ドレスで息切れしても、海と大地の恵みで口福満たす異世界晩餐
ボリスが「それでは、乾杯!」と音頭を取る。使用人たちは軽い酒やジュースを持ち、私や若い子たちはジュースなどに切り替えているのがわかる。ボリス本人は白ワインだろうか、すごい勢いで飲みそうな予感。私は「いいなあ」と思いつつも、まだ10歳だから我慢。姉妹のようなエミーとローザも控えめにグラスを持ち、「おめでとう、リア」と目を合わせて微笑む。
それからはテーブルに並んだご馳走タイムが始まり、ふわりと甘い香りと、香辛料のスパイシーな香りが同時に鼻をくすぐってくる。まさに“お誕生日パーティー”らしく、いつもの屋敷の食事よりもはるかに豪勢だ。まず目に飛び込んできたのは、大皿に盛りつけられた鮮やかな果実たち。オレンジや赤、紫に緑など、まるで宝石箱をひっくり返したような色合いが並んでいる。いずれも領地で採れた果物だが、その中には前世で見たことがあるような形のものから、この世界独特の球体が幾重にも連なった“ポムル”という実まで様々だ。皮をむくと虹色に輝く果汁がほとばしり、一口かじると甘酸っぱい香りが舌に広がる。
「わあ……“ポムル”って、こんなに色鮮やかなんだ……」
私は思わず興奮気味にそう呟く。本で読んだけれども、実を肉眼で見るのは、はじめてだ。
エミーが「そうよ、前回はジュースにして出したけど、今回は熟したまま持ってきたの。中のゼリー状の部分が爽やかな酸味で美味しいのよ」と解説する。ふわふわした果肉を少しスプーンですくい口に含むと、やわらかい舌触りが口中を満たし、後からジワッと果汁が広がった。そんなフルーツだけでも十分テンションが上がるのに、テーブルにはさらに強いインパクトを放つ“海のもの”まで用意されていた。
魔法の冷却技術で鮮度を保つため、遠方の海から運ばれてきたという大きな貝――「リフィナ貝」と呼ばれるらしい――は、殻の外側がやや透明で、波打った縁から淡い青光がにじむ。まるでガラス細工のような不思議な見た目に、私は「あれ、本当に貝なの?」と驚きの声をあげる。エミーとローザが笑いながら、「そう、リフィナ貝は魔力を帯びた海底でしか育たないから珍しいの。けど味は絶品なのよ」と胸を張る。
「すごいね、こんな海の生き物があるなんて……。貝……か、これ?」
「見た目怖いかもしれないけど、美味しいわよ。ほら、ちょっと一口いかが?」
ローザが丁寧に蒸し上げられたリフィナ貝の身をスプーンですくい出し、私の目の前に差し出した。コルセットでウエストを締め上げられているせいか、呼吸が苦しくて食べるのも一苦労だが、せっかくの珍味なので頑張って口に運ぶ。すると、異世界っぽい素材で奇妙な見た目だというのに、その味は生臭さがまるでなく、むしろ淡い甘味と磯の風味が絡み合う繊細な味わい。ツルンとした食感が印象的で、噛むとジュワッと旨味が広がる。
「おいしい……! なんだかホタテとも違うし、歯ごたえもほどよく柔らかい……。」
思わず表情がほころぶと、エミーが「でしょ? 高級食材で滅多に食べられないの。特にあなたの誕生日だから用意したんだって、厨房が張り切ってたわよ」と微笑む。
その隣には、緑色の斑点があるエビのような甲殻類が山盛りの皿に載せられている。これも海から運ばれてきた「クリュアン」というエビの一種だそうだ。色合いがかなり派手で、一見毒々しく見えるが、殻をむくと淡いピンクの身が現れ、そのまま軽く焼いてあるので、ほのかに香ばしい。レモンに似た柑橘系の果汁を少し垂らして口に入れると、ぷりっと弾ける食感と甘い旨味で思わず笑みが漏れる。
「こ、これも美味しい……海老みたいだけど、甘さが強いね。レモンっぽい果汁も合う……。」
「この“クリュアン”は魔法の浄化処理をしてあるから、生臭くないのよ。しかも肉厚でしょ?」とローザ。確かに一匹が大きめで食べ応えがあるが、コルセットのせいであまりたくさんは食べられないのが悔しい。
さらに、赤紫のトゲトゲが生えた“イバリア魚”とかいうものまで登場し、湯引きして柔らかくした身が上品な銀皿に盛られている。一見フグに似ているようだが皮がトゲだらけで、調理するのが難しいらしい。でも歯ごたえがコリコリしていて、ほのかに甘みがある。その異様な外見とのギャップに私は驚き、「こ、こんなのどうやってさばくんだろ……」と感心しきりだ。
