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手に入れたい“もうひとりの自分”──秘密の段取り、進行中①

 いつものように、朝の穏やかな光が、分厚いカーテンの隙間から差し込んできた。私は目を細めながら、ベッドからゆっくりと上体を起こす。前回の“毒混入事件”で大きなダメージを受けてから、ずいぶん時間が経った。いまも身体の奥には、あの激痛の余韻がうっすら残っているが、医師や魔術師の尽力とリハビリのおかげで、ついにここまで回復することができたのだ。


 ――そう、私ことリアンナ・クラリオンは、あれから「ほぼ普通に動ける」ところまで状態が上向いてきた。激しい吐き気や呼吸困難はもう起こらないと医師から太鼓判をもらい、侍女のエミーやローザ、そして家令兼摂政のボリスや侍女長ベアトリーチェたちも、ようやく安堵の表情を浮かべるようになった。ただ、毒の影響で体力が落ちているのは事実で、急に走ったりすると息が上がってしまう。完全に元どおり……とはいかないけれど、今はこの段階まで戻せただけでも十分ありがたい。


 「おはようございます、リア。具合は……大丈夫そうね?」

 扉をノックしてから顔を出したのはエミー。茶色の髪をおだんごにまとめていて、いつものように優しい微笑みを浮かべている。毒事件以来、常に心配そうだった彼女だが、最近は少し表情が明るい。

 私が「うん、だいぶ楽。寝起きもつらくないよ」と答えると、彼女はふっと息をついて、「よかった……でもあんまり無理はしないでね?」と念押し。そこに、ほぼ同時にローザも入ってきて、「今日はまたちょっと勉強のスケジュールがあるみたい」と小さな紙を取り出した。


 私はベッド脇のテーブルから一枚布を取って肩にかけながら、その紙にちらりと目を向ける。そこには“○○時~書簡整理、○○時~王国の制度に関する学習”などと細かく書かれている。最近は、リハビリと勉強を並行して進めている形だ。毒の件で長く休んだぶん、当主として学ぶべき知識が山ほど残っているのだが、身体への負担を考慮し、少しずつスケジュールを立ててくれているらしい。


 「……ま、まだ休みたい気もするけど、勉強しないと置いてかれちゃうし……わかった。がんばる」

 軽く頭を振って意欲を見せると、エミーとローザが「無理しない範囲でね?」と念を押してくる。毒の後遺症を考えれば仕方ないこととはいえ、少し大げさに心配されている気もする。しかし私は今、リハビリも含めた“普通の生活”を積み上げたいのだ。身体を慣らし、当主としての知識を追いつかせ、そしていつか屋敷の外へ出られるように――それが何よりの目標でもある。


 「よし、じゃあ着替えて朝ごはんにしましょう。今日は腹痛が出てないから、少し軽いパンやスープくらいはいけるかもね」

 ローザがサッとクローゼットを開け、薄い色合いのワンピースを取り出す。私はそれを見て、いつも感じる小さな違和感をまた意識する。可愛いフリル、前面にはリボン――7歳の少女が着るには自然かもしれないが、前世は“男”として生きていた意識が抜けきらない私には、微妙に“もぞもぞ”と落ち着かない装いだ。


 (でも、ほかに選択肢はないし……我慢するしかないか。いや、もうすぐ8歳になるんだし、ちょっとは好きにさせてほしいんだけど……)


 とはいえ、ドレスを拒否しても周囲に全力で止められるだけだ。お嬢様らしい衣装を外部に見せるというよりも、いまは屋内での安静生活。だからこそ、「部屋着くらい好きにさせて?」と言いたくもなるが、侍女たちが「せめて気分が上がるように、可愛いのを……」と張り切ってくれるのだ。それを遮るのも可哀想で、私は結局、渋々――というより“適当に流されて”着替える。


