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幼児服バトル:フリフリ勢vsズボン勢! 私の意見はどこへ行った?③

 仕立て屋のマルグリットが“仮縫い”のドレスとズボンを披露してから、さらに数日が過ぎた。その間、私は毎日コツコツとリハビリと勉強をこなし、左脚の痛みはもうほとんど気にならないまでに回復している。部屋の中を自由に歩けるのはもちろん、廊下を何往復かしても大丈夫。エミーやローザも「もうすっかり動けるね!」と喜んでくれている。


 ただ、暗殺未遂の犯人はまだ見つかっていない――ボリスやベアトリーチェによれば、引き続き“調査”を進めているらしいが、いまのところ目立った成果はないようだ。とはいえ、怪我が完治に近づきつつある現状を素直に喜ぶ使用人も多いので、屋敷の雰囲気は前よりずっと穏やかだ。そんな“ほのぼの空気”のなかで、私の頭を悩ませるのはやはり例の「女の子服」問題。


 「リア、今日はマルグリットさんがいよいよ“完成版”を持ってくるって。さっき使用人が報告に来たわよ」

 ある朝食後、エミーがサラリと告げてきた瞬間、私の胸はどきりと跳ね上がる。そう、ついに――ズボンスタイルとフリフリドレスの最終バージョンが届く日。

 「あ……そ、そっか……」

 言葉がうまく出てこない。前回の中間試着でも相当疲れたのに、今回は“本番”とも言える最終形。とくにドレスのほうは、フリルとレースがさらにアップデートされている可能性大。大人しい色味を希望したとはいえ、ピンクのベースは変わらないし、マギア結晶入りレースのオプションまで加わったら、ますますファンシーな雰囲気になっていることは想像に難くない。


 「でも、ズボンのほうは初回試着でだいぶ形が決まったから、そこまで変化はないと思うわよ。むしろ動きやすい仕上げになってるんじゃない?」

 ローザが私をなだめるように微笑む。確かに“ズボンスタイル”は仮縫いの段階でほとんど完成形に近かった。おそらく私はそちらをメインで着るだろう。問題は“めったに着ない”はずのドレス……どうにも気が重い。


 「そんなにイヤなら、着なくてもいいんだよ?」

 エミーが冗談めかして言うが、彼女の言葉には若干の含みがある。ドレスは私が将来“伯爵家の当主”として人前に出るとき絶対に必要になるのだし、“一度も袖を通さない”というわけにはいかないだろう。


 (まあ、完全拒否したところで、いざ式典になったら必要だし……ここで対面しといたほうがまだマシか……)

 前世の男としては胃が痛くなる思いだが、ここで覚悟を決めるしかない。私は“3歳児としての幼い弱音”を少しだけ吐きたい気持ちを押し殺し、「うん、わかった……見るだけ見る……」と返事した。エミーとローザは嬉しそうに「すぐ慣れるよ」「絶対可愛いから!」とフォローしてくれるが、その明るさに乗っかりきれない自分がもどかしい。


 そして、その日の昼下がり――。

 部屋の扉がノックされ、ローザが「はーい」と応じる。やってきたのは、またしても仕立て屋のマルグリット。前回よりもさらに大きな包みを抱えており、笑顔で「ごきげんよう、リアンナ様。ようやく最終仕上げができました!」と自信たっぷりに宣言する。


 「こんにちは、マルグリットさん。調子はどうですか?」

 エミーが挨拶を交わしつつ、マルグリットを部屋に通す。私から見ても、彼女はなんだか上機嫌に見える。「完成品のできがいい証拠」だろうか。内心では「はあ……」と息をつきながら、私はソファから立ち上がる。


 「どちらから見たいですか? ズボンかドレスか……」

 マルグリットが微笑んで尋ねるので、私は迷わず「ズボン……で……」と答える。先にそっちを見て安心したい気持ちが強い。やがて、彼女が包みのなかから取り出したのは、前回と同じ淡い青の上下セット――しかし、ところどころに微妙な変更点があるようだ。裾のレースは増えていないが、代わりに腰回りに小さなリボンを一つだけ追加したらしい。生地にはごく薄い飾り模様が入り、仮縫い時よりも仕立てがスッキリしている印象。動きやすさ重視のシルエットは変わっていない。


 「どうでしょう? 仮縫い段階でのご希望どおり、レースは最低限に抑え、丈もこのままに。代わりに腰のところだけ少しリボンを入れてみましたが……好みに合わなければ外せますよ」

