伯爵家の少女、社交はじめます――甘くて苦いお茶の時間
朝の光が、窓越しにやわらかく射し込んできた。柔らかな風がカーテンを揺らし、部屋の中にささやかな陰影を落としている。この時間、いつもならまだぼんやりとしたまどろみに浸っていることが多いのだけれど、今日は頭が冴えている。なんでだろう? 自分でもよく分からないが、たぶん気温や天候のせいだけじゃなくて、心のどこかがそわそわしている――そんな感覚。
「おはようございます、お嬢様。よく眠れました?」
いつものように侍女のエミーが声をかけてくれる。寝ぼけ眼のローザも隣の簡素な寝台からむくりと起き上がり、「んん……おはよ、リア……」とあくび交じりに言う。彼女たちと同室で寝起きをともにするのも、もう慣れたものだ。暗殺リスクを下げるため、伯爵家当主の私が常に守られる形――というのが建前とはいえ、もはや家族同然の空気がある。
「うん、おはよう……なんか、今日は変に目が冴えてるんだ。悪い気分じゃないけど」
そう返事しつつ、布団から抜け出す。いつもなら半分寝ぼけたままエミーとローザに起こされるのに、今日は何だか自然と目が覚めてしまった。床を踏んだときに感じるひんやりとした感触すら心地よい。外の天気がいいのも一因だろうか。
エミーがさらりと支度を手伝ってくれる。その間、私の頭のなかには昨夜のことがよぎっていた。あと少しで12歳になる――子どもである私にとっては大きな節目。つい先日まで王都との交渉、服の仕立て騒ぎなど忙殺されていたけれど、最近は落ち着きを取り戻していて、いまこそ“子どもの日常”を楽しめるはず……そんなことをぼんやり思う。
着替えを終え、髪をさっとまとめる。胸やお尻の丸みが微妙に増えつつあるのを感じ、内心ちくりと違和感が走るが、気にしすぎても仕方ない。顔をあげ、部屋を出て廊下を進むと、いつもの食堂へ到着。テーブルにはパンやハーブティー、フルーツなどが並んでいて、これまた平和そのものだ。王都のきらびやかで 緊張感のある場面に比べれば、あまりにのんびり。
ところが――その安寧をよそに、侍女長のベアトリーチェが何やら厳粛な表情で私を見つめてくる。私はパンをちぎりながら首を傾げた。
「リアンナ様、おはようございます。……さて、今日は少しお話ししたいことがあります。よろしいでしょうか?」
「う、うん……何? 最近は特に大事件もないし、平和だと思ってたんだけど……まさかラグレン家が動いたとか?」
私は一瞬身構えるが、ベアトリーチェは穏やかな笑みを返す。「いえ、そういう物騒な話ではありません。今回は“お茶会”――もう少し正確に言えば、“貴族の子弟同士の交流”をしていただきたいのです」
「お茶会……?」
驚く私に向かって、ベアトリーチェは続ける。「ええ、王都の大舞台に出るほどではないですが、伯爵家当主として、もうすぐ12歳になるのでしたら、同年代の貴族との顔合わせや交流は必要かと思います。そろそろ“子どものうち”に作る人脈が将来の役に立つ……と言いますか」
私はスープをすすりながら少し考え込む。確かに、王都での社交界に出るにはまだ早いとはいえ、地方の貴族や領主の子ども同士のつながりは、いずれ何らかの形で役立つのかもしれない。いわば“練習”みたいなものだろうか。私自身、あまり得意な分野ではないけれど、ベアトリーチェの言い分はもっともだ。
「うん……でも、私はまだ本当の子どもで、しかも当主だっていうのに……相手もだいたい子どもになっちゃうんだよね。貴族で、私と同じか近い年齢……」
「ええ、まさにそうです。ですから“お茶会”あるいは“小さな集まり”という形で、少人数を招くイメージです。本格的なパーティーほど派手ではなく、日中に軽くお菓子を囲んで語り合う……という感じ」
