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さよならガニ股、こんにちは優雅なステップ──鬼師匠の大改造!

 「さあ、参りましょうか。このまま“優雅な振る舞い”のためのレッスンをはじめさせていただきますわね。」

 マダム・ルディアがにこやかに微笑みながら、サロンの中央へと私を促す。その声音は柔らかいのに、なぜか全身が緊張でこわばる――まるで、穏やかな表情の裏側に隠された“厳しさ”がこちらを射すくめているようで。私はつい先ほどまで通されていたドレスの裾をつまんで一歩を踏み出しながら(ああ、厳しそう……)と小さく胸を震わせた。


 マダム・ルディアが小さく笑う。30代半ばながら多くの貴族令嬢を指導し、“厳しいスパルタ指導”で評判という人物だと聞いている。ほんの短い会話の中でも、その言葉選びや目線が、実に的確かつ冷静。うっかり気を抜けば心を読まれそうな威圧感を放つが、表情自体は穏やかで優雅。私は(これは……強敵だな)と直感した。


 とはいえ、私――リアンナ・クラリオンは10歳ながら伯爵家の当主であり、前世が男だったという秘密を抱えている。暗殺未遂事件以来、ずっと他の貴族との交流を避けてきた私には“本格的なマナー”を学ぶ機会がほぼなかった。だけど「そろそろ年齢的にも、きちんとしたマナーを身につけなければいけない」というボリスやベアトリーチェの意見で、高名なマダム・ルディアを呼ぶことに。私にとっては頭が痛い話だが、当主としては逃げられない……そんな流れで今日に至る。


 「リアンナ様、まずは簡単な自己紹介とご挨拶をお願いできますか? あなたが普段、どんなふうにお辞儀や言葉遣いをしていらっしゃるのか、ざっと拝見したいのです。」

 マダム・ルディアはサロンの中央から少し身を退いて、私に視線を据える。まるで品評会のような雰囲気だ。私はドレスの裾を整え、内心やるしかない……と覚悟を固める。


 「あ、えっと……はじめまして。私はリアンナ・クラリオンと申します。このたび、お力添えをいただけると聞いて……その、どうぞよろしくお願い致します……」

 声が震えないよう気をつけながら、適当にしか知らない“令嬢言葉”っぽいものを織り交ぜてみる。お辞儀もなんとなく背中を曲げるだけで誤魔化したが――、


 「はい、ストップ。なるほど、まずは単純に“女の子としての挨拶”レベルが不足気味ですね。せっかく当主でいらっしゃるのに、それが伝わるオーラがありません。お辞儀の角度も微妙にずれていて、腰が丸まっています。」

 容赦ない指摘が即座に飛んできた。私は(ま、まあそうだよね……)と苦笑いするしかない。元々“女の子の所作”に慣れていない私は、意識しないと足を外向きに揃えるのも難しいし、背中を真っ直ぐ保つのも簡単ではない。


 後ろからエミーとローザが「がんばれ……」と小声で応援してくれている。彼女たちはこのレッスンを心待ちにしていたようで、私が優雅に振る舞う姿を想像してワクワクしているらしい。だが、当の本人である私は違和感のほうが大きい。


 「ではリアンナ様、もう一度。足の位置、手の位置、背筋のライン、視線……細かいようですが、一つひとつ確認しましょう。それが“貴族令嬢の基礎”であり、今後の土台になりますの。」

 マダム・ルディアが腕を軽く組み、私を見守る。その顔には柔らかな微笑みがあるものの、目は鋭い。いわゆる“微笑む鬼”というやつだろうか。そういえばベアトリーチェが「彼女は優しげに見えて容赦ない指導をする」と言っていたっけ……。


 呼吸を整えて、私は再度ドレスの裾をつまんで立ち位置を正す。背筋を伸ばして顎を引く……はずが、意識を強くしすぎてどこかギクシャクしてしまう。ぎこちなく一歩動くたびに「足先が外に向きすぎ」「スカートを引きずらない」「上半身は板のように折るのですよ、丸まらないように」と、細かいダメ出しが入り、私は心が折れそう。


 (うう、こんなに大変だなんて……。前世ならさっと会釈して終わりだったんだけどな。貴族マナーって面倒すぎる……面倒と言うより鬼畜だ……)


 内心ぶつぶつ言いながらも、頑張るしかない。マダム・ルディアは何度も実演してくれるし、姿勢を直してくれるので、確かに勉強にはなる。最初はまるで背中が棒になった気分でぎこちなかったが、何度か繰り返すうちに、少しだけコツがわかってきたような気もする。半分以上は感覚頼みだが……。


 「ふう……こんな調子で、上位の方へのご挨拶、同輩へのご挨拶、親しき間柄への挨拶、下位の者への頷きなどを覚えるには時間がかかります。ですが一つずつ形を覚えていけば大丈夫。あせらず、しかし妥協せず進めましょうね。」