 マルグリットが説明する。エミーとローザは「うわ~、いいね!」「このぐらいの飾りならリアも嫌がらないでしょ」と目を輝かせている。


 「リア、試着してみる?」

 ローザが促すので、私は小さく頷き、部屋着を脱いでズボンをはく。腰のリボンは細めの帯状で、真後ろというよりは横寄りについている感じ。こうして履いてみると、確かに前よりフィット感が増した気がするし、生地も軽くなった気さえする。加えて、チュニック状の上着には、袖口にだけほんの少しだけ段フリルが入っていて、私が「フリフリはやだ」と言った手前、控えめに仕上げたようだ。


 「うん、悪くないかも……」

 思わず本音がこぼれる。見た目は女の子らしいけれど、動くときに邪魔になるような派手な装飾は少ない。脚を曲げたり伸ばしたりしても、痛みもなくスムーズだ。前世の男としてはやや抵抗があるが、ここまで“女児向け”に仕立てられると、むしろ「着るしかないな」と腹を括るしかない気分になる。エミーが「さあさあ、もうちょっと歩いてみて?」と笑顔で促すので、部屋をぐるりと回ってみる。ずいぶん足取りも軽く、鏡に映った姿も“いかにも可愛い幼児ズボン”という感じだ。


 「よかったね、リア! これなら外へ散歩するのも快適だろうし、怪我も楽そう」

 ローザが心底嬉しそうに言い、私も内心ほっとする。これくらいなら――うん、許容範囲内だ。ひとまずズボンスタイルの仕上がりは満足……とまでは言わずとも、受け入れられそうだ。


 「では、お次は……」

 マルグリットが笑顔で“例のピンク色の布”を取り出す。いよいよドレスの最終形が登場だ。前回の仮縫いでも圧倒的な“フリフリ感”だったが、いまはどれほど進化(?)したのか想像するだけで背筋がゾワッとする。


 「今回は、ちょっと短めに修正したスカート丈と、マギア結晶入りのレースを追加してみました。軽さが増しているので、動きやすくなっているはずですよ」

 マルグリットがそう言って広げてみせるドレスには、確かに淡い光を宿したレースの飾りが、ところどころに縫い付けられていた。ほんのり透き通るような結晶が生地に織り込まれているせいか、角度によってキラキラ光る。まるで宝石が散りばめられたかのような幻想的な見た目だが、ベースはピンクでフリル多め――可愛さ全開。エミーとローザが「きゃー!」と大歓声をあげるのも無理はない。


 「わあ……すっごく綺麗……」

 私も思わず声に出してしまう。前世で男だった意識は「うわああ……」と赤面しそうだが、素直にこれだけの仕上がりを見せられると、可愛いとか綺麗とか、そういう感想が出てくるのは仕方ない。


 「さて、また試着を……お願いできます?」

 マルグリットが控えめに尋ねる。私は少し戸惑いながらも「あ……はい」と答えるしかない。正直、もう“ドレス姿の自分”を見たくはない気持ちもあるが、これを避けたら一生着るタイミングを失ってしまいそうだし、何より領主として最低限のフォーマル服が必要だという事実もある。背に腹は代えられない。


 「じゃあ、失礼して……」

 ローザが優しく手を差し伸べ、私はズボンを脱いで下着姿になる。何度やっても恥ずかしいけれど、3歳の身体はあまり抵抗が湧かないのが逆に情けない。背中にヒヤリとした空気を感じながら、マルグリットが広げたピンクのドレスに腕を通す。


 すると、さすが最終仕上げだけあって、寸法がピタリと合っているのがわかる。背面の紐をエミーがキュッと結び、袖口や襟元の合わせを調整してくれる。ふわり、と拡がるスカートのボリュームは前回よりやや抑えめながら、マギア結晶入りレースの輝きが加わって、質感が一段上になっている感じだ。


 「すごい……ほんとに軽い……」

 私は驚きの声を漏らしてしまう。前回はそこそこ重さを感じたドレスだったのに、マギア結晶のおかげか、なんとも言えない軽やかさがある。脚を少し動かしてみると、フリルが揺れる感覚は相変わらずだけれど、歩きにくさがだいぶ軽減されている。


 「でしょ? 埃も付きにくくなるんですって。お手入れも楽になるわけね」

 エミーが楽しげに語る一方、私は鏡に映る自分の姿に軽く圧倒されていた。ピンク色に包まれたフリフリのドレス姿――確かに可愛い。そして、3歳の幼児として見ればまさに“ぬいぐるみのような愛らしさ”を放っているかもしれない。でも、前世の自分がこれをどう思うか……やはり大混乱だろう。

 (なんでこんな姿に……でも、意外と悪くない……?)