子ども同士……と聞くと、変な緊張が走る。私としては、同年代の友人なんてほとんどいないし、どんな会話をすればいいのか分からない。以前、少年グループと一緒に甘味を楽しんだことはあるけれど、あれは私が“少年”を装っていたから自然に溶け込めた部分もある。今度は当然“伯爵家の少女”として出ないといけないのだ。
「うーん……でもまあ、必要なら仕方ない……か。ラグレン家のせいで外の付き合いを避けてきたけど、これからは顔を繋いでおかないといけないんだよね」
私はパンをちぎりながら頷く。ベアトリーチェは「そういうことです。暗殺のリスクも考え、こちらで招く形にしましょう。警護もしやすいですからね」と計画を固めるつもりのようだ。
「招くことにするのは、どんな人たちなの?」
私が聞くと、ベアトリーチェは手元のメモをめくって見せてくれた。「まずは、前に話に出てきましたけれども……北側のフェアレント家とその領地シラヴァリンから、リチェルド殿。この子はお嬢様と同い年で、男の子ですね。領主の次男で、以前ご挨拶されたとか……」
「あ、リチェルド……!」
私は思わず反応してしまう。というのも、フェアレント家は最近何かと名前を聞くことが多く、特にリチェルドの話は耳に残っていた。まだ直接じっくり話をしたことはないけれど、向こうは私の領地に興味を示しているとか……? 私より同い年の“男の子”と知り合うのは、正直、少し戸惑うが楽しみでもあるかもしれない。
「それから、フェルバルトの先にある領地……クラリオン家とはそこまで距離が近くないんですが、最近は魔法の冷却技術で交易も増えているところ……。そこからはお嬢様より2歳上の女の子が来る予定です。彼女は長女ですけど、下に弟がいて、跡継ぎはその弟さんだとか。お名前はセレイナ、と仰るようですね」
「セレイナ……ふうん……2歳上ということは14歳?」
ベアトリーチェは「ええ、14歳。お嬢様には“お姉さん”的な存在になるかもしれませんね。賢い、活発な性格らしいですよ」と付け加える。賢くて活発――なんとなく華やかなイメージが頭に浮かぶ。私より年上の女子って、どういう話題をすればいいんだろう……。それだけで緊張する。
「なるほど、じゃあリチェルドとセレイナの2人を、とりあえず招待して……?」
「ええ、2人を中心に、あとは近場の子どもたちが数人入るかもしれません。でも基本はその2人がメインになりますね。初めての試みですし、多すぎてもお嬢様が疲れるでしょうし。暗殺リスクだってゼロではありませんから」
ほっと胸をなで下ろす。たくさん招かれて大人数でワイワイすると、収集がつかなくなりそうだ。2人ならまだ対処できる……かな? 私の中でそこはかとないドキドキが芽生える。リチェルドは男の子だから、少年同士のほうが話しやすいのか――いや、私は中身が前世で男だったと言えども、いまや“少女”の立場。どう振る舞うのが正解なのか。セレイナは2歳上の賢いお姉さんキャラらしいから、あまり幼稚に見られたくないという妙な意地もある。
――ああ、なんだか、すごく緊張してきた。こんなことなら、王都で交渉するほうがまだまし、とか言いたくなるほどだ。相手は貴族の子どもとはいえ、私は“同年代か少し上の子”と向き合う経験が少ない。気を張る場面を想像するだけで疲れる。
「でも、やらなきゃいけないよね……当主としては……。わかった、頑張る」
そう返事すると、ベアトリーチェは嬉しそうに微笑む。「ええ、気楽に構えていただいて大丈夫ですよ。ラグレン家とは無関係な人たちばかりですし、むしろリチェルド殿とセレイナ嬢はクラリオン家に好感を持ってくださっているようです。暗殺リスクも最小限。ただ、護衛や会場の確認は入念にしますので、そこはお任せを」