 マダム・ルディアが言う“あせらず、しかし妥協せず”というフレーズに、私は(ひえー、この人やっぱり恐ろしい)と冷や汗をかく。けれど、一方で逆に安心する面もある。こういう厳しい人のほうが、かえって変に甘やかされずに済むし、本当に必要な最低限の技術を確実に叩き込んでくれそうだ。

 前世でも、仕事の指導は厳しい人のほうが、絶対にタメになった記憶がある。


 その後の休憩中もエミーとローザが「ドレス姿で立つとき、もうちょっと肩を落としたほうがいいんじゃない?」とか「お辞儀のタイミングが昨日より良くなったかも」とアドバイスしてくれた。良かれと思ってのことだろうが、私は(そもそも女の子の身体に慣れてないからハードル高いんだよ……)と心で叫びたくなる。ああ、せめて男装していたら自由なのに――しかし当主としてデビューするならそういう逃げ道は使えない。


 その後のレッスンはさらに高度(?)で、「お茶席でのマナー」や「椅子への腰かけ方・立ち上がり方」を実践形式で行う。ティーカップを持つときの指の揃え方や、相手がいるときの会話中の目線、ちょっとした微笑みの作り方まで、ルディアが細かく示してくるのだ。私が「え、そんな細部にこだわる意味あるんですか?」とつい口を滑らせると、


 「ええ、ありますとも。貴族社会では、そうした小さな所作こそが“気遣い”や“品格”を体現するのですよ。もしあなたが暗殺の危険をくぐり抜け、他の伯爵や公爵と堂々と渡り合うなら、マナーひとつで相手への印象が変わるということをお忘れなく。」

 マダム・ルディアがピシャリと返す。それを言われると弱いのだ。彼女が“暗殺の危険をくぐり抜ける”などとサラッと言うあたり、私の置かれた状況もしっかり把握しているのだろう。私は「うっ……はい、わかりました……」としか答えられない。


 (そうだよね、私自身が女の子であることを差し引いても、当主として侮られたら危ないんだから……)


 覚悟を決めて、ティーカップの角度や目線を意識しながら練習を繰り返す。エミーやローザが私の様子を見守り、必要に応じてカップを受け取ってくれたり、裾が乱れたらすぐ直してくれたりとフルサポートしてくれるのは助かるが、それでも私は何度も椅子から立ったり座ったりを繰り返してヘロヘロだ。ドレスもそれなりに重く、歩き方一つ取っても気が抜けないし、背筋を伸ばし続けるのは体力を消耗する。


 「ほら、もう一度、座りなおしてみましょう。膝は揃えたまま、浅く腰を下ろしてからスライドするように……はい、スカートを崩さないように……そう、焦らないで。」

 マダム・ルディアの声がBGMのように耳を打つ。私は「ふえぇ……」と変な声を漏らしつつも従う。ああ、これが初回レッスンなんだ……明日からもっと大変になるかもしれない。それでも、当主としての道を踏みしめるためだと思えば、なんとか踏ん張れる。


 そして夕方近く、ようやく「今日のレッスンはここまでにしましょう」とマダムが区切りをつけてくれた。私は汗ばむ身体をそっとハンカチで拭い、「はああ……」と長い息をつく。マダムは「ええ、まだまだ基礎の基礎ではありますが、思ったよりよく飲み込んでいらっしゃいますよ。まるで何も知らないゼロの状態だからこそ、私としても教えがいがありますわ」と優雅に微笑んだ。


 (よくわかんないけど、とにかく“0から教えがいがある”ってことは、手間がかかるってことですよね……)


 私は心中で「ひえー」と叫びつつも、表向きは「ありがとうございます……」とぎこちなく返事。マダムは「明日以降もよろしくお願いいたしますね。それでは、失礼いたします」とやや深いお辞儀をして退室したが、その完璧さを見ると「はあ、次元が違う……」とただ呆然とするしかない。


 そして夜。ドレスを脱ぎ、部屋着に戻った私を待っていたのは、全身の倦怠感と達成感(?)が入り混じった妙な疲労だった。ここまで身体を酷使するとは予想外だし、何より精神的にキツい。エミーとローザが寝室でハーブティーを淹れてくれて、軽い夜食を用意してくれたが、私は口をつける気力があまりない。


 「お疲れさま、リア。いや、ほんと大変そうだったね?」

 エミーが笑いを含んだ声をかける。ローザも「でも、ほら、とってもきれいだったよ? ドレス姿で真剣にマナーを練習する様子、かわいいって思った!」と興奮気味。私は「いや、かわいいとか言われても……したくないことを必死にやってるだけだよ……」と唇をとがらせる。


 「まあまあ、いつかいいお婿さんが見つかるときに、このマナーが活きてくるわよ! 貴族としての交流も広がるだろうし、男性陣からモテモテかもね?」

 ローザがからかうように言い、エミーまで「そーよ、きっとすてきな相手が“あの人は礼儀正しくてすごく品がある!”って惚れちゃうかも!」とはしゃぎだす。私は心底げんなりした表情で「もうやめてよ……そういう路線で頑張ってるわけじゃないから……」と大きくため息をついた。