もちろん海産物だけでなく、陸の食材も豊富に揃っている。特に目を引くのは、領地名産の“チラーナ茸”を使ったシチュー。平べったい円盤状のキノコで、内側にはマーブル模様があり、加熱するととろけるように柔らかくなる。シチューの中でキノコの旨味が溶け出し、クリーミーな味わいと相まって絶品なのだとか。口に含むと、独特の香りと甘味が舌に広がり、コルセットを締めている身体でも思わず「もう一口……」と求めてしまうほど。
さらに果物のピューレを使った甘いソースがかかったグリル肉もテーブルを彩っている。ヒツジによく似た“カスラス”という獣のロース部分を香草でマリネし、外はカリッと、中はジューシーに焼き上げてある。その上から甘酸っぱい果物ソースをかけることで、肉の旨味が引き立つのだそうだ。エミーがフォークで少し切り分けてくれた一切れを口に運ぶと、香ばしさと果物の爽やかさが口の中で絡み合い、「あ、これもクセになる……」とじんわり幸せを感じる。
「肉にも果物のソースをかけるんだ……意外と合うんだね。」
「うん、魔法で果物を加工して酸味を強めたり、香りを引き出したりしてるから。甘ったるくなくて食べやすいでしょ?」
ローザが自慢げに言う。確かに前世の感覚でも“フルーツソースと肉”の組み合わせはあったが、ここまで鮮やかな色合いと複雑な風味になるのは魔法由来の工程が関係しているらしい。
そんな料理の数々を目の前にすると、コルセットの苦しさを忘れてつい箸――いや、フォークが進んでしまう。魚介やキノコ、肉料理だけでなく、野菜を使ったサラダも異彩を放っていた。緑色に見えるが、角度によって青紫に光る不思議な葉っぱが混ざっており、噛むとシャキシャキした歯触りとわずかなスパイシー感が楽しめる。これも「魔法で加工した土壌で育った野菜」なのだとか。
「これならいくらでも食べたいけど……コルセットの圧が限界……はあ……」
私は苦笑しながらスカートのボリュームをもてあまし、隣のエミーに視線を送る。エミーも「今日は大変だろうけど……もうちょっと頑張ろ?」と肩をすくめて笑う。思わず小さくため息が出るが、まわりを見ればみんなが楽しそうに食事をしているし、珍しい食材を堪能できる幸せを噛みしめるのも大事だ。なんたって10歳の記念日なのだし。
「……まあ、いいか。こんなのめったに食べられないしね。」
そう自分に言い聞かせて、私はさらにフォークを伸ばす。異世界の色鮮やかな料理たちは次々と私の前に姿を現し、味覚も視覚も楽しませてくれる。苦しいドレスも、せめて今夜だけは我慢しようと思えるほど、美味しさと興奮がある。こうしてコルセットに阻まれながらも、ゆっくりと時間をかけてひとつひとつを口に運び、満足感を味わうのだった。
(おお……これ、白ワインとか日本酒が合いそうなのに……。あ、でも私は10歳か……前世的には成人なのに、今は子ども扱いか……我慢我慢。)
ちらりと見ると、ボリスが雄大な勢いでグラスを傾けている。「やっぱり大人はお酒OKなんだよね……うう、うらやましい……」と内心思いながら、私はハーブティーをすすって我慢する。隣のベアトリーチェも多少ワインを楽しんでいるようだが、上品に飲んでいるのが対照的だ。
一方、ドレス姿の私は……といえば、やはり動きにくい。スカートのボリュームが邪魔をするし、腰周りが締め付けられているせいであまり食べる量を増やせない。パニエをはいた状態で椅子に座るのは慣れないし、フォークを口に運ぶたびスカートのレースが邪魔をするし……ああ、程度は色々でも、こんな苦労を女性はしていたのかと、改めて前世を思い出して唸りたいくらいだ。美味しい料理を心ゆくまで味わいたいが、胃が圧迫されているせいで限界が早い。
そのまま少し食を続け、いろんな人から声をかけられながら、パーティーは和やかに進行。10歳の少女として皆に祝福されるのは、嫌じゃない……けど、やはり心にチクリとくるものがある。前世が男だった自分が、こうして華やかなドレスをまとい“かわいい”と称賛される現実。別に猛烈に嫌というわけではないが、少なからずそぐわない感じが拭えないのも事実だ。
