幼児服バトル:フリフリ勢vsズボン勢! 私の意見はどこへ行った?②
仕立て屋のマルグリットが屋敷を訪れてから数日が過ぎた。私は例によって新しい部屋で、勉強やリハビリに励みながら、慣れない「女の子の服装」問題に頭を悩ませ続けている。そんなある朝、エミーが明るい声で私に告げた。
「リア、マルグリットさんから連絡があったわよ。今日か明日くらいには“試着用サンプル”が完成するんだって! あなたに合わせたズボンスタイルと――」
エミーが言いかけたところで私が反射的に「……ドレスでしょ?」と続けると、彼女は「そう、ドレス!」と弾んだ声をあげた。隣のローザも「楽しみだね~」と盛り上がっている。私の胸には相変わらず複雑な感情が渦巻くが、いずれは通らなきゃいけない道だと腹をくくるしかない。
(まあ、ズボンのほうは私の希望どおり“あまりフリルを入れない”はず。問題はドレス……)
エミーが張り切っているのを見るに、どうせ私が「勘弁して」と思うぐらい可愛く仕立てるに違いない。もっといえば、マルグリット自身が「少し女の子らしさを残したズボンスタイルにしましょう」と言っていた時点で、すでに“可愛い要素”は確定路線なのだ。前世の男らしさを引きずっている私には、高いハードルであることは間違いない。
そんな私の苦悩をよそに、部屋の扉がノックされ、ローザが「はーい」と返事をすると、使用人が「マルグリット様がいらっしゃいました。お部屋にお通ししても?」と告げてきた。どうやら思ったより早く作業が進んだようで、すでに“中間試着”できる段階まで来ているらしい。
私が「う……」と気圧されたように言葉を詰まらせると、エミーは「ほら、早いほうが嬉しいでしょ?」と自然に笑顔でまとめてくる。ローザも「この段階で一度チェックすれば、仕上げの修正もできるもんね」と相槌を打つ。そう、もしこの試着をスルーすれば、完成形はさらに“女の子らしさ全開”のまま仕上がる恐れがある。ここで意見を伝えるのは大事だ……。
「……うん。わかった……来てもらおう……」
私は短く答える。3歳児の語彙力でどこまで抵抗できるか自信がないが、せめて“フリフリは抑えて”と強めに言わなくちゃな、と思う。
そして部屋に入ってきたマルグリットは、前回と同じく柔らかい微笑みをたたえながら大きなバッグを抱えている。バッグの中身には私の“ズボンスタイル”と“ドレス”の試作品が入っているらしく、わずかに布の色やレースがちらりと覗いて見える。
「リアンナ様、ごきげんよう。足の具合はいかがですか? 今日は無理せず、少しだけ立っていただければOKですので」
彼女は相変わらず丁寧かつ落ち着いた口調で話す。私は「うん、だいぶ痛くない……」とぎこちなく微笑んで返した。
「早速ですが、このサンプルを見ていただきましょうか。まずはズボンスタイルのほうから――」
そう言ってマルグリットがバッグを開けると、エミーとローザが「わぁ……」と小さな歓声をあげる。私も思わず目を凝らす。そこに取り出されたのは、淡い青色のやわらかい生地で仕立てられた上下のセット……確かにズボンではあるが、腰や太ももの部分にレースの飾りがあしらわれている。見た目は、どちらかというと“お姫様のハーフパンツ”とでも言うべきフェミニンなシルエットだろうか。
「う……これが……ズボン?」
私は戸惑いの声を漏らす。想像していたより、ずっと可愛らしい印象。丈は膝上くらいで、裾がふわっと広がっていて、その端には繊細なレースが施されている。上に合わせるチュニック状のブラウスも同じ生地で統一されており、袖口や襟元には小さなフリルが少しだけついている。
「ふふ、ズボンといっても“女の子らしいズボン”ですからね。色味もクラリオン家のイメージを損なわないよう、優しい青を選んでみました。どうでしょう?」
