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伸びゆくラインと秘密の服装? 仕立て屋マルグリッドの大挑戦

 ベアトリーチェが応接室を出て行き、扉が閉まった。広い空間に残るのは私とマルグリッドさんの二人。先ほどドレスの採寸も十分気まずかったが、これから行うのは“男装用”の採寸である。しかも、より体型を隠す必要があるときた――どうなるんだか……。


「では、失礼します。まずは先に上着やズボンを広げてみましょうか?」


 マルグリッドさんが鞄から取り出したのは、以前私が預けた“少年スタイル”のセット。途中で修繕が必要かもと相談していたものを、あらかじめベアトリーチェが用意してくれたらしい。私が日常で隠していた“少年服”を見つめ、微妙な恥じらいを覚える。


「うーん、もともと胸まわりをあまり強調しないシルエットだったけど、成長期だと差が出てくるかも。腰から太ももにかけてもラインが変わってくるし……。まぁ、着てみましょうか?」


「ええ……はい。じゃ、ちょっとだけ待ってください……」


 私は恥ずかしさに耐えつつ、くるりと背を向けて上着とズボンを一枚ずつ装着。下着は“女の子用”だから微妙に肩紐とかが出そうで焦るが、長めのシャツで隠す。それにしても、以前よりキツい部分があるのが明白だ。ズボンを穿こうとすると太ももや腰あたりで引っかかり、上着は胸囲が苦しく感じる。“前はこんなに苦戦しなかったのに……”と、妙に切なくなる。


「……こんな感じです。どうでしょう。見た目、少年に見えますか……?」


 振り向くと、マルグリッドさんが「あー、これは確かに限界ですね」と申し訳なさそうな笑み。「背も伸びてるし、胸あたりの余裕がもうゼロだし……腰つきも女の子らしくなってるから、ずぼんが引きつってる。あちこち縫い直し必須ですね」


(やはり……)


 心の中でため息。少し前ならまだ大丈夫だったのに、これはもう“騙す”どころか動きにくさも大問題。マルグリッドさんは腰回りの縫い目に触れ、「ここを解いて拡げ、さらに布を足して……上着は肩と胸のラインを取り直して、詰め物かデザインでごまかせるかもしれない。ま、やってみましょう」とポジティブに作業手順を思案してくれる。


「なるほど。でも、もう完全に『細身の男の子』ってシルエットにはならないですかね? 私、どうしてもまだ時々、町へ行くときに男の子に見せたくて……」と、打ち明けると、マルグリッドさんは笑顔で首を振る。


「いえいえ、大丈夫。まだそこまで女性らしくなってはいないし、装飾や補正の工夫次第で案外イケると思いますよ。ただ、あなたの体の曲線を抑え込む形にはなるから、多少の締め付けは覚悟して。いわゆる“バインド”を施す感じになるので、苦しさはコルセットほどでなくてもあるかも」


「……そ、そうなんだ……(バインド……か。胸を抑える的な、あれか……)」


 複雑な心境に、またも顔が熱を帯びる。前世では当たり前の“男性の身体”を持っていたからこんな苦労はなかったのに、今は“女の子の体”を無理やり男の子風に誤魔化すためのバインドを考える――自分が変に思えてならない。しかし、暗殺リスク回避で町に出る時もあるし、何より気楽に街を歩きたい気持ちがあるから仕方ない。そこをマルグリッドさんが協力してくれるのはありがたいけど、恥ずかしさもやっぱり強い。


「……じゃあ、お願いします。多少苦しくても、ドレスほどじゃなければ我慢します……」 


 観念してそう告げると、マルグリッドさんは軽く背伸びし、「りょーかいです。『女の体』を『少年っぽく』見せる服づくりは、実はわたしも研究中なんですよ。」と目を輝かせる。――なんだか興味深そうに私を眺めてるのがちょっと怖いが、頼もしい限りでもある。


「なるほど。では、採寸をお願いします……もう一度、しっかり計らないとですよね……」と諦めの声で私が言うと、彼女は「うん、よろしく」とすぐにメジャーを手に取る。


 こうして再び採寸地獄が始まった。今度はドレスのときよりさらに具体的に胸・腰・太もも・ヒップなど、男の子が絶対気にしないだろう部位のサイズを細かく測り、微妙にため息をつく場面も。「やっぱりここが突出してきたから、布を足さないと……」とか、「バスト下を締めるならここまで寸法が必要かも」と、非常に生々しい指摘が連発。私の心はそのたび“ぐさっ……ぐさっ……”と刺さる気がするが、恥ずかしくても逃げられない。


