魔法と慣習が支配する国、でも前世の記憶が騒いでます!
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朝の光が柔らかく差し込むころ、私はいつものようにベッドで目を開けた。
「リア、おはよう。もう目が覚めたのね?」
エミーが振り返り、穏やかな笑みを浮かべてくれる。彼女は私の身の回りを長く世話してくれる侍女で、茶色い髪をシンプルにまとめ、表情も優しい。ローザは少し活発なタイプで、私が起きると同時に「あら、寝癖ついてない?」などと声をかけてくる。
彼女たちが同室だと、前世の感覚なら「プライバシーはどうした?」と思うが、もう慣れたものだ。夜に一人では心細いし、彼女たちも「ここが一番安全よ」と言ってくれるから、ありがたく受け入れている。
伯爵家当主候補の私と、使用人である彼女たちが同じ部屋で寝起きするなんて、ちょっと不思議な光景だと思う人もいるかもしれない。でも、毒事件以来ずっと私の身を守るため、彼女たちがここに居てくれるのが当たり前になってしまった。夜中に何かあってもすぐ動けるし、実際、こうした体制が暗殺リスクを下げてくれているらしい。おかげで私も安心して眠れるわけだ。
「うん……おはよう。あんまりよく寝つけなかったけど、そろそろ起きないとね」
私は伸びをしながら、窓の外をちらりと見る。少し曇っているようだが、朝の冷たい空気がほのかに気持ちいい。今日も日課の勉強や領地の雑務があるし、のんびりしていられない。何より最近は“法制度”についての勉強が増えたせいか、頭の中がいろいろ忙しいのだ。
エミーとローザがベッドを整え終わると、私は寝間着を脱いで簡単に身繕いする。女の子の体に慣れてきたとはいえ、前世が男だからか、まだドキッとする瞬間はある。でも、二人はいつものように淡々と手伝ってくれる。普段なら「自分でできるから」と主張する私も、毒事件以来の警戒体制が当たり前になり、この形が最適と諦めた部分がある。彼女たちも私を子ども扱いしているというか、当主を何としてでも守ろうと必死だ。
「今日はベアトリーチェ様が、また法制度を説明するって言ってたわね? リアこそ興味あるんじゃない?」
ローザが服を準備しながら顔を向ける。私は「まあ、興味あるけど、なんか複雑……」と苦笑する。最近学んだ情報によれば、この世界の法体系は成文法は少しあるだけで、あとは慣習に頼っているらしい。しかも手続法といえるものが存在しない、なんて信じられない話だ。私の前世の知識では、“訴訟手続”が無ければトラブル解決が恣意的になり、誤判・冤罪が起きやすいのでは、と気が気じゃない。でも、周囲は特に疑問を抱いていないようだから不思議だ。
「とにかく、まずは朝食だね」
私は気を引き締め、簡単なワンピースを身につける。フリフリのドレスではないが、袖口や裾に可愛らしい飾りがついていて、女の子らしいデザイン。一応ラクな部類だけど、前世の男目線だと落ち着かない。でも、周りに言っても理解されないので、「まあ仕方ないか」と半ば開き直っている。
私と二人の侍女は一緒に廊下を歩き、ダイニングへと向かう。扉を開けると、すでにパンとスープ、それにハーブティーと果物が用意されていた。ボリスやベアトリーチェは別の部屋で朝の仕事をしているらしく、この時間は私とエミーとローザ、数名の使用人がいるだけ。私が席につくと、すぐにスープを注いでくれる。
「いただきます……」
パンをちぎりながらハーブティーをすする。ほっと一息ついて、昨夜考えていた“法制度”のことを頭の中で整理する。成文法は基本法(爵位の継承や領地の譲渡などが書かれたもの)と刑法が少しだけ。民事や商事に関する法律、さらには訴訟手続などほぼ未整備。にもかかわらず社会が成り立っているのは、魔法と封建制度が力関係を保っているから……とベアトリーチェの話しを総合するとそう理解できる。ただ、私からすれば、いつか破綻するんじゃないかと不安だが。
エミーとローザは「リア、難しい顔してるわね?」と笑っている。私は「まあね」と曖昧に笑い返す。彼女たちにとって当たり前の世界なのだ。変に改革を唱えても“女の子当主が何言ってるの?”となりかねない。何も言わず勉強を進めるのが賢いのかもしれない。
朝食を終えたあと、いつもの書斎に入ると、ベアトリーチェが待っている。彼女は侍女長でありながら私の家庭教師も兼ねていて、落ち着いた物腰と博識さで頼りになる存在。机の上には古びた書物が積まれ、その表紙には「王国成文法抄録」などと書かれたタイトルが並ぶ。一見するとちゃんとした法律のように見えるが、実際はざっくりと統治と刑罰を記しただけのもの。