マルグリットが胸を張るように笑顔で説明する。その横でエミーが「可愛い……! いいじゃない、リア!」と拍手し、ローザも「あまり派手すぎないけど、とってもおしゃれ!」と絶賛している。
私は言葉に詰まったまま、複雑な気持ちを飲み込む。前世の男視点からすると、「全然ズボンって感じしない……」と呆然としてしまうが、一方で客観的に見れば“フリフリドレス”よりは確かに抑えめかもしれない。子どもの服としては十分に可愛いけれど、動きやすそうではある。まあ、“フリフリ地獄”だけは回避された……と思いたい。
「試着してみます?」
マルグリットが尋ねると、私の中に緊張が走る。恥ずかしいが、この場で着ないと後々修正できなくなるので、仕方なく「は、はい……」と返事をしてしまう。すると、エミーとローザが「よーし、じゃあ立って立って~」と勢いよく張り切りはじめるのだ。
彼女たちのサポートを受けながら、私はパジャマ的な部屋着を脱ぎ、マルグリットが持参した肌着に着替えさせられる。そして、淡い青のズボンを恐る恐る脚へ通すと、ふんわりした生地が肌に心地よくフィットするのが分かる。生地が上質なのもあって、確かに肌触りは悪くない。短い丈の膝上パンツだから、脚を動かしやすそうではある。
次に、同じ布で仕立てられたチュニック上のシャツを着せてもらう。袖にはほんのりフリルがついていて、襟元も丸みを帯びた形状だ。見た目は私が思い描いていた“もっとボーイッシュなズボンスタイル”とはだいぶ違うが、周囲から見れば「可愛らしい女児のズボンスタイル」という印象なのだろう。
「うん、やっぱり思ったより似合うわよ、リア。どう? 窮屈じゃない?」
エミーが背後でボタンを留めながら覗き込んでくる。私は「うん……大丈夫……」となんとか答えるけれど、鏡に映った姿を見て“これがズボンか?”と心の中で突っ込みたくなる。正直、ふわふわしていて、あまりズボンらしさは感じない。けれど、少なくともドレスよりは足捌きがラクそうなのは救いだろうか。
「ウエスト部分とか、痛くありません? まだ脚も完治してないそうなので、締め付けが強くないように調整していますが」
マルグリットのプロフェッショナルな視線が私の腰周りを確認しつつ問いかける。私は「うん、痛くないです……」と返し、内心「この人、仕事は真面目だし、腕もいいんだろうな」と感じる。
すると、マルグリットはメジャーを再び取り出して細部を測りながら、「ちょっと丈をもう少し長めにする? それとも膝が隠れるギリギリにする?」などとエミーとローザに打ち合わせを始める。私は3歳なりに「うーん、短いと脚が見えすぎるのも恥ずかしいけど……でも……」と逡巡し、結局「このままでもいいかも……」と消極的に答えてしまう。前世の感覚だと、膝上丈はやや落ち着かないが、幼児らしいスタイルとしては当たり前かもしれない。
「はい、ではこのラインで仕上げる方向にしましょうか。あとは飾りレースをもう少し増やすかどうか……」
マルグリットがメモを取りつつ呟いた瞬間、私は慌てて「増やさなくて……いいです」と言いかけるが、ローザが「もうちょっとアクセントがあると華やかかも」とニヤニヤするので、結局「……ちょっとだけなら……」という譲歩に追い込まれる。こんなやり取りを重ねていると、どんどん疲れてしまう。
「でも、全体としてはすごく可愛いよね。リア、似合ってるよ!」
エミーが笑顔で言い、私はなんとも言えない表情で鏡に映る自分を見つめる。確かに“女の子ズボンスタイル”としては可愛いのかもしれないが、前世が男だった身からすると、どうしても落ち着かない。それでも、これが最善策だと納得するしかないか……と思っていると、次なる難関が待っていた。