(こんなに事細かに測られるなんて、もうやだよ……。前世でも、こんな感じに女子は服を仕立てるんだろうか……)


 それでもマルグリッドさんは真剣に記録を取り、要点をまとめながらサクサク進めていく。「まあ、大丈夫。魔法縫製のいいところは、最後に少し布に細工をして形を調整できるところなの。普通の裁縫だけじゃ出せない密着性や弾力を与えられるし、動きの邪魔になりにくいのよ」と弾む声で説明する。私も「へえ……」と驚く。魔法と裁縫を組み合わせることで、伸縮性や形状維持といった不思議な服が作れるそうだ。一般的にまだ研究中らしく、大掛かりには普及していないらしいが、マルグリッドさんはこの領地の先端をいく人材。彼女なら何とかしてくれるかもしれない。


「やれやれ、一通り寸法は取れました。これをもとに、ドレスと少年スタイルの両方を仕立て直す形になりますね。何着か部分的に魔法の生地を使って、“融通の利く服”にする。多少の成長にも対応できるはずですよ」


 採寸を終えて、私は服を脱ぎかける。しかし、そこに“女性的な身体”があると思うと、妙な気持ちになる。マルグリッドさんはさっさとメモを片付け、洗い出した寸法表にペンを走らせている。プロの仕事だとわかっていても、私は落ち着かずに視線を宙にさまよわせる。彼女には悪いが、早くこの時間が終わってほしい。


「さて、あとは布の選定や色合いかな。ドレスはどんなイメージにしましょう? 地元の集まりなら、そこまで華美にならなくていいと思うけど、相手が商人なら、逆に少し華やかにしておいたほうが“領地の活気”を演出できるかも……」


「うーん……たしかに。あまり地味すぎても“伯爵家ヤバくない?”とか思われるかなあ」


「そのあたりはベアトリーチェさんとも相談して決めましょう。今度は生地見本を持参してきますので、いっしょに選んでください」


「わ、わかりました。よろしくお願いします。……ありがたいです。せっかく帰ってきたのに、また人前でドレス……ってだけでちょっと気が重いから、せめて装いくらいはラクで……うん、魔法で仕立てられるなら助かります」


 そう言って頭を下げると、マルグリッドさんは「こちらこそ、ご指名ありがとうございます!」とにこやかに返す。彼女が誇らしげに胸を張る様子を見ていると、なんだか微笑ましくもある。苦労しそうだけど、私の成長を活かしていい服を作りたい、という職人魂が感じられるのだろう。よし、マルグリッドさんにすべてを委ねるのがベストかもしれない。



 採寸と打ち合わせを終えたころ、私はようやく“少年服”から普段のワンピースに着替え直す。やれやれ、疲れた……。今度はベアトリーチェも再び部屋に入り、マルグリッドさんと細かな納期や素材の話を詰めている。私はソファに腰を下ろして、お茶を飲みながら横目で二人のやり取りを眺める。魔法織物が少し割高だとか、領主館で余っている生地を活用できないかとか、いろいろ検討材料があるらしく、結構時間がかかりそうだ。


「そういえば、リアンナ様がずっと愛用している“少年スタイル”のズボン、生地が少し弱ってきてるから補強布を当てる必要もありますね。あと、肩周りも固くなっているから、魔法で伸縮させるパーツを作れば、案外長く使えるかも?」


「そ、それは助かります。私、あの服結構気に入ってるんです……動きやすいし」


「うん、わかるわかる。ただ、女の子らしい肩の丸みが出てきたぶん、逆にジャケットが浮いちゃうんで、そこをいじる必要があるかもしれませんね。ま、なんとかします!」


 彼女が笑顔で約束してくれるので、私はほっと胸をなで下ろす。あの“少年服”で町へ出るのは数少ない気分転換でもあるのだ。暗殺の危険を逃れるための変装という建前もあるけれど、前世の男としてはズボンと上着のほうが落ち着く面もある。でも、最近の体の変化で違和感が増してたから、直してくれるのは本当にありがたい。