 (私としては暗殺の危機や領地経営のためにプレゼンスを高める必要があるだけで、したくもない男との結婚なんてまっぴらごめん。前世も男だったし、こっちだと女の子の体だし……まだ10歳だし……ほんと冗談じゃないってば。)


 そんな不満を胸に抱えながら、ただ私が言葉を選べないのも事実。当主としてある程度の相手との駆け引きは避けられないし、“いつか結婚”という流れが自然に起こる可能性は否定できない。だけど、今はまだそれよりも先に学ぶべきことが山積み。結婚うんぬんと聞くだけで胃が痛くなる。


 「もう、マナーなんてめんどうだけど、これからの世界で生き残るためなら仕方ないのかな……」

 私がぼそっと零すと、エミーが「うん、そう思うよ。暗殺もまだ気を抜けないし、貴族の場に出るときもしっかりした印象を与えれば、危ない連中も手を出しづらくなるかもしれないしね」と同意してくれる。ローザは「そうそう、当主としての凛としたオーラが出せれば、敵も簡単には狙ってこないだろうし……ちゃんと得るものは大きいと思うよ?」と笑う。


 私も「そうだね……うん、やっぱりそう考えると必要なんだよね。あんまり気乗りしないけど……」と苦笑いしながら頭をかく。結局、嫌だと言っても何かが解決するわけでもなく、むしろ中途半端に済ませたら自分が苦労するだけ。それに前世で男だった記憶があっても、今の身体は女の子だし――この現実と向き合わなければならないのだから。


 私がしばらく黙り込んだのを見て、ローザが「リア、今日はもうぐっすり寝なさいな。明日もあるんだろうし……疲れ溜めちゃダメよ?」と柔らかい口調で言ってくれる。エミーもうなずき、「うん、今日は初めての本格レッスンだもの、そりゃしんどいよ。お風呂入って早めに寝ちゃおう?」と促す。


 「そうだね……そうしよう……ほんとクタクタ……」

 私は立ち上がり、簡単に体を拭いてから寝巻きに着替える。コルセットではないけど、ドレス姿のまま何時間も指導され続けたせいで、背中や腰が悲鳴を上げているように感じる。さっきまでの“綺麗な所作”の意識は、もう一切吹っ飛び、ベッドにバタンと横になりたい気分だが――いちおう気をつけてゆっくり座ってから寝台へ倒れ込む。こういう動作にもマダム・ルディアがいたら「あら、だらしなく腰を下ろさないように」とか言うのかな、と思うと、思わず口元が苦笑でゆがんだ。


 エミーとローザが同室の簡素なベッドへ移動し、「じゃあおやすみー」と声をかける。私は「うん……おやすみ……」と返事をして、深く息をついた。思わず体が沈むように布団に沈み込み、疲れでまぶたが重くなっていく。


 (今日一日、振り返って……もういいや、考えるのも疲れた。いずれにせよ、マナーを覚えないと危ないし、当主として足元を見られないためにも必要。男だった前世の感覚があるからって、いつまでも逃げられないな……)


 そんな雑念を抱きつつ、ゆっくり目を閉じる。ドレス姿でお辞儀を繰り返した記憶が頭の中でリフレインし、腰や背中のこわばりがぎゅうっと思い出されるが、それも疲れを物語るだけ。やがて心地よい眠気が襲ってきて、私はすとん、と闇の中へ落ちた。


 ――こうして、初対面と同時に始まったマダム・ルディアの“マナー講座”初日が幕を閉じる。ギクシャクだらけの私の動きに、容赦ない指摘を連発するスパルタ教師。けれど、“0からの教え甲斐がある”と言われたのは、ほんの少し嬉しさもあった。男である前世の記憶を抱えながら女の子の身体で当主を務める私にとって、“優雅な所作”をモノにできるかどうか――この先、暗殺リスクや政治的な駆け引きを乗り越える手段の一つになるかもしれない。


 大変だけど、やるしかない。いつか「ドレスよりも重たい指導」を軽々と乗りこなし、堂々と歩ける日が来るのだろうか。今はまだその境地が見えないが、少なくとも今日のレッスンで最初の一歩を踏み出したのは間違いない。恥ずかしくても、つらくても、これが当主としての成長の糧になるのだと自分に言い聞かせて――私は心ゆくまで眠りの世界へと落ちていく。


 部屋の灯りは落とされ、夜の静寂が支配する。廊下では警護の者が時折見回る足音を立て、暗殺の危険から当主を守ろうとしている。私の胸にはほんの少しの違和感と、明日への覚悟が混在していた。性別の戸惑いや結婚への嫌悪感は消えないが、今は目の前のマダム・ルディアの指導に耐えるのみ――そう決めた以上、もう逃げない。


 ――こうして、新たなステージへ足を踏み入れた“女の子の当主”の夜は、静かに更けていく。マナー講座はまだまだ続くが、いまは身体を休めるしかない。いつかこの苦労が実を結び、暗殺や政治の荒波を乗り越える力になることを信じつつ、私は深い眠りに身を沈めるのだった。


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