少女の涙に宿る威圧? 優しき王と『戦争』の引き金
玉座の間の空気が、しんと張り詰めている。前回のやりとりから続く場面――私、リアンナ・クラリオンは、王都マロヴァの王宮で、国王リュカ・マロヴァ陛下と対峙したまま。
目の前には、厳かな雰囲気の国王リュカ。壮年の男の渋みを帯びた風貌をしており、豪華な衣装に身を包み、玉座にどっしりと腰を下ろしている。彼の左右には約十名の側近が並び、皆が私の一挙手一投足を見つめている。視線の重圧で呼吸すら重くなるが、ここで怯んではいけない。
隣に立つ摂政のボリスは、心底慌てた表情を浮かべていた。「お嬢様……まさか本当に領地を……」という顔をしている。周囲の空気も、あたかも結論が決まったかのような空気を醸し出し始めている。――けれど、ここが勝負どころだ。私の“逆転”のための布石は、今からが本番。
「……国王陛下の深い慈悲には、感謝の言葉も見つかりません。ですが、そのような大恩をわがクラリオン家だけに注がれると、ほかの伯爵家の方々に申し訳ないという気持ちが抑えられません……」
私はしんみりとした声で口を開く。視線を床に落とし、時おり涙を見せるような演技を加えながら言葉を紡ぐ。王は「ほう?」と首を傾げ、側近たちも疑問顔だ。何を言い出すのだ、この少女は――とでも思っているのだろう。保護を受ける代わりに領地を差し出すのだから、特別でも何でも無い、むしろマイナスの取引だろうに。
「ラグレン家の主張は、単なる相続権だけではないのです。私個人に対する暗殺のみならず、領民にも“自分たちが真の領主だ”と触れ回っておりますし。つまり、もしマルディネールが王国直轄となれば、ラグレンは王が領地を奪い取ったなどと、国中に誹謗を流すでしょう。その結果、ラグレンが大義名分をでっち上げて、領地を……あるいは、陛下の権威すらも否定しかねません。言いかえると、クラリオン家一つを守るために、王国全体がラグレンとの争い――いえ、戦争になることでしょう。それを思うと……」
私の口調はあくまで上品に、しかし言葉の内容はかなり挑発的だ。“あなたが領土を引き受けると、戦争も引き受けることになりますよ?”と聞こえてもおかしくない。もちろん私は故意にやっているのだけれど。
たちまち王の側近たちから、ざわざわと声が上がった。
「な、戦争だと……?」「それは極論ではないか」
「まだそんな事態にはならぬはずだ」
必死に否定する人もいれば、黙りこくる者もいる。
リュカ王自身は落ち着いた表情を崩さないが、瞳がうっすらと警戒の色を帯び始めている。私が王の言うことを全面的に受け入れるかと思いきや、ここに来て「戦争の危険」を指摘するとは予想外なのだろう。
「ラグレン家がそこまで……。なるほど。しかし、リアンナ殿、なぜそこまで極端な状況を想定する?」
王は静かに問いかける。私の涙を含んだ声は止まらない――なにしろ演技中だから。
「陛下も、それはご存じのことかと思います。暗殺の件も、ラグレンが宣伝活動をしている件も、陛下は憂慮なさっていました。そんな緊迫状況だからこそ、陛下も、私が“少女の身で領地を守れない”とお考えになってこそのご提案と理解しております。いまでも、私の亡き父の領土を継ぐのは、実子である私ではなくて、自分だとまでラグレンは言っています。子を差し置いて遠い親戚なのに相続権を主張するラグレンのことですから、この提案を受け入れると、“国王陛下が強奪した”と喧伝しないわけがありません。『実の子どもより遠い親戚の私が継ぐべきだ』という話と『先祖代々の土地なのに、領主が幼いことに乗じて土地を召し上げた』、どちらが説得的に聞こえるでしょうか?」
王が「ふむ……」と漏らす
「もし、これで、ラグレンと王国の軍勢が動けば、もうそれは戦争です……。私は、二度も暗殺未遂に遭いました。当家のために、全伯爵家を不安に陥れ、国を危険にさらすなど……私には畏れ多く、申し訳なくて……」
