ移ることにする。エミーとローザが「よし、ドレスを着ようか」と手招きして、寝室とは別に用意してある控えの部屋へ向かう。そこには先日仕立て直しを終えた“動きやすいドレス”がかけられている。魔法縫製のおかげで以前より軽く、しかしそれなりの締め付けはある設計だ。
(これなら……うん、大丈夫。でも、ちょっときついかも……)
そう自分に言い聞かせ、鏡の前で着替えを始める。エミーとローザが手際良く紐を調整してくれる。王都のきつい装いに比べれば楽とはいえ、胸まわりが少し苦しくなるのを感じる。
「うん、いい感じ。魔法縫製ってやっぱり便利だね。がんばってね」とエミーが励ます。私は苦笑いしながら鏡に映る自分の姿を見つめる。腰のラインがほんのり強調され、背筋もきれいに伸びて見える姿は、いかにも“伯爵家の少女”という感じだ。
(はあ……前世が男だったからって、いつまでも嘆いてても始まらない……)
髪をまとめ、淡いリボンを付け、準備は完了。最後に深呼吸をして、鏡の自分に「大丈夫、いけるよ」と小さく声を掛けた。
「さあ、ほぼ準備完了だね。あとはお客さまを迎えるだけ……」
ローザがうきうきした様子でそう言うと、私も「うん……ふう、緊張する……」と素直に漏らす。ドレス姿にはそこそこ慣れたつもりでも、やはり落ち着かない。しかも相手は同年代という気楽さと、逆に“同年代だからこそのやりにくさ”が同居する。
そんな気持ちを抱えつつ、館の応接間へ向かう。先に到着していたのはフェアレント家の次男リチェルドと、ローヴァニアを領するクロイゼル家の令嬢セレイナ――年齢は私より上の14歳。護衛を済ませたあと、私はしとやかに扉を開き、ドレスの裾を気にしながら三人が揃う空間へ足を踏み入れた。胸の高鳴りを落ち着かせるように息を整え、当主としての挨拶をする。
「……ようこそ、私の館へ。リアンナ・クラリオンです。今日は、短い時間ではありますが、楽しんでいってくださいね」
声にほんの少し震えが混じるが、なんとか乗り切る。リチェルドは、柔らかな印象の顔立ちをしていて、微かに頬を染めながら「お、お世話になります……」とぎこちない返事。セレイナはブロンドの長い髪を揺らし、赤いリボンをあしらった姿が華やかで、「こちらこそ楽しみにしていましたわ。お招きありがとうございます」とにこやかに微笑む。
そして最終的には私、リチェルド、セレイナの3人だけが応接のソファに残る形になり、侍女たちは一旦下がる。護衛は建物の外や廊下に配置され、何かあればすぐ駆けつける体制だ。
「えっと……じゃあ、どうぞ、お茶を……」
私が落ち着かないまま声をかけると、エミーとローザがティーセットで簡単に給仕を済ませ、部屋を離れる。静かな空気。3人だけ――身なりを整えた姿で、私は果たしてうまく話せるだろうかと、内心ドキドキ。
しかし、蓋を開けてみれば意外とすぐに会話が弾み始めた。まずはリチェルドが「こ、このお茶、美味しいですね……」と、どぎまぎした様子で話しかけてきて、私が「え、そ、そうかな? ブレンドはベアトリーチェが選んでくれたから」と返す。するとセレイナが「とても香りがいいわ。花のエキスが入っているのかしら?」と優雅に微笑む。こうした些細なきっかけが、思った以上に場を和ませてくれるのだ。
「このお菓子も美味しそう……マルディネールの特産品ですか?」
セレイナが興味津々の目を向け、私は「うん、最近は魔法で冷蔵技術が発達してきて、フルーツが遠方からも運ばれるようになったから、こういうゼリー菓子が作りやすくなったんだって」と説明。ほんの少し誇らしく感じるのは、伯爵家当主だからだろうか。リチェルドは「へえ、うちもシラヴァリンで温泉が有名だけど、まだ食文化はそこまで発展してなくて……」と話し、その内容に私も思わず胸を躍らせる。“温泉”という響きが新鮮だし、いつか見てみたいと思ってしまう。
そんなふうに互いの領地の違いを語り合ううち、最初の緊張がいつの間にか和らいでいく。気づけば私の口からも自然と笑顔がこぼれ、「そっか、面白いね!」と軽く相槌。セレイナが時折、ちょっと年上らしい目線でアドバイスめいたことを言ってくるのも、悪い気分じゃない。彼女は大人びているけれど、姉のように優しい雰囲気を持っている。
やがて会話が落ち着いてきた頃、私は一応“当主としてのホスト役”を自覚し、二人に向けて「今日は私、こういう場を用意できて嬉しいの。わざわざ来てくれてありがとうね」と伝える。リチェルドは照れくさそうに笑い、「僕も……正直、初対面なのにこんなに話せると思わなかった。ありがとう」と頭を下げる。なんだか顔が熱くなる。彼がかわいい系の少年だから余計に、少女の体の私が微妙にドキッとしてしまうのが不思議。
