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手に入れたい“もうひとりの自分”──秘密の段取り、進行中②

 翌朝、私は枕元に置かれたノートを開き、薄暗いランプの光の下で昨日の復習をさらりと読み返していた。毒混入事件から回復しつつあるとはいえ、体力も集中力もまだ万全ではない。普通ならもう少し休んでもいいはずだが、私は8歳になって気持ちが焦っている。王国の仕組みや、封建制の成り立ちを学ぶにつれ、“領主としての責務”を放置できない気持ちが強くなってきたからだ。


 (実際、暗殺未遂はいつまた狙われるか分からない。私がこのまま「子どもだから何もできません」じゃ、守られるだけで終わってしまう……。いや、それどころか、本当に殺されるのも時間の問題だろう。)


 考えれば考えるほど、前世で男として暮らしていたころの“自由”が恋しくなる。あのときは社会人として仕事し、買い物へ行き、好きな服を着ることもできた。ここでは“伯爵家のお嬢様”という立場と、“いつ襲われるか分からない状況”があいまって、外出は絶望的。しかも、女の子用の服に違和感を覚える自分としては、ドレス姿で暮らす窮屈さが一層つらい。


 (だけど、男の子に扮して外に出る……という考え方、やっぱりちょっと魅力的だよね。もし成功すれば、外をこっそり歩くぐらいなら……)


 そんな思いが頭をよぎるたび、思わず「まさかね」と首を振りたくなる。周りが許すはずがないし、そもそも変装なんて本当にうまくいくのか? 私の顔は少女っぽいし、声も高い。それでも、8歳の子どもなら男女の差が大きく出ないという話もある。工夫さえすれば、意外といけるかもしれない――そうやって希望を捨てきれずにいる。


 「リア、起きてる?」

 寝室の扉がそっとノックされ、ローザが顔をのぞかせる。穏やかな笑顔を浮かべながら、「そろそろ朝食の時間だから、準備手伝うね」と言ってくれた。私は「うん、ありがとう」とノートを閉じ、立ち上がろうとする。するとわずかに目まいがして、ベッドの端に手を突いてしまう。


 「大丈夫? 無理しちゃだめよ?」

 ローザが慌てて駆け寄ってくる。私は「平気……ちょっと立ちくらみ」と苦笑い。まだ毒の影響で体が弱っているのを実感させられるが、それでも数週間前とは比べ物にならないほど歩けるようになった。食事中に吐き気を催すこともほとんどなくなったし、医務室での検査でも“回復傾向”がはっきりしているそうだ。


 (それに、何より焦っても仕方ない。少しずつ体を元に戻して、外出許可を得られるようにしたいし……。ああ、でも男の子の服のこと、どうやって切り出そうかな……)


 そんな悩みを抱えながら、私はローザのサポートを受けて部屋着から昼用のドレスへ着替える。昨日と似たようなフリル満載のワンピースだが、色味は少しグリーンを取り入れて落ち着いている……とはいえ“女の子感”は隠せない。思わず鏡に映る自分に違和感を覚えるが、もう慣れたものだ。深く考えると精神的にしんどいから、無意識に目を背けている部分がある。



 朝食を終え、書簡整理を軽くすませると、今度は“リハビリ”として庭を散歩する時間がやってきた。あいにく、エミーは別の用事で席を外しており、今日はローザと二人で庭に出る。警備の兵士も配置されているが、この程度なら気にしなくてもいい……はずだ。


