曖昧ジャスティスにメスを入れろ! 当主の小さな大調査
いつものように朝の光がカーテン越しに差し込み、部屋の空気がうっすらと明るさを帯びはじめたころ、私はこれまた、いつものように寝台の上でゆっくりと伸びをした。同室にいるエミーとローザが、小さくあくびをこぼしている声がなんとなく耳に心地いい。暗殺未遂事件以来、私と同じ部屋で寝起きするのが当たり前になって久しいこの二人。だけど、彼女たちが一緒とはいえ、私自身はまだ“中身”の違和感を拭えずに過ごしている。
「……おはよう、リア。もう起きる?」
ローザがぱっちり目を覚まし、私のほうへ顔を向けてくる。私は「ん、うん、起きる……」と少し寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった。さして大きくない私の身体――見かけは10歳の伯爵家の“女の子”だけれど、前世が男という記憶を持つ身としては、朝起きて体を眺めるたびにどこか落ち着かない気分がわずかに残る。
エミーが「リア、朝ご飯の時間まであまり余裕ないよ?」と声をかけてくる。私はベッドから足を下ろし、もうひとりの侍女であるローザと目を合わせる。起床から朝食までの間に身支度を整えるのはいつも通りだけれど、着替えの時間はまだどうにも慣れない。彼女たちは常に手伝ってくれるのが当然と思っているし、暗殺未遂事件で過保護になっているから仕方ない。でも、私としてはそろそろ微妙に気まずい。
「えっと、じゃあ、着替え……。あー、やっぱり寝巻きくらいは自分でなんとかするから……」
私が顔を赤らめながら言うと、エミーは「あ、そう?」と一瞬だけ不思議そうな表情をする。だが、その理由を察したのか、「じゃあ、準備ができたら呼んでね。手が届かないところは手伝うから」と微笑んでくれた。前世の男としては、女の子の格好に着替えるところを人にまじまじと見られたくない――この感覚がなかなか消えないのだ。彼女たちと生活を共にしている今でも、少しでも配慮してもらえると助かる。
なんとか自力で寝巻きを脱ぎ、下着をつけ替えてドレスを肩まで引き上げる。とはいえ、背中の紐を結ぶ作業や細かいパーツの留め具は難しく、結局エミーやローザに仕上げを頼まないといけないのだが……。そうこうしているうちに、「よし、完成!」と二人が嬉しそうな声をあげる。見ると、白を基調にしたシンプルなワンピース姿の私が鏡に映っている。ドレスと比べて裾に厚みはなく、動きやすい部類なのはありがたいけれど、やはりレースのあしらいなどで“いかにも女の子”だと感じる。
「リア、今日も朝ご飯はダイニングで簡単に済ませて、そのあとは勉強ですよね?」とローザが確認。私は「そう、領主見習いの仕事もあるし、ベアトリーチェが歴史と社会制度の授業をするって言ってた」と答える。暗殺未遂事件後も私は一応“伯爵家の当主”ではあるのだが、未成年ゆえに実務は家令兼摂政のボリスと侍女長であり摂政代理でもあるベアトリーチェがメインでこなしている。私がやるのは“見習いの仕事”ということだ。
「じゃ、行こうか」と部屋を出ようとすると、エミーが軽く私の髪を整えてくれる。こういう何気ない仕草にも、前世の自分とのギャップを感じることがあるが、慣れてきた部分も否定できない。
ダイニングへ向かう廊下では、いつも通りの静かな朝の空気が流れている。途中、使用人たちが私に「おはようございます、リアンナ様」と頭を下げるが、私は小さくうなずくだけ。まだ10歳だし、こんな風に慕われることに妙なそわそわ感を抱く。でも、彼らにとっては大切な当主なのだ。それを思うと、ここでの責務をちゃんと果たさなければ、と気合いが入る。
朝食はパンと薄いスープ、フルーツ、それにハーブティーを軽く摂る。いつもと変わらないメニューだけれど、これが意外と美味しくて飽きない。さっと口を満たしてテーブルを離れようとすると、エミーが「はいはい、急いでるみたいだけど、飲み物だけでもゆっくりして?」と笑う。私は「うん、ありがとう」と一口ハーブティーを飲み干し、すぐに書斎へ向かう準備をする。
書斎では、ボリスとベアトリーチェが先に簡単な打ち合わせをしていた。私は「おはようございます」と挨拶して、机に座る。目の前には今日チェックすべき書簡や報告が並べられており、その一部を見習いとして目を通すのが私の日課だ。村や町からの要望や、魔法関係の許可申請などが相変わらず山ほど届いていて、なかなか大変そうだ。だが、その後ろでベアトリーチェが控えており、私が行き詰まればサポートしてくれるので助かる。
