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4歳だけど侮るなかれ! 幼き領主の頭脳と休息 ①

 目を覚ましたとき、窓の外からほんのりと柔らかな光が差し込んできた。まだあたりは薄暗いはずだけれど、なぜか今日はいつもより早く目が冴えてしまう。私――リアンナは、天蓋付きのベッドの中で小さく伸びをしながら、頭の中でこれからの一日のことを思い描いた。4歳の誕生日を迎えてまだそう日は経っていないが、最近は生活のリズムが一段と規則正しくなった気がする。怪我はほぼ完治してきたし、エミーやローザと共に屋敷の中を自由に動き回れるようになったのも大きい。


 「……あ、もう起きてるの?」

 やわらかな声がカーテン越しに聞こえ、エミーが顔をのぞかせる。まだ朝早いのに、彼女たち侍女はいつもきちんと私の世話をするために起きているらしく、申し訳ない気持ちもありつつ安心感が大きい。

 「うん……目が覚めちゃった……」

 私がベッドの縁に腰をかけてそう答えると、エミーはにこっと笑顔を浮かべ、「そっか、じゃあローザにも声かけるね。今日から本格的に“領主としての勉強”が始まるってベアトリーチェ様が言ってたでしょ?」とウキウキした口調で言う。


 そう――私は一応“クラリオン伯爵家”の唯一の跡取りであり、マルディネール領の“領主”としての責務を将来担う立場。4歳になったばかりだけど、そろそろ本格的に“貴族の義務”や“税の仕組み”を学ぶ必要があるらしい。もっとも、実年齢4歳では集中力も体力も限界があるわけだけれど……。


 「リア、おはよう。よく眠れた?」

 今度はローザが部屋に入ってくる。彼女は少し寝ぼけ眼のままでも、私の枕元を片付けたり、朝の着替えの用意をしてくれたりと頼もしい。

 「うん……眠れた、よ……」

 どうもまだ少し眠気は残っているが、頭のどこかでは“早く勉強したい”という気持ちが燃えている。前世ではいい大人だった自分の感覚がまだどこかにあり、知識欲を刺激されるのが面白いのだ。


 エミーとローザに支えられながら、私はベッドから降りてスリッパを履く。この身体――4歳の女の子――にもだいぶ慣れてきたとはいえ、前世が男だった意識が完全になくなったわけではない。たとえばパジャマの裾が可愛いレースで飾られていると、まだ少し“もぞもぞ”と落ち着かない。もっとも、最近は「まあ、そういうもんか……」と受け流せるようになってきている自分がいるのも事実だ。


 「あ、こら、またぼーっとしてる。お着替えするよ、リア」

 ローザに促され、私は朝の身支度に入る。パジャマからちょっとした普段着に着替え、顔を洗い、髪を梳かしてもらう。以前なら怪我の痛みで動くのも大変だったけれど、いまは軽く足を踏み出すくらいなら何の苦もない。暗殺者の行方がまだわかっていないせいで外出は許されないが、屋敷の中を自由に動けるだけでも大きな進歩だ。


 「さて、朝ごはんを軽く食べたら、ベアトリーチェ様が来るはずよ。今日はちょっと本格的にお勉強するんだってね」

 エミーが張り切っているのを横目に、私は心の中で「頑張ろう」と小さく拳を握る。前世の知識がどれだけ活かせるか、実際は微妙だけれど、税や経済、領地の運営についての理屈をある程度想像できるのは強みだろう。まして“計算”となれば、前世の大人脳がきっと役立つはず――いまの身体は4歳児だから集中力は続かないにせよ、コツさえ掴めば周りを少し驚かせられる気がする。


 そんなふうに気合を入れていたところ、朝食を終えた私の部屋へ、侍女長ベアトリーチェが静かに姿を見せた。30代半ばくらいの落ち着いた女性で、柔和な笑顔とキビキビした物腰が印象的な人だ。普段は屋敷の管理や私の身の回りの取り仕切りをしてくれているが、今日は“教育係”として文字や領主の基礎を教えてくれるらしい。