(でも……まぁ、今はこういう場なんだし、我慢しよう。大人になって領地を支えるために、ここで仲間を得ることも大事だしね。)
そんな自分への言い聞かせを続けながら、会が進む。途中でベアトリーチェが「リアンナ様、よろしければこちらの料理も召し上がって?」と勧めてくるが、私は胃の圧迫感が限界になりかけて「い、いただきます……」とぎこちなく笑う。
やがてパーティーのクライマックスも落ち着き、ボリスもぐでんぐでんになる寸前でワインを手放してくれた。使用人たちが祝福の声をあげ、「お嬢様、おめでとうございます」「これからもよろしくお願いいたします」と頭を下げてくれる。私は「はい、いつもありがとうございます……」と控えめに返事を返す。内心、“伯爵家の“お嬢様””という立場の重さが改めてのしかかるが、「大人にならなきゃ」という決意が少し湧き上がるのも事実だ。
こうしてパーティーは円満に終了。私はドレス姿のまま部屋に戻り、「疲れた……」とベッドに腰を下ろす。エミーとローザが入ってきて「お疲れさま。今日は沢山人と話したし、コルセットもキツかったでしょ」と笑みをこぼす。
「うん……もうお腹も胸も苦しかった……でも料理は美味しかったよ。特にあの貝……。」
私が正直に言うと、二人はクスクス笑いながら、「まあ10歳だし、もう少ししたらドレス姿にも慣れるかも」と肩をすくめる。私は「慣れたくないなあ……」と思いつつ、心の中だけでツッコミを入れる。
「でも、使用人たちがすごく喜んでくれてたでしょ? やっぱりあなたが女の子らしい恰好をすると、みんなが嬉しいんだと思うの。」
ローザが柔らかい声で言う。確かに、みんなの笑顔は嘘じゃなかった。クラリオン家の当主候補として期待してもらえているのはありがたいけど、そこに“女の子らしさ”の要素が強く乗っかるのは、私にとって少し複雑だ。エミーも「きっと、みんなあなたの成長を見守ってるのよ。10歳の節目だしね」とほほ笑む。
(うん、ありがたいよね……。でも、私は“男の子スタイル”のほうが動きやすいし、そっちが自然に感じる部分もまだあるんだよ……。)
けれど、ここで愚痴を言っても仕方がない。いまはみんなが善意で祝ってくれたことを嬉しく受け取りつつ、自分の違和感とはうまく付き合うしかないのだ。もしまた男装で外出する機会が来たら、そのときは思いきり走り回ろう――そんな心の支えを抱きながら、私はパニエやコルセットを外す作業に取りかかる。
「はあ……この重いスカート、どいて……ふう。もう汗びっしょり……。」
「ごめんごめん、今ほどいてあげるから。あんまり強く縛りすぎたかしら……?」
エミーが腰ひもを緩めてくれると、一気に身体が解放され、肩の力が抜ける。無意識に息を深く吸ってしまう。「はー、やっと呼吸できる……!」と心の声が漏れる。ローザは「まあ、これがドレスの宿命よ」と笑う。私が苦笑するしかない。
やがて全ての装飾や着物を脱ぎ捨てて、部屋着に着替え、ホッと一息。鏡を見ると、そこにはいつもの“女の子”の私が映っている。10歳になったばかりの小柄な身体、ちょっと肩と腕が細いけど、男の子スタイルのときとはまた違う印象だ。今夜のフリフリドレス姿が派手すぎたせいか、普通の部屋着は逆に落ち着く。
「ふう……誕生日パーティーって、こんなに疲れるんだ……。」
ベッドに座り込むと、エミーとローザが「お疲れさま」「でも良い思い出になったんじゃない?」と笑顔で労ってくれる。「一人前の当主になるって宣言も、きっとみんなが心強く思ったわよ」とローザが肩を叩く。私は「うん、そうかもしれないね」と頷きながら、内心で決意を新たにする――“女の子扱い”が増すのはしんどいけど、それ以上に“当主”として頑張りたい気持ちは本物だ。
(みんなのために立派な当主になりたい――それは嘘じゃない。でも、私はまだ“身体は女の子”であることに慣れきれない面もあるし……どうやって折り合いつけていけばいいんだろう。)
