4歳だけど侮るなかれ! 幼き領主の頭脳と休息 ③
ひとりで外を歩くにはまだ危険が大きい。暗殺未遂の犯人はいまだ捕まっておらず、屋敷の外には“脅威”が潜んでいる可能性が高い。だけど、屋敷の中なら少しは自由に動き回れるし、怪我で痛かった脚もだいぶ治ってきた――そう自分を励ましながら、私は今日もこの部屋に戻ってきた。ほんの少し前までは、足を引きずりながら数歩進むのがやっとだったのに、いまは廊下を二往復くらいなら大丈夫。4歳の身体の回復力と、マギア治療のおかげだ。
夕方の光が窓越しに差し込むなか、私は部屋のソファに腰を下ろし、ふうっと息をつく。半日かけて算数や文字の勉強をしただけなのに、全身がしんどい。前世で言えば「子どもにしては」かなり集中しているほうなのかもしれないが、いざ自分が4歳児となると、体力に限界があるのをひしひしと感じる。おまけに心の中には“女の子であること”への違和感も少しずつ積み重なっていて、疲労が倍増している気がする。
「リア、お風呂どうしようか。ご飯の前に入ってもいいし、あとでもいいし」
エミーがやってきて、テーブルの上を片付けながら声をかけてくる。今の私はソファにへたりこんでいて、動き出すのが少しおっくうだ。それでも、ベッドに倒れ込むにはまだ早いし、夕飯も控えている。
「……あとでもいいかな。ちょっと休みたい」
私は弱々しい声でそう答え、エミーは「わかった。無理しなくていいよ」と微笑んだ。
「計算も文字も、今日は本当にいっぱい勉強したもんね。お疲れさま」
ローザが奥からタオルを持ってきて私の隣に座る。彼女たちからすると、私はまだ4歳になったばかりで、無理をさせたくないというのが本音だろう。一方で、私は前世由来の“もっとできるはず”という気持ちと、“体が幼児だから限界がある”という現実のはざまで、妙にモヤモヤしてしまう。
(実際、数時間勉強しただけでヘトヘトなんだよな……。子どもの体ってすぐ眠くなるし、足がだるくなるし、情けない。でも、成長してるのも事実だし……少しずつ慣れていくしかないか。)
私はそう自分を納得させながら、ほんの少しだけ背中を伸ばして深呼吸をする。いつかは領主として外へ出て、広大なマルディネールを実際の目で見たいし、暗殺者が背後で動いているなら対策も考えたい。まだまだ幼児だから何もできないけれど、少なくとも計算や文字の勉強はスタートできたし、脚も回復してきている。
(前世の男性としての常識があれば、政治や交渉にも活かせるかな……でも、この“女の子”の身体に馴染んだとき、自分はどうなっちゃうんだろう?)
そんな風に思考がぐるぐるしていると、ローザが私の頭をポンポンと撫でる。
「何も難しく考えすぎなくていいよ、リア。まだ4歳なんだから、今日はもう休もうね?」
幼い肩を抱きしめられると、前世の記憶は一瞬遠のいて、今の自分が本当に“小さな女の子”として甘えたいような気持ちに浸ってしまう。正直、悪い気はしない。体が幼いぶん、そういう温もりが素直に嬉しい。でも、前世の名残が頭の隅で「甘えすぎじゃないか?」と囁き、また少しだけ心がざわつく。
「あ、もう夕飯の匂いがしてきたな。今日はお肉のシチューもあるんだって。ちゃんと食べられる?」
エミーが廊下のほうに目をやりながら言うので、私は「うん……多分お腹すいた……」と返事する。いつもこの身体は無理なく食べられる量が少ないので、気をつけないとすぐに満腹になってしまうが、甘い物やシチューには意外と手が伸びる。
(前世じゃ好き嫌いはそこまでなかったけど、今の私の舌はやっぱり4歳児の感覚なんだな……)