「さあ、次は……ドレスですね」
マルグリットがバッグをガサゴソとまさぐり、まばゆい淡いピンク色の布を取り出す。一見して“あ、これはいわゆるドレスだ”とわかるフリル付きのスカート部分がふわりと広がり、上半身もリボンの装飾がちらほら。私は心の中で「うわ……」と悲鳴を上げる。
「どうかな? ちょっとまだ荒削りで、仕上げのレースとかは後回しだけど……仮縫い段階って感じよ」
マルグリットが言う“仮縫い”の状態ですら、かなり可愛らしい装飾が施されている。エミーとローザは「わー、すごいキレイ」「絶対似合うよ!」と目を輝かせているが、私としては既に視線をそらしたい気分だ。
「リア、ちょっとだけ頑張ろうか?」
ローザが促すように手を差し伸べてくれるので、私は観念して「……はい……」と呟く。ズボンでも抵抗があったのに、ドレスは正真正銘の“女の子の象徴”みたいなもの。前世の私が敬遠していたアイテムの頂点ともいえる。ただ、伯爵家の人間――しかも領主――としてはフォーマルな場面が将来的に多々あるだろうし、仕方ないのだろう。
私は重い足取りでマルグリットの近くへ行き、部屋着を脱いで再び下着姿に。すでにズボンのほうを試着して少し休んだが、連続で着替えるのはけっこう疲れる。しかし、周りに止める気配はないので、観念してドレスの仮縫い品を腕から通す。
「ちょっと腕を上げて……。はい、袖が通りましたね。あら、可愛い」
マルグリットが嬉しそうに声をあげ、エミーとローザも口を揃えて「わぁ……」と見とれている。私自身はまるで布の塊に包まれたような感覚で、スカート部分がパッと広がり、足元を見るとフリルが何重にも重なっているのが目に入る。
(うわ、めっちゃヒラヒラしてる……! しかもピンク……)
こうして実際に着てみると、肌触りは悪くないし、生地そのものは軽い。マルグリットが「まだ脇や背中は仮留めだから、ちょっと危ないわね」と言いながら細部を調整する。よく見ると、背面は紐で締め上げるタイプになっていて、まだ幼児だからあまりキツくはしないようだが、いずれ大きくなったときはもっとキュッと締めてシルエットを作るのだろう。
「えへへ、リア、似合う! すごい可愛い! やっぱり女の子のドレスって最高よね?」
エミーが手を叩いて喜ぶ。ローザも「うんうん、やっぱり色はピンク系で正解だなぁ。青も考えたけど、ズボンは青だからドレスは違う色にしたいもんね」と大満足らしい。
私は口をパクパクさせて、鏡の中の自分を見るが、そこにはピンクのフリフリドレスをまとった小さな女の子が映っている。髪も少し伸びてきているから、エミーが「ちょっとおめかししてあげるわ!」と軽く髪を手で整えてくれると、本当に“可愛い幼児の女の子”が完成する。前世の男としては衝撃的すぎて声も出ない。
(暗殺未遂事件があったのに、今度は、恥ずかしさで死にそう……。)
「リアンナ様、こちらの袖の長さやスカートのボリュームはいかがでしょう? 動きづらいようなら調整しますが」
マルグリットが実務的なトーンに戻り、私に質問してくる。私は正直「動きづらい……というかこんなの……」と叫びたい衝動に駆られるが、必死に言葉を飲み込んで、当たり障りのない返答をする。
「う……あ、丈はちょっと長い……です。あの……あんまり、歩けない、かも……」
「なるほど、ではもう少し短めにしましょう。足に負担がかからないほうがいいものね」
そう言ってマルグリットがメジャーを当てて修正箇所をノートに書き留める。その姿を見ながら、私は(こんなに可愛いドレスに慣れる日は来るんだろうか……)と頭を抱えそうになる。実際、足元に広がるフリルが多く、脚を動かすたびにヒラヒラが揺れて、歩きにくそうに感じる。