苦悩する思いが心をかすめるが、誕生日の夜くらいは暗い話は避けよう。エミーとローザが「ケーキならぬスイーツ的なものを用意してくれたから、後でこっそり食べようか?」と盛り上がっていて、私は思わず笑ってしまう。大食いは得意じゃないけれど、甘いものには心がホッとする効果があるから、ちょっと付き合ってみよう。
パーティーがすべて終わり、夜が更けていく。私はベッドに潜り込みながら、さっき部屋着のまま味わったスイーツの甘みを思い出す。今日の誕生日は、苦手なフリフリドレスやコルセットに悩まされながらも、最後はそれなりに楽しかった。使用人たちも温かく祝ってくれたし、ボリスやベアトリーチェの前で成長宣言をしたことも、今後のモチベーションになるだろう。
(女の子扱いはしんどいけど、支えてくれる人がいるのはありがたい。10歳は区切り……教育も難しくなるし、当主としての責任も増す。だけど私も、もう甘えてばかりはいられないか……。)
自分で自分に言い聞かせる。私には暗殺や領地問題、さらには将来の政治的危機も待ち受けている。前世で培った多少の法律知識や交渉術を活かして、なんとかこの世界でも生きていけるようにしないと。もちろん、体は10歳の女の子だし、周囲に守られている立場。だけど一人前の“当主”を目指すと誓った以上、できることは少しずつでもこなしたい――それが私自身の覚悟だ。
(やっぱり、みんなの助けがあればこそ、成長できるんだ。女の子だからって萎縮していたらもったいない。でも、男の子の格好で動き回る自由さも捨てがたいよな……。)
心のなかでそんな葛藤を抱え、ドレスとコルセットの圧迫感から解放された身体をベッドに横たえる。今日は“女の子の私”をしっかり周囲に示した日。明日からはまた“少年”に扮して外へ出る日があるかもしれない。それらを両立しながら、いずれ本格的な当主として振る舞う――考えただけで頭が混乱するが、もう一歩ずつ歩むしかない。
「みんなに祝ってもらったし、今日はこれで良し、だよね……ふふ。」
小さく笑みを漏らして、瞼を閉じる。思えば、久しぶりに周りから大きな声で「可愛い」「キレイ」と言われ続けた一日だった。悪い気はしないのが不思議だが、同時に少し恥ずかしい。前世の男のころなら絶対味わえなかった感覚だ。何とも言えない違和感はあるけれど、これも私にとって唯一無二の人生なのだと割り切らないと進めないだろう。
そんな思いが胸をよぎりながら、布団の温もりに身を沈めていく。私が10歳になった日の夜は、こうして穏やかに更けていく――コルセットの締めつけから解放された身体はどこか解放感を覚え、目を閉じれば、ご馳走の美味しさとみんなの笑顔が頭に浮かぶ。
(“伯爵家の女の子”として、そして“前世男の自分”の記憶を持つ私として。どちらも大事にしながら、ちゃんと一人前の当主になってみせる。……ちょっと変な道かもしれないけど、きっとやり遂げるんだから。)
そう自分に言い聞かせて、深い呼吸をする。10歳になった今、私に求められる責務はさらに増すだろう。勉強も政治も、もっと本格化するに違いない。だけど、周囲の温かさに感謝しつつ、自分の理想と違和感を胸に秘めながら、私はこの夜を越えて次の日へ進むのだ――“女の子扱い”も時には耐えてみせよう。やがていつか、真の意味で自由に領地を歩き回り、法律や魔法を駆使して人々を救う“当主”になれる日を夢みながら。
そんな決意に背中を押されるように、私は眠りへと落ちていく。
誕生日が終わっても、私の成長はここからが本番だ。10歳だからこそ見えてくる世界がある――苦手なフリフリだって時には着こなしてみせる。そして、同時に男装という自由も捨てない。両方を抱え込んだ私は、いつか大きく羽ばたけると信じて……。
コルセットの締め付けの余韻を感じながらも、疲れが心地よい眠気を連れてきた。そのまま薄暗い部屋でまどろみ、幸せと戸惑いの余韻を抱きながら、私は“10歳の初めての夜”を迎える――女の子の身体でありつつ、自分だけの道を探して。そんな思いが混じる日々は、きっとこれからも続いていく。
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