6歳の領主が知る世界──手紙と不穏な隣国の影②
手紙の仕分け作業を終えて部屋に戻ったあと、私はしばらくソファでぐったりしていた。6歳児の身体とはいえ、前世の大人の男の頃の意識を持っている分、「こんな程度でヘトヘトになるなんて」という自己嫌悪にも似た感覚がこみ上げてくるのだ。けれど、いまの私は紛れもなく“幼い女の子”の身体。どう頑張っても、一度にできることには限界がある。
(もっと外の世界を知りたいし、私が当主として関わっていくべきなのに、こんな調子じゃ……。いや、でも今日は少しだけ領民の声を知ることができた。そこは素直に喜んでもいいよね)
いろいろな手紙を読んだおかげで、マルディネール領の実情が少し見えてきた。雨不足で農作物が不作だとか、病気で苦しむ子どもがいるとか、領内のあちこちで小さな問題が山積みになっている――本当なら足を運んで直接話を聞きたいし、できれば前世の社会経験を活かして手配や提案ができるかもしれない。なのに、この幼い体は外出さえままならない。なかなか歯がゆい。
加えて、ラグレン家の暗い影もちらついている。実際、ボリスやベアトリーチェが必死に情報を集めているのが見てとれたし、私の耳にも「偽物か本物か分からないが、“ラグレン”の名を騙る人間が村をうろついている」という話が入ってきた。その不穏な空気を想像するだけで、心がざわついて落ち着かない。
「リア、大丈夫? また難しい顔してるよ」
ふと、エミーが部屋の扉をノックし、控えめに入ってくる。彼女の手にはマグカップと簡単なお菓子の皿が乗ったトレイ。どうやら私に小休憩をとらせるため、甘い飲み物を持ってきてくれたらしい。
「あ……ありがとう……」
私は弱々しい笑みを浮かべて、テーブル越しに差し出されるトレイを受け取る。ふわりと香るハーブティーの匂いに、少しだけ疲れが和らぐのを感じる。前世ではこういう“甘やかし”はほとんど受けてこなかったから、嬉しい反面、やっぱり「女の子扱いされているんだな」と感じてしまい、どこかむずがゆい。
「ボリスさんたち、あれから領民の手紙を色々と仕分けてるみたい。ラグレン家に関する情報をまとめようとしてるのかな?」
エミーが控えめに話す。私が「うん……」と曖昧に相槌を打つと、彼女は続けて「リアが見つけてくれた“ラグレンを名乗る連中”の件も、すぐに報告したって」と教えてくれる。
(そっか。少しは役に立ったかな……)
心の中でほっとする。何か行動を起こしてもらうきっかけを作れたなら、暗殺者やラグレン家の怪しい動きへの対策が進むかもしれない。とはいえ、“女の子の幼児”である私は、これ以上の行動を期待されているわけでもないし、実際、何ができるわけでもない。
(でも、これで終わりにはしたくないな……。もっと自分で見えてくるものがあるかもしれない)
そんな思いがふと湧き上がる。前世の感覚では、情報を収集し分析して対策を立てるのは得意分野だったはず。今だって身体が幼児なだけで、頭の中ではそこそこ考えられるはずだ――ただし、周囲の大人は私を“守るべき存在”として扱う。そこには微妙なギャップがある。
「……ねえ、エミー。もしラグレン家が本格的に動いてきたら、ボリスさんやベアトリーチェさんはどうするんだろう。やっぱり戦いになるのかな……」
思わずそんな本音を零すと、エミーは少し困ったような顔で視線を落とす。
「さあ……そこまでは分からないけど、伯爵家としては戦いたくなんてないよ。領地の平和を守りたいだけ。ラグレン家だって、いきなり戦乱を起こせば、お互い傷つくだけだし……でも、私たちには分からない政治的な事情もあるしね」
まるで“言えないこと”があるような口ぶりに、私は少し胸がざわつく。ラグレン家がどう動くかは、私には完全に未知の領域だ。まだ暗殺未遂の余波だってはっきり消えていない。
ローザは、付け加える「それに、クラリオン家は、マロヴァ王国の家臣よ。もし、ラグレンがこっちに手を出せば、マロヴァ王国全部との戦いになる。さすがにラグレンも手を出せないのではないかな?」
