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帰還の馬車はほろ苦く──“言えなかった作戦”の真実

 王宮の重々しい扉を抜けて、私たちは石畳の大広間を後にした。玉座の間での大一番から数分――正直、今も心臓の鼓動は治まらず、頭の奥がぼんやりと熱を帯びている。強い照明のもと、国王リュカ・マロヴァに向かってあれだけ喋ったのだから、仕方ないのかもしれない。


 「お、お嬢様……!」

 隣を歩く摂政のボリスさんが、私の肩にそっと手を置く。彼の声は少し震えていて、緊張を引きずっているのがわかる。実際、国王との交渉の大半でボリスさんは口を封じられ、私自身が話を主導せざるを得ない形となっていた。彼からすれば「まさか、こんなことになるなんて!」という気持ちだろう。


 私はそっと笑ってみせた――苦笑に近いかもしれないけれど。

「うん、ボリスさん……まずは外に出ましょう。人目もあるし、私も疲れたから……とりあえず宿へ戻って……そこからだよね」

「は……はい。しかし、お嬢様、今の話、本当に……いや、申し訳ありません、すぐに話を聞かねばと焦ってしまって……」

「それは、後で落ち着いて話します。ね?」


 声をひそめながら、私たちは王宮の入口ホールへ向かう。そこは以前にも見た大理石の床に背の高い柱が並び、貴族や役人が行き交う広い空間だ。その中に、侍女長ベアトリーチェやエミー、ローザたちが待機していた。大柄な護衛の騎士たちも彼女たちの後ろで控えている。みんな私の帰還を待ち望んでいたのだろう。


「お嬢様……よかった、ご無事ですね!」

 エミーが私の姿を見つけるや否や、ぱっと表情を明るくして駆け寄ってくる。ローザも「どう? どうなった? 陛下に無理やり取り上げられるって話は……」と不安そうな声をぶつけてくる。ベアトリーチェは冷静に見えるけれど、ほのかに安堵の色を浮かべている。


 私は苦笑いを浮かべながら、「まあ……とりあえず、大丈夫。領地を没収されるなんて話にはならなかったから……いまのところは」と答える。全員がホッと息をついたのを見て、改めて周囲の心配を痛感する。そうだよね……私が万一どうにかなれば、みんなも路頭に迷う可能性があるわけで、それほど重大な局面だったんだ。


「ほんとによかった……! じゃあ、うまくいったの?」

 ローザが瞳をきらきらさせて見上げる。年上だけど私よりもやや小柄で、保護者っぽい面もある彼女がこんなに安心した顔をしているのは、私にとって微妙に気恥ずかしい。でも、嬉しくもある。


「うん、まあ、詳しくはあとで話すね。私、正直くたびれちゃったから。宿に戻ってから落ち着いて説明するよ」

 それを聞いて、エミーやローザは「わかった!」と勢いよく頷く。ベアトリーチェも「そうですね。ここで話をするには人目も多いですし、早々に宿へ引き上げましょう」と提案してくれた。私たちは護衛の人々を連れ、馬車のほうへ足を運ぶ。石畳を歩くたびにドレスの裾が重く感じて、疲れを増幅させているのがわかる。うまくいった安堵感と、先の不安とがないまぜになって、頭がぐるぐるしてきた。


 王都の宿――もともと伯爵家が王都に来たときに使う定宿があって、今回はそこを借りきっている。重厚な石造りの建物で、客室は広く落ち着いた内装が施されている。大理石の階段を上がり、私たちが使うフロアへ向かうと、すぐに大きめの部屋が見えてくる。絨毯が敷かれ、簡易ながら机や椅子が並んでいる。やっと……やっと座れる。そう思ったら、思わず足が笑ってしまった。ボリスやベアトリーチェ、エミーやローザが順番に部屋へ入り、一瞬で密室状態になったとき、私は大きな息を吐いた。


「ふう……もう、クタクタ……」

 椅子に腰を下ろすと、腰から背中にかけてじわりと痛みが走る。コルセットで長時間姿勢を維持し、王に向かって集中を高めていたからだろう。エミーが「お疲れさま、お嬢様……本当に大変だったんだね」と声をかけてくれて、私はかすかに頷く。


「それで……どうなったんです? 私たちの聞いていた話だと、陛下が“領地を取り上げて王家直轄”にするって……恐ろしい提案をなさっていたそうですが」

 侍女長のベアトリーチェが少し目を伏せ、控えめに尋ねてくる。ボリスさんも「お嬢様、一体、どうして、あんなやりとりを……何も事前に聞いていなくて、驚きました」と困った顔をしている。


 私としては申し訳ない気持ちもあるが、これは“突発的な”フリをしないと国王も側近たちも本気で警戒してしまう可能性が高かったのだ。つまり、ボリスさんをはじめ家の者にも知らせないでおくことで、本気で私が領地を譲渡しそうな姿勢を見せ、それを国王側で油断することを狙った……というわけ。


