甘味男子と突発アクシデント!? 揺れる心はヒヤヒヤフワフワ
いつの間にか白い雲が薄く散って、優しい陽ざしがじわりと熱気を帯びはじめた。マルディネールの州都に広がる石畳の広場は、朝からずっと賑やかで、色とりどりの屋台が甘い香りをまき散らしている。私は、前回から続いてこの“甘味めぐり”というお祭りを存分に楽しむべく、いつもの女の子のドレスではなく“少年らしき格好”で行動中。思っていた以上に気軽に声をかけられるし、ドレスに比べれば身動きは遥かに楽で、もうテンション上がって、たまらない。
さらに今日は、偶然知り合った“少年たちのグループ”――わたしと同年代か、少し上くらいの子どもたち――と合流して、一緒に屋台を巡っている。これが意外なほど楽しく、いまでは彼らのペースに振り回されつつも、かなりの数の甘味を制覇してしまった。エミーとローザは私の付き添い役として少し離れた位置から見守ってくれているが、時間がたつにつれ、彼女たちも「ここまでたくさん買うのは初めて……」と呆れながらも笑っている。
「おい“リオン”(※私が今名乗っている仮名)! こっちに面白そうなカステラ屋があるって!」
私よりすこし背の高いリーダー格の少年――フューゴが声をかけてくる。少しだけ年上っぽいせいか、腕や肩がガッシリしていて、無邪気そうな笑みを浮かべているのが印象的だ。何かと私を引っ張ってくれる頼もしさがあるが、最近は彼に対してちょっと妙な意識も生まれていた。私自身は“女の子の身体”を持ちながらも、こうして“少年風の姿”で接しているため、ギャップを感じる瞬間があるのだ。
私は「うん、行く行く!」と返事をして、もう二人いる少年たち、オルソとディノ――こちらはフューゴより、私と年が近そうな少年たち――と一緒に石畳を駆け出す。片手にはさっき買ったパイ、もう片手には別の屋台で買った冷たいフルーツドリンクをしっかり握っていて、どちらもこぼさないよう必死だが、まだ味わいきれていないスイーツがいくらでもありそうで、ワクワクが止まらない。
「リオン、マジ甘い物好きだよなー。ほんと、ちょっと意外っていうか、男らしくないって言われそうだけど、まあ俺たちも負けてないけどさ!」
近くを歩くオルソが私を肘でつつきながら茶化す。私は心のなかで(そりゃあ本当は“女の子”なんですけど……しかも前世から甘い物は好きだし……)と苦笑いしつつ、「い、いや、好きなものは好きでいいでしょ!」と勢いで返す。その言葉に少年グループ全員が「だよな!」と声を合わせて笑い、なんだか男同士の連帯感みたいなものが湧き上がっている。これが自然に体感できるのは、正直、少しうれしい。ドレス姿だったら、こんなくだらないやりとりもできないだろうし。
そんなことを考えながら、私たちが新しいカステラ屋台へ辿り着くと、そこにはふんわりした黄色い生地が山積みになっていて、甘い香りが漂ってきた。魔法を使って発酵や焼き加減を調整するらしく、これまで食べたどのカステラとも違う、溶けるような柔らかさを売りにしているらしい。試食コーナーを覗いてみると、生地が震えるほどのふわふわ具合で、少年たちも「すげぇ……ぬいぐるみみたい……」と感嘆している。
さっそく購入しようという流れになって、それぞれが自分の好みの味を選ぶ。私はミルク味ベースの甘みが強いものを選んだが、口に入れた瞬間「え、なにこれ……!」と驚くほど軽い舌ざわりに、即座に感動が込み上がる。
「うわ……ほんと溶ける……。これ、飲み物なのかな……」
思わずそんなセリフが出るほど。少年たちも口々に「まじでヤバイな、これ……」「ほっぺ落ちる……」なんて言いあっていて、私も思わず笑顔がこぼれる。こういう感覚、前世の縁日でも経験したかったな、と少しだけ懐かしさがこみ上げるのが不思議だ。
とはいえ、ここまで来ると、さすがに私の両手はいっぱいだ。パイやドリンクに加え、新しく買ったカステラの袋まで抱え込んでいるから、バランスを取るのも一苦労。エミーやローザに少し持ってもらってはいるのだが、二人ともそれぞれ買った商品で手がふさがっているため、私が抱えている分は私が持つしかない。