(でも、やっぱり……すごく不安。でも同時に、私も領主として役に立ちたい気持ちがある。こんな幼い女の子の体でも……)
私はハーブティーをそっと口に含む。甘い花の香りと温かな液体が喉を通ると、わずかに身体が安らぐ一方、「いずれ外に出られる日が来るのだろうか?」という思いが頭をよぎる。もう暗殺者の影なんて見たくもないけれど、何もしないまま屋敷に閉じこもり続けるわけにもいかない。
エミーはそんな私の心境を察したのか、少し声を潜めて言った。
「リア、あまり無理しないでね。外には出られないし、ラグレン家のことも大人が中心に対処すると思う。あなたはまだ6歳なんだから、もっと気楽に構えていいのよ……ほら、こんなに頑張ってるし、誰もリアを責めたりしないわ」
(分かってる。それは分かってるんだけど、私には“もっとできること”がある気がするんだ……)
前世の記憶が叫んでいる。だが、この状況でどう動けばいいのか見当もつかない。使用人たちや侍女たちが保護してくれるのは確かにありがたい。でも、ただ守られているだけでは、前世の男としてのプライドが引っかかるし、当主としての責任感も満たされない。
(それに……女の子として可愛い衣装を着たり、お茶会の礼儀を覚えたり……そのたびに、胸が落ち着かなくなるのも事実。少なくとも、政治や領民の問題なら“自分の得意分野かも”と思えるんだけど、子どもの体じゃ大したことも……)
心の中でそんな思考を巡らせながら、私はソファに身を預けて一息ついた。いつの間にか、テーブルの上にはエミーが用意してくれた小さなお菓子が置かれている。甘い風味に誘われて思わず手を伸ばしそうになるが、先ほどまで「大人の思考」をしていたのに、こうして子どもらしく菓子を頬張るギャップにまたも違和感が湧く。
「エミー、このお菓子って……?」
「ローザが作ったのよ。シンプルなビスケットだけど、香ばしくて美味しいと思うよ」
彼女の返事を聞いて、私はそっとビスケットを一枚手に取る。香ばしい香りが広がり、さくりとした食感が心地いい。思わず「美味しい……」と呟くと、エミーが楽しそうに微笑んだ。
(甘いもの、意外と嫌いじゃなくなってるのは、この体の影響なのかな……前世ではそんなに甘党でもなかったのに)
可愛いお皿やカップを使って飲食する自分に、依然として抵抗が残る。しかし、体が幼いからか、甘さにすぐ“ほっこり”してしまうのも事実だ。なんともいえない矛盾感……。
「あ、そうそう。ベアトリーチェ様が『リアに一度会いたい』って言ってたから、落ち着いたら書斎のほうに行ってみない?」
エミーが思い出したように言う。ベアトリーチェ――侍女長であり、屋敷の管理も担当している女性だ。私が当主として学ぶべきことをいろいろ教えてくれる先生役でもある。きっと先ほどの手紙仕分けの結果について何か話があるのかもしれない。
「うん……分かった。少し休んだら、行ってみるね」
私はビスケットを食べ終え、ハーブティーをすすりながら答える。そうしてエミーが退出すると、部屋にはまた静寂が訪れた。
カップを置いて、そっと立ち上がる。足元は問題なく踏ん張れるし、以前のような痛みはまったくない。そこだけは救いだなと改めて思う。
(こんなに回復したんだから、せめて屋敷の外へ散歩くらいは……と思うけど、暗殺のリスクはまだあるんだよね。前世ではこんなに閉じこもり生活したことなかったし、やっぱりストレスもたまる)
結局、私は軽く背伸びをして身体をほぐし、後でベアトリーチェのところへ行く準備をすることにした。ほんの少しだけど、「私が発見したラグレン家の情報」をどう活かしてくれるのか気になるし、手紙から読み取った領民の苦しみに対してどう対策を進めるのかも聞きたい。もちろん、私自身があれこれ指示できるわけではないが、“当主”としての一端を担っている自覚だけは捨てたくないのだ。
(昔、男として働いていた頃は「大人の責任」を当然のように背負ってたけど、いまは体が幼いことと“女の子”であることが邪魔をする感じ……。本当は嫌だけど、それでも自分にできることはあるよね?)
