2歳になりまして、ただいま言葉拡張中。侍女と歩む異世界の日常①
あれから数か月。
前回の“儀式”があった頃、私はまだ一歳になったばかりだったけど、いまやすでに一歳を少し超えている。赤ちゃんの成長って本当に早いんだな……と、自分のことながら驚きを隠せない。もちろん、まだよちよちレベルで、自力で歩けるわけでもないし、言葉もうまくしゃべれないけれど……それでも、半年前に比べればずいぶんできることが増えた。
たとえば、はいはいのスピード。
少し前までは、部屋の隅に置かれた玩具までたどり着くのに、何分もかかっていた。だけど今はどうだろう? ちょっと頑張れば、あっという間に「ぺたぺたっ」と床を移動して、積み木や布のおもちゃに手が届く。そこで私が器用にそれらを掴んで舐めたり、思いきり投げてみたりすると、側にいた侍女たちが「きゃあっ!」と驚きつつも嬉しそうに笑う。そう、これが私の最近の密かな楽しみだ。
指先のコントロールも、なかなかの進歩を感じている。
ちょっとした紐や木片をつまむのはもちろん、二つの物を「ぱん、ぱんっ」と叩き合わせて音を楽しむなんて高度(?)な遊びもできるようになった。こういう赤ちゃん特有の行動を、前世では“へえ、そんなもんか”と他人事に見ていたが、いざ自分がやってみると大きな進歩だと思える。生後半年のころは寝返りひとつで「やったー!」状態だったのに、いまはこんなに色々できるようになるなんて。
言葉のほうも、いい感じに理解が進んでいる。
生まれたばかりのころは、侍女たちの声はただの“音”のかたまりでしかなかった。でも最近は、彼女たちが会話する言葉から、いくつかの単語を判別できるようになってきた。「ナッサ」「ラント」「ラトゥ」……最初は何じゃそりゃ? って思ってたけど、今は何となく「可愛いね」「お仕事」「おやすみ」みたいな感じじゃないかな、って想像している。
中でも、エミーとローザ――私のメインお世話係をしてくれる侍女の二人――エミーは10代半ば、ローザは10代前半と行ったところか、彼女が繰り返す単語は覚えやすい。名前を知ったのも、自分を指さしながら、名前を何度も何度もいってくれたからだ。
彼女たちはまだ若くてテンションが高いし、笑顔も豊かだ。私に向かってたくさん呼びかけてくれるから、「ああ、いま喜んでるんだな」「今は寝る時間だって言ってるのかな」みたいに、雰囲気や表情でだいたい汲み取れる。
とはいえ、私から言葉を発するほうはまだ修行中。「あー」「うー」を繋げるくらいで、まともな単語なんて到底口にできない。エミーが「リア? リア?」と不思議そうに呼びかけても、私は「……あ? う…」となんとも微妙な応答しかできず……恥ずかしい限りだ。それでも、彼女たちは「可愛い~!」と大喜びしてくれるから、こっちとしても悪い気はしない。通じ合ったかも! と思える瞬間は、ちょっと嬉しい。
生活面では、1歳を超えた赤ちゃんらしい変化が続々と。
まず食事。以前はミルク主体だったのが、エミーやローザが潰した柔らかい野菜や粥を少しずつ口にするようになった。いわゆる離乳食的なやつだ。前世でも赤ちゃんにはこういうステップがあったらしいけど、自分が体験するとまた違った感慨がある。最初は独特の匂いとか味にビックリして、口を閉じてしまったこともあった。でも彼女たちが笑顔で「ナッサ~」なんて言いながらスプーンを差し出すと、なんとなく頑張って食べちゃうんだよね。
人参や芋っぽいものをペースト状にしたやつ、果物のすり潰しらしきやつとか、けっこうおいしいのも多い。中には苦い葉っぱ入りのスープみたいなのがあって、一口飲むと顔がクシャッとなってしまうけど、そんなときはエミーがすぐ「ごめんね~」と別のに変えてくれる。どうやら私が嫌がる姿がとても可愛いらしい。大丈夫か、この屋敷の管理は……と思いつつ、赤子だから仕方ない。
体力面でも変化が大きい。はいはいがスムーズになっただけじゃなく、伝い歩きの入り口みたいな感じで、壁や家具に掴まって立ち上がろうと奮闘する毎日。まだフラつくけど、数秒くらいは何とか立てることもあり、侍女たちが「やったね!」と盛り上がってくれる。とはいえ、安全上の理由でじっと見守られ、私ひとりで勝手に練習するのはNG。ローザやエミーが叱られるのは嫌だから、できるだけ彼女たちの近くで挑戦している。もし転んで頭をぶつけたらと思うと恐ろしいし。
肝心の両親は、この世界にいない。
母は私が生まれたとき、父も私が生後半年を超えたころに死んでしまった。前世の親ももう関係ないし、私の成長を喜んでくれる身近な家族がいないって事実には、時々寂しさを感じる。
とはいえ、その分をエミーやローザをはじめ、屋敷の人々が優しさで補ってくれている感覚がある。ここしばらくは葬儀の陰鬱な空気も薄れ、みんな日常を取り戻しつつある。まあ“領主”としての私の立場は相変わらず宙ぶらりんだけど、何か重大なトラブルは起きていないらしい。
