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6歳の領主が知る世界──手紙と不穏な隣国の影①

 朝早く、窓の外から淡い光が射し込んでくる。その光に照らされる部屋の中で、私はふかふかのクッションに座り込みながら、大きく息をついた。6歳になって少しは体がしっかりしてきたはずだけど、やっぱり前世(大人の男だった頃の感覚を多少引きずっている)と比べると、耐久力も集中力もまだまだ足りないと痛感する。昨日は読み書きの勉強だけでかなり消耗しちゃったし、今日はどうなることやら……。

 でも、ゆっくりの成長の中にも、いい話がある。やたら長引いた左脚の怪我だが、もう、違和感も全く無いほどに完治している。後遺症もなさそうで、本当に良かった。


 「リア、もう起きてるんだね。昨夜はぐっすり眠れた?」

 やわらかな声と共に扉が開き、エミーが部屋に入ってきた。ふわっとした茶色の髪を揺らしながら、私を覗きこんでくる。彼女は侍女として私の世話をしてくれていて、かつ私の心の支えでもある。とはいえ、前世が男だった意識を抱える私にとって、ちょっと“甘やかされすぎ”な部分もあって、複雑な気分になることも少なくない。


 「うん……ちゃんと眠れた、と思う」

 私は微妙に気恥ずかしい思いを押し殺しながら答える。寝起きの頭がぼんやりしているせいか、何となく甘えた声になってしまう。前世ならすぐ着替えて仕事へ――なんて動き方をしていたかもしれないけれど、いまの身体は6歳の女の子。時間の流れも行動範囲もまるで違う。


 「よかった。実は今日はちょっと“特別なお手伝い”をお願いしたいって話があるんだけど……ベアトリーチェ様たちと先に軽く相談してたの」

 エミーが楽しそうに微笑む。普通なら「お手伝い?」と首を傾げるところだが、私の中には、これまで、いろいろな人に助けて貰って、なんとかこの異世界で生き延びることができた、と思っている。それもあってか“何かの役に立ちたい”という気持ちが強い。ずっと屋敷の中で過ごすだけでは退屈だし、当主(伯爵家)である以上、何もしないで守られるばかりでは居心地が悪いのだ。


 「お手伝いって……何をするの?」

 私は少し身を乗り出して尋ねる。脚に痛みはほとんどないが、まだ完全に治ったわけじゃない。前世なら体力はほどほどある方だったのに――なんて嘆くのも虚しいが、こうして何かしら“自分が動いている”実感が欲しいのだ。


 エミーは「後で詳しく説明するね」と言って、一度廊下へ姿を消す。ほどなくして戻ってきた彼女は、手のひらより少し大きめの紙片を何枚か抱えていた。そこには簡単な走り書きがあり、「手紙の山をリアに分担する」といった文字が見える。どうやら“書簡の仕分け”が、今回の私の役目らしい。


 「実はね、ここ最近、領民の方や商人さんたちからの手紙がたくさん届いてるんだ。ボリス様やベアトリーチェ様も目を通してるんだけど、数が多くて整理が追いつかないみたいで……」

 エミーがさらりと説明をしてくれる。伯爵家への嘆願書、感謝の言葉、あるいは近況報告など、形式も内容も様々な書簡が山ほどあるというのだ。


 「私が……それを手伝う、の?」

 私は思わず聞き返す。確かに読み書きは一応できるようになってきたけれど、まだ6歳の子どもが大量の手紙を整理するなんて大変じゃないかな、何を凄いことを言い出すのだろう、とやや不安に思う。


 エミーは「もちろん、大人たちが仕分けたあとに回してもらうから、あまり難しいものは来ないはず」と微笑む。そして、「外には出られないけど、手紙なら“外の世界”のことがリアにも伝わるでしょ?」と付け加えた。そう、私は暗殺の危険で屋敷から一歩も出られない状態――外の情勢を知る手段が乏しく、前世の男脳としては非常にもどかしい日々なのだ。


 (なるほど……、ベアトリーチェさんも、エミーもローザも、よくよく考えてくれた「お手伝い」なんだな。本当に気持ちが温かい。それに、手紙を通じて、領民の声を聞けるなら面白いかも。それに、役に立てそうだし)