 ちくちくと肩ひもが肌に当たる感触が苦手だが、呼吸を整えながら鏡をちらりと覗く。そこには、まだやや顔色の悪い少女が、フリル付きのワンピースに袖を通して立っている。前世の男としての自分を思うと、違和感は大きいが、もう1年以上こんな生活を続けてきたせいか、慣れもある。ときどき「これはほんとに自分なのか」と意識が混乱するが、やむを得ない。


 「リア、朝食が済んだら一度、書簡を少し整理して、それから王国の制度や仕組みについてベアトリーチェ様が教えてくれるそうよ?」

 ローザがスケジュールを確認する。私は半分うなずきながら、「そっか……また封建制度の話かな」と呟く。そう、この世界は封建体制――貴族が領地を所有しているが、さらに上には王国という“宗主国”がある、いわゆる「ご恩と奉公」の関係が成り立っているらしい。前世でいう鎌倉幕府を思い出すが、そんな感じのようだ。



 朝食は病み上がり向けのメニューで、暖かいスープと柔らかなパン、それに胃に優しいハーブ茶が出される。エミーとローザが隣で様子を見守りながら、私が無理なく口に運べているかチェックしているのが少し恥ずかしい。でも、正直まだ完璧には食欲が戻っていないし、むせたりしたら怖いので助かる部分もある。


 「ゆっくり飲んでね。焦らなくていいから……」

 エミーが優しい声をかける。私はわずかに頷き、一口ずつスープをすする。鶏肉の出汁が効いていて、ほっとする味わいだ。あの毒事件のあと、こうして普通に食事できること自体に感謝しなきゃ……と思いながら、少しずつ胃に入れていく。


 食後は書簡の整理から。簡単な挨拶状や、商人たちからの短い報告書など、重たいものはボリスや侍女長ベアトリーチェが別に回してくれている。私は“読解の練習”も兼ねて、あまり複雑でないものだけを読み、必要があればメモを残す。たとえば“領民がこういう困り事を抱えている”といった情報は、後日大人たちに渡して具体的に対処してもらう。私がひととおり目を通したあと、ベアトリーチェかボリスが仕上げをチェックする流れだ。


 しばらく書簡に向き合っていると、体力が落ちているせいか、すぐに息苦しくなる。私は「はぁ……」と息を吐いて背もたれに身を預ける。まだ体が本調子ではないのを痛感する。

 「大丈夫? 休憩する?」とローザが心配げに尋ねてくるが、私は「もうちょっとやる」と返す。できるだけ“普通に生活している”感覚を取り戻したいのだ。やっぱり、ここまで何度も暗殺未遂に怯えて、毒まで盛られた身としては、“自分が当主”としてちゃんと領地のことを意識しないと、この先も危ない気がする。


 ◇ ◇ ◇


 書簡をそこそこ整理したあとは、いよいよ“王国の制度”のお勉強の時間になる。別の小部屋へ移動し、そこでベアトリーチェが待っている。彼女は侍女長ではあるが、クラリオン家の内部運営にも深く関わっており、私にとっては“家庭教師”の役割も担っている存在だ。


 「リアンナ様、調子はいかがですか? あまり無理せず、座ったままでも大丈夫ですよ」

 彼女は落ち着いた声で微笑む。すぐに分厚い本を開き、私の視線の前に広げた。そこには王国の地図や、各領地の形が載っている。毒が絡んだ暗殺事件などを経て、私自身、こういう“勢力図”に対して無関心ではいられなくなった。


 「では改めて……“マロヴァ王国”についてですね。リアンナ様は既にご存知だと思いますが、私たちクラリオン伯爵家は、この王国に“所属”している領主、貴族という立場で――」

 ベアトリーチェが解説を始める。私は小さく相槌を打ちながら、その内容を頭に刻みつつ、前世の知識で補完していく。この世界でいう伯爵家は、「王国に忠誠を誓い、代わりに王国から保護と認められた領地を所有する」 という形態らしい。前世でいう“ご恩と奉公”に近いものだ。要は、領地自体は伯爵家のものであり、王も強制的に取り上げるわけにはいかない。クラリオン家を王国が守るかわりに、クラリオン家は軍役や税を納める――そんな契約関係に近い。


