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誰も奪わせない故郷──小さな身に秘めた誓いの刃!

「おはようございます、リアンナ様」

 朝の空気がほのかに冷たく感じられる初夏の頃、わたし――リアンナ・クラリオンは、まだ重たい瞼を開けつつ、お決まりの光景を目にする。同室で寝起きをともにしている侍女・エミーとローザが、簡素な寝台の上でそれぞれ伸びをして起き上がってくるのだ。かれこれ何年も続いている光景なのだが、前世を男として生きてきた記憶を抱えるわたしには、朝の着替えや洗面に関する気恥ずかしさはいまだに拭えない。


 とはいえ、伯爵家の当主たるわたしが暗殺などの危機から完全に逃れたわけでもなく、彼女たちが一緒に寝起きして警護に近い役目を担ってくれているのは事実。気まずさを理由に拒むわけにもいかないのだ。ここはひとつ大人らしく――と言っても、わたしはいま11歳なのだけど――朝の身支度を済ませるとしよう。


「リア、おはようございます。今日は勉強だけでなく、午後にベアトリーチェ様との面談があるんですよね?」

 エミーが春の陽気のような明るい声をかけてくる。わたしはまだあくび混じりに「うん……なんか、今日も忙しいよね」と短く返事をする。いつもなら“当主の仕事”の見習い、そしてマナー講座や歴史・政治の勉強が詰めこまれているだけだが、今日はそれだけでは終わらない。なぜなら――昨夜届いた書簡があまりに重大だったから。



 書簡はマロヴァ王国からのもので、国王自らの名前で届いたという。ボリスやベアトリーチェが対応してくれているが、要約するとこういう話らしい:

 • クラリオン家の当主はまだ11歳で、相続人は他におらず、しかも少女。

 • 一方で、ラグレン公爵家が「自分たちに相続権がある」と主張している。

 • もしこのままなら、いずれ領土を奪われる可能性がある。

 • そこで国王は「マルディネール伯爵領」を王国に渡さないか――と提案してきた。

 • その代わり、伯爵家の当主は王国の家臣として迎えられる。今後、別に新たな領土を与える可能性もある。

 • ともかく、詳しく話したいから王都まで来てほしい。


「……いや、何それ……自分の領地を“国王陛下に渡せ”とか言われても……」

 わたしは朝の身支度をしながら、頭の中でぐるぐる思考を回す。昨夜は疲れてそのまま寝落ちしてしまったが、実際にはかなり深刻だ。わたしの領土・マルディネールは先祖代々のクラリオン家が守ってきた地だ。暗殺未遂事件を乗り越えた身としては“ここを守っていくのが当主の使命”だと思っている。

 しかし、この世界では“王の権力”はかなり強い。もちろん、私たちは、あくまで王国の宗主権を認めているだけで、領地は本来は私たちのものだ。

 しかし、もし王国を敵に回してしまえば、軍事力では敵わないだろうし、その結果、私の首は飛びかねない。ましてやまだ11歳の子どもで、うまく政治的駆け引きをできるわけでもない。国王は悪意で言っているのではなく「ラグレン家との紛争を避けるための穏便な解決策」として提案している可能性もあるが、どっちに転んでも厄介である。



 そして、前世で男だった意識を持つ“女の子”のわたしが、王都へ行って社交界に入るなんて想像すると、なんだか胃が痛い。11歳とはいえ、“少女”としての成長も始まりつつあり、服装やマナー、あるいは結婚をどうするか……そんな話題まで絡んでくるかもしれない。想像するだけでもうんざりだが、逃げるわけにもいかないのが現実だ。


「リア、大丈夫? 顔色悪いよ?」

 ローザが心配そうに覗き込んでくる。鏡に映る自分の姿を見ると、確かに少し表情が強張っている。昨日までは“11歳の誕生日パーティー”で浮かれていたのに、今日になって一気に“王国の提案”の重圧が襲ってきた感じだ。まさに天国から地獄だな、と自嘲気味に思う。


「……ああ、大丈夫。ちょっと考えごと。とりあえず、ちゃんと今日の仕事こなさないとね」

 そう言って、わたしはワンピースの裾をささっと整え、外に出る。エミーとローザが少し距離をおいて付いてきてくれるが、ふたりともわたしの妙な焦燥感を感じ取っているらしく、会話は少なめだ。



