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ベッドを共にしばし眠る──もう子ども扱いでもいい、今日は私も救われたい

 少し遅めの夕食を軽く済ませ、宿の部屋へ戻る。エミーとローザが同室で仕えてくれる形だ。マルディネールの領主の館と違って規模は小さいが、それでも三人で寝起きできる部屋があるのはありがたい。コルセットやドレスを脱ぎ捨てて、部屋着に着替えると、どっと疲れが押し寄せてきた。


 お風呂に関しては、宿屋の浴室が共有だが、なるべく早い時間帯を押さえてもらっているので、私たちだけで入ることができる。ゆったり湯に浸かるのは格別だ――が、さすがに体力が限界に近い。首や肩が凝って仕方がないし、頭がもう動かない。


「はあ……でもなんか、まだ胸がざわついてる感じ……」

 身体を洗いながら小さく漏らすと、エミーが不思議そうに「どうしたの? いつもなら“戦い”の後は少しスッキリするんだけど……」と聞いてくる。ローザも「お湯でリラックスすればいいのに、まだ固いよね」と視線を向ける。私は「うーん、わかんない……今日の交渉、うまくいったのに、なんか胸騒ぎっていうか……」と曖昧な答えしか出せない。頭のどこかで“王宮でのやりとり”をフラッシュバックしているせいかもしれない。


 お風呂から上がると、もう宿の夜は静まりかえっていて、空気が肌寒く感じる。私はタオルで髪をふきながら、部屋に戻るとどっと疲労感がのしかかる。エミーとローザが毛布やシーツを整えて、「今日はもう寝ようね。明日にはマルディネールに帰る準備をしないと」と促してくれる。そうだよね……さっさと休むべきなのはわかる。


 暗い部屋、ランプの灯りだけがオレンジ色の光を落とす。私は部屋着姿でベッドに腰を下ろし、大きく息をつく。エミーとローザは簡素な寝台を並べて支度をしていて、「お疲れさま。ホントすごかったね……」なんてクスクス笑い合っているけれど、私はどこか気持ちが落ち着かなくなってきた。


 ――あれほど交渉はうまくいったのに、なぜこんなにも胸がザワザワするのだろう。やがて、それが“恐怖”だと自覚したのは、ベッドに横になってランプが落とされ、部屋が暗くなったときだ。


(……怖い……あのとき失敗してたら……みんなどうなってたのかな……。王様が怒って、本当に領地を取り上げられて、私たちは路頭に迷う……ラグレン家はもっと堂々と攻めてきて、あの場で殺されてたかも……?)


 思考がぐるぐるし始める。あんなに冷静に戦ったのに、終わってからこんなに震えるなんて、やはり“体が女の子で、しかも11歳”という現実が影響しているのかもしれない。前世の男としての記憶があっても、この小さな体には年相応の弱さや感情がどうしても宿るのだろう。これまで何度もあったように、小さな体が精神にも影響してしまう。まぶたを閉じても思い出されるのは、国王の鋭い視線、ぞろぞろ並んだ側近たちの目……あれに押しつぶされそうな恐怖感が急に襲ってくる。


「……う、うぐっ……」


 無意識に、涙がこぼれ落ちた。呼吸が乱れ、喉の奥がひくつく。何だ、これ――自分が一番驚いている。勝ったんだ、うまくやれたんだ、誰も傷つかずに済んだ……でも、怖い。思えば、私は11歳の子ども――一歩間違えば、あの場で声が震えて何も言えなくなっていたかもしれない。そんな脆さを、国王や側近たちが見せつけてきたかと思うと、体が震えて止まらないのだ。


 「ぐすっ……、ああ……」 


 枕に顔を伏せて、堪えようとするが、泣き声が押し寄せる。そっと目頭を抑えても、次から次へと涙が溢れ出してくる。エミーとローザはもう寝たのかなと思っていたが、すぐに布のすれる音がして、二人が駆け寄ってきたのがわかった。


「リア……? 泣いてるの……!?」

「え、嘘……大丈夫!? 何があったの……」


 私が必死に視線を隠そうとするが、薄暗い部屋でも二人にはバレバレだ。そりゃそうだ、すすり泣きまで漏れているのだから。何とか言葉を出したいが、口を開くと嗚咽が漏れそうで、頭を抱えるだけになってしまう。


「ご、ごめん……なんか、今になって……すごい怖くなっちゃって……うっ、あ……」

 言い終える前に涙がぼろりと落ちる。さっきまでは“凛とした当主”を演じていたのに、これじゃただの子どもだ。恥ずかしい半面、もう抑えがきかない。エミーとローザがすぐに腕を回してきて、私を両側から抱きしめるようにしてくれる。その温もりが、なおさら涙を誘う。


