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溶けゆく毒と、消えない決意――7歳当主は眠らない④

 自室に到着すると、ベッドはふかふかのシーツが張り替えられていて、誰かが私を迎えられるよう準備してくれたのだろう。エミーとローザに支えられ、私はゆっくり横になる。


 「……ありがと……」

 この言葉すら出すのに喉が痛むが、感謝を伝えずにはいられない。彼女たちはにっこり微笑み、「ゆっくり休んでね」「痛みが増したらすぐ教えて」と優しく声をかけてくれる。その様子に、思わず泣きそうになるのをこらえて目を閉じた。守られている、守ってもらっている――この安心感と同時に、自分の無力さが胸を締め付ける。


 (こんなにみんなが苦労してくれているのに、私は何もできない……。7歳だから仕方ないなんて言い訳してるけど、やっぱり早く強くなりたい……)


 心の奥にある女の子である違和感も、今は痛みと苦しみに塗り替えられ、あまり意識する余裕はないが、ふと見ればベッド横のテーブルに少女用のフリル付き寝間着が畳まれているのが見える。ドレスや可愛い服に縛られることへの窮屈さ――そんな小さな不満すら、今は生き延びていることへの安堵に打ち消されている。だが同時に、この世界の女性としての生きづらさも改めて感じざるを得ない。暗殺の標的にされても、自分の力で対抗できないなんて……。もっとも、7歳では男の子でも同じだったろうし、成人男性だって、プロの暗殺者に敵うわけも無いが。

 でも、もっと自分を守れる術を持ちたい。身体が強くなるまで待たないといけないが、それまでに何度も狙われる可能性があると思うと、ぞっとする。


 私はベッドの上で浅い呼吸を繰り返しながら、天井を見つめた。豊かな屋敷暮らしの裏側で渦巻く陰謀や、子どもだからと殺害をも厭わない勢力の存在――表向きは平和そうに見える世界が、こんなにも恐ろしい暗闇を隠している。領地運営や政治の勉強で見た歴史書にも、あちこちで血なまぐさい権力争いの記録が散見されていたし、最近の社会情勢だって安穏とは言えない。そういった暗部と向き合わなければならないのが“当主”の宿命だと痛感する。


 (せめて、前世の知識を活かせたらいいけど……この身体と年齢じゃ、やれることも限られるし……)


 実際、法や政治の仕組みをどこまで学んでも、いざ暗殺という暴力手段に狙われたら対処は難しい。こうして私を懸命に守ってくれる周囲の人々がいるが、それでも突破される可能性はゼロじゃない――今回のラズィーナ毒混入のように巧妙な手口がくるかもしれない。


 「リア、何か欲しいものある? お水とか、もう少しさっきの栄養剤とか……」

 エミーがそっと声をかけてくる。私は少し考えた後、「水……を、少し……」と頼む。喉が痛いが、水分を摂っておかないとまた脱水になってしまう。ローザがすぐにグラスを用意し、ストローのようなものを差し込み、私の唇に当ててくれる。ほんの少しずつすすりながら、痛みをこらえて飲み込む。


 「……ありがとう……。ほんとに……お世話ばかりかけて、ごめん……」

 自然と涙がこぼれるのは、痛みのせいだけじゃない。こうして甲斐甲斐しく看病してくれる彼女たちに対して、私は感謝と申し訳なさで胸がいっぱいになる。エミーもローザも、「いいのよ、そんなこと言わないで。リアが無事ならそれでいいんだから」と微笑んでくれる。そのやりとりがあまりにも優しく、私の瞳からまた涙が落ちた。


 それからしばらくは、ベアトリーチェやボリスが医師と今後の対策について話し合ったり、護衛体制をどう強化するか打ち合わせをしたりする声が遠くで聞こえた。私は横になりながら断片的に耳を傾けていたが、目まいと痛みで深くは考えられない。頭がぼうっとしてきて、再び半分眠りに落ちそうになる。


 (もっと大人だったら、自分で歩き回って調査できたり、対策を指示したりできるのに……。いまはもう、みんなに守ってもらうしかない……)


 悔しさを噛みしめつつ、まぶたを閉じる。どこかで“女の子だから仕方ない”という声が脳内をよぎり、それに対して“いや、男だったとしても7歳じゃどうにもならないだろう”と突っ込む自分もいる。性別の違和感だけでなく、年齢の壁にも苛立つ。とにかく早く心身ともに成長して、私を狙う勢力や陰謀に立ち向かう力をつけたい――そうしなければ、いつまで経ってもまた同じ悲劇が繰り返されるかもしれない。


 微睡む意識の中で、私はふと前世の記憶を思い出す。社会科の教科書やドキュメンタリーで見た、子どもが戦争の犠牲になる悲惨なシーン。あのとき私は「子どもを巻き込まないでほしい」と強く感じた。しかし、現実には子どもだろうが大人だろうが、容赦なく利用され、殺されることもある――この世界でもそれは変わらない。大人の権力争いに巻き込まれ、時には標的にされる。身体は小さく、力も知識も足りず、抵抗すらままならない。


 (そんな世界をどうにかしたい……。私が当主として、もっとまともな社会にしたい……なんて、綺麗事だけど。でも何もしないまま殺されるなんて、絶対に嫌だ……)


 思いのたけを心の中で叫びながら、私はベッドに沈む。外の景色は見えないが、窓の向こうには“豊かに見える世界”が広がっている。その裏側にある恐ろしい陰謀や暴力に、改めて寒気を覚えると同時に、「それでも自分は生き抜きたい、そして守りたい」と小さな決意が灯る。ここまで私を必死で看病してくれているエミーやローザ、ベアトリーチェ、ボリス、ほかの侍女や兵士たち――彼らのためにも、私は諦めずに先へ進まなければ。