暗殺……私は肩をすくめる。ここ最近は穏やかだけれど、完全に警戒を解くことはできない。それでも少人数の集まりなら、さほど大事にはならないかもしれない。
「なるほど……了解だよ。リチェルドとセレイナ……か。どんな子なんだろう……」
思わず“子”と呼んでしまうが、私も大して変わらない年頃だ。外見はともかく、精神年齢は前世の記憶もあって、変に大人っぽい自意識を抱えている自分がいる。だから子ども同士のお茶会と聞くと気恥ずかしさが先に立つのだけど……きっと慣れなきゃいけない。ベアトリーチェやボリスさんもそう望んでいる。
時計代わりの魔法石が時を告げ、私は少し背伸びをした。
「じゃあ準備を進めておいてね、ベアトリーチェ。日にちと場所の調整とか、私はどうせ当主の顔を立てて出る形になるんでしょ?」
「はい、もちろんです。お菓子やお茶の手配も急いで整えますので、まずは安全に、そして楽しく交流できるよう全力を尽くしますよ」
ベアトリーチェが意気込みを語り、私も「うん、よろしく……」と答える。そうなれば、私はまた“ドレス姿”にならざるを得ないだろう。例の魔法縫製の新作ドレスで臨むのかな……などと頭を巡らせる。あれは動きやすいけど、やっぱり女の子らしいラインが出るから苦手意識も拭えない。が、選択肢はない。
そんなふうに話がまとまったところで、ベアトリーチェが「今月中には開催しますよ? 日取りが決まればお知らせします」と書類を閉じて立ち上がる。私は心の中で“よし、やるしかないね”と自分に言い聞かせる。新しい交流の場が楽しみでもあり、得体の知れない不安もある。――でも成長期の今、友人関係を広げるのは大事なことかもしれない。
ここから数日、私は普通に日常を送りながら、お茶会への心構えをすることになる。エミーとローザは「きっといい出会いになるわよ!」と無邪気に楽しみにしていて、ボリスさんは警戒しつつも「危なくはないはず」と太鼓判。私はそんな周囲の反応を感じながら、次なる“小さな事件”の匂いに胸をざわつかせるのだった。
――相手はリチェルドという名前の少年と、セレイナという名の少女。どちらも同世代、いやセレイナはちょっと上。私がこの世界に来てから、同年代の友人を本格的に作ったことなんてほとんどなかった。それが楽しみかと訊かれれば、そうとも言えるけれど、やはり緊張が大きい。私はどう振る舞えばいいんだろう? 当主として? 年相応の子として? 前世の男としては“同年代の女子”なんてどう扱っていいやら……。しかもいまは身体が女の子で……。想像すればするほど頭がこんがらがる。
とはいえ、立ち止まっていても仕方ない。ラグレン家の暗殺だって一時的に落ち着き、王からも領地召し上げの話はない今こそ、普通の“子どもらしい”経験を積む時期――そう割り切ろう。私は胸をドキドキさせながら、エミーたちに「お茶会って、何をすればいいの?」と尋ね、一から準備を進めることを決めた。
こうして、私の新たな日常が動き出す。12歳を間近に控えた伯爵家の少女――中身は前世の男の意識を抱えている私が、同年代の貴族と顔を合わせるなんて、なんだか妙な運命の巡り合わせに感じるけど……。もしそこに“暗殺”や“陰謀”が絡まないなら、少なくとも最初は気楽に構えていいよね? 幸い、今回は平和を楽しむだけでもいいじゃないか。
そうやって自分に言い聞かせつつ、私はまた新しい一歩を踏み出す準備を始める。――次回、リチェルドとセレイナ、そして私の奇妙でドキドキする交流が開幕するのだろう。ほんの少しの不安と、かなりの期待を抱えながら、私の心は落ち着かない高揚感でざわめいている。
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