ドレスもズボンも間に合わない! 成長期当主と魔法仕立ての奮闘記
「よし、じゃあマルグリッドさんが本当に来てくれるか、連絡を待ちましょう。もし駄目なら私が行くしかないし……」
そう言い残してから一日が経過し、私は朝から妙にそわそわしていた。というのも、縫い直しや新調するにしても、何らかの採寸が必要だろうから、どうしても“自分の体”の変化と向き合わなくちゃならない。あの王都でのコルセット地獄を思い返すとげんなりもするけれど、同時に“マルグリッドさんと会える”ことへの楽しみも湧いていたのだ。
マルグリッドさん――彼女はこの領地でも評判の仕立て職人で、魔法を縫製に応用する新しい技術を試みているらしい。何度か衣装を作ってもらった際、驚くほど動きやすい仕立てや、軽くて丈夫な布を提供してくれたりして、その腕は信頼できる。以前、私が“少年スタイルの服”を作ろうとしたときも、細かい要望をサラリと叶えてくれたのを覚えている。もっとも、“女の子の体”に合わせたズボンと上着のデザインは少し大変だったそうだが……。結局、細かい部分を上手に処理してもらって、とても動きやすい服ができあがったのだ。
「でも、今回はそれ以上に複雑な話かも……」
私は部屋の片隅で物思いにふける。身体がさらに成長して、腰もちょっとずつ大きくなっているため、ドレスの調整が相当難しくなりそうだ。だけど一番気になるのは、“あの少年スタイル”の服。正直、あちらもキツく感じる場面が増えてきた。太ったわけではないはずだけど、前世が男だった私の意識からしても“女の体”としての曲線が少しずつ顕著になっている気がする。たとえば、腰の丸みとか、……。そんな自分を鏡で見るたび、妙な違和感と羞恥心が混じるのが正直苦手。でも、だからって服をなんとかしないと、町へ出ることもできない。うーん、今回の縫製でどんな騒ぎになるやら。
翌朝、廊下を歩いていると、侍女長のベアトリーチェが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「リアンナ様! マルグリッドさん、今日お昼過ぎにはこちらに着けるそうですよ。返事が先ほど届きました」
「え、本当? 思ったより早かったんだね……!」
私が思わず声を弾ませると、ベアトリーチェは笑顔で頷く。「ええ、どうやら先方も“魔法縫製”の研究素材としてリアンナ様の服を仕立てられるのは魅力的だとか。――あ、失礼、そういう言い方をされてたわけじゃないですけど……とにかく、熱心な職人らしいです」
「あはは……まぁ、私は見本じゃないんだけど……。でも嬉しいな。じゃあ、昼頃に館の応接室でお会いする感じ?」
「そうですね。」
私はひとまず「わかった、じゃあお昼過ぎに応接室に行く」と答えた。
時刻は昼過ぎ。外の天気は快晴で、柔らかな風が中庭の花を揺らしている。館の使用人が「マルグリッド殿が到着されました」と告げに来たので、私は急いで応接室へ向かった。そこはさほど広くはないが、窓から光が差し込み、明るく落ち着いた空間。コーヒーテーブルの周りにはソファが置かれ、壁際には大きな姿見が立てかけられている。姿見は主に私が来客と会う際にドレスの具合をチェックするために使っているが、今日は採寸にも活用するかもしれない。
ドアを開けると、先に到着したマルグリッドさんが立っていた。以前も会ったことがあるが、改めて見ると背が高めのスレンダーな女性で、濃い茶色の髪をすっきりまとめ、革製のショルダーバッグを提げている。どこか職人というよりはアーティストの雰囲気を漂わせる人だ。
「こんにちは、リアンナ様。お呼びいただきありがとうございます。ちょっと急ぎの仕立て作業があると聞いて、さっそく来ちゃいました」
マルグリッドさんは軽やかな笑顔を浮かべて、私を上から下まで眺める。私は「はい、お忙しいところすみません。でも助かります」と頭を下げた。すぐに彼女が鞄から細長い箱や巻物を取り出して、ソファにドサっと置く。その中にはメジャーや裁縫道具、メモ用のパーチメントなどが詰められているようだ。
「ふふ、何やらまた体型が変わってきたって話を聞きましたよ。王都でのコルセットがきつかったとか。大変でしたねぇ。成長期の女の子は日々寸法が変わりますから、服屋泣かせなんですよ。もっとも、そこが腕の見せどころでもあるんですけど」
まるで嬉しそうに言うマルグリッドさんに、私は苦笑。「やっぱりそうですか……。なんか最近、いろいろ無理があって、ちょっと動くと服がキツくて……」
言葉に詰まる私を見て、マルグリッドさんは「なるほどなるほど」と興味深げに頷く。ここで私は一瞬、“男性だった前世”の記憶がフラッシュバックして「こんなに体つきについてコメントされるのも恥ずかしい……」と妙な羞恥が走った。けれど、マルグリッドさんはプロだし、仕事だからしょうがない。
「じゃあとりあえず、ドレスのほうから採寸しましょうか? 今回、どのような場に着ていく予定なんでしたっけ? あまり大きなパーティーではないと聞きましたが」
「はい、近々、領内の商人や小貴族の集まりがあるみたいで……そこまでフォーマルじゃないけど、ある程度きちんとした服装は求められると。あと、コルセットは……あまり苦しいのは嫌で……」