 庭の空気を吸いながら、塀越しに見える町の屋根をちらりと探す。すると、ローザが私の視線に気づき、困ったように微笑む。


 「外の町、気になるのよね? そりゃあ分かるけど……ごめんね、まだ自由には出られないんだ。毒の危険だけじゃなく、暗殺者も完全に消えたわけじゃないから」

 彼女の言葉に、私は「うん、わかってる」と小さく頷く。分かってはいるが納得しきれないのが本音だ。


 「でも、もうすぐ8歳になるんだし、ひょっとしたら外に行ける日もそう遠くないかもよ? ベアトリーチェ様やボリス様も、一生この屋敷に閉じ込める気はないでしょうから」

 ローザがほんの少し冗談めいた調子で言うが、私は心の中で「いつになるか分からないじゃない……」と呟く。屋敷の大人たちは、私が完全に体力を取り戻し、警備体制が確立されてからでないと外出は認めないだろう。特に毒混入事件の余波が冷めやらないいま、そんな許可が簡単に下りるはずもない。



 ひととおり庭を歩いて体力が削られたところで、私は石畳の端に腰を下ろす。ローザが用意してくれた水筒の水を一口飲むと、ほんのり冷たさが喉を通って心地いい。周囲の警備兵を気にしつつ、私は隣で座りこんでいるローザにぼそりと問いかける。


 「ねえ、ローザ……もし、私が外に出るとしたら、やっぱり護衛を大勢つけることになるよね?」

 「そうね。護衛は当然つけるでしょうし、女の子の身である以上、なおさら気をつけるわ。前の毒の件もあって、余計に慎重になると思う」

 ローザは悪気なく言うが、その一言が私の中で引っかかる。“女の子の身である以上”という言葉。それが私にとって“違和感”の源でもある。


 「その……もし、女の子のドレス姿をやめて、男の子みたいな服を着て歩いたら、怪しまれないかも、って思うんだけど……そんなの、やっぱり変かな?」

 思い切ってそれとなく探りを入れてみる。するとローザは目を瞬かせ、「え? 男の子の服……?」とやや驚いた顔をした。


 「いや、別に変ってわけじゃ……ただ、どうしたの、急に? 動きやすい格好をしたいってこと?」

 「そ、そう。うん、例えばズボンなら走り回りやすいし、ドレスだと転びそうで危ないでしょ? 毒事件のときも……。あと、もし外を歩くなら、女の子だと目立つけど、男の子に見えれば暗殺者も戸惑うかもっていうか……」

 私がしどろもどろに言い訳すると、ローザは苦笑いを浮かべる。どうやら“変なこと言いだしたな”ぐらいに思っているようだ。


 「うーん……その発想はなかったけど、まあ、外を隠れて歩くとかなら一理あるかもしれない。でも伯爵家の当主の女性が男の子の格好……ベアトリーチェ様やボリス様がどう思うか……」

 「そうだよね……やっぱりだめかな。そもそも私自身、まだ当主として貫録もないのに、変な噂を立てられたら……」

 言葉に詰まる。ローザも困ったように口をつぐんだ。結局は「当主としての威厳」や「貴族としての体面」がある以上、男装なんて珍妙なことは認められないだろう。世間体がどうのと騒ぎになるに決まっている。


 それでも、私は諦めきれない。身体が女の子であること、幼いこと――それがこの世界では、暗殺の危機にさらされながらも守られるだけの存在という扱いにつながってしまう。前世なら男として自由に街へ出られたのにな……そんな思考がまた頭をもたげる。



 部屋に戻り、昼下がりのティータイムまでに少し自習を進める。毒の後遺症で筆圧が弱いし、長時間座っていると腰が痛むが、王国の制度や封建制の仕組みを学ぶノートをめくりながら「いつか現地を見てまわるんだ」と意識を高めている。


 そこへ、侍女の一人が「すみません、ローザ様、エミー様、仕立屋のマルグリット様が面会に来ています」と知らせに来た。私は思わず反応してしまう。仕立屋マルグリット――服や布製品を仕立てる腕前が卓越した人で、クラリオン家に古くから出入りしているという。

 (男の服……頼むなら、もしかしてマルグリットさんしかいない……?)