 心のなかで感謝の言葉を述べていると、エミーが「無理そうなら途中で休んでもいいからね?」と優しく言う。「うん、やってみる」と力強く答えると、彼女は「じゃあ早速、準備してもらおうかな」と微笑んで部屋を出ていく。私も部屋着のままでは失礼だろうと、簡単に支度をしてメインの応接室へ向かうことにした。


 部屋を出る前、自分の姿を鏡でチェックすると、そこには6歳の“女の子”が映っている。あまりフリフリした服ではないが、パステル調のワンピース風部屋着を着ているだけで、前世の男のころとは雰囲気がまるで違う。小さな肩、幼い手足……一瞬違和感がこみ上げるが、「まだ慣れないけど、これが私なんだ……」と改めて思い返す。変に嫌悪するより、少しでも前向きに受け止めよう、そう自分に言い聞かせながらドアを開けた。


 淡い照明がともる廊下をゆっくり進むと、エミーが「こっち、こっち」と手招きしている先に、小さなテーブルと椅子がセットされていた。周囲には既に何束もの手紙が置かれていて、侍女長ベアトリーチェや護衛のボリスたちが忙しそうに整理している。私が近づくと、ベアトリーチェが落ち着いた笑みを浮かべて挨拶してくれた。


 「リアンナ様、今日は書簡の仕分けのお手伝いをお願いしたく思います。色々な手紙が混ざっていますが、簡単なものだけ選んで回しますので、無理しない範囲で読んでみてくださいね」

 私は「はい、やってみます……!」と力強く答える。実際、こんなにも大量の手紙を見たのは初めてだ。前世に事務所でメールを処理していた頃を思い出すけれど、今と体も環境も違う。いまは6歳の女の子だから、集中力には限度があるし、読み書きだって完璧じゃない。


 ボリスが「ラグレン家の動きが怪しいという噂もあります。領民からの手紙の中に、何か気になる文言があれば、すぐに知らせてください」と真剣な表情で付け加える。ラグレン家――隣のラグレン公国は、遠縁とはいえこちらの領地を狙っている危険な存在だ。6歳の私には何もできないのが実情だが、こうした書簡の仕分けで得られる情報も小さな手がかりになるかもしれない。実際問題、6歳の子どもそんなものを見分ける力なんて誰も期待していないだろうが、「ラグレン家の脅威がある」ことを、私に教えようという狙いなのだろう。


 (でも、そっか……ここからラグレン家の何か不穏な動きを知る手がかりが見つかる可能性もあるんだ……)


 私のなかで少しだけ緊張感が高まる。前世の男の感覚を引きずっている部分では、“政治的陰謀”なんて単語も浮かぶが、いまはただ“怪しい情報を見落とさないよう”にするくらいしかできない。それでも、屋敷に閉じこもりきりの私にとって、外の世界を知る貴重な機会になるだろう。


 手紙の束をいくつか受け取り、椅子に腰を下ろす。子ども用に高さを合わせてあるとはいえ、まだ少し大きく感じる。周囲を見渡すと、エミーとローザがアシストする形で、隣のテーブルに別の手紙の束を広げている。そうか、彼女たちが“難易度”を事前に分けてくれたんだな……と察して、私は心のなかで感謝した。書き慣れない文字だと読めないし、あまりに長文でも6歳の集中力では無理がある。


 まずは一通目。手紙を開くと、そこには子どもでも読めるような綺麗な筆跡で「作物が今年は不作で困っている。雨が少なくて水路に水が来ないのだが、何とかなりませんか」といった内容が書かれている。

 (ふむ……水路の修理とか、対応が必要だよね。そもそも屋敷にこういう相談が集まってくるんだ……。外へ行けたら現場を見に行きたいのに)


 外出禁止状態の私には直接確認することはできない。しかし、この手紙を書いた人はとても切実だろう。それを思うと、たとえ6歳でも何か策を考えたくなる。けれど、さすがに私一人で動けるはずもなく、とりあえず“領民の困りごと”としてまとめておくしかない。メモ用紙を脇に置いて、少し不器用な字で「水路 不作」と書きつける。


 二通目は「娘の病気が治らないから薬を分けてほしい」という内容だった。

 (また生活に密着した相談だ……当主として助けたい気持ちが募るけど、自分でできることなんて限られてる。足も外に出られないし……)


 読みながら胸が少し痛む。幼い子が病気で苦しんでいるというのに、私はただ“手紙の内容”を把握してリスト化するしかない。大人たちなら薬師や医師の手配を考えてくれるかもしれないが、幼い当主の私は何もできないのがもどかしい。

 (前世なら多少は動けたかも……でも今は6歳の女の子……私はどうすれば?)