わざわざ“申し訳ない”という言い回しで、国王を持ち上げながらも、同時に「それ本当に大丈夫? けっこうリスク大きいですよ?」と火をつけているのだ。王が領土を召し上げれば、自分の権威を汚される可能性があると暗に示す。そうなれば、他の伯爵たちも疑心暗鬼に陥り、王への信頼が揺らぐ。名誉を重んじる王にとっては痛い話だろう。
傍らではボリスさんが、何が始まったの?と混乱した顔をしている。それはそうだろう。最初提案を引き受ける振りして、本当にいいの?みたいな話をはじめるのだから。
国王は少し考え込む様子を見せ、玉座で右手を頬に当て、視線をゆっくり左右に走らせる。さすがに“リスクが大きい”と思い始めたのだろう。ここで“いいや、気にしない、戦争も辞さない”などと強行発言をすれば、周りの伯爵家や貴族の支持を失うかもしれないからだ。
「……確かに、私はクラリオン家を助けたいと思っているのは事実だが、他の伯爵家がどう思うか、まだ十分に検討していない。よかれと思ってやったことが、他の伯爵家を動揺させ、ラグレンにつけいる隙を与えるのは望むところでは無い……。」
王の声に若干の戸惑いが混じる。想定外の展開が起こりつつあるのだ。
周囲の側近は押し黙る。先ほどまでの自信満々な“王の慈悲パフォーマンス”はどこへやら、空気がギスギスし始めた。私としては、ここが“突き”を打ち込む好機だと確信する。
「ですが、陛下……私もラグレンの脅威はひしひしと感じております。紛争が起きることは、王国全体のためにならない、マルディネールをこのままにはできない、それが、陛下にこの案を提案された方の考えだったのでしょう。」
おそらく、この案は国王独自の考えではないだろう。自分の考えなら、ここまで聞く耳を持たないはずだ。そこで、国王の提案を拒絶した、という形にしないように、側近の提案だと遠回しに言う。
そして、私は、更に話を進めて提案する。
「王国の安定と、マルディネールがこれから先も王国の一部であり続けるために、こういうのはいかがでしょうか。」
私はわざと声を震わせながらも、意識的に背筋を伸ばす。“少女の頼りなさ”を演じながら、同時に“きちんとした論理”を示すのだ。まるで、今しがた思いついたかのように振る舞いながら、実はいままで考え抜いた方策をここで切り出す。
「私が“相続人を国王陛下”に定めるのです。つまり、私が万が一のことで亡くなった場合、その領地は自然に王国へ譲渡される。ラグレン家が私を殺したとしても、結局は陛下のものになる……そうなれば、彼らは暗殺を試みる意味がなくなる、という算段です。」
その瞬間、玉座の間に大きなざわめきが走った。「相続人に国王陛下を……?」「伯爵家の少女が勝手に決めていいのか?」など、戸惑いの声が交錯する。ボリスさんも目を剥いているが、これが私の狙いだ。もし“私が死んだら王様のものになる”システムを作れば、ラグレン家は暗殺によって土地を手に入れる方法を失う。むしろ殺せば殺すほど敵対行為として王の怒りを買うだけだ。
「こんな子ども……それが可能なのか?」と、側近の一人が冷笑交じりに私を睨む。けれど、私が当主として誰を後継に定めるかは私の自由のはずだし、“王”を後継者にすること自体、これを止めるのは無理だろう。だって、一番ここで偉い王様が領地を手に入れるって話なのだから。こういうときは、法律より王様が偉いことが役に立つ。
国王は「なるほど……」と呟き、興味深そうに私を見つめてきた。彼にとってみれば、その案を飲むことで、領地を今すぐ接収する必要がなくなるし、しかもいずれ私が死んだ場合に自動的に手に入る。何より“少女の意思でそう決めた”という形にすれば、“国王が無理に奪った”という不名誉を避けられるわけだ。
「――確かに、もしそうなれば、ラグレンが暗殺を画策する意味も小さくなる。領地の安全を守りつつ、今後の相続争いも防げる……面白い案だな……」