 「つまり、私たちは王国の家臣だけれど、領地は私たち自身の所有物……ですよね。勝手に王様が取り上げられない……」

 私は確認するように呟く。ベアトリーチェは「そのとおりです」と頷き、「あくまで王国は“宗主国”として干渉できる部分が限られています。逆にクラリオン家に難が起きたら、王国が軍を派遣して守る義務があります。いわば契約関係、ですね」と言葉を添えた。まさに鎌倉幕府の御恩と奉公システムのようだ、と思いながら、私はその仕組みに興味を深める。


 ここで思い出すのは、“ラグレン家”のことだ。あそこは“公爵”であり、王国などの宗主を持たずに独立している。だからこそ、外からどうこう言われても“自国”としての権限を振るうことができるし、私を暗殺しようとした可能性が高い――独立勢力が余計な干渉を受けずに動けるのは恐ろしいことだ。


 ベアトリーチェが指で地図を示しながら続ける。

 「この大陸には、王国に属する伯爵や子爵が多いですが、一方で“公爵”のように独立している領主もあります。マロヴァ王国は大陸の中でもそこそこ中堅規模の国家で、伯爵も5家……あ、正確には私たちクラリオン家を含めて5つですね。リアンナ様のクラリオン家以外にも4家が、同じ王国に属しているわけです。フローレスク家もそうですね。」

 なるほど、私たちは“王国所属”の5伯爵家のうちのひとつ、ということらしい。規模としては十分大きいが、大陸全体に目を向ければ公爵家(独立勢力)がいくつもあり、王国だって決して安泰とは言えない……そんな情勢が潜んでいるのだろう。


 「伯爵が5家……。それぞれ領地が分かれてて、王国のなかでは互いに連携しつつも競合する……ってことですか?」

 私が言葉に詰まりつつ問いかけると、ベアトリーチェはふっと微笑む。

 「そうですね。基本的には協力関係にありますが、それぞれの領地が独自の文化や特産を持っているし、時には利権争いが起こることもある。もっとも、王国の調停が入るので、大きな衝突にはならないように配慮しています。もちろん、外交という形で外部の公爵家などと付き合いを持つ場合もありますし」


 その外交という言葉に、私は前回の“フローレスク家からの贈り物”を思い出す。


 「……なるほど。でも、王国の保護があるからこそ、私たちも守られている部分もあるんですね……もし私たちが独立した公爵になれば、それこそ周辺の勢力から狙われるし」

 そう思ったとき、“前世で男だった私”の思考がひょっこり顔を出す。独立するリスクって大きいだろうし、外交手腕がなければ潰されるかもしれない。いまの私にそんな度胸はない。何しろ7歳の身体に加え、やっと毒から回復しつつある身だ。


 ベアトリーチェは私の呟きに優しく笑みをこぼす。

 「そうですね。もちろん、独立には憧れを抱く貴族もいますが、その分責任と危険も増すものです。……さて、今日はこの基本部分をしっかり学んでいただきます。具体的な封建契約の内容や、伯爵家の義務と権限についても再確認しましょう」


 私は「はい……」と素直に返事しながら、内心では「こんな制度、前世の鎌倉幕府の御恩と奉公そのものじゃないか」と思わざるをえない。ただ、こっちの世界には魔法や魔獣、さらには公爵家という独立領主もたくさんあるため、前世より複雑かもしれない。

 しばらくベアトリーチェの講義を受けていると、時間が経つにつれ頭がぎゅうぎゅうになる。ノートを取ろうにも手が震えるし、どうしても体力が続かない。エミーとローザが細かい字でメモを手伝ってくれて助かるが、もう少し頑張りたいという気持ちと、体が悲鳴を上げる現実とのジレンマがつらい。