 そんな心の声がせめぎあう。やがてローザが「ちょっとだけ部屋の中を歩いてみる?」と言うので、私は恐る恐る足を進める。ひらひら揺れるフリルと共に、結晶の薄光がやわらかく反射し、まるでおとぎ話の主人公みたいな雰囲気になる。思わず赤面してしまうが、同時に「なんだか綺麗……」と感じている自分がいるのが不思議だ。


 「……どうかな? 動きづらいところはある?」

 マルグリットが実務的に聞いてくるので、私はしばし考えてから「う……うん、だいじょうぶ……」と答える。裾もやや短くしたことで足に絡むことはないし、思ったほど息苦しくもない。正直、着心地という点では最初より格段に改善されている。

 (まさかドレスが着やすいなんて……うぅ、複雑……)


 エミーとローザが「おおー!」と拍手し、使用人の何人かも「リアンナ様、とっても可愛いです!」と声をかけてくれる。私は照れと困惑が入り混じって視線を泳がせるが、ここまでみんなが喜んでくれると、逆に何も言えなくなる。


 「これで完成といって大丈夫そうですね。もちろん細かい部分は少し余裕を持たせてあるので、成長に合わせて調整できます。あと、靴も合わせる場合は別途用意しましょう」

 マルグリットが胸を張り、私は恥ずかしさに頬を染めながらも「ありがとうございました……」と一応礼を述べた。こうして“女の子のズボン”と“可愛すぎるドレス”の二着が完成し、私には“女児としての服装”がしっかり手元に揃うこととなった――男としての前世を思うと信じられない展開だけど、これが今の私の現実なのだ。


 試着を終えて脱力した私は、ドレスを大事に包んでいくマルグリットを見送り、ソファにコロンと沈み込む。エミーが「お疲れさま! よかったね、ズボンのほうは普段から着られそうだし、ドレスも特別なとき用でいいし」と満足そうだ。ローザも「ほんと可愛い姿だった……。そのうちもっと大きくなったら、さらに色んなデザインが……」なんて言ってくるから、私は「もうそれはいい……」と小声で拒否反応を示すしかない。


 けれど、不思議なことに、「この世界で女の子として生きるなら、いっそこういう服も慣れていくしかないか……」とどこかで腹を括っている自分がいる。もしかしたら、フリフリが多い服も、慣れたら気に入る日が来るのだろうか。考えるだけで妙に心が落ち着かなくなるが、幼児の体は意外と順応性が高いのかもしれない。


 (それに、あのズボンのスタイルはほんとに可愛いし、実際動きやすそう。ドレスも……軽いし、意外と歩けるし……)


 そんな心境の変化を抱えつつ、私は改めて自問する。

 (前世で男だったころ、こんな状況になったら絶対拒否してたけど、いまは3歳の女の子の身体だし、こういう可愛い服をみんなが喜んでくれるなら……少しはアリかも。)


 やがて、周囲の使用人たちが「リアンナ様、ドレス姿すごく可愛かったですね!」などと興奮ぎみに声をかけてくれるが、私は恥ずかしいので片言で「う、うん……ありがと……」と答えるにとどめる。フリフリが恥ずかしいという意識と、人々の好意的な言葉が嬉しい気持ちとが入り混じり、何とも言えないむず痒さが胸を満たす。


 「あとで服が届いたら、ちゃんとタンスにしまおうね。ズボンは普段から着てもいいし、ドレスは綺麗に保管して、いつか必要になったら出そう」

 ローザが笑顔で締めくくるように言い、私もうなずく。そこには確かに、3歳児としての日常を支えながらも、未来の“伯爵家の領主”としてフォーマルな場に立つ準備を着々と進めている私の姿がある。暗殺者がまだ捕まらない不安は続くけれど、こうして服の一着一着を用意することも、大人になるための大切なステップなのかもしれない。


 思えば、マギア治療で怪我を克服し、勉強もこなし、女の子の体として新しい服を受け入れつつある――以前からすれば想像できないほどの変化だ。幼児として過ごす日々は、ささやかながら劇的に私の感性を変えている。

 (もし暗殺未遂がまた起きたら……いや、そのときこそ、守ってくれる人に恩返しできるくらい、私も強くならなくちゃ。)


 こうして、私はフリフリドレスとの本格的な対峙を終え、ズボンスタイルという“妥協案”を存分に活用する権利を得た――のかもしれない。少なくとも今後しばらくはズボンで動き回るだろう。それでも、いずれ必要となる場所でドレスを着なければならない日が来るのは分かっている。そこに“前世の男”としての違和感は正直まだあるけれど、3歳の身体と心は少しずつ“女の子”を受け入れ始めているように感じる。