自問自答しながら鏡の前に立つ。部屋着のワンピースはシンプルなものだが、ドレスほどきつくもなく動きやすい。軽く髪を整えてみると、そこにはごく普通の6歳の女の子が映っている。
(わたし、ほんとに“普通の女の子”みたいに見えるんだな……前世が男だったなんて誰が想像できるだろう。自分でも変な感じだけど、こういう世界で生きてる以上、否定し続けても仕方ないよね。もうちょっと、少しずつ慣れてみるしかないのかな……)
心の奥でわずかに抵抗感が疼くが、同時に「案外、可愛いのかもしれない」と思ってしまう自分もいる。6歳児の体が自然に求める安心感や周囲からの称賛に、完全に背を向けることができないのだ。こうした“女の子としての生活”にほんのり馴染む感覚と、前世の男意識の間で揺れ動く――いまはそれが私の宿命なのかもしれない。
そんなことを考えつつ、一息ついて廊下へ出る。照明を控えめに落とした静かな廊下を歩けば、ほんの数か月前は歩行がやっとだったのに、いまはスムーズに移動できるようになっている自分に気づく。リハビリの成果は確かに出ている。幼児とはいえ、成長のスピードも侮れない。
(よし、いつか屋敷の外に出られる日が来たら、この脚で領内を見回って……領民の声を直接聞きたい。そしたらラグレン家の脅威にももっと対処できるかもしれない)
どれだけ時間がかかるかは分からないが、それを密かな目標にして歩を進める。そう、私は女の子だけれど、伯爵家の当主――守られるだけじゃなく、何かを“守る側”になりたいと思っている。幼児の体は足枷かもしれないが、それを理由に諦めるのは悔しい。
「リアンナ様、そちらへ行かれるなら、ベアトリーチェ様の書斎は廊下をまっすぐ進んで右手ですよ」
途中ですれ違った使用人がそう案内してくれる。私は小さく「ありがとう」と返して、少し緊張しながら先へ向かう。ベアトリーチェが何を話そうとしているのかは分からないが、おそらく先ほどの書簡の内容や、今後の屋敷の動き、ひいてはラグレン家対策などについて触れられるだろう。
(私にも訊きたいことはいくつかある。ラグレン家の勢力はどこまで浸透してるのか、とか、領民の要望をどうやって捌くのか、とか……)
微妙に増してきた鼓動を感じつつ、廊下の突き当たりを右に曲がる。すると、そこに大きな扉があった。これがベアトリーチェの書斎――秘書室のようなものだろうか。侍女たちのまとめ役である彼女は、領内の行政事務も部分的に担当しているらしく、多数の書類や巻物が保管されていると聞いている。
そっと扉をノックすると、内側から「どうぞ」と落ち着いた声が返ってきた。私は深呼吸して、静かに扉を押し開ける。室内には大きな机があり、その上には分厚い書類が積まれている。書棚もいくつか並んでおり、思った以上に資料が多い。まるで前世のオフィスのようだ――とまではいかないが、これが貴族の事務作業というわけか。
「失礼します……ベアトリーチェ、呼んだんですよね?」
控えめに声をかけると、机の奥からベアトリーチェが顔を上げて優しく微笑んだ。30代半ばくらいの彼女は、落ち着いた物腰で、侍女長として侍女たちをまとめるだけでなく、屋敷の運営面でも中心的な役割を担っている。私にとっては“教育係”でもあり、母親代わりのような安心感もある存在だ。摂政は家令であるボリスさんが担当しているが、ベアトリーチェも摂政代理の役職に就いていると聞く。
「お待ちしてました、リアンナ様。書簡の仕分け、お疲れさまでした。体調は大丈夫ですか?」
彼女の優しい眼差しに、私は少しだけ肩の力が抜ける。やっぱり“守られている感”は強いが、悪い気はしない。しかし前世の男意識が「それでいいのか?」と突っ込みを入れる。