 やがて、講義がひと段落してベアトリーチェが「今日はこのくらいにしておきましょう」と区切りをつける。私はフラフラになりながら椅子から立ち上がり、エミーたちの支えを借りて廊下へ出た。足元が覚束ないが、吐き気や胸痛までは起きない。毒で死にかけていた頃を思えば大いに進歩だ。


 「……リア、いまはもうすぐ8歳になるんだもんね。よく頑張ってるよ」

 エミーが声をかけてくれる。私は「8歳か……」と呟き、少し切ない気持ちになる。もちろん、学んでいること、やっていることは8歳のレベルをはるかに超えている。でも、前世ならもう大人だったのに、この身体はまだ幼く、しかも女の子。さらに数え年でいえば8歳を迎えようとしているが、周囲からすれば“子ども扱い”は当然だし、外出の許可なども下りない。

 (前世の記憶だけ先にあるから、これが歯がゆいんだよね……)


 とはいえ、8歳になれば体力も少し上がるだろうし、何より“外に出たい”という気持ちが強くなってきた。毒が落ち着いても、もうしばらくは外出を禁じられると分かってはいるが、せめて庭くらいは自由に動けるようになりたい。あわよくば町へ出かけて、市場を覗いたり、普通の人々の生活を見たりしてみたいという欲求が強まるばかりだ。



 実際、庭でのリハビリは医師やボリスの許可が出始めている。何しろ以前の毒混入事件で「屋敷の外の食べ物」を警戒したり、「外部の人間の出入り」を厳しく制限したりしているから、私が外へ出歩くのは論外。けれど庭は塀で囲まれており、兵士も常駐しているから安全度は高いと見なされている。


 そんなわけで、翌日の午後、私は再び庭に出て歩き回ることになった。庭の風はひんやりしているが、時折差し込む陽光が体を包んでくれて気持ちいい。私はドレスの裾を少し握りしめながら、ゆっくりと石畳を踏みしめる。まだ長時間はキツいけれど、何歩か歩いただけで息が上がるほど弱ってはいない。確実に回復している手応えがある。


 「うん……悪くない……ちょっと駆け足できるかな……?」

 試しに石畳の端から端まで軽く駆けようとして、エミーとローザが「あんまり無理しないで!」と青ざめる。私は「はは、わかってるよ」と笑いながらも、内心ちょっと寂しい。いまだにガチガチの警戒モードなのだ。


 (毒事件以来、みんながさらに神経質になっちゃったよね。私がドレス姿で走ったら転ぶと思ってるんだろうけど……うーん、やっぱり男の子みたいなズボンのほうが走りやすそうだよなあ)


 そんなことを思いながら庭の端までゆっくり進むと、遠くの塀の向こうに、町の屋根がちらりと見えた。私の胸がドキリと高まる。あそこには普通の人々の暮らしが広がっていて、きっと活気のある商店や市場があり、外を自由に歩く人たちがいるんだろう。

 前世で男だった頃、“普通の街角”を何気なく歩いていた記憶が脳裏に甦る。あの当たり前の日常を、今の私は失っている。誰かに守られ、屋敷に閉じこもり、危険と隣合わせの生活……情けないと言えば情けない。


 「……町に、行ってみたい……」

 無意識に呟いた私の声を聞き取ったのか、エミーが「え?」と首をかしげる。私は慌てて「な、なんでもない!」とごまかすが、実際はずっと考えているのだ――どうにかして屋敷の外へ出られないか、と。


 (暗殺の危険がある以上、正面から外出するのは無理。でも、もし私が……そう、女の子の姿じゃなかったら……街中に紛れ込めるんじゃ……?)


