王宮の場で翻るドレス、痛みに秘めた交渉術
「ふむ……言い分は筋が通っているようだな……」
国王が低く呟くと、家臣たちは顔を見合わせる。摂政のボリスさんはもはや呆然としているが、私は心の中で“決まった”とささやかなガッツポーズをつくる。
「陛下としても、“伯爵家を無理やり取り上げた”などという不名誉な『誤解』は避けたいかと存じます。また、ラグレン家は積極的に暗殺に動けなくなります。“手を下せば国王の領土になる”のですから……」
改めて説明を終えると、部屋に妙な沈黙が落ちた。王や側近たちがゴクリと唾を飲み、こちらの顔をうかがっている。
「確かに……。なにも私は領地が欲しいというのではない。あくまで、王国全体のことを考えて、今回の件も、それを心配する側近の考えた一つの案に過ぎない。」
リュカ王が深く息を吐き、ゆっくりと玉座に腰を戻す。「リアンナ殿、まさか、そんな策を用意していようとは。頼りないかと思っていたが……おもしろいな。ほかの者よ、どう考える?」
王が側近たちに意見を求めるが、しばし沈黙が続く。おそらく「王が領土を直轄化する」というもくろみを支援してきた者たちは、ここで堂々と反対すれば王が面目を失う可能性があるのを恐れ、言葉を飲み込んでいるのだろう。
国王が目を細めた。明らかに、こちらの案が“都合がいい”と感じ始めている気配。これで、“領土の即時召し上げ”を回避しながら、かつ王には“万が一の際に領土が転がり込む”メリットを与えたし、こちらもそれで、暗殺のリスクを下げることができる。お互い面子を保って実益も――まさにウィンウィンの形だ。
私は最後のダメ押しをすることにした。軽く裾を持ち上げ、深い礼を捧げながら――。
「この案であれば、陛下の名誉はさらに高まるでしょう。そして私も、マルディネールを守りながら、ラグレン家に狙われなくなる。こんなに嬉しいことはありません……!」
ボリスさんが「……!!」と息を呑むのが分かる。彼は私がここまで大胆な策を繰り出すとは思っていなかったのかもしれない。けれど、これが最善手だと私は確信している。
すると、その沈黙を破るように、王の近くに控えていた一人の側近が声をあげた。
「しかし……暗殺の危険など、本当にあるのでしょうか? もしや、そのような脅威をでっち上げて、国王陛下の同情を誘おうとしているわけではありますまいな?」
明らかに私を挑発する口調。私が“弱い少女”を装っているだけではないかと疑っているのだろう。玉座の周囲がさざめき、視線が私に集中する。
「……でっち上げ、とおっしゃいますか?」
私はスッと顔を上げ、その側近のほうをまっすぐ見つめる。深呼吸を一度し、それから意を決して言い放った。
「では、お見せしましょう。――失礼いたします、陛下」
そう言うと、私は自分のドレスの裾を思い切って持ち上げ、左脚をあらわにする。周囲の貴族が「な……!?」と絶句する声をあげた。けれど私は下着が見えることも構わず、左の太もも付け根近くに残る、縦に走った痛々しい傷跡を指し示す。
「ご覧ください。これは矢で射られた傷跡です。出血が激しく、一時は命が危ぶまれました。以来、まともに歩けるようになるまで、長いリハビリに苦しみました……。これでも“暗殺の脅威など存在しない”と断言なさいますか?」
幼い少女の白い肌に刻まれた痕――貴族令嬢としてはあまりに大胆な行為。驚きと衝撃で、その場の空気が凍りつく。視線をそらす者、絶句して息を飲む者、いろいろだが、その場にいた大半は“これが紛れもない事実”であることを悟ったようだった。私が恥を忍んでまで傷を晒すのは、それだけ切実だという証拠――そう受けとめたのだろう。
「……いかがでしょう。私がただの“泣き落とし”で誇張していると思われるなら、今の姿をご覧になってもまだそう言えますか?」
言葉を失ったのは、先ほど私を怪しんだ側近だけではない。王やほかの貴族も、うろたえた表情で視線を交わす。私がスカートを下ろすまで、誰も反論してこなかった。深い静寂の後、王は小さく息をつき、「……そこまでの傷を負っていたとはな」と呟く。