 心がざわつく。実は私、かなり前から「この人になら相談できるかも」と目をつけていた。エミーやローザに言うのは難しいが、仕立屋が相手なら、新しい衣装として“ボーイッシュな服”をオーダーしてもそこまで変じゃない……かもしれない。


 「リア? どうしたの、急にそわそわして……」

 不思議そうに目を向けるローザ。私は咳払いして「い、いや、ちょっとマルグリットさんに私の体のサイズを測ってほしいっていうか……服を新調したいなって……思って……」と、苦し紛れに言葉を捻り出した。


 「服の新調? そうね、毒事件で着てたドレスも汚れて廃棄したし、成長も早いから作り直しは必要だけど……。でも今のタイミングで?」

 ローザが小首をかしげる。確かに妙なタイミングかもしれないが、仕立屋のマルグリットが屋敷に来る機会なんて滅多にない。このチャンスを逃したくない。


 「と、とにかく、せっかくだし私も会ってみたい。身体のサイズも変わってるし……ね?」

 ローザは「ふうん……」と納得しかねる表情だが、とくに反対もせず「じゃあ一緒に行きましょうか」と言ってくれた。危険な相手でもないし、毒物を仕立屋が持ち込む可能性も低いだろうということで、すんなり受け入れられる。



 しばらくして、私は来客用の応接室に通される。そこには数名の仕立屋スタッフがいて、その中心に落ち着いた雰囲気の女性がいた。長い灰色の髪をすっきりまとめ、品のあるエプロンを身につけている。これがマルグリット――クラリオン家御用達の仕立屋だ。


 「リアンナ様、お久しぶりでございます。お体の具合、いかがですか? 大変な目に遭われたとか……」

 マルグリットは柔らかい声で心配を口にする。私は「うん……なんとか大丈夫、もう普通に歩けるぐらいには回復したんです」と微笑む。すると彼女は穏やかに頷き、「それは何より。私も心配でしたわ。かわいいお嬢様が、そんな大変な目に……」と声を落とす。その表情に嘘はない。やはり信頼できそうな人だ。


 ローザが「で、リアが新しい服を……」と説明を始める。さっそくマルグリットが私の身体を見つつ「ええ、成長期ですものね。毒事件のあと、体型が少し変わったかもしれないし、きっちり計測しましょうか」と腕をまくる。周囲にはスタッフが控えていて、メジャーや布見本を持っている。


 私はドレスの裾をたくし上げるのにわずかな抵抗を感じつつ、立ち上がる。マルグリットがテキパキと寸法を測りながら、「この1年で背も伸びましたね。胸まわりや腰まわりはさほど変わりませんが、肩幅が少しだけ広がっているかも……」などと呟いていく。ローザは横で「やっぱり育ってるのね~」なんて微笑ましそうだ。


 問題はここからだ。私は測定を終えたあと、マルグリットを何とか説得して“男の子服”を作ってもらいたいのだが、ローザが同席していると話がややこしくなる可能性がある。とはいえ、ここでいきなり「ローザ、席を外して!」とは言えない。どうすれば……。


 「リアンナ様、ワンピースを数着新調するということでよろしいですか? それとも室内用のドレスを増やす感じ?」

 マルグリットが目を輝かせて提案してくる。私は軽く眉をひそめ、「うーん、普通のドレスだけじゃなくて……あの、動きやすい服も欲しいかな。たとえば……パンツスタイルというか……男の子が着るような……」と思い切って口にしてみる。


 「男の子用……?」

 マルグリットは驚きつつも、そこまで否定的ではない。これが職人の良いところかもしれない。むしろ変わった依頼に興味が湧いたようで、「なるほど、体操着というか、リハビリで使うのに動きやすいパンツが必要……というイメージでしょうか?」と質問してくる。


 「あ、そうそう、そんな感じ……。やっぱりドレスだと転びそうで危ないから、トレーニング用の服があると助かるな……なんて思って」

 私がそれとなく言い訳を並べると、マルグリットは納得した様子で頷く。ローザは横から「でも、女の子らしくないと言われるかも……」と不安げだが、マルグリットは「いいえ、健康管理やリハビリにはぴったりですわ。私も新しいデザインに挑戦できるかも」と前向きだ。