しかしエミーとローザの評価は「めちゃくちゃ可愛い!」の一点で、もう大絶賛だ。確かに、子ども用のドレスらしく、シルエットがふわっとしていて愛らしい雰囲気が漂うし、ピンクの柔らかい色合いが幼児の無垢なイメージにピッタリだろう。前世の男だった私がどう思おうと、客観的には仕上がりが良いのは間違いない。
「それじゃあ、動きすぎると危ないから、少し歩いてみましょうか。リアンナ様、脚を痛めないよう、ゆっくりでいいですよ」
マルグリットの声に従い、私はスカートの裾を軽く持ち上げて、数歩だけ移動してみる。案の定、足を出すたびにヒラヒラした布が揺れて、普段とは全く違う感覚に戸惑う。が、動けないほどではないし、3歳児の歩幅を考えれば、これはこれで何とかなる……のだろうか。
「いや~可愛いなあ。ローザ、どう思う?」
エミーがウキウキで尋ねると、ローザは「うん、可愛い! でももうちょいレースを足したほうが――」などと軽い冗談めいた提案をし、私が「やめて……!」と弱々しく抗議する一幕も。マルグリットはクスクス笑いながら「お好みに合わせて微調整しますね」と余裕の職人らしさを見せている。
こうして数分間、私は人生初(?)のフリフリドレスをまとって部屋の中をウロウロさせられ、マルグリットが箇所ごとに微調整の数値を記録していく。正直、疲れる……。だが、これを終えないと完成品がどうなるか分からないし、幼児として抵抗できるのはこういう中間チェックだけだと思えば、多少は気が楽……かもしれない。
最後にもう一度座ってみて、座り心地を確認したり、背中の紐をどのくらい締めるか相談したりしているうちに、私はすでに息が上がってきた。こんな服、大人の身体でも少し窮屈に感じるかもしれないが、3歳児ではなおさらだ。
(まあ、普段着るわけじゃないし、式典や大事なイベントがあるまで置いておく……そんな感じかな……)
ようやく試着タイムが終了すると、マルグリットがパッと笑顔を見せ、「ありがとうございます、仮縫いの段階では上出来だと思いますよ。あとは細かい仕上げとレースのバランスを調整して……数日後に再びお届けします。ズボンスタイルのほうは、ほぼ最終形に近いですから、おそらく1回の微調整ですみそうですね」とまとめる。やはりプロらしく、スピーディーな仕事ぶりだ。
「本当にありがとうございます、マルグリットさん。リアもお疲れさま!」
エミーが楽しそうに声をかけ、ローザも「ほんと、お疲れ!」と笑いかける。私はへとへとの状態で軽く手を振る。鏡で散々“女の子の自分”を見せつけられたせいか、いつにも増して脳が疲弊している感じだ。
「では、また数日後に参りますので。それまで怪我をしっかり治しておいてくださいませ、リアンナ様」
マルグリットが深々と礼をして退出していく。残された私は、安堵の息をつきながらソファに倒れ込んだ。
「ふぅ……なんか疲れた……」
思わず本音が漏れる。エミーは「大変だったね。でもズボンとドレス、どっちも本当に可愛いよ!」と無邪気に笑顔を見せ、ローザが「うん、ズボンも意外にフリルが少ないし、動きやすそうでよかったね」としみじみと頷く。確かに“少ない”とはいえ、私の基準では十分あるんだけど……。
「でもさ、ドレスもあそこまで可愛いと、実際着てるとどう?」
エミーが好奇心いっぱいに聞いてくる。私は言葉を濁しながら、「ま、まぁ……着てみると軽かったし、そんなに動きにくくはない、かも……」と呟く。正直、思ったほど苦しくはなかったのだ。動きにくさはあるけれど、幼児としては歩幅も小さいし、何とかなる範囲と言えなくもない。
(……でも、やっぱり複雑だな……)