 「おはようございます、リアンナ様。足のほうはもう大丈夫ですか?」

 「うん……もう痛くない……。ぜんぶ治った、ってわけじゃないけど、歩くのは平気」

 私がちょっと得意げに胸を張ると、ベアトリーチェは優しく笑みを浮かべ、「それはよかったです。今日はあまり長時間ではありませんが、少し真面目なお話をしますね?」と切り出す。


 ほどなくして、エミーとローザが私の机を整え、椅子の高さを調整してくれる。部屋の一角には簡単な教材や紙束が用意され、ベアトリーチェが持参した分厚い本も目に入る。そこには可愛らしい挿絵が付いていて、見たところ子ども向けの導入テキストのように見える。

 (これが“領主としての勉強”……? もうちょっと大人向けでもいいんだけどな……)

 前世でそれなりにいろんな知識を得た私からすると、挿絵つきの簡単な本は少し物足りない気がした。とはいえ、今の身体は4歳。周囲は“幼児”として扱うのが当たり前だし、字の読み書きだってまだ拙い。欲張りすぎても仕方ないだろう。


 「では、リアンナ様。まずは文字の確認をしてみましょうか。前回より少し難しい単語も混ぜますので、読めるところがあれば教えてくださいね」

 ベアトリーチェが本を開き、私の目の前に差し出す。挿絵に絡めて文章が載っているが、じっくり見てみるとそこまで難しくはなさそうだ。もちろん、4歳児としては十分難易度が高いのだろうが、前世の感覚を活かせば、文章の文脈や表音文字の仕組みをパズルみたいに解読できる。


 「あ……ここは『テイ』……えっと、なんだっけ……」

 私はしばらく文字を追いかけながら声を出す。ベアトリーチェは微笑んで「焦らなくていいですよ」と待ってくれる。エミーとローザは横でハラハラしながら見守っている。

 (この程度なら読めるはず……身体の記憶と前世の脳内ロジックを合わせれば……)

 そしてしばらく黙考してから、私は何とか文章を読んでみせる。合っているのか不安だったが、ベアトリーチェが嬉しそうに「上手ですね。4歳とは思えません」と言ってくれたので、ひと安心した。



 次に取り出されたのは、小さな木製の算盤のような道具と、いくつかの簡単な計算問題を描いた紙。ベアトリーチェは「まだ難しいかもしれませんが、領主として“数”を扱う感覚はとても大事ですよ」と優しく告げる。

 (計算か……これはチャンスかも。)

 そう思った私は、4歳児らしく見えるようほどほどの速度でやってみよう――と頭で考えつつ、わりと簡単な足し算や引き算の問題を読み上げる。「8+3は……11」「5-2は……3」みたいな基本が多いのだが、私にとっては“懐かしい計算”という感じが強い。

 「……え? もうできたんですか?」

 思いのほかすぐに答えが出せる私に、ベアトリーチェが目を丸くする。私は内心で「ちょっとペース速すぎたかな……」と焦るが、もう遅い。エミーとローザまで「やだ、リアってばこんな計算簡単にしちゃうの?」と瞳を輝かせている。


 「べ、別に……あまり難しくなかった、から……」

 私は頰をかきながら視線を逸らす。本当はちょっと嬉しいが、あまりに幼児離れしたところを見せると怪しまれる気もして、どう対応していいかわからない。ベアトリーチェはしばし沈黙してから、「では、もう一段階だけ難しい問題を試してみましょうか」と微笑み、別の紙を取り出す。そこには少し大きな数同士の足し算や繰り上がりの引き算が書かれている。


 (大きな数といっても……二桁程度なら楽勝だけど、4歳児の手先と脳ではどう見えるかな……)