 (よし、ここまでは順調……。あとは“ほぼ男の子の服”みたいな形に仕立ててもらって……)


 そう思った矢先、マルグリットが言葉を続ける。「ただし、あくまでリハビリ用ということなら、丈は短めで、色も可愛らしいパステル調にしますか? 動きやすくしながらも、リアンナ様の女の子らしさを活かすように……」

 女の子らしさ……ここでそれを排除したらローザが怪しむかもしれないが、私はなんとか緩やかに“中性的”にしたい。


 「ええと……できれば、もう少しボーイッシュでもいいかも。私、ドレスが苦手で……あ、いえ、嫌いではないんですけど、ほら、動きやすさを優先したいし……」

 マルグリットは目を丸くしてから、「なるほど、リアンナ様、意外と活動的なのですね。では、もう少し男の子っぽいラインにしてみましょうか?」と微笑む。これぞまさに職人の柔軟さかもしれない。ローザは複雑そうだが、黙って聞いているだけだ。


 「パンツスタイルで動きやすく、そこまでおかしくならないように仕立てますわ」

 マルグリットが自信ありげに言う。ローザは苦笑交じりに「そう……じゃあお願いします……」としぶしぶOKを出す。私としては「よしっ!」とガッツポーズをしたい気分だが、顔には出さないように気をつける。



 こうして、私はまず「リハビリ用のパンツスタイル」という名目で、マルグリットに“ズボン+上着”のセットをオーダーできることになった。ローザが同席しているので、あまりにも男の子然としたデザインにはできないが、それでも裾や胸元にフリルをつけないようにお願いし、男の子が着てもおかしくない色をした布をメインに選んでもらった。

 (これが成功して実際に完成すれば、ちょっとずつバージョンアップしていけばいいかもしれない……。いつかは完全に少年風の服だって――!)


 マルグリットはサンプルの布を広げながら、「上品なグレーや深緑を基調にしてもいいかもしれませんね。軽く刺繍を入れれば、女の子らしさも少し残せますし、機能性を追求するならボタンや紐の位置も考えますね」と楽しげに説明してくれる。私もメモを取ったり口を挟んだりして、あれこれ具体的な要望を出す。こういう場面だけは、前世で鍛えた“アパレル知識”といったものが少し役に立つ。かといって全開にしすぎるとローザに怪しまれかねないから、ほどほどに。


 やがて、おおまかなデザインが決まり、マルグリットが採寸の最後の仕上げをしていく。私は試しに軽く動いてみて「これなら走りやすそう……」と想像に浸る。完全に少年服に近いわけではないが、ドレスよりは数段マシだろう。

 (この服が仕上がったら、エミーやローザがいないときに、こっそり鏡の前で“男の子風”にアレンジしてみようかな。髪も上手く隠せば……!)


 そんな小さな野望を抱く私には気づかず、ローザは「動きやすいならリハビリには良いかもねぇ……」と感心している。マルグリットは器用な手つきでメモを取りながら、「では約3週間後には仮縫いをお持ちしましょう。それまでに姿勢が変わるかもしれないから、また微調整する必要があるかもしれませんね」と言う。

 「仮縫い……わかりました。よろしくお願いします」

 私はわざと素っ気なく返事しつつ、心の中でガッツポーズを取る。これは第一歩だ。男装というより“リハビリウェア”と銘打っているけれど、じわじわと理想の男の子スタイルに寄せられるかもしれない。



 マルグリット一行が去ったあと、ローザがクスクスと笑いながら「あのパンツスタイル、リアは本当に着るの?」と揶揄する。私は「うん、着るよ。ドレスだと転んで大変だし、走れないし……」と言い訳。ローザは「そうだけど……あんまり無茶しないでね?」とそっと頭を撫でてくれる。悪気はないんだろうが、前世で男だった私からすると、ややこそばゆい。