「ではリアンナ様、まずはこの文書をざっと読んでみて、ご意見や疑問があればメモしてくださいね。あとで一緒に確認しましょう」
ベアトリーチェが柔らかい声で言う。ボリスは私のほうをちらりと見て「何か聞きたいことがあれば私にも」と頷く。私は「はい、わかりました」と返事をして、ペンを用意した。……とはいえ、こうして書類を読むだけでは頭が回らない。いま私が最も興味を持っているのは、もっと根本的な“社会や司法”の仕組みなのだ。
数十分ほど書簡に目を通し、内容を把握したころ、ベアトリーチェが「では少し休憩しつつ、今日の勉強をしましょうか?」とテーブルを片づけはじめる。私も「うん、お願いします」と頷く。この日は歴史や地理、社会制度などの総合的な授業らしく、ベアトリーチェが用意した地図や古文書を開き、要点を順番に教えてくれるのだ。領主見習いとして、領地の成り立ちや古い協定などを知る必要があるからこそ、こうして時間を割いて学んでいる。
ベアトリーチェが「まずは地理。マルディネール伯爵領の北側には山岳地帯があり……」と説明を始める。私は地図を覗き込みつつ、「うん、山岳地帯は鉱物資源があるから税収や商人が集まるんだよね……」と口にして、メモを取る。鉱物と魔法技術の相性がいいことや、流通路の確保が戦略的に重要なことはわかっている。でも、私は地理だけでなく、司法制度の不備が気になって仕方がない。
ついに私が我慢できず、「あの、ベアトリーチェ。トラブルの解決とか、司法はどうなっているんだろう? 裁判って……」と言いかけると、彼女は微笑んで「司法制度? まあ、ご存じのとおり、私たちの国は旧アウレリア帝国の法を簡略化したものを使っていますよね。」と答えてくれる。
「そう、それがどういう仕組みか、もっと知りたいんだ。成文化されたルールが少ないって聞いたし、実際の裁判とか、どんなふうに進んでるのか……」
私が身を乗り出すと、ベアトリーチェは「うーん……紛争の解決は“裁配人”と呼ばれる役人が担当しております だけど正直、彼らがどんな形で審理を進めているのか、私も詳しくは……」と歯切れが悪い。ボリスも横から口を挟んでくる。「そもそも暗殺未遂事件以来、リアンナ様は外部との接触を控えてきましたし、役所の見学などしていませんからね……。でも、裁配人が判断を下しているのは確かです。適切かどうかは……正直なところ、私も全部は把握できていない。」
私は心がざわめく。前世での法律知識を持つ私からすれば、“それだけ”では極めて曖昧すぎる。そりゃあ事件や訴訟は人々の生活に直結しているし、法制度がスカスカならトラブルや冤罪が起きかねない。今まで王国が維持されてきたのは、魔法と封建秩序のおかげだろうが、それだけで本当に大丈夫なのか?
前から、貧富の差の拡大やら、下級貴族と富裕層が実力を蓄える一方、それ相応の権力を求めはじめているという実情がある。領内が平和に効率よく運営されないと、将来、革命や内乱に巻き込まれるかもしれないし、そうでなくても、他国の侵略の可能性がないではない……そう、いろいろと不安を感じざるを得ない。
「ねえ、裁配人って人たちがいる場所って?」
「役所の中に“裁配人室”っていう部署があるけど。」
「それ、見学とかできないのかな? たとえば裁判の傍聴とか……」
私が身を乗り出して質問すると、ベアトリーチェは驚いた顔を見せ、「傍聴? まあ、いや、見世物じゃないですから、別に外からは見られませんよ。まあ、たまに当主が公式に出向いて、手続を監査することもあるかもしれませんね。でもリアンナ様はまだ子どもなので、どうでしょう……」と迷い始める。
「子どもって言っても、一応当主だし……。そりゃ摂政がメインで実務をしてくれてるけど、私だって法律とか興味あるし、こないだのスリを見抜いたこともあるし……暗殺未遂事件のことだって、しっかり把握しておきたい。もし司法制度が曖昧なら、また何かトラブルが起きてもおかしくないじゃん……」
勢いで言い切ったあと、私は「あ……ちょっと熱くなりすぎたかな」と表情を緩める。するとベアトリーチェは柔らかな笑みで「熱意があるのはいいことです。では少し、お願いしてみましょうか。裁配人室の見学なら、数日後くらいには時間を作れそうですけど……」と答えてくれた。ボリスも「そうですね、当主として様子を見に行くのは悪くない。公務の一環に近いですし……」と同意。