 軽く頬を膨らませながら、塀越しの景色に視線を注ぐ。男の子の姿になれば、ドレスのヒラヒラに悩まされることもない。身動きが取りやすいズボンを履いて、髪を短くすれば、誰かに「伯爵家の小さなお嬢様」だと気付かれないかもしれない。

 それは違和感を覚える身体にとって、ある意味“心地いい”ことでもある――前世は男として生きていたから、今の女の子の服装や扱いに微妙にモゾモゾする感覚がいつも付きまとっている。もし男装ができるなら、精神的に少しラクになるかもしれない。


 「リア? どうかした? 顔が赤いけど、疲れちゃった?」

 ローザが心配そうにのぞき込む。私は「う、ううん……ちょっと日差しが強いかな……」などと誤魔化す。余計なことを話したら、すぐに“また変なことを企んでるんじゃないか”と警戒されるからだ。

 それに私自身、まだ計画をまとめきれていない。「男装して街に出る」なんて無茶だし、周囲は絶対に反対する。けれど、もし完璧に変装できたら――暗殺者から身を隠せる可能性だってあるんじゃないか?



 やがて少し息が上がってきたので、私は石畳に腰を下ろして休憩する。エミーが「お水ね」と差し出してくれ、私はありがたくゴクゴクと飲む。庭の塀の向こうでは、確かに人々の暮らしの気配がある。時折、遠くから車輪の音や声のざわめきが風に乗って聞こえてくるのだ。

 (ああ、あそこに行けたら……屋敷の中ばかりじゃなくて、普通の人たちの生活を見てみたい。領地のことを知るには自分で歩くのが一番だろうし……何より暗殺者に怯えずに自由に外を歩けたら、どんなに素敵だろう)


 前世ではありふれた光景だった“街への買い物”や“公園の散歩”。いまの私にはそれが非常に遠い。しかも、今の身体は7歳の少女……身体を考えれば、周囲が過保護になるのは当然かもしれないが、どうしても諦めきれない。

 「……男の子に見えれば、問題ないのかな……」

 無意識に口に出しそうになって慌てて止める。何を言っているんだ、と自分でも苦笑するが、本気でその手段に可能性を感じている。前世は男、いまは女の子……でもどっちかというと“男寄り”の意識があるなら、外見だけでも少年に近付くのはそこまで抵抗がない。むしろ最近、ヒラヒラした服に息苦しさを覚えている自分にとっては、かえって居心地が良いんじゃないか、とさえ思ってしまう。


 (髪をバッサリ切って、ズボンを穿いて……誰かにバレずにこっそり外を歩く……。私ひとりじゃ無理でも、協力してくれそうな人がいれば……。たとえば仕立屋のマルグリットさんなら、秘密裏に作ってくれるかもしれない……)


 毒事件の影響で外部の職人や商人の出入りが制限されているものの、仕立てや衣装に関しては定期的に調達が必要だし、仕立屋マルグリットは昔から伯爵家との付き合いが深い信頼できる人物と聞いている。もし彼女に頼んで“少年用の服”を作ってもらえたら……私のこの希望が現実味を帯びるかもしれない。もちろん、周りにバレないようにするのが前提だが。


 「リア、そろそろ部屋に戻りましょうか。無理して倒れちゃ大変」

 エミーが言うので、私は名残惜しげに塀の向こうを見やったあと立ち上がる。心の中ではまだ町の屋根を眺め続けたい気持ちもあるが、体力が尽きたら本当に倒れてしまう。私は「はーい……」と大人しく返事しながら、「いつか、絶対にあの向こうへ行ってやる」と小さく心に誓う。

 男の子に扮して……そう、きっと、あのヒラヒラドレスじゃなくてズボンなら思い切り走れるし、毒や暗殺者を気にせず外歩きできるかも――そんな小さな光を胸に抱きながら、私は再び屋敷の廊下へと足を踏み出した。


 そしてこの日に限らず、私は日々の勉強やリハビリに励みながら、“8歳の誕生日”を静かに迎えることになる。誕生日といっても大々的なお祝いは無しだ。毒殺未遂からの回復が最優先だし、警戒態勢もまだ緩まない。だけど、エミーやローザが簡単なケーキを用意してくれて、私に差し出してくれる。