セレイナは「ええ、私もいい経験になったわ。これから先も、こういう“小さな交流”でお互いを知っていけたらと思います。王都の社交界なんて大げさだから、地元同士で練習しておくのも悪くないわね」と涼やかに言う。その言葉に私も「うん……そう、慣れる意味でもね」と力強く頷く。
そんなやり取りのうちに、小さくノックの音が。扉の向こうに控えていた侍女が、「そろそろ時間です。お客様のお迎えの馬車の手配が……」と遠慮がちに告げる。どうやら、ほんの2時間ほどの短いお茶会の予定らしい。私は「えっ、もうそんな時間?」と思わず声をあげる。時計を見れば、確かにいい時間だ。
名残惜しさを感じながら、私たちはコーヒーテーブル周りを片づけ、立ち上がる。ちょっと緊張して固まっていた背筋をほぐし、「きょうは本当にありがとう。私も初めてでいろいろ戸惑ったけど、二人ともいい人で助かったよ……」と素直な気持ちを口にすると、リチェルドが「ううん、僕のほうこそ。これからもぜひ、仲良く……お願いしたいな……」としどろもどろに返す。セレイナは「あら、私も交流を続けたいと思ってます。来年くらいにはもっと大きなお茶会を開いてみてもいいんじゃない?」と微笑む。なんだか胸が温かくなってきた。
館のホールまで歩いて二人を見送り、私は最後に「また近いうちに……」と手を振る。リチェルドは少し赤面しながら帽子を脱いで、セレイナは落ち着いた笑みを浮かべて馬車に乗り込む。扉が閉まり、車輪が石畳をきしませながら動き出す光景を見つめていると、ふうっと肩の力が抜けていく。
「お嬢様、お疲れさまでした!」
後ろからエミーとローザが駆け寄ってきて笑顔で声をかける。「どうだった? 楽しかった?」「緊張した?」と矢継ぎ早に質問され、私は「う、うん、やっぱりドキドキしたけど……想像以上に楽しかったかも……」と頬を緩ませる。
まだ着慣れないドレス特有の締め付けを感じながら、「ちょっと疲れたかも……やっぱり慣れないね」と苦笑する私に、ローザが「わかるよ、後でゆっくり休んでね」とクスクス笑う。その言葉にほっとすると同時に、女の子の体でドレスを着る運命からは逃れられないのだなという複雑さも感じる。
けれど、今日の収穫は大きかった――同年代の二人、リチェルドとセレイナという存在。私より年下でも年上でもない“近い年頃”とのやりとりは、初めて味わう不思議な楽しさだった。今後、ラグレン家との争いや王国の政治がどう動こうとも、こうした友人関係が私の支えになるかもしれない。
私はドレスの裾を持ち直しながら、空を見上げる。日中の太陽が高く昇り、館の影を短くしている。朝に感じた緊張はまだ胸の奥に名残をとどめているけれど、満足感や安堵のほうが勝っている気がした。
(よし、今回はこれで成功……次はもっと上手にできるかな。こういう交流を続ければ、私も当主として、そして“今の私”として成長できるかも……)
そんな思いを抱きつつ、私はエミーとローザに手を引かれて邸内へ戻る。ドレスを脱いで一息ついたら、美味しいお茶でも飲み直そうかな。暗殺の心配も少なかったし、今日は素直に休めそうだ。
やがて夜になれば、この日の思い出を抱えて布団に潜り込むとき、また違った興奮や戸惑いを感じるのだろう。前世の男としての記憶が揺さぶられて、少女としての自分に時折戸惑いつつも、着実に一歩を踏み出している自覚がある。
私はそんな自分の変化を否定することなく、かといってもろ手を挙げて受け入れるわけでもなく――ただ、日々を重ねる中で、微妙に体が女の子に近づいている事実と向き合いながら、生きていこうと思うのだ。
(また会いたいな。リチェルドやセレイナ・クロイゼルと、もっといろんな話をしてみたい。大丈夫、きっとこれからも新しい道が開ける……)
頭の中でそう呟いて、私は背筋をのばす。今回の経験が、小さな自信へと変わっていく予感を抱きながら、静かに微笑んだ。
【作者からのお願い】
もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。
また、☆で評価していただければ大変うれしいです。
皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!