「でも、危険ですから、いつものように変装してお願いしますね。領主館で預かって、修行している貴族の子弟ということで、リアンナ様がお越し下さい。」
私は「やった……!」と小さくガッツポーズをとる。自分の気持ちがけっこう強く表に出てしまったけれど、前世の法律知識と絡めて“裁判の実態”を知りたいという思いが抑えられなかったのだ。小さく興奮していると、エミーが「リア、顔が真っ赤よ?」と茶化すが、ローザまで「なんかやたら嬉しそう」とくすくす笑う。
「だって興味あるんだもん! 今の仕組みが本当に“適切な判断”を下してるのか、不透明じゃない……?」と言い返すと、彼女たちは微笑みながら「まあね」「確かに……」と同意する。ボリスさんが「じゃあ、私たちで日程を調整しよう。数日後、いや週明けくらいには役所に見学希望を伝えておきます」と事務的にまとめる。まさに摂政として頼りになる。
こうして、“裁配人”の裁判を見学するフラグが立った私は、勉強へのモチベーションが一気に上がる。午後はいつも通りマナー講座の続きがあったが、そちらもがんばって乗り切る気力が湧いてきた。たとえルディアに叱られようとも、私は“裁判”を知るために今日のレッスンをちゃっちゃと済ませたい――そんな意欲が湧いて、内心で張り切る。エミーたちは私の気合いの入れ方を「どうしたの?」と訝しんでいたが、深くは突っ込まない。
夜、部屋に戻ってベッドに腰を下ろした私は、さっそく今回の“見学”についてあれこれ妄想をめぐらせる。前世の裁判所のように、傍聴席があって検察や弁護人がいるわけでもなく、どうやら“裁配人”が単独か合議で判断を下す仕組みがあるらしい。何か争いごとや犯罪が起きた場合、その部署で取り扱うと聞いているが、どれくらい公正で透明なのかは未知数だ。この世界の人々は魔法や封建権力を当然視しているけれど、私はどうしても“ちゃんとしたプロセスや証拠の扱い”が気になってしまう。
「ふうん……一体どんな風に進むんだろう? 旧アウレリア帝国の法を簡略化したって聞くけど、当主が一声かければ判決がひっくり返ったりしないのか? 権力者の意向で左右される危険はないのかな……」と、思考が止まらない。まだ10歳ながら、この世界で生きていくなら、曖昧な法制度を放っておくのは落ち着かない。あの暗殺未遂事件を振り返っても、もし法制度が不十分だったら、容易に、敵対者は領内に入り込み、罠を張ることができてしまうかもしれない。
エミーとローザは既に簡素なベッドに入り、「おやすみ、リア……」と囁いている。薄暗いランプの灯りの中、私だけが少し目を開けて天井を見つめていた。ドレスに包まれるマナー講座とは真逆のテーマだけど、私にはこれも重要な使命なのだと感じる。
「数日後かあ……。早く見に行きたいな。役所の雰囲気とか、少しは実態がわかるかも……」とつぶやく。やがて、じんわりと身体に眠気が押し寄せてきて、まぶたが重くなる。いろいろと考えたいことはあるが、体は正直だ。今日も勉強やレッスンで疲れたし、ここは素直に眠って体力を回復させよう。
(よし……あとは寝て、夢でも見学のイメトレをしちゃおう……。前世の知識が活かせるかもしれないし、うまくいけば今後の領内司法に一石を投じられるかも……)
脳裏にそんな希望が浮かんだところで、意識は徐々に薄れていく。ベッドのシーツがやわらかく体を包み、部屋の空気が穏やかな子守唄のように静かだ。廊下では夜の巡回が軽い足音を立てているが、今は安全と信じて眠ることにしよう。暗殺未遂事件以降、万が一のために屋敷内の警戒が強化されているのは確かだが、少なくとも今の私は“法制度の不備”に対処するべくもう一歩踏み出せそうな雰囲気がある。
「とにかく現場を見なきゃ……」と、微かに呟き、私は布団を引き寄せる。そして思考がぼやけていくなかで、数日後の“見学”に対する期待が胸を膨らませた。
――朝から晩まで領主見習いの仕事と勉強、マナー講座に追われながらも、私は“裁配人”という役職が実際どう動いているのかを確かめようと決意を固めるのだった。前世での法律知識が役に立つかもしれない――と、ワクワクする気持ちを胸に抱きつつ、私はぐっすりと眠りに落ちていく。当主としての未来を照らす手がかりを探す旅が、もうすぐ始まるはずだ。
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