 朝食を簡単に済ませると、書斎へ向かう。そこではボリスとベアトリーチェが既に待っていて、“今日の予定”を確認してくれるが、やはり書簡の件が大きいようだ。わたしが「昨日の書簡……」と言いかけると、ボリスは低い声で「はい、落ち着いて話しましょうか」と頷く。ベアトリーチェも「書簡の内容はかなり重大です。国王から『領土を渡せ』という提案が来るとは……」と苦い表情を浮かべている。


「……で、どうしたらいいの? とりあえず王都に行くしかないのかな?」

 わたしが率直に尋ねると、ボリスは腕を組んで悩ましげに言葉を絞り出す。

「はい、拒否するにも詳しい話を聞くにも、王都で国王陛下と直接話すしかないでしょう。書簡には“ラグレン家の相続権主張が本格化して紛争になりかねない。少女当主では守り切れないだろう”といった文言も含まれていましたので……」


 ラグレン家……暗殺未遂事件の影もちらつくが、わたしは苦々しく口を曲げる。摂政のボリスとベアトリーチェが並んで「このままだと国王が強硬措置をとる可能性も否定できません。とはいえ、そう簡単に領土を差し出すわけには……」と口調を落とす。どうやら、わたしの気持ちを尊重する形で方針を決めようとしてくれているようだが、状況は甘くない。


 結局、朝のうちに“いずれ王都へ赴く”という結論だけは固まった。あとは日時を詰める必要があり、その間に作戦を練らないといけない。王国側の“領土譲渡”なんて話を鵜呑みにしたら、私は王都で何か役職をもらえるとしても、家臣たちが路頭に迷う。それだけではなく、マルディネールの民も混乱に陥いるかもしれない。ラグレン家が絡んでくるなら、さらに厄介さが倍増するだろう。


 しかし、わたしは当主として、いまは“できるだけ冷静に考えないと”と自分を叱咤する。気持ちの上では「ふざけんな!」と叫びたいが、この封建社会では国王の権威は大きい。ここで迂闊に反抗すれば、ラグレン家との戦い以前に“王の敵”として袋叩きにされるかもしれない。


 そんなもやもやを抱えながら、午前中は書類仕事や、領内から届く報告を読み流す。だが、頭の片隅から書簡の問題が離れず、ハッと気がつけば手が止まっていた――なんてことを何度も繰り返す。ベアトリーチェが「あまり無理せず休憩してくださいね。今日は衝撃的なニュースが入ったばかりですから」と気遣ってくれる。わたしはかすかに笑みを返し、「ありがとう……」とだけ言う。ほんとに、気がそぞろで進まない。



 昼になると、エミーとローザが食堂へ連れて行ってくれる。わたしの好物を用意してくれたらしく、ほんの少し気分が上がる。大好きなキノコのクリーム煮に、ふんわりパンが添えられている。香りだけでもお腹が鳴るほどだし、二人も「リアが好きそうだったから」と目を輝かせている。


 嬉しいとはいえ、暗雲が胸に広がっているのも事実。わたしがスプーンを持ちながら「国王の言う通りに領地を渡すなんて考えられないし……でも、突っぱねてラグレン家が攻め込んできたら、マルディネールは大変なことになるだろうし……」と呟くと、ローザは静かに眉を寄せて「そうだよね……。ラグレン家の名がまた出てきたのが嫌だな……前に未遂とはいえ、暗殺を仕掛けられた疑惑もあるし」と口を濁す。


「でも、ボリスさんやベアトリーチェは現実的に“王都で話すしかない”と言ってたし……」

 エミーが軽く肩をすくめながら言う。実際、それしか道がないのかもしれない。変装して潜入するわけにもいかないし、当主として正式に面会せねばならない場面だ。子どもといっても“伯爵家の当主”なのだから、それ相応の格好で行く必要がある――前世が男でも、いまは女の子の体なんだし、この際どうにかマナー講座で仕込まれた知識を駆使するしかないのか。