 その日の夕方、エミーにも「あら、パンツスタイルを作るって聞いたわ。どうしたの、走り回りたいの?」と尋ねられ、私は「そ、そういうわけじゃ……でもリハビリには良いよね?」とごまかす。彼女は「確かに……体を慣らすには便利かも」と納得してくれたが、内心では「男の子の服なんて似合うの?」と心配らしい。

 (ふふ……似合うかどうかは分からないけど、着られるようにするんだよ。いつかは絶対に、外へ出たい。女の子扱いされるのが嫌ってわけじゃないけど、そういう格好で街中を歩き回るのは逆に危険だし……)


 病み上がりの私にとっては、まず体力を取り戻すことが先決だと分かっている。暗殺の可能性が消えたわけでもない。だけど、マルグリットとのやり取りをきっかけに、私の中で“将来の男装計画”が具体的に動き始めたような気がした。

 今はリハビリウェアの範囲でしかないが、この先、少しずつデザインを改良して、身に着けるアイテムやヘアアレンジを工夫すれば、かなり少年に近づけるはず。何より、ここまでのやりとりでローザもエミーも強く反対せず、「まあリハビリ用ならいいか」程度の反応で済んでいるのが大きい。


 (この調子で少しずつ……いずれは本格的な男装を手に入れて、塀の外に出る。バレずに人ごみに紛れる。ああ、想像するだけでワクワクする)


 思わず鏡に向かい、今の自分を見つめる。フリフリのワンピースを着た8歳の少女――だけど、前世の男性意識を捨てきれない。そんな私が“少年風の装い”を手に入れたら、いったいどんな気分になるだろう?

 ――身体をいくら見ても、やはり“女の子”らしさが前面に出ているのは否めない。頬や肩の丸み、髪の柔らかなライン……「これが自分か」と思うと、まだ戸惑いがある。だけど、服装を変えれば、少なくとも周囲への印象は違ってくるはず。さらには髪を短くすれば、もっと男っぽく見えるかもしれない。


 (髪を切るとなると、ローザやエミーが驚くだろうなぁ……。でも、もしうまく説得できれば――リハビリのために“髪を洗いやすくしたい”とか言えばいけるかも? ちょっと苦しいかな?)


 自分の思考が突飛なほうへ進んでいくのを感じる。でも、この世界で生き延びるためには、突拍子もないアイデアでも形にしていかないと、いつまでたっても「お嬢様」でしかいられない。それは前世の私にとって息苦しすぎるのだ。



 夕食後、ベッドに入る前のひととき。エミーとローザが翌日の予定を確認してくる。毒による後遺症を考慮しつつも、少しずつ勉強やリハビリを増やしていく方針らしい。


 「リア、明日はまた書簡の整理と、王国の歴史についての復習。午後には庭での歩行訓練ね。くれぐれも無理しすぎないでよ?」

 エミーが釘を刺すように言うので、私は「はーい」と気のない返事をしてしまう。内心は早く“パンツスタイル”が完成しないかな、とそればかり考えているからだ。


 「あと、マルグリットさんから、布のサンプルをもう少し送るって連絡があったみたい。色や柄をもう少し選びたいって言ってたわよ」

 ローザの言葉に、私はピクッと反応する。「ほ、ほんと? じゃあまた見せてもらわなきゃ……!」と目を輝かせる。普段ならドレスの布選びなど正直それほど楽しみではなかったが、今回は特別だ。あの布をどれだけ少年っぽい色合いにできるかで、仕上がりが左右される。


 エミーはそんな私を見て、「随分張り切ってるのね。まぁ元気になった証拠だし、いいことだけど……」と微笑む。ローザも「そうよね、ドレスのときはそんなに興味示さないのに。やっぱりリハビリウェアだから?」と首をかしげつつ、納得しかねている様子だ。


 (そう、リハビリウェア……そういう名目! これをうまく使って、ゆくゆくはほんものの少年服に近付けるんだから……)