「ごめんなさい、皆にも知らせず独断でやってしまって。正直、ボリスさんに打ち明けたら、ボリスさん誠実だから嘘がつけないし、むしろ、あの場で、意外なふりをしてもらったほうがいいかな……って」

 軽く冗談めかして言うつもりが、私の声はやや暗く震えてしまう。彼らを信用していないとかではなく、むしろ信頼しているからこそ、リアルな焦りを見せてもらいたかったのだ。


「え……? 私、そんなにわかりやすかったですかね……」

 ボリスさんが面食らったように返してくる。私が「うん、かなり……」と苦笑すると、エミーとローザが噴き出すように笑った。ベアトリーチェは呆れ顔で「なるほど、“なにも知らないボリスさんのあの焦り顔”は、王から見てもリアンナ様が本気で困っていると演出するのに効果的だったんですね」と納得する。ボリスさんは肩を落として「そ、そんな……私の焦りが役に立ったのなら結果オーライですか……」としょんぼりするが、それもまた誠実さゆえだろう。


 私は小さく息をついて、“本日の交渉”のアウトラインを説明する。王はたしかに私を守る名目で領地を直轄にしたかったが、それだとラグレン家が逆に“王が略奪した”と騒ぎ、最悪の場合、戦争や反王派の動揺につながるリスクが高まる。それなら私が“相続人なしで死んだら王に領地が渡る”という約束をすることで、暗殺や乗っ取りの可能性を低くし、王にもメリットがある形に持っていった……という流れを、ざっくりと語った。


「まさか、そんな条件を突きつけるとは。まるで“遺言”のようなものですね……しかも、王にとって名誉を損ねずに済むし、ラグレンにとっては暗殺が逆効果になる……。確かに、理屈は通ります……が、あんな短時間でよく思いつきましたね」

 ベアトリーチェが信じられないという口調で感想を漏らす。私は肩をすくめる。


「うん……正直、私も昨日の夜に確信したわけじゃないんだけど、ずっと考えてはいたんだ。だって、もし本当に領地を即時に取り上げるつもりなら、王様はもっと強引な手をとっていたと思うの。わざわざ手紙なんて送らずに、黙って呼び出して“はい、決まり”って押し切るだろうし……。手紙に“相談したい”みたいなニュアンスが入っているということは、“話し合う余地”があるとも読めるでしょ? ……ぜん……、でなかった、読んだ本に、“強硬な要求にみえる”ほど、実は交渉の余地が大きいってセオリーがあったしね」 


 思わず“前世”という言葉を口にしかけて途中で飲み込む。相変わらず、私の中には前世の記憶が鮮明に息づいている。それをエミーやローザたちにすべて明かすわけにもいかないけれど、せめて交渉術として今の私に活かせるのなら、それでいいだろう。


「そっか……だからお嬢様は、最初は陛下に同意するかのように見せたわけだね。まさか、あれが逆手にとる作戦だったなんて……。」

 ボリスさんは唸るように首を振っている。「いやはや、私にはもう、何も申し上げられない……焦りまくった甲斐がありました」と苦笑する。彼が本気で取り乱してくれたおかげで、王や側近も「やはり少女当主もボリスもお手上げなのだな」と思い込んだに違いない。それが、こちらに一瞬のすき間を与えてくれたのだ。


 私が素直にうなずくと、エミーとローザが身を乗り出してくる。「すごいよ、リア……ほんとに王様を説得しちゃうんだもん……どういうふうに交渉したの?」「あの王様、すごい威圧感だったよね。私、遠くから見ただけで怖かった……」と興奮気味だ。たしかに、私自身もよくあそこまで大胆に仕掛けたなと思うが、実際やっている最中は頭が冴えて不思議と怖くなかった。“戦いながら不思議と落ち着く”って感覚に近いかもしれない。


「まぁ……今は成功したと言っても安心はできないけど。ラグレンはここから先、暗殺以外の手段も試すかもしれない。王がこっちを見捨てる、または味方しなくなるシナリオもあり得る……だからまだ油断できないんだよね。」

 そうまとめると、部屋の空気が少し引き締まる。せっかく皆がホッとした表情だったのに、私が追い打ちをかけるようなセリフを言ってしまい、エミーやローザが眉を寄せる。


「それでも、とりあえずは当面の危機から脱したということですね。ゆっくり寝られますか? お嬢様」

 ベアトリーチェが柔らかく微笑む。私も「うん……今日はさすがに疲れちゃって、もういろいろ考えたくない」と答える。実際、頭がぐらぐらしている。ゴールはまだ先だとしても、ひとまず“王都で領地を取り上げられる”という最悪事態は回避できたのだから、少しは休息を取ってもいいはずだ。


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