この違和感は、時間とともに薄れていくのだろうか。それとも、私が女の子であることを完全に受け入れるまではずっと続くのか。いまだに答えは出ないし、暗殺未遂の不安や領主としての責任感も重なって、頭の中がごちゃごちゃする。
「とりあえず、ズボンのほうはほぼ完成なんでしょ? そっちは普段使いもしやすいだろうし、ドレスは本当に特別な機会だけでいいよね」
ローザがまとめるように言い、私は「うん、それがいい……」と即答する。毎日あんなフリフリ姿で過ごすなんて絶対に耐えられない。エミーも、「そうだね。今は怪我も完治してないし、ドレス着て歩き回る必要ないよ」と苦笑する。
(助かった……)
小さく息を吐きつつ、私は再びソファで体を伸ばす。なんだか採寸と試着だけでものすごくエネルギーを使った気がする。実際、子どもの身体は慣れない着替えを繰り返すだけでもへとへとになる。頭の中で前世の自分が「お疲れさま」と声をかけてくれるような気さえする。
「さて、少し休んだらお昼ごはんかな? もうそんな時間?」
エミーが窓からの陽射しを見上げながら言う。確かに、朝からバタバタしていたせいで、時刻はもう昼が近い。私は苦笑しながら「あっという間だね……」と同意する。ドレス騒動で半日が消えたというか、このままでは勉強時間も少なくなってしまうなあ……と、いつもの焦りが胸を刺す。
「リア、午後はベアトリーチェ様が来るって言ってたよ。文字の進捗を見てくれるんだって」
ローザが追加の情報を伝えてくる。私は内心「うわ、こんなに疲れた状態で大丈夫か……」と思いながらも、学べる機会は逃したくない。
「わかった……もう少し休んでから、頑張る」
そう答えた私に、エミーとローザが「無理しないでね」と微笑みかけてくれる。正直、いまはドレスのことで頭がいっぱいだけど、領主として成長しなければならないのも事実だ。ほんの束の間、私はソファに背を預けて目を閉じる。3歳児の体力を考慮すると、こういう小休止が必要だということも身にしみてわかってきた。
(まだ暗殺未遂の犯人が捕まったわけじゃないのに、こんなにのんきでいいんだろうか……いや、でも今やるべきは体を治して勉強を進めること……)
頭の奥でそんな声がくるくる回り続ける。しかし、いかんせん身体が幼いからこそ、“王道”に急ぎたくてもスピードには限度がある。私は曖昧に納得しつつ、再び深呼吸して緊張を解くしかない。背中に当たるクッションの柔らかさが心地よく、仮縫いドレスのフリルを思い出すたびに胸がむず痒い。自分が女の子の姿であの服を着ることに慣れるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
それから少し経った昼下がり、私は再び勉強机に向かって文字の練習を始める。足はだいぶ痛まなくなり、肘や肩も少しずつ動かしやすくなってきた。以前なら痛みで書くどころじゃなかったから、こうして机に向かえること自体は幸せかもしれない。
(……服のことも含め、女の子になったことも受け止めていかなきゃなあ……)
自分にそう言い聞かせながら、あいうえおに相当する文字を書き取りする。筆圧が弱いから、少しでも力を込めると手が震えるが、エミーやローザが「ゆっくりでいいよ」と励ましてくれる。何度もペン先が紙をずれてしまうたび、前世の大人の感覚で「こんなはずじゃ……」と恥ずかしくなるが、ここで焦っても仕方ない。私は幼児なのだ――そう諦めてコツコツ続けるしかない。
どうやら、この世界の文字は、表音文字に近いみたいだ。そして、英語と言うよりドイツ語のような発音しやすさもある。おかげで、順調に上達している。
そんな地味な書き取りをしている最中、ふとエミーが口を開いた。
「そういえばさ、マルグリットさんが言ってたよ。ドレスの仕上げに“特別なレース”を使うかもって」