 私は多少の演技をしながら算盤をカシャカシャ動かしつつ、前世の暗算を使って答えを導く。案の定、これはやはり楽勝で、さらにスピードを加減しても普通の4歳からすれば信じられない速さらしく、ベアトリーチェが「すごい……リアンナ様は計算がとても得意なんですね」と目を丸くした。


 エミーとローザも「やだ、まさかここまでとは……!」と口々に驚き、私は少し照れくさいやら誇らしいやらで、落ち着かない。前世で学んだ論理や思考方法が、そのままこの世界の計算にも通用するのだから当たり前と言えば当たり前だが、やはり“三歳児モード”に慣れきっていた身には不思議な感覚だった。


 「リア、まだ疲れてない? 大丈夫?」

 ローザが気遣うように覗き込んできたので、私は首を横に振る。「うん、まだ平気……」と返す。前世の感覚だと全然物足りないくらいだけれど、今の身体は本当にすぐ疲れるのだ。加えて、女の子の身体であることへの違和感が“子ども扱い”と結びつくと、なんだかいろいろ精神的にごちゃごちゃする。

 (せっかく計算で褒められたのに、「女の子の可愛い数字の勉強」みたいに見られるのは、妙に落ち着かないな……)

 そんな軽い苛立ちを抱えながらも、“一生懸命計算してる4歳の女の子”という姿が周囲には可愛らしく映るのだろう。


 「じゃあ、計算はひとまずこれくらいにして、次は文字の問題をもう少しやりましょうか。あとで“領主の義務”の入門書を読み聞かせしますね」

 ベアトリーチェが提案し、私はコクンと頷く。内心、「もっと計算したい」と思う気持ちもあるが、ここは4歳児らしく物足りなさを感じつつ従うしかない。周りがあまりに褒めてくれるので、ちょっと調子に乗りたい気持ちもあるが、姿勢を崩してバレると面倒だ。



 その後、私は文字練習や読み聞かせをしばらく続ける。大きな字で書かれた基本的な単語や、領主として覚えるべき言葉など――“田畑”“税”“治安”“領民”など、子ども向けに噛み砕いて説明してくれるが、今の私にはちょっともの足りないくらいだ。ただ、前世にこんなファンタジー世界の土地経営を学んだことはないし、家臣との関係や騎士団の仕組みなども興味深い。だからこそ“もっと詳しく知りたい”が、ベアトリーチェが「はい、今日はここまでね」と切り上げてしまう。


 「え……もうおしまい?」

 私が驚いていると、ベアトリーチェが申し訳なさげに微笑む。「リアンナ様のお身体ではこれ以上勉強すると疲れちゃいますよ? 集中力も限界でしょう」

 実際、身体がダルくなってきているのは確かだ。さっきまで「もっと勉強したい」と思っていたのに、ほんの数十分の学習で頭もずんと重くなってきている。前世の意識が「まだまだやれる」と思っても、4歳児の体はリミットが圧倒的に低いのだ。


 「むむ……」

 思わず頬を膨らませてしまうと、エミーがクスッと笑って「そんな顔しないの。明日も勉強するんだから」と肩をさする。確かに、急に詰め込んでも疲労でバテるだけだし、どうせ暗殺の危険がある以上、当面は屋敷の外へ出られない。焦ったところで仕方ない、というのもわかる。

 (うーん、でもこの身体、やっぱり幼い……。せっかく計算がわかるのに……)


 結局、午前中の勉強はここで一区切り。ベアトリーチェが「では、また明日、続きをしましょうね」と言い残して部屋を出ていくと、私は椅子に深く沈みこんだ。エミーとローザは「すごかったよ、リア。計算なんてあんなに早く答えられるとは思わなかった!」と拍手してくれるが、私は素直に喜べない部分もある。


 「ねえ、リア。そんな難しい顔しないで?」

 ローザが不安そうに聞いてくる。私は少し黙ってから、「だって……もっとできそうだったのに……身体が、疲れちゃって……」と正直な思いを吐露する。前世ならこの程度の学習は朝飯前なのに、どうしてこんなに息が上がってしまうのか――分かってはいるけれど、歯がゆい。