 そんな悶々とした気持ちに苛まれつつ、何通も手紙を読んでいくうちに、疲労がじわじわ押し寄せてくる。思った以上に文字を読むのは大変だ。エミーやローザが「休憩しながらでいいよ」と声をかけてくれるので、「うん……」と頷き、小休止を挟む。


 その合間、ボリスが向こうで「ラグレン家に関する噂が増えているな」と呟いているのが聞こえた。どうやら別の束には“ラグレン家の人間が村を巡っている”とか“怪しい商人がラグレン公国の品物を売りつけている”などの話があるらしい。何やら穏やかでない予感がする。


 私は小さなマグカップに注がれたお茶を一口すすりながら、その言葉にじっと耳を澄ませる。ラグレン家――隣国とはいえ、公国として独立しており、以前からマルディネール伯爵家の領地を狙っているという噂もある。大義名分としては、ラグレン家は、私の家であるクラリオン家と遠縁にあたり、相続人が私、つまり少女一人なら、領民のためにも、自分が相続すべき、ということらしい。それに、こんなに豊かな土地を放っておくはずがない、と大人たちが言っていたのを思い出す。


 (ラグレン家……本当にこの領地を奪おうとしてるのかな。私がいないほうが都合がいい、なんて考えて暗殺を仕掛けたのかもしれないし……)


 足元に冷たい感覚が走る。まだ解決していない暗殺の脅威を思い出すと、体が小さく震える。前世の男だった思考回路なら“守られてばかりはいられない”と行動したいが、現実は小柄な女の子として周囲に保護されるだけ――なんとも歯がゆい。


 けれど、ここで塞ぎ込んでは意味がない。私は残りの手紙を再び手に取り、少しでも領内の状況を把握しようと意識を切り替える。何かひとつでも役に立つ情報をピックアップできれば、ボリスやベアトリーチェに伝えられるかもしれない。それが私なりの「当主としての務め」だろう。


 三通目、四通目……読んでいくと、中には「領主さま(伯爵家)がいるから安心しています」「お嬢様がご快復されますように」という応援の言葉が並んだ手紙もある。読むだけで胸が温かくなる内容だ。

 (“お嬢様”か……私のことなんだよね。でも前世が男だった身としては、なんだか気恥ずかしい……それに、しっくり来ない部分もまだある……)


 素直に嬉しく思う半面、“女の子扱い”されている現実がまた心をザワつかせる。自分の存在を認めて応援してくれる領民の声に報いたい気持ちと、そもそもこの身体が女の子であることへの戸惑い――二つの感情が交錯して、何とも言えない気分になる。


 「リア、大丈夫? 顔色悪くなってきたけど……」

 ローザが心配そうに近づき、私の腕に触れる。そういえば結構集中していたから、頭がクラクラしてきたのかもしれない。


 「ごめん……ちょっと疲れた……でも、あともう少しだけ読んだら休む……」

 私は弱々しく笑みをつくって応じる。本当は一気に全部把握してしまいたい気持ちもあるが、6歳の体では限界がある。書簡はまだまだ山積みで、それらを数人がかりで仕分けしていくのだから仕方ない。


 最後に手に取った一通は、ちょっと字が汚くて読みづらい。でも何とか目を凝らして解読すると「最近、ラグレンの名を名乗る連中が我が村を覗きに来た。何か意図があるのか気味が悪い……」と断片的に書かれているではないか。私は思わずローザを見やる。

 「ラグレンの……連中?」

 口の奥が苦い感覚に包まれる。やはりラグレン家は、この領地に手を伸ばそうとしているのだろうか。たとえ偽物だとしても、穏やかでない。私としては見過ごせない話だ。


 「ローザ、これ……ボリスさんたちに伝えなきゃ……」

 思わず息を呑みながら手紙を差し出す。ローザが軽く読み、頷いて「うん、わかった。すぐボリスさんに知らせるね」と返事をくれた。こんな些細な情報でも、暗殺未遂があった以上、何らかの警戒強化に繋がるだろう。