 しかし想像するだけで憂鬱だ。嫌々ながら受けていたマナー講座が、こんなところで本格的に必要になるとは……と、軽い諦めが漂う。


「リア、今日はお昼もしっかり食べておかないと。午後はまたベアトリーチェさんと詳しく話し合いするんでしょ? それに、あまり暗い顔してると体にも悪いよ?」

 エミーが案外しっかりフォローしてくれる。たしかに、ここで落ち込んでいても仕方ない。とりあえず食べるものはしっかり食べる――それが、前世の経験においても鉄則だった。“メンタルが不安なときほど飯を食え”というわけだ。結果、おかわりまでしてしまい、軽く“食べすぎ”を自覚。最近ちょっと丸くなっている気がするが……ストレス太りかもしれないとわたしは自嘲する。



 午後になると、ベアトリーチェが再度わたしの部屋へやってくる。ボリスも一緒だ。彼らは書簡の内容を再度検討し、どう対応するか話し合おうというのだろう。わたしは円卓に座り、エミーとローザを遠巻きに下がらせた状態で打ち合わせを始める。


「では、リアンナ様。先ほども少し話しましたが、王都で国王陛下と会うしかないでしょう。詳しい日時や訪問形態は、わたくしどもで調整いたします。なるべく護衛を厚くし、危険がないよう配慮する予定です。」

 ベアトリーチェが冷静に口を開く。ボリスもうなずいて「国王が悪意を持っているわけではなく、むしろラグレン家との紛争を恐れての提案でしょう。ですが“領地を渡せ”というのはあまりに乱暴な話。大変な駆け引きになると思います」とまとめる。


「駆け引き……わたし、まだ11歳だし、そういうのわからないよ……」

「ええ、だからこそ摂政である私がお仕えするのです。安心してください。あくまでリアンナ様が当主ですが、実際の交渉はわたくしたちが行います。」

 ボリスの声は頼もしいが、気が重いのは変わらない。ラグレン家が相続権を叫び、国王が折衷案として“王家に土地を吸収する”プランを押し通す可能性もある。そうなれば、わたしが今のマルディネールを失うだけでなく、“別の土地に移される”ということもあり得るわけで、どっちにしても気が休まらない。


「わたしはこの土地を守りたい……。暗殺未遂みたいな事件もあったけど、やっぱり、ここを手放すのは嫌だよ……」

 ポツリと本音をこぼすと、ベアトリーチェは「当主として立派な考えです。わたくしたちもその方向で尽力します」と真摯に応じてくれた。わたしは安堵する反面、“それが可能なのか?”という不安も拭えない。結局、今は王都へ行く準備を進めることしかできないのだ。


 打ち合わせが終わるころには、すでに日が傾き始めていた。エミーとローザが「今日はもういいんじゃない? さすがに疲れてるでしょ、リア」と気遣ってくれるので、わたしは素直に休みを取ることにした。頭の中では“王都行き”がずっと渦を巻いていて、落ち着かない。だが、食べすぎ&ストレスで体がだるく、明日に備えて体力を温存しないと……。


 夜になり、久々にお風呂へ早めに入る。体を拭くとき、エミーとローザが手伝おうとしてくれるが、今日はなんとなく恥ずかしさが強く、「あ、いや、いいよ、ちょっと自分でやる……」と断った。前世が男だった自分が、この11歳の少女の体を持ちつつ、少し丸みが増してきた……。それを見られるのが嫌だなんて言えない。まあ、いつものことではあるのだが、この数日の不安定さもあって“妙な気恥ずかしさ”が増しているのかもしれない。ローザが「リア、なんかやけに恥ずかしがるね。成長期なのかしら?」と笑うのを聞き流しながら、私は、またしても必死にタオルを握っていた。



 風呂上がりに部屋で横になりながら、頭はもう王都行きのことでいっぱいだ。領地を明け渡すとか、とんでもない話だが、国王との対話でどうにか回避しなければならない。ラグレン家の存在感も不気味で、再度暗殺めいた事件が起きるリスクは否定できない。