「……ただし、ある程度は『締め付け』が前提になりますよ?」とマルグリッドさんが念押し。「特に胸下あたりをどうするか。ゆったりしてると女性のラインが出ますし、きつく締めすぎても日常には苦しいし……絶妙なバランスが必要かと」


「そ、そう……ですよね。はは……」と答えながら、私はまた顔が熱くなる。最近、ほんのわずかに膨らんできた胸を意識するたび、頭がぐるぐるしてしまう。前世では当然まったく無縁だったし、そもそもこういうのに悩むとは思わなかった。だけど、それが今の私の体であり、受け入れるしかないのだろう。すごく変な気分だが、仕方ない。


「じゃ、今日はこれで一旦失礼します。縫製を始めて、仮縫いが必要ならまた連絡しますね。魔法縫製は仕上げを館でやるほうが効率いいかもだから、後日もう一度お邪魔することになるかと!」


「わかりました。ぜひお願いします」


 マルグリッドさんは笑顔で道具をまとめ、私たちに頭を下げる。ベアトリーチェや私もお礼を述べる。これで採寸という第一関門は終わった。残るは彼女が工房でどれだけ仕上げてくるか――そして数日後また来るかもしれない。そのときに仮縫いの服を試着して最終調整……という流れだろう。大変そうだけど、ちょっと楽しみでもある。魔法縫製の実演も見られそうだし、なにより“私の成長に合わせて服を変える”ってどんな仕上がりになるのか興味津々。



 マルグリッドさんが帰ったあとは、ベアトリーチェと少しだけ打ち合わせをし、その他にも書類仕事をこなした。最近は“領内の商人が王都から戻ってきた”“ラグレン家は動きがない”などの報告が上がってきて、暗殺関連の危機は低調……この静けさが逆に不気味と思う人もいるけれど、私としては束の間の平穏を満喫したい気持ちが強い。


 夕方、やや疲れた頭を休めるために中庭へ出ると、エミーとローザがちょうど庭の片隅で洗濯物を干しているのが見えた。私は「ちょっと散歩しよ……」と一人歩き出す。石畳の道をゆっくり進むと、花壇が美しく色づいていて、心が和む。王都での大舞台も、なんだか遠い記憶に感じられる。こんな日常がずっと続けばいいのに。


 しかし、ふいに“不安”がよぎる。私は魔法縫製で“体型を隠す”服を手に入れようとしている。つまり、自分の“今の女の子らしさ”を否定するような行動だ。もちろん、領主として暗殺を避けるため、とか町を気軽に歩くための必須策なのだが、内心で(このまま女の体が成長し続けて、少年服じゃ誤魔化せなくなったら……?)という疑問が消えない。


(……そもそも、いつまでこんな二重生活を続けるんだろう? いまはいいけど、そのうち本当に無理が出るんじゃないか。ドレスもキツくなるし、男子服も通用しなくなるかもしれない……)


 自問自答しつつ、私は中庭の花をじっと見つめる。前世の自分なら服装なんて気にしなかったのに、いまは“女の子のドレス”か“男装”かで悩む毎日だ。でも変に思うのはやめよう、これが私の選んだ道――伯爵家の少女として生きるという現実。その手段として、前世の男らしさを活かして町を自由に動き回れるなら、それはそれで武器になる、かも?


 決意をあらためて心に刻みながら、館へ戻ると、ちょうど夕食の時間が近づいていた。エミーとローザが「お嬢様、夕方は風が冷えますから気をつけて」「ご飯できてますよ」と声をかける。私は「うん、ありがと……」と微笑んだ。二人の存在もまた、私の安堵の源だ。王都での交渉も、暗殺の脅威も、こうして日常に戻ってくるたび、私は守りたいものを実感する――だからこそ、明日の魔法縫製も頑張ってこなして、新しい服を手に入れよう。そこに私の微妙な心情が混ざり合っても、きっといい結果が待っているはずだ。


 夕食後、私は部屋に戻ってしばし読書をしていた。ベアトリーチェから借りた“貴族の立ち振る舞い”みたいな指南書だが、あまり面白くはなく、途中から集中力が途切れる。つい先日まで命がけの交渉をしてきたせいか、こんな平凡な教本が余計に退屈に感じるのかも。