「そりゃそうだよね……王様なんて恐ろしい相手だし、領地の命運がかかってたし……」

「うん……よく頑張ったよ、リア。むしろ怖くなるのが普通だよ……」


 彼女たちの柔らかな声が耳に染みる。二人とも、私より年上で、名目は家来なんだけれど、同じ部屋で寝起きしている姉妹のような存在だ。いつもは気楽にからかってくるのに、今は私を温かく包み込んでくれる。いつも以上に彼女たちの体温が愛おしい。


「……ごめん……私、当主なのに、こんな……」

「当主だって11歳だもの。むしろ当たり前じゃない? ここまで気を張ってたんだから、終わったら不安になるよ。」

「そうだね、いつもは落ち着いてるけど、本当は子ども……。私たちのほうこそ悪かったかも、いろいろ任せちゃって……」


 エミーとローザがささやきながら私の背中や頭を撫でてくれる。その優しさに、さらに涙があふれてくる。こんな情けない姿、王宮の人々に見られたら笑われるだろうが、ここはただの宿の部屋、誰の目もない。だったら、素直に甘えるのも悪くないんじゃないか――そんな開き直りが頭をよぎった。


「で、でも……私、みんなの命を背負ってるって思ったら……ほんとに……あの場で失敗してたらどうしようって……っ……」


 声が自然と震え、もう言葉にならない。私がすすり泣いていると、エミーが「今日は私たち、一緒に寝よっか。小さい頃ぶりかも」と提案する。ローザも「いいね、私も不安だったし……こんなに頑張ったんだもの、ぎゅってして、寝ようよ」と微笑む。


「……うん……ごめん……ありがと……」


 すでに涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、私は二人に引き寄せられ、ベッドの上にくるまっていく。エミーが右脇、ローザが左脇で、私をはさみ込むように横たわってくれる。三人で寝るには少し窮屈かもしれないが、逆にその密着感が安心を呼ぶ。まるで布団ごと包みこまれているような暖かさだ。私は心の奥で小さく“ありがとう”を噛みしめながら、まだ止まらない涙をボロボロとこぼす。


 恥ずかしい反面、この11歳の身体にはもう、心底ありがたいのだ。前世が男だったころのプライドや理性では処理しきれないほどの恐怖や安堵を、自然に吐き出せる――そう実感する。自分が守りたいと思っている領地、仲間、家臣たち。それを無事に守れそうだという喜びと、もし失敗していたら……という恐怖とがないまぜになって、頭がぐちゃぐちゃ。けれど、エミーとローザの体温を感じていると、“大丈夫”と小さな声が自分の胸に響いてくる。


「ふふ……お嬢様、ほんと無理しすぎだよ。立派だったよ。王様と対等に話してきたんでしょ。」

「うん、私も、どんな伯爵よりも立派だと思うよ……すごい。でも、怖かったんだね……大丈夫、もう終わったから。」

「……まだ……色々と問題はあるけど……でも……今日はもう寝る……ありがとう……」 


 私の声は涙で掠れている。ローザがそっと私の髪を撫で、エミーが私の肩を抱く。まるで小さな子どもに戻ったような感覚と、前世の記憶が混ざりあって、何とも言えない気持ち。だけど一つだけ確かなのは、“今は安心して眠れる”という事実だ。


 頬を伝う涙が布団を濡らす。でも、エミーとローザが「気にしない気にしない」と微笑んでくれる。私はそのまま、二人のぬくもりに包まれて意識が薄れていく。今日は本当に酷使した頭と心を、しっかり休めてあげよう。暗殺未遂がまた起きるかもしれないし、ラグレン家が仕掛けてくるかもしれない。それでも私は前に進むしかないのだから、せめて今夜だけはこの暖かい布団と仲間の温もりに甘えていいはずだ。


(……ありがとう。みんなを守るって決めたけど、こうやって支えてくれる人がいるからこそ、私も戦えるんだ……)


 そうつぶやくように心で思いながら、私はゆっくりと瞼を閉じる。混ざり合う不安と達成感が、ゆっくり闇に溶けていく。たとえ体が子どもであっても、精神に男女の違和感があっても、私はこの世界で当主としてやっていけるのだ――きっと、これからも試練は続くが、今だけは眠りの温もりに身を委ねたい。


 エミーとローザが「おやすみ……リア」と耳元で囁いてくれる。その声を最後に、私はふかふかの布団の中へ沈み込む。まだ脳裏に王宮の豪奢なイメージがちらつき、国王のまなざしを思い返すが、夢の世界へ行けば、きっと大丈夫だ。明日は帰路につく。私たちのマルディネールへ――仲間が待つ、私の大切な領地へ。もう二度と奪おうとさせない。そう誓いつつ、私は二人の温もりに包まれて静かに眠りに落ちていった。


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