「おはようございます、リアンナ様。きょうも法制度の続きを見ていきましょう。前回お伝えしたように、この国では、文章で定められた法律はごく一部。ほとんどは慣習法がメインで、時々の取引慣行であるとか、風習に従って進歩してきました。そこを爵位や領地の話、そして刑罰を大まかに定めた基本法が補完する形です」
ベアトリーチェがローブの襟もとを整えながらそう言うと、私は「はい。刑法については、人の処罰に関するものなので、それなりに文字にしてあるんですよね」とノートを開きながら答える。私がこの世界に来て抱える違和感が、どんどん明確になっている。
「そうなんです。基本的に、領主や官吏の裁量が大きいのです。もし何か犯罪やトラブルが起きたら、慣習に従って話し合い、最終的には領主が裁定を下す。現場を担当する貴族が独断で決めるという状況も、珍しくありません」
彼女が淡々と語ると、私は内心で“やっぱりか”とため息をつく。手続が未整備なせいで、争いが恣意的に処理されてもおかしくない。暗殺だって裏取引でうやむやにされる可能性だってあるだろう。そりゃ革命の火種が潜んでいても不思議じゃない。
「それで皆は納得してるんですか? 不当な判決とか、冤罪とか……そういう問題が起こらないわけがないと思うんですが」
思わず率直に聞いてしまう。ベアトリーチェは微苦笑しながら「もちろんトラブルはあるでしょう。でも魔法や軍事力を持つ上級貴族がにらみを利かせているので、大混乱にはならないのですよ。各地の慣習が歴史的に根付いているので、みんな『そういうもの』として受け入れているわけですね」と答える。
私はペンを走らせつつ、「これで本当にいいのか……」と頭の片隅でつぶやく。もし私が前世の法律知識を活かすなら、透明性のある制度を作ったり、訴訟の手順を整えたりする方が社会的コストを下げられると思う。けれど、この世界は魔法や封建的秩序が“当たり前”。周りに言っても理解されず、逆に「余計なことを言う」と煙たがられるかもしれない。暗殺の危険だって再燃する可能性もある。
ベアトリーチェの講義はさらに続き、爵位の継承や領地の譲渡ルールが成文化されている一方、実際には“家同士の合意”や“慣習的な婚姻”で解決してしまう場合が多いなど、驚くほど柔軟で混沌とした現状が説明される。私は目を白黒させながらメモを取り、あっという間に午前中が過ぎた。
「お疲れさまでした、リアンナ様。今日はこの辺りにしましょうか。午後は別の雑務がありますし……」
ベアトリーチェが本を片づけ始める。私はすでに頭が飽和状態で、「ありがとうございました。もう少しこの本、貸してもらっていいですか? 後で読み返したいので」と尋ねる。彼女は「もちろんです。慣習が主流とはいえ、基本法を知っていると当主として役立ちますから、じっくり読んでみてください」と笑みを返す。
昼食後、私は気分転換に庭を散歩することにした。いつものようにエミーとローザがついてくるが、特に強く警戒している様子はない。ここ数年で暗殺未遂も収まり、平和が続いているのが現状だ。私がドレス姿ならまだ動きにくいけど、今日は割とラフなワンピースなので、ちょっとしたジョギング程度は可能。もっとも、前世みたいにズボンで走れたら楽だなと思うが、当主の女の子がそんな格好ばかりしていると周囲にいろいろ言われるだろうし、そもそも私自身がそこまで強く主張する気力もない。
庭の花壇をぐるっと回りながら、「本当に、何で皆こんな法制度に疑問を持たないんだろう……」と内心ぼやく。慣習でどうにかなってるならそれでもいいのかもしれないけど、私の前世基準では摩訶不思議だ。争いが起きれば、領主の采配ひとつで命運が決まり、魔法を悪用される可能性もゼロじゃない。暗殺だって、法的に追及する体制が弱ければ逃げ得になるかもしれない。今は平和だけど、いつ嵐が来るかわからない。
慣習法については、一応、「物の売買における代金支払時期の件」みたいな感じで、現行の慣習をまとめた書物はある。これが補完しているので、なんとかなっているのかもしれない。
夕方、部屋に戻ってからは本を読み返したり、ノートを整理したりしていた。部屋には私の大きなベッドのほかにエミーとローザ用の簡素な寝台が二台置かれていて、それでも狭く感じないのは、この部屋がとても広いからだ。本当に、領主なんだな、と改めて実感する。もう慣れっこだが。
少し疲れてきたタイミングでエミーとローザが「お風呂に入りましょうか?」と声をかけてくる。これはいつものことで、私が「そろそろ入りたいな」と言う前に察してくれるのが彼女たちの有能さだ。夜遅くに入ることもあるが、今日は早めに入って休もうと決めた。何しろ法制度の勉強で脳が疲弊している。