 ふと目線を外すと、部屋の片隅にあるラックの上に“少年スタイル”の帽子が見える。ああ、あれも直さなきゃ――と思い出すと、また胸がざわつく。マルグリッドさんは魔法縫製でどうにかするって言ってたけど、本当に大丈夫なのかな? 私の体がもう“少年のフリ”なんてできないくらい女らしくなってしまったらどうするんだろう……。


(まぁ、そのときはそのとき、か……)


 自分に言い聞かせて、ベッドの上に転がる。エミーたちは夜勤の交替で、今は使用人部屋で作業しているらしい。今夜は私ひとりで寝る予定だ。そのほうが落ち着く半面、暗殺の不安がゼロじゃないけれど、最近は館の警備が強化されているし大丈夫だろう、とボリスさんも判断している。


 やがてベッドに潜り込み、布団を抱きしめる。頭の中には明日のイメージがふわりと浮かぶ。たぶんマルグリッドさんが工房で仮縫いを進め、明後日か明々後日に再度来館するはず。そのときに仮の服を試着して、ドレスと“少年服”の最終調整をすることになるのだろう。今は採寸だけで終わったから気楽だけど、次はもっと大変かもしれない――腕をいっぱい広げられたり、ウエストを締めたり、胸を抑えたり……まるで“両方の性”を往来するかのような感覚が待っているのかもしれない。その矛盾に、どんな感情を持つのだろう、私。


(変なの。前世男だった私が、いま女の体で……さらに男装を仕立てる……。まぁ、当主としての生活を守るためには、やれることをやらないとね)


 胸の鼓動が微かに高まってきて、私は目をぎゅっと閉じる。ホントに、こんな日常が自分の人生になるとは、なかなか想像もしなかったけど、もう慣れるしかない。明日はまた普通に仕事や勉強をして、マルグリッドさんの連絡を待って、彼女の工房に行くのか、あるいは館で仮縫いを受けるのか……いずれにしても落ち着かないが、楽しみな気持ちもある。


「ま、ドレスがきついよりは、動きやすい服を追求するほうがマシだよね……。魔法縫製も見られるし……」


 自分に言い聞かせながら、私は布団の温もりに身体をゆだねる。エミーたちが戻ってくるまでもう少し時間があるが、きっと彼女たちも、このドレス騒動に合わせて手伝ってくれるだろう。何にせよ、暗殺の恐怖に怯えるよりはずっと気楽だし、服の心配なら私の努力やマルグリッドさんの腕で解決できる。まだラグレン家はおとなしいし、王都の陰謀も目立った動きはない――ほんの一時の平穏だけれど、この日常こそ私が守りたいものだ。


(もう少し……もう少し、ゆっくり休もう。明日もドタバタしそうだから……)


 目を閉じれば、採寸でバタバタした光景がちらつきつつも、不思議とリラックスできる。王宮の豪奢な玉座のイメージが遠くに霞み、ここにはただ“私の体が育ってドレスもズボンも合わなくなる”という微笑ましい――といっていいのか分からないが――悩みがあるだけ。こんな悩みなら乗り越えられるはずだ。


 やがて、意識がすーっと薄れていく。ベッドの柔らかさと、屋敷の静寂が私を優しく包んでくれる。窓の外は夜風がそよそよと吹き、星がきらめいているかもしれない。こうして“成長期の少女の体”としての不安を抱きつつも、私は当主としての日常を続ける。前世の男としての感覚がまだどこかに残っていても、もうそれを嘆いても仕方ない。いまはドレスや少年服の“新しい自分”に期待をかけるのみ――もっと動きやすく、もっと楽に生きられるように。


(――明日はまた忙しくなるけど、楽しみでもあるし……マルグリッドさん、頑張ってね……私も頑張るよ……)


 そんな取り留めのない思考を繰り返しながら、私は瞼を閉じて深呼吸をする。いつか“私の生き方”が落ち着く日が来るのか、今はわからない。だけどこの世界に来て、ここまでいろいろ乗り越えてきたんだから大丈夫――そう自分に言い聞かせ、穏やかな眠りへ溶けていく。これが次なるドタバタの始まりだとも知らずに……。


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