そう考えると、“女の子の身体”であることと、“4歳の子ども”であることの、どちらにより違和感を覚えているのか、自分でもよくわからなくなる。男と女の体の差よりも、大人と幼児のギャップが大きいのかも――そう思うときもある。でも、“少女”としての感覚が少しずつ当たり前になりつつあるのも事実。いまはフリフリのドレスを着る機会は少ないけれど、もし本格的に“令嬢として”振る舞う日が増えたらどうなるのか、ちょっと想像するだけで落ち着かない。
やがて、夕飯の時間になり、私はエミーとローザに誘導されて食堂へ向かう。いつもと同じ屋敷内のルートだし、警護の兵士も廊下に配置されていて、以前より物々しいが安全性は高い。暗殺未遂の事件以来、外部の人間がほとんど屋敷内に入れないようになったので、逆に室内だけは静かなものだ。
(でも、犯人はいまだ不明だし、周りがいくらがんばってくれても、絶対100%安全ってわけじゃないんだよね……)
そう思うと、食堂の大きな扉が開かれた瞬間、少し緊張が走る。以前はバルコニーで命を狙われたんだから、食事の場だって油断できない。けれど、周囲を見渡しても見覚えのある使用人たちばかりで、みんな穏やかに微笑んでいる。私は椅子に座り、ちょっとほっとする。
「さあ、リア、お肉のシチューは苦手じゃなかったよね?」
ローザが皿を配膳しながら尋ねる。私は「うん、好き……」と素直に答え、スプーンを手に取る。少し肌寒くなり始めた季節に、あつあつのシチューはありがたい。
(これも前世だと当たり前の光景だけど、いまは“幼女”として座ってるわけで……やっぱり変な感じだな。でも、美味しそう……)
いただきます、と小さくつぶやいてから、スプーンをスープの表面に沈める。エミーは向こうの席から笑顔で「熱いから気をつけてね」と声をかけ、私は「うん……」と返す。4歳児の舌が喜ぶように味付けされているのだろうか、甘みがしっかり感じられてとても美味しい。前世ならもう少し塩気のある方が好みだった気がするが、いまの身体にはこれが丁度いいと感じるから不思議だ。
食べ進めながら、ふとあたりを見回すと、ボリスの姿は見えない。そういえば今日は当番兵との打ち合わせで忙しいらしく、食堂には来られないって聞いたっけ。侍女長ベアトリーチェも“領内の書類があるから夜は忙しい”と昼間に言っていた。どうやら、私が知らないところで大人たちは色々と動いているらしい。
(暗殺者の手がかりでも見つかったのかな……それとも、領地運営で何かあった? いまはまだ4歳だし、すべてを把握するのは無理か……)
もどかしい気持ちと、何も考えなくていい幼児の気楽さが同居している。とりあえず目の前のシチューを完食することに集中しよう。ローザとエミーが「ゆっくり噛みながら食べてね」と言い、私が口を動かすたびに「えらいえらい」と笑みを浮かべる。
(こんなに褒められるなら、計算だけじゃなく、ご飯を食べるだけでも“偉い”って言われそう……まあ、悪い気はしないけど。)
夕食を終えて部屋に戻ると、今度はお風呂の時間がやってくる。さっき休憩したおかげで、体力はそこそこ戻ったけれど、湯舟につかって温まるとまたすぐに眠くなるのが恒例だ。私は「今日は自分で洗うよ」と一応口にしてみるが、エミーが「はいはい。脚が危ないからサポートするわよ」と微笑んで譲らない。そりゃそうか。まだ少し足に不安が残るし、女の子の体をちゃんと洗うのも難しい……そう思うと、自分で言ったくせに少し情けなく感じる。
熱い湯に浸かり、エミーとローザの手で背中や腕を撫でられるたび、前世の男としての感覚が微妙にザワつく。だが、この4年という歳月で、“3歳児のころ”に感じていた強烈な戸惑いはだいぶ薄れているのも確かだ。子どもの体が“守られる安心感”を欲しがるのが強く、最終的にはそのまま大人しく洗われてしまう。
(うーん……変な話だけど、だんだん慣れてきてるんだな……これっていいことなのかな?)