「特別なレース……?」
「うん、すごく高級で、しかもマギア結晶が編み込まれた飾りもつけられるんだって。そうすると普段より軽くなるし、埃が付きにくいらしいよ。……どう? 興味ない?」
私は軽く息を飲む。確かに“マギア結晶入りのレース”なんて、いかにも貴族社会の産物っぽいし、機能面で便利そうだ。だが、それを聞いて「じゃあ少し試してみたい」と思う自分と、「これ以上華やかなものは勘弁して」という自分が攻めぎあい、内心ぐらぐら揺れる。
「……まあ、埃が付きにくいなら、悪くない……かも……」
私がしぶしぶ答えると、エミーはクスッと笑って「リア、ちょっと乗り気?」とからかってくる。ローザは「いいんじゃない? どうせ作るなら上質なほうが長く使えるしね」と真面目に頷く。
こうして、私の“女の子服”は日を追うごとに少しずつ豪華かつ可愛くなりそうな気配を漂わせている。ズボンスタイルはまだ我慢できるとして、ドレスがどこまで仕上がってしまうのか、想像すると怖いけれど、同時に“それが普通の世界”なんだと自覚し始めてもいる。暗殺未遂の不穏さは全然解決していないのに、こうした日常の細やかな行事が続く……不思議と安心できるような、しかしどこか罪悪感めいたものも感じる。
(でも、いまはこうして生き延びて、領主としての知識を積むしかない。服も必要なことだし、甘えるしかないよね……)
私がぐるぐる考え込んでいるうちに、書き取りの文字が曲がってしまい、エミーが「ほらほら、手が止まってるよ」と注意してくる。慌ててペンを持ち直し、再び集中しようとするが、頭の隅にはフリフリドレスのインパクトが居座っていて、そう簡単に追い払えない。
この日はさらに、ベアトリーチェが夕方にやってきて“文字の進捗テスト”を行うことになっていた。私は仮縫いドレスの衝撃でメンタルを削られていたが、何とか気持ちを立て直して机に向かう。ベアトリーチェが「リアンナ様、だいぶ上達しましたね」と褒めてくれるたび、内心ホッとする。やはり勉強しているときは前世の経験値が活きてきて、吸収力が高まる気がするのだ。
「読み書きも順調ですし、そろそろ簡単な計算も始めましょうか? アウレナの貨幣単位についても、もう少し詳しく知っておくといいでしょう」
ベアトリーチェがそう提案し、私は「うん……やりたい」と意欲を示す。最近、通貨や経済の仕組みに興味を持っていた私としては嬉しいし、領地経営に必須の知識でもある。一方で、文字の勉強に加えて計算……身体が3歳の私には負荷も大きいが、焦らずコツコツとやるしかない。
こうして、ドレスとズボンという“幼児服のお直し”問題が私の日常に静かに溶け込む中、さらに“勉強やリハビリ”も進行し、暗殺犯の捜索はボリスらが粛々と続けているらしい――という状態が続く。特にめざましい事件もなく平和でほのぼのとした時間が経過するが、私はいつか“完成形のドレス”を着るときが来ると想像するだけでドキドキが止まらない。
夕食のころ、ローザが私の足を見ながら「もう痛みは大丈夫?」と確認してくる。私は「うん、ずいぶん楽になった」と答え、夜の風呂でも問題なく立っていられる程度には回復している。エミーとローザは相変わらず一緒にお風呂に入ろうとするので、私としては毎度「自分で洗うから!」と抵抗しつつも、結局は3歳児の身体が思うように動かず、助けてもらうしかない。女の子の体を見られる恥ずかしさに加え、何度も「そこは自分で……!」と赤面しながら言うのが恒例行事になりつつある。
それでも、暗殺者の脅威が一時的に薄れていることはありがたい。もちろん、完全に安全と決まったわけではないが、こうして日常の小さな出来事に一喜一憂できるのは、それだけ平和が保たれている証拠だと思う。
