ドレスも心もキツくなって? 仕立て職人マルグリッドが導く魔法のリフォーム!
朝の空気がすこし湿り気を帯びて、緩やかな陽ざしの中で微かな埃がゆらゆら踊っている。そんな穏やかな寝室で目を開けた私は、いつものように伸びをして軽くあくびをこぼした。王都でのやり取りを終え、マルディネールに戻ってからというもの、あの緊迫した空気が嘘のように日常がゆるやかに過ぎている。暗殺の危機やラグレン家の動向は不透明とはいえ、“今だけは”少し肩の力を抜いても許されるんじゃないか――そんな気持ちが胸を支配していた。
けれども、私こと“リアンナ・クラリオン”には、まだ領主として学ばないといけないことが山積みであることも承知している。単に「王から領地を奪われない」という当面の危機を回避しただけで、ラグレン家の脅威がまったく消えたわけではないのだ。とはいえ、朝一番から重苦しい気分になるのは避けたい。なにしろ、今日はちょっとした“新たな行事”の話が届いているらしく、侍女長のベアトリーチェから呼び出しがかかっている。
「ふあ……そろそろ起きなきゃ……」
布団を抜け出し、部屋の隅でぼんやり背伸びをすると、同室で寝起きしているエミーとローザがベッドから顔を覗かせる。彼女たちは私の世話役であり、同時に姉のような存在でもある。例によって暗殺リスクを下げるために、ここ何年か部屋を一緒にしているのだが、最近はあまり緊迫した様子もないので、ただの“仲良し同居人”みたいな空気になっている。
「おはよー、リア。まだ眠そうだけど、大丈夫?」
「ベアトリーチェ様が朝食後に会議をするって言ってたわよ~」
ローザが寝ぼけた声で言うと、私も「うん……聞いてる。あの“会議”ってなんだろ。新しい行事って話だけど……」とぼんやり返す。おそらく領内で開かれる何かの祭事とか、貴族の集まりかもしれない。王都から戻ったばかりなのに、今度は、大勢と会うのか、と思うと正直気が滅入るが、当主としては避けて通れないのかもしれない。
エミーとローザに簡単な身支度を手伝ってもらいながら、昨日の服を脱ぎ、軽く髪を整える。この世界で女の子の身体をしている私にとって、フリルたっぷりのドレスはどうにも動きにくいし、気恥ずかしさもある。前世が男だったという意識をまだ引きずっているのは自覚しているけれど、それでも最近、少しは慣れてきた……はず。背も伸びてきて、前より“女の子らしさ”が出始めているのが自分でもわかってしまうのだけれど、まだ直視しきれない部分もある。まぁ、気にしすぎても仕方ない。服装の問題は後回しだ。
朝食のテーブルには、パンとスープ、それに少しの果物が並んでいた。居並ぶ使用人たちが「おはようございます、お嬢様」「きょうもよい天気ですね」と声をかけてくれる。ボリスさんも遅れて席につき、「リアンナ様、朝食のあとにベアトリーチェ様とお話を」と改めて告げる。
「うん、わかった。いったい何の用事かな。私、何か大きなパーティーに引っ張り出されるなら正直ちょっと憂鬱なんだけど……」
「はは……今回は、そこまで盛大なものではないと思いますよ。小さな集まりだと聞いています。とはいえ“適度なドレス”を着る必要があるかもしれませんね」
そう言いながら、ボリスさんは苦笑いを浮かべた。やれやれ、またドレスか――私は内心でため息をつく。まぁ、大規模なものじゃないなら気が楽だけれど、それでも下手をすると私はまた着慣れないコルセットで締めつけられるのか……。
そんな風にぼんやり考え込んでいると、ベアトリーチェが現れて私を呼ぶ。「リアンナ様、お食事はお済みですか? では例の話をお伝えしますね。ちょっと書斎へ……」
書斎に入ると、テーブルの上には一通の手紙が広げられていた。ベアトリーチェが「こちらは領内の有力者の集まり――といっても小規模なもの――に、リアンナ様にもご出席いただきたい、という招待状なんです。地元の商人や小貴族が何人か集まって、情報交換をするそうで……当主なら一度顔を出していただけると喜ぶとか」と手紙を指し示す。
「ほう……でも商人や小貴族が集まるってことは、半分パーティーみたいなもの?」
「そうですね、会合のあとにちょっとした立食形式の懇親会を開くらしく、そこにリアンナ様がいらっしゃると皆が安心するかもしれません。ほら、王都騒ぎで領地が大変なんじゃないか、と噂になってますから……」
私がうーんとうなると、ボリスさんが口を開く。「ラグレン家の件もあるので、人前に出るのは慎重に……と考えがちですが、この程度の集まりなら逆に顔を見せて安心させるのが得策かと。大勢ではなく、町内の要人が中心でしょうし、そこまで派手なドレスアップは不要かもしれませんよ」
「そう……まぁ、嫌だけど、行くしかないよね……」と私は渋々うなずく。前世の自分なら、人前でドレスを着るなんて想像もつかない状況だけれど、今は伯爵家の少女なのだから仕方ない。大騒ぎのパーティーではないといっても、最低限の“貴族らしい装い”は必要になるはずだ。