「うん……ちょっと疲れたけど、休んでお菓子食べたら少し元気になりました」
そう答えつつ、机の前に用意された小さな椅子に腰を下ろす。ベアトリーチェは「それならよかった」と頷き、手元の書類を手繰り寄せた。
「早速ですが、今日リアンナ様が見つけてくれた手紙、“ラグレン家を名乗る連中が村に来た”という件、非常に重要です。ボリス様とも協議して、村の状況をできる範囲で確認する手配をしました。もっとも、警備体制をあからさまに強化すると、相手を刺激するかもしれないので、慎重に進めますけれどね」
私は小さく息を呑む。やはり一通の手紙でも、こうやって具体的な対策を検討してくれるのだ。自分の働きが少しでも役立っていると知ると嬉しいが、同時に「そんなに危険な状態なの?」という不安もこみ上げる。
「そんなに……すぐになにかあるわけないよね? ラグレン家は本当に攻めてくるの?」
私の問いに、ベアトリーチェは控えめに首を横に振る。
「分かりません。現状では、“あくまで動向を探っている”程度でしょう。以前の暗殺未遂がラグレン家の仕業かどうかも確証がないけど、ボリス様はかなり怪しんでいます。ただ、私たちが慌てて過剰反応すると、逆に領民が不安を煽られてしまうでしょう?」
なるほど、確かに一理ある。前世の常識でも、噂や憶測だけで大騒ぎするとパニックになる可能性がある。領主としては安易に警戒網を強めるだけじゃなく、確かな情報を得てから落ち着いた対応をすべきだ。
(でも、暗殺未遂があった以上、こちらはすでに実害を受けてるんだよね……悠長に構えていて大丈夫なのかな)
そう不安に思うが、ベアトリーチェはさらに言葉を続ける。
「もちろん、手をこまねいているわけではありませんよ。既に各村の役人に協力を仰いで、ラグレン家の関係者が出入りしていないか見回りを始めています。リアンナ様も、なにか心当たりがあれば教えていただければ助かりますが……、大丈夫でしょう。というより、体は大丈夫ですか? 無理はしないでね」
やっぱり最後には“体の無理をしないように”という言葉が添えられる。私は苦笑しながら「うん……ありがとう」と返すが、本当はもっと突っこんだ質問をしたい。たとえば「ラグレン家はどういう狙いで領地を探っているのか」「隣国との外交ルートはどうなっているのか」「暗殺の次の手をどう警戒するのか」……けれど、6歳の幼児として公的な場に出るわけでもない私は、深い情報にはアクセスしづらい現状だ。
「それから、領民の手紙についても……リアンナ様がまとめてくれた“困りごとリスト”、とても助かります。いくつかは早急に対応が必要なので、ボリス様や私が動いてみますね。お薬や水路の問題も、できるかぎり手配したいです」
ベアトリーチェの言葉に、私は素直に安堵した。力不足とはいえ、私が拾い上げた情報がこうして大人たちの行動に繋がるのは嬉しい。
(前世で男だった頃は、自分で現場を飛び回ることもあったけれども、指示やマネジメントもほどほどにしていたので、スキルが無いわけではない。いまは子どもだけど、こういう形で関われるなら、もう少し頑張ってみようかな)
そう思い始めた矢先、急に扉がノックされて、ボリスが書斎へ顔を出した。
「ベアトリーチェ様、少しよろしいでしょうか。先の件で、警備面の調整が必要かもしれません。……おっと、リアンナ様もおられましたか。失礼」
彼は家令兼摂政というポジションで、冷静な判断力を持って屋敷や領内の安全を守っている頼もしい存在だ。少し酒好きという一面もあるけれど、普段は極めて真面目。いつも厳しい眼差しで周囲を見回している姿が印象的だ。