 ――ちょっとだけ甘い味を舌に感じながら、「私は8歳になったんだ……」と呟く。前世なら大人だったはずが、気づけばまた子どもの誕生日を重ねているのが不思議だ。体が成長すれば、もう少し行動の幅が広がるだろう。男装計画だって、背丈が伸びればもっと自然に少年に見えるかもしれない。

 そんな期待を胸にしながら、私は祈るようにケーキを一口かじる。

 (もっと強くなる。もっと自由になる。今の女の子の姿でも、いずれ“男の子みたいな恰好”ができるくらいには……外に出てもバレないくらいには、色々と知識と力をつけよう)


 そして、切実に思う。“私の領地”を自分の目で見たいし、町の人たちの暮らしも実際に確かめたい。封建制とか宗主国とか、そんな理屈だけじゃなく、手触りのある現実を踏みしめたいのだ。暗殺者に狙われる危険はあるが、今のままでは怖がるだけで何も分からない。

 そういえば、前世の法律知識を思い出す。裁判では、直接主義といって、審理に直接関わった裁判官でないと判決できないという原則がある。実際に証拠や証人に相対しないとわからないことも多くある。私も、現場に行ったら意外なことがわかったとか、偽造かどうか争われる書面について、コピーでは無くて原本を見たら、意外なことがわかったとか、そういうことはあるし、先輩からも聞いたことが何度ある。私も、領主として、直接、領民について知る必要があるだろう。

 静かな誕生日の夜、私はベッドに横たわりながら、まだ体内に残る疲労を感じていた。ベアトリーチェから習った王国の制度を復習しつつ、頭の片隅では“男装”の具体的なイメージが膨らむ。「髪をばっさり切れば、ちょっと幼い少年に見えるかな。靴やズボンはどう確保する?」といった現実的な案が頭をよぎるたび、奇妙なワクワクがこみ上げる。前世の男としての感覚が背中を押しているのかもしれない。

 (私のいるマロヴァ王国は中堅の勢力。でも、その外には独立している勢力がいくつもある……。“ラグレン家”もその一つ。こっちが油断すれば、また手を出してくるかもしれない。それなのに、私はまだこの手の内も足の動きも縛られてる……)


 悔しさを噛みしめつつ、まぶたが重くなっていく。前世から引き継いだ時間感覚でいえば、まだまだ実質的には子ども扱いされるはず――だが早く成長して外の世界へ。一刻も早く、当主としての責務もこなしながら、同時に“自分らしい”姿を探っていきたい。

 ――こうして私は、ちょっと切ない気持ちと希望を抱えながら、8歳の最初の夜を迎えることになった。ドレス姿への違和感、外の世界への強い憧れ、そして“男の子に変装して町へ出る”という密かな発想。まだ誰にも明かしていないけれど、いつか必ず実行に移す日が来る――そんな予感を胸に、静かに深呼吸して瞼を閉じた。


 毒殺未遂からの回復、リハビリの日々、王国の仕組みを学びながら見えてくる封建制の現実。そこに嫌でも“権力争い”“暗殺のリスク”がからみ、いつまでも子ども扱いされる現状――だけど私は諦めない。今こそ新しい一歩を踏み出すための準備をするのだ。

 男装による外出計画なんて、周囲に話せば即却下されそうだけど、それでも構わない。ここまで私を苦しめてきた毒も暗殺も、いつかはね返せるようになりたいのだ。そのためには、守られるだけじゃなく、自分で動く術が必要だろう。

 ―――そしていま、8歳の私が、塀の向こうにある町並みを見つめながら思うのは、「外の世界が呼んでいる」ということ。遠くから聞こえる馬車の音や市場の喧騒を想像し、私はじっと拳を握りしめる。封建の枠組みと暗殺の恐怖を超え、“女の子”としての制約を超えるために――いつかこの小さな体を変装してでも駆け出す日が来る、と信じて。


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