 午後になると、私は少しソファで休んだ後、いつものようにベアトリーチェから文字と計算の初歩を教わる。大人脳の残滓が役に立っていると実感しつつも、幼児としての集中力はまだ短い。小一時間も経つと頭がぼんやりしてきて、あくびを噛み殺す羽目になる。だが、ベアトリーチェは優しく「焦らなくていいのよ。あなたはまだ3歳半」と微笑むのだ。


 夕食前には、エミーとローザが「ゆっくりお風呂に入ろうか? せっかく脚が治ってきたし」と誘ってくる。私は一瞬「ひとりで入る……」と言いかけるが、まだ足元に不安は残るし、前世の意識が赤面するのを抑えつつ「……お願い、ちょっとだけ手伝って」と弱気な返事をする。

 (フリフリドレスを着ることを考えれば、お風呂で恥ずかしがっても仕方ないか……)

 そんな自分の考えに、少し苦笑しながら湯船へ向かった。


 その日の夜、ベッドに沈みながら私は一連の出来事を振り返る。

 - ズボンスタイルは動きやすくなり、ほっとした。

- ドレスは……ピンクでフリルだらけだけど、軽くて意外と歩けるし、周囲は大喜び。

- いつか公の場に出るときはあれを着るのだろう……。


 いまだに強い抵抗感はあるものの、3歳児の体が抱える“幼児らしさ”が少しずつその違和感を薄れさせていく気がする。もしかしたら、本当に数年後には「ドレス? まあ悪くないか」と受け入れてしまうのかもしれない。

 (それはそれで複雑だけど……領主として周囲の期待に応えるなら、嫌とも言ってられない。暗殺の脅威もあるけれど、それ以上に“普通の女の子らしい振る舞い”を求められる時が来るわけで……。)


 そんな考えが渦巻くが、幼児としての眠気が強烈に襲ってくると、いつの間にか意識がふわりと途切れていく。エミーとローザが「おやすみ」と声をかけてくれる中、私は目を閉じながら自問する――“男”だった前世と、“女の子”の今とのギャップは果たして克服できるのか。それとも、このまま少しずつ時間が溶かしていくのだろうか。


 でも、とりあえずはズボンを存分に楽しもう。

 ――そう思いながら、フリル満載のドレスがクローゼットで待ち受けている光景を想像して、また少し恥ずかしさに身をよじる。いずれ、公の場で着る日が来たら、みんなから「可愛い」と言われまくってどうしよう……。想像するだけで胃が痛いような、ちょっぴり誇らしいような、不思議な感情が芽生えているのを自覚する。


 それにしても、マルグリットは、確かな腕前だ。物が良いだけではなくて、いろいろ尋ねながら進めてくれる。まさにプロといえるだろう。前世の経験で思い出すのが、請負契約と委任契約の問題だ。請負は一定の結果を達成する目的の契約であり、後者は、一定の仕事を達成するための契約だ。前者は、今回のような物を作ってもらう契約がこれに該当する。後者は、弁護士との契約とか、あと、医師との診療契約(正確には「準委任契約」という。)とかだ。事件処理や治療が任務であり、結果(解決とか完治)がなくても、契約違反にならない、ということになる。

 もっとも、このように一刀両断にすることは形式的に過ぎるところもあり、実際には、請負契約でも委任契約のように、言われたとおりにするだけではなくて、適宜に助言をしたり調整もすることが大事だ。今回のマルグリットのやり方は、まさに、請負契約以上のもので、模範的だといえる。


今回出来上がったもの、ズボンは私の普段着として大いに役立つだろうし、ドレスは特別な場に備えて上等な仕上がりを誇っている。女の子としての日常を少しずつ受け入れつつ、依然として前世の記憶が違和感を生む……そんな私の葛藤は続くが、日常はどこか穏やかに進んでいく。

 あの暗殺未遂が再び起こることなく、平和な時間が持続してくれれば――と、深く祈りながら、私は大きく呼吸をしてまどろみへ落ちる。3歳の身体は素直で、今日もまた疲れを溜めこんでいるのだ。エミーとローザの優しさを背中に感じつつ、フリフリのピンクドレスを思い出しては、恥ずかしさと微かな楽しさが入り混じった気持ちを抱え――暗闇の中へ夢見心地に沈んだ。


前世 日本国 民法

632条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

643条 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。

656条 この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。


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