「いいえ、私はもう大丈夫です。お話があるなら……私は退席しましょうか?」
自分がいると話しづらいこともあるだろう。そう思って腰を浮かせると、ボリスは意外にも「いえ、構いませんよ」と首を振った。
「ラグレン家については、リアンナ様にも隠すつもりはありません。むしろ、しっかり状況を知ってもらったほうが、いざというとき備えができますから」
それは少し驚きだったが、私は喜び半分で耳を傾ける。ラグレン家の情報を聞けるなら、前世のように頭を回して「こうしたらどうか」と提案できるかもしれない。
「実は……すでに南のほうの村に“不審者”の目撃情報が複数挙がっています。まだラグレン家の人間と確定したわけではありませんが、何らかの調査をしている可能性が高い。領民の声としては『何かされるんじゃないか』と不安を募らせています」
ボリスが硬い表情で説明するのを聞き、私の心もざわつく。
(南の村……確か、屋敷からもけっこう離れている地域。農業が盛んで、暗殺未遂の頃から何か噂があったとか聞いたような……)
ベアトリーチェが補足するように「ただ、領民を徒に恐れさせるわけにもいきません。村ごとに見回り役を増やす一方で、普段通りの生活を損なわないよう注意します。リアンナ様が先ほど仕分けした手紙にも、水不足や病気など切実な声が多かったでしょう? 警戒ばかりに気を取られると、他の問題を疎かにできませんから」と語る。
なるほど、バランスを考えながら対応しなきゃいけないわけだ。
私は小さく息を吐く。6歳児の体には難しい話だが、前世の記憶があるおかげで理解できなくもない。“政治”というのはこういう“兼ね合い”が大事なのだろう。
「……私が何かできること、ありますか?」
思わず切り出すと、ボリスは少し目を丸くしたあと、柔らかい笑みを浮かべた。
「お気持ちはありがたい。ですが、リアンナ様はまず体を大事にすることが最優先です。いつまた暗殺の手が伸びるとも限らない。安全を確保するためにも、どうかこの屋敷の中で過ごしてください」
そりゃ、6歳に何かさせるわけにもいかないだろう。当主だといえ。でも、それは分かっているけれど、やはり釈然としない。前世の仕事感覚では「もっと行動したい」という気持ちがどうしても湧き上がる。それでも、いまは“幼い女の子”という現実。簡単には動けない。
(もどかしい……でも仕方ないよね)
ベアトリーチェがくすっと笑みを漏らし、「ご安心ください。リアンナ様のおかげで手紙の整理も進んでいます。今日のように書簡の仕分けを手伝っていただければ、それだけでも大きな助けになりますよ」と告げる。
私はわずかに肩をすくめて「分かりました。これからも手紙の仕分け……頑張ります」と答えた。表面上は納得したふうを装うが、心の奥底では相変わらずわだかまりを抱えている。
(でも、子どもの教育方法としては、とても優れているな。なにか役割を与えて、達成感を与えて、努力させるというのは、とても大事なことだ。)
「あまり根詰めないように、ね。リアンナ様が疲れすぎると、体にも良くないし、私たちも心配になるから」
ボリスがそう言って一礼すると、ベアトリーチェとの打ち合わせを再開する気配を見せた。どうやら私はもう解放されていいらしい。再び子ども扱いされているとも感じるが、実際、ここで長居しても専門的な話になると頭が追いつかないかもしれない。
結局、私は軽く会釈をして書斎を出ることにした。扉を閉めた先の廊下を歩きながら、胸の中に渦巻く思いを持て余す。
(仕方ない……いまはまだこの体じゃ何もできないか。それでも、いつか外へ出て、自分の目でラグレン家の実態を確かめたい。領民の困りごとも直に聞きたいし……)