風呂場では、相変わらずエミーとローザが私の洗髪や身体の洗いを手伝ってくれる。前世男だった自分としては“ありえない光景”だが、今となっては日常の一部。最初は戸惑いまくっていた私も、「もう仕方ない」と意識を切り替えている。たまに恥ずかしさが蘇るが、彼女たちの自然な振る舞いに合わせていると、それほど苦痛ではなくなった。
「今日はあんまり嫌がりませんね? 何かいいことあった?」
ローザがクスクス笑いながら私の背中を流す。私は泡まみれになりながら、「ううん、法制度のことで頭いっぱいなだけ……」と正直に答える。エミーもシャンプーを手に「またその話? そんな難しいこと、普通の人は気にしないのよ」と軽く言う。確かに、そのとおりなのだろう。だが私にはどうしてもモヤモヤが残る。
「そっか、でも……もしこのまま放置したら、無駄なトラブルが多い気がするし……暗殺とか革命だって、いつ起きても不思議じゃないと思うんだけどな……」
私がぽつりと漏らすと、二人は「まあ、領主や王族がちゃんと抑えてくれるでしょ?」と楽観的。やはり価値観の違いを感じる。私のほうこそ、そんなに簡単に信用していいのかと心配になるが、彼女たちに強く言っても変に思われるだけかもしれない。
シャワーのようなお湯で身体を流し終え、湯船で温まると、緊張が少しほぐれてきた。こうして人に洗われるのも、前世では考えられない不思議な体験だが、今はこれが私の日常なのだ。性別の違和感を抱えながらも、日々を無難にこなすことで、私は当主の学びを進めている。法制度に関しては、一歩ずつ調べていくしかない。いつか現場を見て回ろう――そう決意を新たに湯から上がる。
夜になり、私とエミー、ローザは同じ部屋に戻る。それぞれのベッドを用意し、少し雑談してから就寝の流れ。暖かな灯りが部屋の隅を照らし、疲れた私のまぶたが重くなりかける。でも、頭の片隅にはまだ法制度の問題が渦巻いていた。わずかな成文法と慣習、それだけで本当に大丈夫なのか。冤罪や不公正な処罰をどう回避しているのか。秩序維持のためにすることは、魔法や軍事力で抑えているだけ。それじゃ危ない気がする……。
「……まあ、きょうはもう寝よう。焦ってもしょうがないし……」
私はベッドに潜り込み、小さく息を吐く。エミーとローザは各自の簡素な寝台に入り、「おやすみ、リア」と声をかけてくれる。私も「おやすみ」とささやき、目を閉じる。同じ部屋で一緒に寝起きしているのが当たり前になっているこの生活は、前世なら想像もしなかった。でも、今では彼女たちがそばにいる安心感に助けられている。
暗い天井を見上げながら、私は内心でつぶやく。「もしもっと整備された法律があれば、無駄なトラブルを減らせるんじゃないか」「無駄なトラブルというのは、社会のリソースを浪費するものだ。そのリソースは、もっと有意義なことに使うべきだ。」「当主として何とかできないものか」――でも、そう簡単にいかないのも承知だ。慣習が大部分をつつがなく回してきた歴史があり、力ある者が支配する封建的魔法社会なら、よほどのきっかけがなければ法改革なんて受け入れられないだろう。
(でも、私は前世で法律をかじっていたからこそ思うんだよね。見過ごせない問題があるって……いつか大きな事件が起きたら、この曖昧なシステムが崩壊するかもしれない。それを防ぐために、私が何をできるか探りたい……)
そんな覚悟を自分に言い聞かせつつ、まぶたが自然に閉じていく。部屋はすでに明かりを落として静まりかえり、廊下の巡回する護衛の足音が遠くに聞こえるだけ。エミーとローザの寝息が聞こえてくるのを感じながら、私は再び思う。女の子としての生活に慣れつつあっても、前世の男という意識は薄れない。そして法制度の未整備に対する違和感は一層強くなっていく。だけど、どう行動するかは慎重に考えなければ――ただでさえ、ラグレン家の暗殺の脅威があるのに、身内に敵を作ることは避けたい。
そっと呼吸を整えていると、いつの間にか意識が遠のいていく。日中の勉強や思考疲れもあるし、風呂でリラックスしたこともあって、寝落ちは早い。最後に脳裏をよぎるのは、“本当にこの世界は、こんな仕組みで回るのか?”という疑問。革命や内乱の影が迫っているのでは? そんな仮説に胸がざわつきながらも、いまは眠るしかない。
こうして、私の一日は幕を下ろす。法制度への関心を深めた結果、生まれるのは数々の疑問。しかし周囲はそれを当然だと受け止め、誰も深刻に考えない。女の子の身体、封建と魔法が当たり前の社会、暗殺リスクが残る日常――それでも私は前世の知識を活かして、当主としてベストを尽くしてみせる。いつか“もっと公平な仕組み”を築けたら、と小さく思いを馳せながら、侍女二人との同室で静かにまどろむのであった。
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