「そんなことが……。ならば、暗殺の危機が現実にあるのは間違いないということだな……」
その場にいた王の取り巻きたちは、痛ましい傷跡と私の覚悟に気圧されたように、誰もが黙り込んでいる。
しばしの沈黙――。王は眉根を寄せ、斜めに玉座のひじ掛けに肘をつきながら、私を値踏みするように見つめる。周りの側近たちも言葉を失っている。おそらく彼らは、「少女がこんな手を打つなんて」と驚いているはずだ。泣き落としで弱音を吐くだけの存在ではない。
「なるほど……リアンナ殿、お互いのためになるということか。」
「はい、何卒、ご賢察を。英明で知られる陛下のご配慮を賜りたく。」
私の語尾がわずかに震えるが、内心は焦りではなく“ここまで計画通り”の手応えだ。周囲はもう抵抗を続けられない。第一、私が自発的に言っているのだから、側近が「それは嫌だ」と拒否すれば、“結局領土を今すぐ奪いたいだけなんだろう”と思われることになる。王にとっても、そんなことを言われちゃ迷惑極まりない。
「……よかろう。たしかに、王国のためとはいえ、建国以来の封臣の領地を召し上げることになる案が優れているとは、わたしも思えなかったのだ。そなたの提案するとおり――今後も、研鑽に励み、よき領主になれるよう努力するがいい。」
国王の言葉に、側近の何人かは嫌な顔をした。だが王の口調は、もうほぼ“この案に乗る”と告げている。わたしは内心で安堵の息をつきながら、表情には微かな微笑を浮かべ、
「はい……。本当に、ありがとうございます……。これで、わたくしもラグレン家の暗殺におびえながらも、陛下のご恩の下、心強い思いを抱けます……」
涙ぐんだ声をもう一度添えてみせる。さっきまで“真顔”で論戦していたように見られては困るから、最後にもう一回、少女らしい弱々しさを演出するわけだ。
すると王は大きく頷き、「いや。わたしも……そなたの才を見くびっていたようだ」と口元に微笑を湛える。玉座の間にも、少し和んだムードが漂い始める。周囲の貴族も“結局、王の主導で平和的に落ち着いた”形なら納得がいくのだろう。
ボリスさんは、その様子を半ば呆然と見ながらも、こちらを見てほっと微笑み返す。「お嬢様……すごい……」と小声で言ってきたのが耳に届き、私は胸を撫で下ろした。
いまのところ、王との対決は回避できた。むしろ、国王リュカ・マロヴァにとって“悪くない話”として受け入れてもらったわけだ。これで領地を即時に奪われるリスクはほぼ消え、ラグレン家も私を暗殺しづらくなる。交渉としては大成功と言っていい。もちろんこれで全て解決したわけではなく、ラグレン家がどう出るのかは未知数。それに、領土召し上げを提案した人が王国内にいる、ということだ。今後、統治に手こずれば、また、同じ事が起きるかもしれない。でも、当面の危機は乗り越えられたはずだ。
――こうして、玉座の間での“少女当主と国王”の交渉は、私の意図通りの形へと着地しそうだ。もっとも、側近のなかには私を信用しない者もいるだろう。だが、一番の山場は乗り越えたのではないか。
ラグレン家の問題が本格化するのは、きっとこれから先。新たな火種も生まれるかもしれない。けれど、私は今、ほんの少しだけ勝利を感じていた。
――正直、すごく疲れた……こんな豪華なドレスで、あの一国の王様と論戦を繰り広げるなんて……前世が男だった自分には、あり得ない舞台。しかし“この体で当主をやる”と決めた以上、こういう戦い方もアリだろう。むしろ意外と手応えを感じている自分がいるのだから不思議だ。
玉座の間でのやり取りは、私の最後の涙交じりの感謝で締めくくられ、王が「会えて良かったぞ。」と言い残して一同解散する流れになった。私は深く礼をして退出するが、背後から鋭い視線を浴びている気がする。おそらく王の側近の何人かはこのままでは終わらせないつもりだろう。ラグレン家に通じている者がいるかもしれない。もしかすると私を陥れる策が裏で動き出す可能性は大きい。