(服がどうこうと言っていられるのも、ある意味幸せだよね……)
浴後、私がベッドに潜り込んだころには、エミーとローザが「今日はいろいろお疲れさま。明日もベアトリーチェ様が来るんだってね?」と話しかけてくる。私はうんざりしたような、でもちょっと楽しみなような気持ちで「うん……勉強、がんばる……」と返事をする。身体が幼児だからすぐ眠くなるが、この“脳内の大人っぽい部分”が勉強を欲しているのが自分でも分かるから不思議だ。
「仕立て屋さんも数日後に仕上げを持ってくるって言ってたし、楽しみだね~」
エミーが嬉しそうに声をかけ、私は小さく唸る。「楽しみ……かなあ……」と曖昧な返答しかできない。ズボンはまだしも、あのフリフリドレスを改めて着ることを想像すると、正直半分ホラーに近い。“可愛い女の子の自分”に直面するのが、あまりにも気恥ずかしいし、前世の違和感が騒ぎ出す。
「ま、少しずつ慣れていけばいいわよ。エミーも私も、リアが嫌がるなら無理はさせないし。でも、せっかくだから楽しもう、ね?」
ローザが柔らかい声で諭してくれる。私は目を閉じながら「……うん……ありがと」と微笑む。いまのところ、この歯がゆいズレは付き合っていくしかない。幼児の身体と、新たな人生、そして領地の未来――全部を一気に受け止めるのは無理だから、ひとつずつ焦らずに進もう。
――そう思いつつ、夜のランプが薄暗く灯る部屋で、私はまたも静かに眠りにつく。翌朝には、また勉強とリハビリが待っているし、仕立て屋騒動の次なるステージ(=最終完成)に向けた準備も続くだろう。女の子の服を着るなんて、前世じゃ想像もしなかったが、それが現実となったいま、この新しい人生には戸惑いばかりだ。それでも、もう逃げられないし、どうせなら“ズボンスタイル”を精一杯楽しむしかないじゃないか。
ズボンとドレスの試着という“中間発表”で私が受けたショックが大きかったが、同時に“女の子の服”にも少しだけ前向きな気持ちが芽生えつつある。いや、本音は拒否感が強いけれど、エミーやローザの笑顔を見ていると、否定だけもできないジレンマ……。暗殺未遂が過去にあったという緊張感はまだ解決していないものの、こういう日常の小さな出来事こそが、私の心を成長させているのだろうか。
ともかく、近い将来、完成した服を着た“本番の試着会”がやってくる。そこで私は、3歳児としての女の子らしさを限界まで引き出されるかもしれない。さらに言えば、領内の人々にお披露目する場もいずれ訪れるかもしれない……考えただけで心臓がヒヤリとするが、回避は難しそうだ。
(だからせめて“ズボンスタイル”のほうは全力で応援しよう……)
そうやって自分を納得させるように、深夜の静かな空気の中、私はまたまどろみへと落ちていく。3歳という幼くもどかしい身体で、この世界の貴族として生き延びるために、私は女の子の服も受け入れなくてはならないのだろう。異世界転生なんて聞こえはいいが、こうした細かい“違和感”に振り回されるとは思わなかった……とため息をつきながら、どこかほんの少しだけワクワクしている自分もいることに気づき、あらためて苦笑する。
近く、いよいよ最終仕上げの服が届き、私が本格的に「ズボンスタイル」と「フリフリドレス」を着こなす(?)日がやって来る――そのとき、私の心はどんなふうに揺れるのだろう。引き続き暗殺犯の行方はわからないが、女の子としての成長も、領主としての責務も、そして前世の男としての名残も、すべてが絡まり合いながら“幼児の服装問題”はクライマックスに突入しそうだ。
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