たまに廊下ですれ違う文官やとりまとめ役らしき人が、どこか緊張した面持ちで書類を抱えているのを見かけると、領地の運営は彼らが頑張っているのだろうと思う。税の徴収に関する話なのか、他の貴族との関係なのか――私にはまだ想像するしかない。言葉がちゃんとわかるようになったら、もう少し具体的に気配を読み取れるんだけどな。
そうして、時は流れて、私はもう1歳をちょっと超えたところ。
赤子ゆえに時間の感覚は曖昧だけど、身体の動きや周囲の反応を見る限り、ちゃんと成長している感じだ。はいはいのスピードがさらにアップして、部屋から逃げ出そうとしては、「待ってー!」とエミーたちが慌てて追いかけてくるなんて光景もしばしば。扉が半開きだと、ついつい冒険心が刺激されるけど、残念ながらほぼ100%の確率で捕まってしまう。
捕まえられたあと、エミーが「だめでしょ~」と抱きしめてくるから、怒られているのにちょっと嬉しい。ローザも「私が抱っこする!」と割って入り、結果的に私は二人に奪い合われる形に……。何というか、ハーレムっぽい? いやいや、彼女たちもまだ子どもと言っていい年齢だし、私も赤子だから何とも言えない。とにかく人肌があったかい。ほっとする。
言葉の面も、そろそろ発話の入り口が見えてきた気がする。
私が「あ、あ」と声を出すと、ローザが「それって“ニセラ”のこと?」と推測し、目線の先にある人形を手に取って渡してくれる。すると私は「ニ……セ……ラ…?」とぎこちなく口を動かしてみる。きっとカタコトだけど、それでも通じたみたいで、彼女たちは大騒ぎ。こんな小さな成功体験が、次のチャレンジへの原動力になる。
この調子で単語を増やしていけば、あと数か月もしたら簡単なフレーズくらいは言えるようになるかもしれない。前世でも英単語を覚えるのは苦手じゃなかったし、同じ要領でコツコツ暗記すればいいかな、と思っている。もっとも、発音が独特だから苦戦してるけど……。
身体の動きと言葉の理解が進むにつれ、侍女たちとの交流も一層楽しくなっている。
床をはいはいで追いかけっこしたり、木のスプーンでリズムを取ってみたり、音の出る小物を振り回してみたり――1歳~1歳数か月の赤ちゃんらしい遊びを堪能する日々。前世では仕事と勉強ばかりで、こんな純粋な時間を味わうなんて発想すらなかったが、不思議と気に入ってしまった。いや、たしかに、前世でも赤ちゃん時代はあったのだろうが。
もちろん、両親がいない悲しみや、領主という重荷が頭から消えるわけじゃない。だけど、今はまだ1歳。クーデターや陰謀を警戒しても何もできないし、侍女たちがそばにいてくれるだけで安心感はある。ここで変に大人ぶっても仕方ないし、少し甘えていてもいいよね……というのが、私の素直な気持ちだ。どうやら、体が、心にも影響を及ぼしているのかもしれない。
そしてこの生活を通じて、不安よりも期待が勝る瞬間が増えてきた。
はいはいで部屋の隅に行ける喜び、一言でも言葉を口にできたときの侍女たちの大興奮、独特の離乳食にだんだん慣れてくる楽しみ――毎日が小さな発見と“できた!”の積み重ねで、前世にはなかった充足感がある。
いずれ私が言葉を覚え、歩けるようになったら、この屋敷での生活はもっと広がるだろう。その先には、自分が本来担うべき“領主”の責務も待っているけれど、今はそれを気にしすぎないようにしている。何より、エミーやローザと笑い合う時間は貴重だから。
「ナ……サ……?」
今日も私は床にはいはいで移動しながら、侍女たちの褒め言葉を口にしようと練習中。舌がうまく回らず、「ナッサ」とはなかなか言えないが、「ナ……ッサ」と近い音が出た瞬間、二人が飛び上がらんばかりに喜んでくれる。私もなんだか嬉しくなって、一緒に声を出す。
その小さなやりとりのなかで、私は“この世界で生きていく”という実感を少しずつ深めている。両親はいないけれど、こんなにも温かい人たちがいて、私は守られている。いつか彼らに恩返しできるような存在になりたい――そんなささやかな野望が芽生え始める。
ただの赤ちゃんには荷が重い話かもしれない。けれど、私だって前世で一応、法曹であった身。いつか役に立てるかもしれないし、そのときに私の知識や行動が、この家や人々を支える助けになれたら……と思うようになった。
こうして私は1歳を過ぎて数か月。赤ちゃんとしての暮らしのなかで、確実に成長しているし、侍女たちの優しさに甘えながらも“次のステップ”を見据えている。まだクーデターや政治の陰謀をどうこうできる段階じゃないけど、焦る必要はない。
今は目の前の一歩――はいはいと、“ナッサ”の練習。
これこそが、私にとっての新たな挑戦であり、前世での経験を活かす第一歩かもしれない。今日もエミーやローザの笑顔とともに、私はこの小さな世界を一歩一歩、広げていくのだ。
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