王が腕を組んでうなると、周りの側近たちはまたも騒ぎ出す。「しかし陛下、これは不確実すぎます。リアンナ殿が存命中にラグレンが攻め込んだら?」とか、「万が一のことがあれば確かに陛下のものになりますが、それを期待するのは……」と半端な反対意見が飛ぶ。
私はそこで言葉を重ねる。「万が一のことがあれば、陛下は当然この領地を正当な相続として得られますから、名誉を損なうことはありません。しかも、ラグレンには手出しさせない抑止力となります。もし殺されれば、陛下に全部行ってしまうわけですから。彼らにとっては何の得もないのです。むろん、ラグレンが正面から攻め込む場合だって、それは、王国の一部に武力行使するわけですから、王国全体を相手に回す戦争になるだけで……。だから彼らもなかなか踏み切れないでしょう。」
再び玉座の間が静寂に包まれる。私の計算ずくの説明に、みな一様に納得したり眉をひそめたりしているようだ。ボリスさんは、呆然としている。ごめんね、内緒で。
国王が「ふふ……なるほどな。死後の相続を私に、か。確かにそれならば、当面ラグレンも不用意に暗殺できまい。むしろ、そなたを生かすほうが得と考えるか、あるいは何もできなくなるか……。もちろん、そなたを暗殺しておいて、私が相続するのはおかしいといって権利を主張するかもしれないが、今よりも難しくはなる」と呟く。王の視線に警戒心が解け始めた雰囲気を感じ取って、私は(よし)と心の中で拳を握る。ここで押し切らなければ。
ところが、王の周囲にいた側近たちの何名かは、すぐに突っかかってきた。
「だが、そもそも少女が領地を治めるなど、無理があるのでは。ラグレンの暗殺に脅える毎日が続くことになるぞ?」
「いつ命を落とすか分からない当主に、領民が安心して仕えられるものか?」
まるで私を“取り除く”ことが既定路線だとばかりの言い草に、私は内心苦々しい思い。前世なら“性別は関係なく仕事できるでしょ”と堂々主張するところだが、いまの私は女性と言うだけではなく、僅か11歳なのだ。
だからこそ、今こそもうひと押し。“私は弱いけれど、王にとって利用価値があるよ”――そこを印象づければいい。
「そうでしょうか……。確かに私は子どもで、頼りない身かもしれません。ですが、私が領主を続ける限り、ラグレンが暗殺に踏み切った瞬間、領地が陛下のものになってしまいますよ? 私をあえて生かしておけば、領地はまだ狙えるかもしれない……そんな微妙な駆け引きで、ラグレンも手を出しにくくなるでしょう。そのうえ、伯爵たちも“ああ、国王は封臣の権利を尊重している、伯爵家が国王陛下の保護を受けているだけだ”と安心します。陛下が封臣の領土に不当に干渉する恐れはないと示せるかと存じます。」
思いきり“女の子の声”を響かせて語りかける。前世が男とはいえ、こういうときは甘さと説得力を巧みに混ぜるのがコツ。ドレス姿で涙ぐんだイメージをキープしつつ、言葉だけは冷徹にロジックを通す。
「……なるほど、そういう理屈か。しかも……」
王が眼光を光らせ、唇の端を上げる。「確かに、封臣たちのことを考えれば……その案がいいのだろうな」
ちらりと周囲を見ると、多くの側近が言葉を失っている。彼らのシナリオでは「少女が恐怖に屈して領地を差し出す」結末を想定していただろうが、私が“相続だけ預ける”という案を出したことで、領地は当面私が握り続ける形になる。しかし、それを強硬に否定すれば“王が無理矢理奪おうとしているのでは”と周囲に思われ、さらなる波紋を呼ぶ。すなわち否定しにくいのだ。
「お、お嬢様……」
ボリスさんが小声で囁くが、私は微笑んでみせる。内心“これで勝ち筋を作った”という手応えを感じているが、まだ気は抜けない。
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