 「無理はよくないよ。4歳だし、これでも十分すごいよ? あんなに難しい足し算をパッと答えて、ベアトリーチェ様も目を丸くしてたじゃない」

 エミーがフォローしてくれるが、私は「うん……」と曖昧に頷くしかない。そもそも“女の子として生きることへの抵抗”がどこかで絡んでいる気がする。こうして可愛らしいパジャマや普段着を着ながら、周囲から「ご令嬢」として扱われるのはまだ慣れない。勉強を進めれば進めるほど、いずれ“女の子の礼儀”や“女の子の身支度”も身に染みついていくのだろうし……。


 「まあまあ、今日はこれくらいにして、お昼ごはん食べたらちょっと休もう? それから午後は軽くリハビリもするんでしょ」

 ローザが明るく話を変え、私はしぶしぶ「うん、わかった……」と返す。どうやらこの世界では、私が怪我を克服し始めていることを皆が喜んでいて、“安全のために”まだまだ屋敷からは出られない状況だ。暗殺未遂の犯人も未確保のまま。「いまは焦らず体を作ろう」というのが、エミーやローザ、ボリス、そしてベアトリーチェの総意らしい。


 (仕方ない……いまは屋敷内で勉強とリハビリに専念するしかない。暗殺者がまだ潜んでいると考えると、不用意に動くのは危険だし。いつか安全が確保されたら、思い切り外へ出て領地を見たいけど……その頃には私、もう女の子の生活に慣れちゃってるかも……?)


 わずかな恐怖と違和感、そして子どもの体力の限界を感じながらも、私はそっと椅子から立ち上がる。ほんの数十分の勉強なのに足がだるくなっているのは情けないけれど、仕方ない。エミーがサッと肩を貸してくれ、ローザが机を片付けるのを横目で見ながら、私は小さく息を吐いた。


 「計算……もっとやりたかったな……」

 つぶやくと、エミーが笑いをこらえるように「本当に計算好きなんだね。じゃあ午後にちょっとだけやる?」と提案してくれた。前世の自分なら“算数”を好んでいたわけじゃないのに、不思議と今は「できること」に貴重な喜びを感じてしまう。

 「うん……やろうかな……」

 私はそう呟きつつ、“4歳の女の子”としての身体をかみ締める。計算は得意だけど、一度にたくさん詰め込むと頭や体に支障をきたす。“大人の脳”と“幼児の体”とのギャップは、思った以上に大きいのだ。


 ――こうして、幼児領主の本格勉強がゆるゆるとスタートした。一朝一夕で何かが変わるわけではないが、私は少しずつ“領主”としての基礎を学び、同時に前世から持ち越した知識を活かすチャンスを探していく。

 ただ、“女の子”という身体を思い知らされる場面――礼儀作法や衣装の話など――が増える予感もひしひしと感じていて、私は複雑な胸中を抱えながら午前の勉強を終えたのだった。


 (まあ、焦りすぎずに行こう。暗殺者もまだ潜んでるかもしれないし、いまはできることを一つずつ……計算で驚かれたのは正直嬉しかったし……)


 そんなことを考えつつ、私はローザに支えられて部屋を出る。館の廊下には柔らかな日差しが差し込み、淡い光が床を照らしている。足の痛みはもうほとんど感じないから、今日は少し歩いてリハビリができるかもしれない。午後になればまた勉強の続きも待っているし、女の子としての立ち居振る舞いの練習をそのうちやらされるだろうが……。

 何かと忙しい4歳の生活が、本格的に幕を開けた気がする。義務もある、危険も残る、だけれども学べる喜びがある。そんな揺れる思いを抱えながら、私はエミーとローザの手を借りて、ほんの少し嬉しそうに廊下を歩き出した。いまはまだ子どもの足取りでも、一歩ずつ前へ進んでいける。そろそろ“領主の勉強会”の扉を開く覚悟を決めるときが来たのだ――。


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