「なるほどなるほど。フォーマルになりすぎない程度に、動きやすいドレスですね。OK、では採寸から始めましょう。リアンナ様、ご面倒ですがあちらの姿見の前へお願いします」
マルグリッドさんが手際よくメジャーとメモ紙を用意する。私は恥ずかしさを抑えながら姿見の前へ立ち、ローブのような軽い上着を外して待つ。さすがにそこに護衛や使用人が大勢いると落ち着かないので、部屋にはベアトリーチェとマルグリッドさんだけにしてもらった。二人とも女性だし、私にとってはまだマシだ。とはいえ、衣服を整えるたび、微妙に自分の体が“変わりつつある”のを実感して、心がチクリと痛む。かつては平坦だった部分が少し丸みを帯び、ウエストの位置も微妙に変わったり……。なぜか情けない気分になるけど、これが今の私なんだ。
「うーん……やはり背が3センチくらい伸びてるかな。胸囲も、ん、少し増えてる。ウエストも、横から見ると前よりくびれが……。なるほどなるほど。お尻まわりも……すみません、ちょっと失礼しますね」
マルグリッドさんが私の腰や太ももにメジャーを当てるたびに、ゾワッと鳥肌が立つ。それを必死にこらえて「は、はい……」とだけ答えるのが精一杯。ベアトリーチェが少し離れたところで腕を組んで見守っているけれど、彼女もさすがに黙っている。私が余計に緊張しないように配慮してくれているのかもしれない。
(うう、ここにエミーやローザがいたら、もっと茶化されて大変だったな……でも、プロの縫い師さんだからしょうがない。耐えよう)
そう思いつつも、妙な不安と恥ずかしさが込み上げてくる。前世は男だったくせに、今は女の子で、しかも思春期が進んでるからこうなるのか……と、改めて実感してしまう。この違和感はいつまで続くんだろう。自分でもよくわからない。だが、少なくとも服の仕立てには必須のプロセスだ。マルグリッドさんは真剣な表情でメジャーを読み取り、メモ紙に寸法を書き込んでいく。その集中ぶりは、私にもすごく頼もしく感じられた。
「はい、だいたいのサイズは取れましたね。これなら、ある程度、ベースとなる布を用意して、“魔法縫製”で微調整しながら合わせられそうです。あ、リアンナ様、このままのサイズでいいですか? 成長がさらに進む可能性がありますけど、今後さらに二、三センチ伸びるなら、それを見越した余裕をとっておくほうが……」
「あっ、そ、そうですよね……。急に大人っぽくなるかもしれないし……でも会合は数日後だから、そこまで急激には変わらないのかな……?」
私が戸惑うと、マルグリッドさんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。「まあ、会合までは急に大きくならないと思いますけど、この時期は誤差が出がちですから、一応ほんの少しだけ余裕をみて縫いますね。外から見ても違和感ないよう、“魔法仕上げ”で適度にフィットさせるつもりなので安心を。ほんとは時間があればじっくりやりたいけど、こういうときこそ私の腕の見せ所です!」
どうやら彼女はこの“難易度の高い縫製”に燃えている様子。私としても頼もしい限りだ。ありがたい、ぜひよろしくお願いします――と思った矢先、次の言葉が心を突き刺した。
「それと、“少年スタイル”の服も少し直したいとか、ベアトリーチェ様からお聞きしました。……この成長期の体型ですと、あちらも相当きついのでは?」
「え、ええと……あ、はい。まぁ、その……少しだけ……」と私がしどろもどろになって答えると、マルグリッドさんが目を細めて「なるほどね。そっちのほうは微妙ですよね。女の子のラインが出る部分を隠して、男の子に見せるためには……ああ、これは色々と工夫しないと」と言葉を選びつつも楽しそうだ。
(う、やっぱりそう思われるよね……もう隠しきれないんじゃないか……でも、仕立て屋さんなら何とかしてくれるのかな)
私は口をぱくぱくさせるが、マルグリッドさんは気を利かせて「ふふ、もう一度採寸が必要ですね。“少年体形っぽく”見せるために、詰めたり隠したりする箇所が増えてきます」とメモを取り出した。
「え、そ、そこまで大変なんですか?」と私は動揺しながら尋ねる。マルグリッドさんはオーバーな仕草で肩をすくめる。「いえ、いままでは成長が緩やかで通用してたかもしれませんが、いまは体のバランスが加速的に変わる時期だと思います。前回はギリギリ誤魔化せたラインを、より上手に工夫しないと『あれ? なんか変』となっちゃうかも。丸みが出るなら、布や飾りでカバーしないといけませんよ?」
軽く赤面しつつ、私は「あ、ああ、そんなに出てるわけじゃないけど……」と口を濁す。もう顔が熱くなる。前世が男だった私としては、こういう話題はどう受け止めていいか分からないのだ。だけど、本音を言うなら“まだまだ少年服を着て町を歩きたい”という気持ちが強いから、ここは変に照れずにプロに任せるしかない。
「じゃあ、そ、そっちの採寸もお願いします……」と消え入りそうな声で伝えると、マルグリッドさんが「もちろんですよ」とにこり。
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