(うわ、次こそは袋を用意すべきだった……)
そんな後悔をしながら歩いていたとき、それは起こった。広場の端にある小さな段差を見落としてしまい、私はぐらりと前のめりに足がもつれたのだ。
「うわ、やばっ……!」
両手がふさがっているせいで受け身が取れず、菓子もドリンクも放り投げてしまいそうな予感がビシビシと脳裏を駆け抜ける。下手すれば自分も石畳に突っ込むかもしれない。暗殺云々ではなく、こんなしょうもない失態で怪我をしたくないし、せっかくの菓子を無駄にするのも悔しすぎる……。
「おいおい、リオン! 危ねえって!」
フューゴの声が響いた瞬間、私の肩ががっしりと掴まれた。次の刹那、ぐいっと強い力で引き戻され、私の身体は勢いをそがれるようにピタリと止まる。
「あ、あ……あぶな……」
息を呑む私の目線の先には、リーダー格の少年――フューゴの腕が伸びて、私の肩をしっかりと抱えるように支えていた。彼は少し身を屈めながら「荷物持ってるなら、ちゃんと足元見ろよ」と苦笑している。私は心臓がバクバクと鳴り響くのを感じつつ、「あ、ありがとう……」と息をつぎ足しながら呟いた。
間近で見るフューゴの体は、同じ“子ども”とはいえ結構がっしりしている。肩もしっかり横に広くて、少し背が伸びかけの少年らしい骨格というか……「この年齢にしては、こんなに大きいのかな……」とぼんやり思ってしまう。しかも彼の腕の力はけっこう強くて、一瞬で私を引き戻してくれた。それを認識した瞬間、変に胸がドキリとする。私も前世は男だった意識があるので、「男の子同士」でこんな場面は普通なら何も気にならない……はずなのに、いまは“女の子の身体”だからか、どこかでぎこちない感情が湧きあがってしまう。
「ご、ごめん、つまずいちゃって……」
私が焦り気味に言うと、フューゴは「気にすんなよ。両手に菓子なんか抱えりゃそうなるわ」と笑う。その言葉に若干ほっとしながらも、私はもう一度「ありがとう、助かった……」とお礼を重ねて、彼の腕から体を離した。すると彼は一瞬だけ私の姿をじっと見つめ、「お前さ、少し華奢だな、ちゃんと食った方が……」と口を開きかけたが、「いや、気のせいかも」とすぐ言葉を切った。
(や、やばい。なにか気づかれた? 私が実は“女の子”だって……?)
一瞬ドキリとするが、フューゴは「とにかく怪我なくてよかった。菓子もこぼしてないし」と視線をそらしてくれる。どうやら違和感を覚えたものの、その正体までは分からないらしい。私は胸をなで下ろしつつ、「ほんと、ありがと……」とつぶやいた。その場面を、エミーとローザが遠巻きに見ていたみたいで、後で「リア、顔赤かったよ?」と茶化されるだろうか……なんとも気まずいようなくすぐったいような感情がこみあげる。
こうして転倒の危機は回避されたし、お菓子も無事だ。その後は気を取り直して、さらに残りの屋台をいくつか回る。パンやドリンクで手がふさがっている状態もあって、私はもう大きな買い物は控えめにした。少年たちも「俺らもそろそろきつい……」と口を揃えて言いだし、気づけば時間はすでに昼を過ぎていた。
「……なあ、リオン、俺たちもう腹パンパンだし、今日はここでお開きってことにしようぜ。まだあちこち見たいけど、体がもたねえ」
フューゴが苦笑いして言い出すと、オルソとディノも「だよなー。俺もう甘い匂いで気持ち悪くなる寸前」などと頭をかき回している。確かにお祭りの甘い香りに包まれ続ければ、幸せと地獄は紙一重だ。私も相当キツいが、頑張って笑顔をつくる。
「うん、わたしももう十分すぎるくらい食べたし、帰ろうと思ってたところだよ。今日はほんと、ありがとう。一緒にまわって楽しかった!」
少年たちが「お前のほうこそ、付き合ってくれてありがとな」「甘味男子仲間だな!」と手を振ってくるから、私も満面の笑みで応える。フューゴは「またどこかで会おうぜ、リオン」とひとなつこい笑顔を残してくれて、ちょっと胸にチクンとくるのが自分でも不思議だ。私が「うん!」と力強く頷くと、彼らはそれぞれの方向へと人混みに消えていった。