 こうして私は、軽いめまいを感じながらも机に書簡をそっと置いた。仕分け作業はまだ続くが、いったんここで区切りをつけることにする。明らかに体力の限界が近づいているのがわかるし、6歳児には長時間の文字読みは酷だ――前世が男だった頃の私ならもっと耐えられたのに、と歯がゆい気持ちが募る。

 (女の子であることと幼児であること、どっちがより大変なんだろう……いや、両方か)


 見上げると、ベアトリーチェが「お疲れさまです、リアンナ様。読み取りやすいものだけとはいえ、たくさん仕分けしてくれましたね」と静かな声で労いをかけてくれた。わずかな達成感を感じつつ、しかし「もっと外のことを知りたいのに、これじゃあ不十分……」とモヤモヤもする。この“封鎖された屋敷”からでは、文字でしか外を知れないのだ。


 遠くではボリスが「ラグレン家の情報はまとめてくれ」と侍女に指示を出している。あの隣国が本当に動き始めたら、また暗殺の手が回ってくる可能性も否定できない。6歳の私は、守られるだけで何もできないのか――そんな現実を突きつけられそうで、胸が重くなる。


 「さ、リア。ちょっと休もうか。おやつの時間にはまだ早いけど、後で甘いお茶でも飲んでひと息つこうね」

 エミーが私の肩を軽くぽんぽん叩いてくれる。それを合図に立ち上がろうとした瞬間、足元がふらついて、危うく転びかけた。彼女がしっかり支えてくれたおかげで何とか踏みとどまるが、やはり疲労が溜まっているのだろう。


 (こんなに簡単に体が言うことをきかなくなるなんて……。前世では考えられなかったのに)


 頭の中で自嘲気味に呟きながら、エミーとローザに支えられつつ部屋の外へ向かう。書簡整理はひとまず終了だ。今回目にした手紙からも、領民の生活が苦しいこと、ラグレン家の影がちらつくこと、私への応援の声もあること――いろんな情報が得られた。嬉しい反面、外に出られないもどかしさが一層募る。


 「……ありがと、エミー、ローザ。私、ほんの少しでも役に立てたかな……」

 小さな声でそう漏らすと、二人は口を揃えて「もちろんだよ!」と力強く答えてくれる。私はその言葉に救われる思いがしつつ、同時に“女の子の身体で守られるだけ”という立場に小さな反発心を抱いているのも事実だ。自分が思うように動けないのは、6歳だからなのか、それとも“女の子”だからか……その答えはまだ見えてこない。


 (とにかく、ラグレン家の動きが気になる……あの暗殺未遂の犯人も未解決だし、何か大きな事件が近づいているんじゃないだろうか……)


 そんな不安を抱えながらも、前世の男だったころの私にはなかった“幼児の体の限界”が来て、思考が鈍っていくのがわかる。いまは休むしかない。しっかり寝て、体力が回復すれば、また手紙の続きに向き合えるだろう。少しでも有益な情報を探し出したい――それが“当主”としての私の役目だと信じているから。


 そして、エミーとローザの支えを借りて部屋に戻る途中、通りすがりのボリスが「リアンナ様、助かりましたよ。あとで気になる手紙をまとめますから、一緒に確認を……」と低い声で言う。私は「はい……」と素直に頷くが、やはり全てを把握しきれない歯がゆさが胸を突き刺す。

 (でも、こうして少しずつ外の情報を得られるだけでも進歩かもしれない……私にできることをやるしかない)


 廊下の窓から差し込む朝の光を浴びながら、私は「もう6歳になったんだし、もう少し動けるようになりたい」と心の中でつぶやく。しかし女の子の身体であり、しかも守られる立場にあることは簡単には変わらない。頭のどこかで「このまま、女の子扱いされるのに慣れちゃうのかな……」という不安が、また小さく疼くのを感じる。


 それでも、いまは動ける範囲でがんばるしかない。“手紙の山”こそが外の世界と私を繋ぐ窓口になっているのだから――。そう言い聞かせながら、私は微妙にくすぶる違和感を抱きつつも、エミーの手を借りてゆっくり部屋へ戻っていったのだった。


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