しかしここでベアトリーチェが困ったように眉を下げる。「実は、最近リアンナ様のお身体が成長期に入られたということもあって、手持ちのドレスがどれも合わなくなりつつあるんですよね。先日の王都でのドレスがぎりぎりでしたから……」
「あ、やっぱりそうなんだ……。あの王都でのコルセットのきつさには参ったけど、理由はこれなのね……」
私が苦笑すると、ベアトリーチェは「はい。もう王都の大舞台ならまだしも、今回のような地元の集まりには、がちがちのコルセットはしないでよいですし、動きやすいドレスを新調するか、もしくは以前のものをすぐに直すか……その判断を悩んでおります。なにしろ急で……」とため息をついた。
そうか、確かに最近、腰のあたりがきつく感じることが多かった。背も数センチ伸びたし、身幅も少し変わってきたように思う。微妙に体型が女の子っぽくなっている――いや、前世が男だから、そこに妙な戸惑いがあるのだけれど……。しかも仕立て直しをするには時間も手間もかかる。
「それなら……マルグリッドさんを呼んでみたら? あの縫製のプロの……。前に“少年服”も作ってもらったし、ドレスも任せられる……よね?」
その名前を出すと、ベアトリーチェはにっこり笑って「はい、私も同じことを考えていました。マルグリッドさんなら急ぎの仕立て直しも可能かと思います。ただ、本人は少し多忙のようで、こちらまで来られるのは明日以降だそうです。どうなさいます?」
「じゃあ明日か明後日にでも呼んでみようかな。うーん……どっちにしても時間的に厳しいかもしれないけど……ギリギリ間に合うんじゃない?」
ベアトリーチェが「きっと大丈夫かと。マルグリッドさんは腕利きですし、魔法縫製みたいな新技術も試しているとか聞きますから」と頷く。私は安心する一方で、ふと“少年スタイル”のズボンがキツかったことを思い出し、あれも直してもらいたいかも……と頭を掠める。でも、護衛に言うのも変だし、ボリスさんにも相談しづらい。マルグリッドさんにはこっそり頼もうか……。
「なら決まりだね。明日にでも連絡を入れて、マルグリッドさんを呼んでもらうか、もしくは私が行ってもいいんだけど……」
「そうですね。工房へ行くとなると移動が必要ですが、安全のことも考えないといけないので一応護衛を考えましょう。マルグリッドさんが来られるなら、こちらで仕立ててもらうのが安全かもしれません」
ボリスさんがひととおりまとめてくれて、私も納得する。うん、わかった。じゃあ明日から“服の大改造”が始まるかな……。体が変わってきたことを改めて痛感するのはちょっと嫌だけど、新しいドレスや服をどうにかしないと、出席すらできない。仕方ないよね……。
こうして“マルグリッドさんに頼もう”という方針が固まり、パーティーというか会合の日程も数日先だと判明した。まずは急ぎ新しい服の準備を進めつつ、その他の仕事や勉強をこなし、余裕があれば外の空気を吸ってもいいし、うん、以前のような“平和な日常”が戻ってきたと思っていいのかな……。国王とのあの大舞台から比べれば、ずっと楽な仕事だろう――そう思うと、ちょっと気が楽になった。
ベアトリーチェは手持ちのスケジュールメモをめくり、「それでは、私からマルグリッドさんへ明朝連絡の使いを出しますね。来ていただけるなら一番良いですが、あちらが都合つかなければ、リアンナ様が工房へ行く形で……」と説明。私は「うん、よろしくお願いします。……ああ、でも今度は“魔法縫製”ってやつを見学できるかも……」と思わずつぶやいてしまう。
「ふふ、楽しみですね。マルグリッドさんは研究熱心ですから、きっと何か面白い技術を持ち込んでいるかもしれませんよ?」
「うん……楽しみだけど、不安もあるかも。試作品とかで失敗されたら困るし……」と笑い合う。和やかな雰囲気が漂い、王宮でのピリピリした空気は遠い世界の出来事に思えてくる。もちろん、心の奥底にはまだビクビクした気持ちもあるけれど、今はこの空気に身を委ねよう。
マルグリッドさんの来訪か、あるいは私が工房に行くかは未定だけれど、どちらにせよ面白い騒動が待っていそうな予感がする。
(……赤ちゃんとして転生したときは、どうなるかと思っていたけれども、今じゃ“体が育ってドレスが合わない”って、時が流れるのは……。マルグリッドさんなら、きっと何とかしてくれる。ちょっとワクワクするかも?)
そんな淡い期待と、ほんの少しの緊張を抱えながら、私は朝食後の書斎を後にする。王都での政治的交渉から一転、今度は衣装と成長期にまつわるドタバタ――まさに平和な日常が戻ってきたという証拠だろうか。もしかしたら、暗殺やラグレンの陰謀もどこかで動いているかもしれないけれど、私にとっては今、とりあえず“服をどうにかする”ほうが重大課題だ。
ドレスをめぐる大騒動――その幕が、いよいよ上がろうとしている。
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