「いやあ、いい仲間ができたじゃない。男の子仲間?」
そのやりとりを見ていたローザがニヤニヤしながら私の隣にやってきて、軽く肩を叩いてくる。エミーも「リア、じゃなくてリオン? 新しい友達できてよかったじゃない」と、これまたおちゃめな笑み。私はちょっと照れながら「あ、あまりからかわないで……でも、ほんと楽しかったよ」と小さな声で呟いた。正直、この祭りをここまで満喫できるとは予想してなかった。まさか地元の少年たちに“仲間”扱いされるなんて……。女の子としては味わえない不思議な友情に浸れた気がする。
さて、一息ついたところで、そろそろ帰ろうという話になる。私も荷物は大量だし、お腹は苦しいし、これ以上歩いたら倒れそうなほど疲れている。なので、今こそ引き上げ時――というわけだ。
「よし……じゃあ屋敷に戻ろうか。護衛の人たちにも早めに声をかけて……」
私はエミーとローザにアイコンタクトしながら、少し人混みの少ない道へ向かう。中央広場から外れたあたりは、露店もまばらで比較的歩きやすい。石畳の道をゆっくり進めば、裏門方面へ繋がるので、護衛たちもそちらで馬車や警備をスタンバイしてくれているはずだ。実際、私がちらりと後方を見ると、警護役らしい人物が数名距離を保ちながらついてきているのが分かる。万が一、暗殺の危険があればすぐに対処するだろう。
ところが、ふと視界の端に怪しげな人影が映る。最初は「あれ、暗殺者!?」と身構えそうになるが、どうも様子がおかしい。その人物は黒い布を頭に巻いていて、フードを深くかぶっているわけではなく、何とも言えない薄汚れた服装で、あちこちキョロキョロしては人込みを探っているように見えるのだ。
「ねえ、エミー、ローザ……あそこにいるあの人、なんか挙動不審じゃない?」
小声で伝えると、二人も「あ、本当だ……。でも暗殺者にしてはあからさまじゃない?」と首を傾げる。たしかに、暗殺者ならもっとプロっぽい動きをするかもしれない。慣れていない“素人感”が漂うその姿に、何か別の意図を感じるのは自然だろう。
(まさかとは思うけど……これって前世の“スリ”に似てる動きじゃない? お祭りとか人混みの多いところで、キョロキョロと物陰に隠れながら獲物を物色する……)
私の頭に、前世の記憶がひょっこり顔を出す。日本で仕事で聞いた“スリのやり口”――祭りやイベント会場で人の財布やバッグを狙う犯行――を思い出し、その挙動に妙に既視感があると気づいたのだ。
「もしかして、あの人は暗殺者じゃなくて、“スリ”をしようとしてるんじゃないかな。ほら、あの視線、周囲の客の鞄ばかり見てる気がする……」
私が小声で言うと、エミーが「スリ……?」と驚いた顔をする。ローザは「でも、そういう気づきをするなんて、リア(リオン)らしい……。」と言いかけて慌てて言葉を切った。
ともあれ、私の勘が当たっているかもしれない。ここは一応護衛に伝えたほうがいいと思い、「エミー、ローザ、ちょっと護衛の人に知らせてくれる? あの黒い布の男が、なんかスリっぽい動きをしてるかもしれないって。警戒して見張ってもらおう」と提案する。二人は「わかった!」とすぐに頷き、小走りで護衛の一人へと向かっていく。その間、私はその男を遠目に見失わないよう、建物の陰に隠れつつ静かに観察を続けた。
男は、露店が並ぶエリアの端にある出店――ちょっと大きめの布鞄を携えた客が集まる場所――に近づき、キョロキョロと視線を動かしている。私に気づいていないようだけれど、油断はできない。暗殺者ではないにしても、スリはスリで周囲に被害を与える。せっかくの祭りなのに、そんな犯罪を許してしまっては、当主としても心情的に黙っていられない。
(ああ、でも私にできることなんて限られてる。正体を明かさずに護衛へ連絡するくらいしか……)
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