考えるほどに、少し怒りに似た感情がこみ上げる。こんなに小さな手足じゃ、前世のように思い切った行動ができない。しかも“女の子扱い”をされることで、さらになお守られる立場に縛られる。
(それでも、いつかは変わるはず……体も成長すれば、きっともっと行動できる。私は6歳だし、この先長い……少しずつでも知識を蓄えて、準備をしていこう。女の子であることも、いずれ受け入れなきゃならないかもしれないけど……まだ心がついていかないんだ)
自分の抱える違和感と、当主としての責任。両方をいっぺんに解決する術はない。だが、私には時間がある――前世では“一生”に限りがあると思っていたけれど、いま再び子どもとして生まれ落ちた以上、この世界で大人になるまでにはまだ何年もあるわけだ。その間に、私なりの“形”を見つけられればいいのかもしれない。
「リア、お疲れさま。どうだった?」
廊下の角を曲がると、ローザが声をかけてきた。彼女は私の表情を見て少し心配そうだ。
「うん……ラグレン家の件とか、これからの対応とか、いろいろ話してた。まだ詳しいことは分からないけど……」
そう答えると、ローザは小さく頷いて「そう。大丈夫だよ、みんながついてるから。リアが無理して動かなくてもいいし、手紙の仕分けだって立派な“お仕事”なんだからね」と励ましてくれる。
「……ありがとう。私、もっとできるかもって思ってたけど、やっぱりまだ何もできなくて……」
ローザは「そんなことないよ」とすぐに否定し、「私たちからすれば、あれだけの手紙を読み取るだけでもすごいって思うけどね」と微笑んだ。
(少しは評価してもらえてるらしいけど、やっぱり子ども扱いだよな。まあ、実際そうなんだけど……)
ふと、階段のほうからエミーが駆けてくる姿が見えた。「あ、リアいた!」という声が響き、息を弾ませながら近づいてくる。その表情はやけに明るい。
「お疲れさま、リア。今ちょうどティータイムが準備できたから、一緒に行こ? さっき、書簡を仕分けてたときの続きとか話したいし、気になることがあれば話してちょうだい」
(ティータイムか……まぁちょっと疲れてるし、休むにはいいよね。お菓子をさっきも食べたけど、また甘いものが出るのかな……)
前世の男としては少し抵抗感もあるが、6歳児の体にはこの小刻みな休息が欠かせない。こうして優雅にお茶を飲む文化は、この世界の“女の子”ならでは……といえるかもしれないが、いまはそんなこと言っても始まらない。
「うん……分かった。ありがとう」
私が頷くと、エミーとローザは嬉しそうに先を歩き出す。彼女たちに導かれるようにして、私はまた屋敷の廊下を進んでいく。
(ラグレン家の脅威、領民の困りごと、そして私が女の子であることの違和感……全部まとめて、まだ解決の糸口は見えない。でも、とりあえず“一歩ずつ”。それしかないのかな)
胸の奥でそう呟きながら、私は歩みを止めない。疲れは感じるけれど、手紙の仕分けを通じて外の世界の声を少しだけ知れたことは大きい。いつか本当に行動できる年齢になったとき、自分が生きる場所を守れるように――そのときまでに、身体も心ももう少し強くなれればいい。
(きっといつか、私が“私なりの道”を見つけられるよね……前世の男だったころとは違う形で、女の子として領地を支える方法があるはず)
そんな期待と不安を胸に抱きながら、私は2人に続いて小さなサロンへ入っていった。足取りはまだ幼いながらも、前を見据えて進もうとしている――それが6歳の“私”にできる最善なのだと信じて。
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