それでも、一旦は私の提案が受け入れられた。王の“名誉”を守りながら、ラグレンへの抑止力を高めるという絶妙な折衷案。私が前世で弁護士の端くれとして学んだ“交渉術”が、少しこの異世界でも通用するものだと改めて感じている。
玉座の間を出て、ボリスさんが「お嬢様、お見事でした……。私、正直どうなるかと……」と真顔で言ってくる。私もふっと笑って「ありがとう。ボリスさんがいるから、背中を預けられたよ」と返す。まだ気は張り詰めているし、どこかのタイミングでラグレン家と真正面からやり合わなければならないだろう。けれど、一番のピンチ――国王による即時の“領地召し上げ”は避けられたのだから。
「しかし、お嬢様、前もって、お話をして頂けないと……、最初は、本当にそのまま領地を差し出すのと、驚きました。」
ボリスさんは、困ったような顔で言う。私はにこりとわらってこう答える。
「ごめんなさい。でも、あとで、種明かしというか、説明をするから、みんなの所で。それで許してくださいね。」
(これで終わりじゃない。ここからが本当の正念場。もしラグレン家が今度は別の手を打ってきたら、あるいは王か、あるいは側近が糸を引いて、こっそり私を操ろうとしてきたら、そのときこそ、また新たな策を考えなきゃ。)
胸中で静かに決意を新たにする。王都に滞在する間、暗殺や陰謀の可能性は依然として高いし、国王の側近の誰かが何か策を弄するかもしれない。しかし、私は、前世で、そしてこの世界で学んだことを使いこなして、ここで生き残る。前世の自分に“こんな舞台が用意されるとは”と教えてあげたいくらいだ。いや、本当に人生は分からないもの。
――こうして、私は国王との最初の直接交渉をなんとか成功させた。一同が退出し、玉座の間に静寂が戻るなか、国王はおそらく私の奇策を振り返り、苦笑しているかもしれない。“弱い少女”と侮り、側近もそうだと思っていたら、いきなり交渉をはじめるのだから。そう驚いている顔が目に浮かぶ。背後から、まだ王に近しい者の警戒視線が注がれているのを感じるが、とりあえず今は退散だ。
(……次なる難題は、ラグレン家だろう。彼らがどう動くか、私がどう先手を打つか。また長い戦いが続くに違いない。だけど少しだけ、晴れやかな気分だ。――私の領地はまだ私のもの。)
揺れるドレスの裾とともに、私は回廊を後にする。ボリスさんとともに早足で王宮の外へ向かいながら、心底くたびれた身体が悲鳴をあげつつも、どこか達成感が混ざっているのを感じる。中身が男だった私が、まさか宮廷政治の場でこんな“女の子の体”と“法律家流の交渉”を掛け合わせて乗り切るなんて……本当に不思議な感覚。しかし、これが私の成長だと思えば、悪い気分ではない。
(まだ終わりじゃないけど……これが第一歩。今後はラグレン家との対峙かな……?)
私は大きく息を吸い込み、王宮の出口へ向かう廊下を進む。頭の中には“やった、ひとまず勝った”という感情が渦巻き、同時に“ああ、まだこれからも波乱はあるんだろうな”と冷静に見据える自分もいる。当主としての行動はこれからますます本格的になっていく。先は長いが、私は確かな手応えを得て、次へ進むつもりだ。
今後も、いろいろな困難が待ち受けるだろう。だけど私は知っている――ここでつかんだ小さな勝ち筋を活かして、そして前世と、ここで学んだこと全てを総動員し、いつか一人前の領主になるのだ。
――その決意を胸に、私は王宮を後にする。ドレスの裾の重さがやけに心地よい、そんな不思議な手応えとともに。これが“私が生きる世界”だ。暗殺や権力争いに満ち、魔法の力が問題をややこしくするこの封建社会を、この体で、前世の記憶を抱えながら、最善の形に導く。必ずやり遂げる――そう思えるだけの自信が、今の私にはあった。
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