お風呂からあがり、暖かいバスタオルで身体を拭いてもらうと、また一段と眠気が増す。ローザが「さ、パジャマ着ようか」と言ってパステルカラーの部屋着を見せてくると、私はほんの少しだけ「もっと普通のパジャマはないの?」と思わなくもない。だが、4歳の女の子としてはこれが“普通”なのだろう。レースやフリルが少し控えめになっているだけマシかも……と、割り切ることにした。
(いつか、自分で服を選ぶ日が来るのかな……計算は得意でも、服装はまだよくわかんない。)
そして部屋の灯りがほんのり落とされ、エミーとローザが「おやすみ」と微笑みかけてくる。私は「おやすみ……ありがと……」と小声で返事をしてベッドへ。4歳児の体力は一日の終わりに“もう無理”とばかりに眠気を押し寄せてくるから、ベッドに入った瞬間に目がふらふらし始める。
(結局、今日も“女の子”としての一日が終わったな……。計算だけはちょっと大人びてみせたけど、身体はやっぱり子どもなんだ……)
布団に身を沈めながら、私は暗殺者の脅威や、屋敷から出られない現状、そして女の子としての将来に対する漠然とした不安を頭の片隅で感じている。しかし、眠気が強すぎて深く考えられない。
(明日もきっと勉強が続くんだろうな……計算はもう少しレベルを上げてもいいかも。領地経営や税制度、もっと知りたいな……)
そんな思考を繰り返しているうちに、意識が夢の世界へ溶け始める。声をかけられれば「え? ああ……」としか答えられないくらいに、まぶたが重い。前世の男であった自分を思い出す余裕もないくらいに、4歳児の体は容赦なく眠気を押しつけてくる。
(まあ、いっか……とりあえず明日はもっと計算問題をやろう。女の子の礼儀作法は……まだいいや。いずれ必要だけど……慣れちゃうと逆に怖いし……)
最後の一瞬、エミーが耳元で「ゆっくり休んでね。明日も一緒にがんばろうね……」と囁くのを聞きながら、私は思わず微笑んでしまう。実際、計算が得意でも幼児の体はどうしようもなく弱いし、女の子としての生活も違和感が消えたわけではない。でも、エミーやローザ、ベアトリーチェ、そしてボリス……みんなに支えられている安心感は心地よい。
(4歳児になってもうすぐ一年……いつかは“外の世界”へ出られるように、勉強やリハビリを続けるしかない……)
暗くなった天蓋ベッドの中で、私はそんな決意と隠せない不安を抱きながら、静かにまぶたを閉じる。前世だったらもっとガツガツとやれたはずのことが、この身体では一瞬で疲れてしまう。でも、少しずつ成長しているし、計算で褒められるのは悪い気分じゃない。
いつか暗殺の恐怖が消え、堂々と領地を歩く日が来る頃には――私の足腰も強くなり、女の子としての立ち振る舞いにも慣れてしまうのだろうか。正直、それは楽しみのような、怖いような感覚だ。
(いまはまだ、女の子としての自分を完全には受け入れられない。でも、少しずつなら……大丈夫かもしれない。)
そんな微妙な葛藤と、ほんの少しの希望を胸に、私は深い眠りへと落ちていく。館の外にはまだ危険が潜んでいるかもしれないし、領主としての責務もこれから本格化していくだろう。けれど、4歳児として一歩ずつできることを増やしていこう――計算だって立派な武器になるし、女の子の体に順応することも、いつかはプラスになるかもしれない。
今夜もまた、疲れきった幼児の身体が容赦なく私を眠りの底へ引きずり込む。そんな強烈な眠気に身を委ねる中、脳裏には窓の向こうに沈む夕陽がちらりと浮かぶ。柔らかいオレンジの光が、まるで“次への一歩”を照らしてくれるように感じられて、私は少しだけ口元を緩める。
(明日もきっと、勉強がんばろ……女の子であることにはまだ戸惑うけど、いまの私ができることを少しずつ伸ばせば、いつか本当に領主として立てるはず……)
こうして一日が幕を閉じる。幼児領主の私、リアンナは、まだ外に出られないまま屋敷の中だけで成長を続ける。計算の才能を発揮して褒められるのは嬉しいが、“女の子”としての生活や礼儀作法には少しずつストレスも増えている。それでも、前世の記憶がくれるヒントと、この世界で得る新たな知識を組み合わせながら、どうにか自分なりの歩幅で前へ進もうとしている。
“女の子”の身体と“幼児”という年齢、そして“伯爵家の跡取り”という重責――そのすべてを抱え込んだまま、私は穏やかな眠りに包まれる。暗殺未遂の犯人はまだ見つからないが、いまは幸いにも大きな事件は起きていない。こうした日常の積み重ねが、いつか私を強くしてくれると信じたい。
窓の外では夕陽がすっかり沈み、夜の闇が屋敷を覆い始めている。寝息を立てる私の耳元で、ローザが小さく「おやすみ、リア」と囁く声が聞こえ、エミーがそっと布団を引き上げる気配がする。
さようなら、今日という一日。また明日、私にできることを少しだけ増やしていこう――そう願いながら、私は静かに意識を手放し、4歳のまどろみへと落ちていった。
前世 日本 憲法
30条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
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