 私としてはバレないように平静を装いながらも、どこか心が弾んでいるのを感じる。寝る前の支度を終え、フリルたっぷりの寝間着に着替えたあと、エミーが「おやすみ」と言いながら布団をかけ直してくれる。その瞬間、一瞬だけ“ああ、女の子の扱いを受けているんだな”という実感が湧いて、胸がもぞもぞする。別に悪いわけじゃないが、やはり昔の自分とは何もかもが違う。

 もし男の子の姿になれば、この甘やかされる感じとはまた別の行動範囲が得られるのではないか――そんな期待が強くなっていく。


 「じゃあ、リア、ゆっくり休んでね。明日も頑張りすぎないように」

 エミーとローザが部屋から出ていく。私が布団に潜り込むと、ベッドの上で溜息をつきながら、今日の出来事を思い返す。マルグリットとのやり取りは大きな進展だ。今まで“女の子向けドレス”しか選択肢がなかった私が、“パンツスタイル”を手に入れる一歩を踏み出した。


 (あと、もうちょっと……。完璧に男の子に見える服をいつか作ってもらえたら……本当に外へ出られるかもしれない。)


 もちろん、毒の危険や暗殺未遂の恐れが消えたわけではない。だが、今のように子ども扱いで周囲に守られるだけじゃなく、私自身が変装という手段で警戒網をかいくぐる可能性を作っておきたいのだ。最初から堂々と外を歩くのは無理でも、こっそり市中を探検するぐらいなら、実現できるかもしれない。


 (ああ、もしそれが叶ったら、きっと楽だろうな。ドレスを着なくていい解放感もあるし、何より“男だったころ”の自分に少し近い格好ができる……。)


 ひそかにそんな夢想を抱きながら、私は瞼を閉じる。少女としての身体に微妙な抵抗を覚えつつも、この世界の封建的な生活を受け止め、あくまで“当主”を目指す道。その途中で“男装”を使うなんて、伯爵家の歴史では前例がなさそうだが、だからこそ意義があるのかもしれない。

 (というか、ちょっとかっこよくないか!面白いし!)

 成人男性というよりも、少年の心が私の感情をざわつかせる。


 翌朝には、また書簡や学習が待っているが、私は今夜だけは小さな興奮を胸に、布団の温もりに身を委ねる。外の世界を見たい、この屋敷の塀を超えて町並みに溶け込みたい、その思いが私を突き動かす。さらに、前世で男だった自分の感覚が、「男の子の服を着ればきっと落ち着くだろう」とささやいている気がする。


 (近い将来、きっとそれを試せる……。毒事件の傷も癒えてきたし、みんなの警戒が少し緩んだ瞬間を狙うしかない……。)


 そんな策略めいたことを考えながら、私は気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。まだ体力が戻りきらないせいで、すぐに眠気が襲ってきて、思考がぼんやりする。意識が薄れていく中で最後に浮かぶのは、新しい服を着た自分の姿だ。もう少し背が伸びれば、髪を切れば、鏡の向こうには少年らしい私が立っているのかもしれない――なんて想像が、妙に心を躍らせる。


 (早く……あの服が完成しないかな……。そして、その先にはもっと大胆な男装プランも……)


 それは私の秘密の野望。その先に待つのは、自由か、それとも危険か。どちらにせよ、いまは守られるだけの“当主”であることに違和感を感じている自分が、何らかの行動を起こすための一歩なのだろう。そしてこの封建世界で生き残るには、周囲の助力だけでなく、自分の工夫と勇気が不可欠だ――そう思いながら、私は静かに瞳を閉じて夢の世界へ落ちていく。


 ――毒からの回復を進めながら、王国の勉強に励む一方で、“男の子の服”を密かに手に入れようと目論む私。自分の身体が女の子であることに馴染めない部分も残りつつ、外の世界に強い憧れを抱いて準備を着々と進める。次にどんな壁が立ちはだかるかは分からないが、確実に私は少しずつ前に進んでいる――男装計画も含めて、何とか自分なりの道を探し始めていた。


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