 ぐっと目を開けようとしたが、瞼が重たい。薬の成分もあるのか、強烈な眠気が襲ってくる。体力が足りず、すぐに睡魔に引きずられるのが悔しいが、今は休むしかない。エミーが手を握り、「眠っていいから。必ず良くなるって、お医者さまが言ってた」と優しく囁いてくれる。私はその声に微かに頷き、また眠りへと沈む準備をした。


 (必ず良くなる……そしたら、今度こそもっと動きやすい服を手に入れて……外へだって出かけてみせる。子どもらしいドレスばかりじゃなく、男の子みたいなズボンやショートカットも考えて……ああ、そっか……)


 そこで唐突に思い至る。女の子としてのフリルやレースが嫌なら、いっそ髪を短くして男の子の格好をすれば、外を歩くとき目立たないのではないか。前世の男としての違和感も多少和らぐかもしれないし、なにより動きやすい。警備や危険を回避する意味でも有効かも……。


 (そうだ、それ、アリかも……。将来自由に外に出るときは、その格好が一番自然に身を守れそうだし……)


 意識が途切れそうな中で、私はそんな“アイディア”を漠然と考える。仕立屋のマルグリットに頼んで、男の子風の衣装を作ってもらえばいいんじゃないか――今すぐは無理としても、元気になって外出の許可が出たら。そう思うだけで、わずかな希望の光が差し込む気がした。


 (心身ともにもっと大人になれば、こういう闇に対してもうまく対処できる……きっと)


 弱々しい呼吸を繰り返しながら、胸のうちでそう確信する。闇の中にも光はある。エミーやローザたちが示してくれた優しさ、そして自分なりに編み出す“生きるための工夫”。伯爵家の当主としての責任もあるが、まずは私自身が安全に生き延びなければ話にならない。


 外から微かに鳥のさえずりが聞こえる。まだ薄暗いような気もするが、朝か夕方か――時間の感覚が曖昧だ。しかし、確かに世界はまだ続いていて、私はその中で息をしている。これ以上の痛みは御免だけど、少なくとも今は死んでいない。そう思うと、もう一度だけ目を開いてエミーの顔を見た。彼女はほほ笑み返してくれたが、目には涙が滲んでいる。


 「おやすみ、リア。心配しないで、私たちがちゃんと見守ってるから」

 耳元でそう囁かれ、私はかすかに口元を緩める。声は出ないが「ありがとう」と伝えたつもりだ。後ろでローザも微笑みながら頷いている。ベアトリーチェやボリスの気配は少し離れた場所に感じるが、今はその安心感だけで十分だ。


 (豊かな文化や工芸品があり、カラフルで不思議な生き物、自然、魔法すらあるこの世界……でも、裏ではこんな恐ろしいことが普通に行われるなんて……。絶対にやられっぱなしは嫌だ。生き抜いて、守りたい人を守って、いつか私自身が自由に行動できる日を……)


 決意というにはまだ弱々しいが、それでも確かな意志の灯火が私の胸の中に灯っていた。いつか、この毒の謎も完全に解き明かし、犯人を突き止め、そして私を護ってくれているみんなに報いたい。前世から引き継いだ知識や考え方を活かしながら、女の子としての生活にも折り合いをつける。いつかきっと――そう願いながら、私は深い眠りへ引き込まれていく。


 今回の一件で分かったことは、表向きの平和や華やかさとは裏腹に、陰謀と暴力が身近に存在するという現実。貴族の世界では、それが“普通”なのかもしれない。子どもであろうと容赦はない。ならばこそ、私はもっと強くならなくてはならない。遠い未来、真実を知り、領地や大切な人々を護り抜くために――。


 目を閉じたまま、微かな痛みに耐えつつ、私は心の奥で小さく拳を握るイメージをした。7歳の体はまだ貧弱だが、前世も含めれば“人生経験”は普通の子どもよりずっとあるはず。焦らず、だが確かなステップを踏んで、大人へと近づきたい。警戒心や用心を忘れずに、周囲の人々と共に時を過ごす中で、次の危険に備える。


 ――ドアの外で小さな話し声が聞こえるが、もう耳がうまく拾えないくらいに意識が遠のく。かすかに感じる枕の柔らかさが、私を眠りへ誘う。どんな夢を見るかは分からないが、少なくとも今は生き延びたことへの感謝と、明日へのささやかな希望を抱いて、眠りの世界へ落ちていく。


 (きっとまた苦しいこともあるだろう。でも、ちゃんと乗り越える。こんな女の子の体でも、きっとできる……。自由な外の世界へ、いつか走り出せるように……)


 そんな願いと決意を胸に、私はうっすらと残る痛みを感じながらも、ゆるやかに夢の淵へと沈んでいった。


 ――かすかに痛む喉の奥で言葉にならない想いを呟きながら、私はふわりと意識を手放す。周囲にはエミーとローザの優しい気配、そしてベアトリーチェとボリスの落ち着いた気配。短い呼吸を繰り返すうち、視界は完全な暗闇に包まれたが、その暗闇の中には一筋の光が射している気がする。

 ああ、まだ終わりじゃない――私にはやるべきことがある。そして彼らが私を見捨てるはずもない。眠りと覚醒の狭間で、私はそんな小さな確信を得て、さらなる深い眠りへと落ちていくのだった。


前世 日本国 刑法

199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

240条 強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。

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