「やっぱり……マナー講座で学んだこととかも、使うことになるのかも……。はあ……嫌だな。でも、当主としてここで弱音を吐くわけにいかないし……」

 わたしは小声で独り言を零し、シーツを握りしめる。時折、ドレスや男装のどちらが自分に合うのかと考えてしまう。前世の男としての記憶を持ちながら、女の子の体で領地を守る――その矛盾に、いつもは慣れた気でいたけれど、こういう大きな政治の話になると余計に実感するのだ。今さら男として振る舞える場所でもないし、かといって女の子らしさを全面に出すのも気が進まない。でも、マルディネールを守らなければ……。


「……やるしかないよね。逃げても領地は守れないし、みんなが困っちゃうわけだし……」

 自分の声がかすかに震えているのがわかる。11歳の体とはいえ、精神的にはもう少し大人のつもりでも、やはり心細いのは事実。エミーやローザが寝息を立てる中で、わたしは静かに天井を見つめ、暗闇の中で決意を新たにする――

 “王都へ行って、国王と話そう。たとえラグレン家が横やりを入れても、あるいはラグレン家を理由に領地を没収しようとされても、絶対に、この領地は譲らない。前世の知識だって、きっと何かの役に立つはず。”


 そう胸に誓いながら、目を閉じて深い眠りへと落ちようとする。明日から王都行きの準備が本格化するだろう。ボリスとベアトリーチェが同行するにしても、最終的には“当主であるわたし”が意思を示さなければならない。この小さな体でも、皆が支えてくれるならなんとかなるかもしれない。

 ただし……女の子らしく“華やか”に装った姿で交渉するのか、あるいは男装で動きやすさと安全を重視するのか――いや、王に会う場面で男装はまずいだろう。そんなことを考えるだけで頭がぐるぐるしてくる。


(くそ、当主であり少女であり、でも前世は男だったわたしにとって、正解なんてどこにあるんだろう……)


 思考は絡まり、いつしか脳が休めと言わんばかりにぼんやりとしてきた。遠くからローザの寝返りの音が聞こえる。埃っぽい夜の空気が喉をくすぐり、まぶたがじんわりと重くなる。王都行きの不安と期待、それを乗り越えてマルディネールを守る覚悟――いまはまだ動揺が大きいが、一つずつできることをやるしかない。特に、マナー講座の成果を活かし、王との対話を乗り切るには、もう少し訓練が必要だろう。


 冷えた足をシーツの奥へ滑り込ませながら、わたしは心の中で何度も言い聞かせる。

 “絶対に、この土地は手放さない。”

 たとえ国王が相続云々と言おうとも、ラグレン家を理由にされようとも、わたしは暗殺未遂事件で得た覚悟と仲間への信頼を元に、立ち向かうしかない。王都へ行くのが怖いのは事実だけれど、当主としての道を選んだ以上、こんなところで怯えるわけにもいかない。


 やがて意識が遠のくなか、わたしは微かな鼓動を感じる。自分が女の子の体で王都に出て、国王や貴族たちと交渉する――想像すればするほど、体と心の違和感が棘のように胸をチクリと刺すのがわかるが、今はそれを受け止めるしかない。

 “不安もあるけれど、ここで折れるわけにはいかない”という思いが、かすかな勇気となってわたしの背中を押す。そうして翌朝から始まる新たな決戦――王都への道を、わたしは静かに迎えるのだった。


 暗い部屋の片隅で、懐かしい前世の感覚が一瞬だけ頭をよぎる。“性別なんか気にせず自由に交渉できたらいいのに”と。だけど、この世界ではそうはいかない。やるべきことは山積みだ――。


 こうして、マロヴァ王国から届いた書簡が、わたしの運命を大きく揺るがせることになる。ラグレン家の相続権主張、王都への呼び出し、領地譲渡の提案――すべてが重苦しいが、当主として逃げられない試練。押しつぶされそうな責任と不安を抱えながらも、わたしは次の一歩を踏み出すしかない。


 “絶対に、あきらめるもんか……わたしのマルディネールは、わたしが守る!”


 夜の静寂のなかで、小さくそう誓いながら、わたしは再びまどろみに落ちる。いつか朝日が昇れば、王都へ行くための準備が本格化する――その旅立ちの日に向け、せめて今夜だけは休息を……。エミーとローザの寝息を聞きながら、わたしは力を抜いて夢の世界へ沈んでいくのだった。


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