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動くのも勉強も大変だけど… 今日の晩餐は逃せません!③

 きらびやかなシャンデリアが天井高くから光を落とす大広間に、一斉に視線が集まった。私――リアンナが、エミーとローザに支えられながら入場してきたからだ。今日は“マルディネール”の領内で大きな食事会が開かれる日。経済が好調であること、そして私の怪我が順調に回復していることを祝う名目で、使用人や家臣、あるいは近しい人々が集い、豪華なディナーを楽しむ場を用意してくれたのだ。


 「リア、お足もとは大丈夫? 痛くない?」

 エミーが私に耳打ちするように声をかけてくる。

 「う、うん……ちょっとだけ痛むけど、大丈夫……」

 脚にまだかすかな疼きがあるが、魔道具による痛み止めの効果も手伝って、立っていられないほどではない。無理は禁物というけれど、こうして人前に出て自分が健在だと示すのも必要だろう。バルコニーで暗殺未遂に遭った私がこうして“元気に”席に着くことが、ある種のアピールにもなるのだから。


 私の席は主賓席――といっても、その中でもさらに“子ども仕様”のクッションや背もたれがしっかりした椅子を用意してくれている。そして、エミーとローザがその隣に並んで座るので、私一人だけを孤立させないように配慮されているのがありがたい。司会役の家臣が軽く乾杯のあいさつをし、拍手がわき起こると、使用人たちが次々と料理を運んできた。


 「うわ……すごい……」

 思わず声が漏れる。大きな丸テーブルには豪華な皿が並び、スープやパン、前菜やメインディッシュまで、まるでコース料理のように順番にサーブされていく。3歳児の私からすれば、見たことのないような美しい盛りつけや香りが溢れていて、よだれが出そうになる。一方で「ちゃんと食べられるかな……」という不安も混ざる。前世でならテーブルマナーもそれなりに心得ていたが、いまの身体は手が小さいうえ、フォークやナイフをうまく扱えるのか怪しいのだ。


 「ほらほら、リア、これ……エミーがカットしてあげる。そっと口元に運んでみようか?」

 ローザが私の隣で笑顔を浮かべながら皿の上の肉を小さく切り分けてくれる。私は若干恥ずかしく思いつつも、「えっと、じゃあお願い……」と素直に頼ることにした。3歳児が豪華なフルコースを一人で食べられるはずがない。しかも、まだ脚が痛むせいで姿勢が安定せず、変に背筋が強張ってしまうのだ。


 「よし、パクッとしてみて。熱くないかな……。うん、ちょうどいいよ」

 エミーがナイフとフォークで小さく切り分けた肉を私の口へ持ってきてくれる。私は口を開き、ほんの少し恥ずかしさをこらえながら食べると、柔らかな旨味が口いっぱいに広がった。うまい……こんなの食べたことなかった、というほどジューシーな味わいに、3歳児の舌が一瞬で幸福感に包まれる。

 「おいしい……」

 思わず呟くと、エミーとローザが「よかったね」と笑いかけてくれる。


 ディナーは基本的に大人向けのメニューだが、私の皿だけは見た目が華やかなまま“幼児用”にソースや塩加減を調整してあるらしく、食べやすい。スープやパンも一口サイズに分けられていて、つい嬉しくなってペロリと平らげてしまいそうだ。ただ、一度に大量に食べるとお腹に負担がかかるから、エミーやローザが適宜ストップをかけてくれる。3歳児の胃袋は小さいのだ……頭では分かっていても、久々の贅沢料理を前に食欲が止まらないので困る。


 「エミー、ローザ……お、おいしい……もっと……」

 我ながら言葉にならない感じでねだってしまうと、二人がくすっと笑う。

 「食べさせてあげるから、焦らずゆっくりね。あと、ドリンクも飲まなきゃ詰まっちゃうよ」

 ローザがうながしてくれ、私はコップを手に取ろうとするが、指の力がなかなか上手く働かず、あわや落としかける。慌ててエミーがフォローしてくれたので、こぼさずに済んだが、周囲にいた使用人たちが一瞬こちらを見るのを感じて赤面する。

 (もう……前世ではこんな失敗しなかったのに、3歳の身体って不便だ……)

 と、自分に呆れかけるが、仕方ない。普段から大きなグラスやコップを扱っていなかったのだから、しょうがない。


 周囲の席を見ると、家臣たちや使用人がそれぞれ料理を楽しんでいる光景が目に入る。思い思いに会話を弾ませ、ワインやビールらしき酒を飲んでいる様子に、ふと懐かしさを覚える。前世では当たり前にお酒を嗜むこともできたが、いまは3歳児。ひとたびその匂いをかぐだけで「こんなにいい香りなのに、飲めないんだ……」と少し切なくなる。実際、幼児にアルコールはタブーだし、エミーとローザももちろん飲んでいないが、遠くのほうではボリスが大きなジョッキを何杯も空けているらしい様子が見えて、私は心の中で(いいなあ……)と羨ましがる。

 (体が女の子になったことも辛いけど、お酒を飲めなくなるのも地味に辛いな……まだしばらくお預けか……)

 そんなことを考えつつ、エミーが差し出してくれるスープを啜るしかない私がいる。


 「リアンナ様、ご回復本当におめでとうございます。今後もお世話を頑張ります」

 使用人の一人が私の席に近寄って挨拶してきた。私は食べかけのパンを慌てて置き、できるだけ堂々とした表情を作ろうとするが、相手のほうは私の慌てぶりにニコリと微笑んで「ゆっくり召し上がってくださいね」と礼をして離れていく。この“子ども扱い”は仕方ないのだろうが、前世の意識がどこかむず痒い感じがする。

 「リア、そういう挨拶は『ありがとう』で十分だよ。大丈夫、みんな喜んでるから」

 エミーが優しく声をかけるので、私はあらためて「そ、そっか。ありがとう……」と小声で呟く。3歳児なりに立派に振る舞おうとしても、この身体では余裕がないのが正直なところだ。


 ざわざわと楽しい空気が広間を満たすなか、ボリスの笑い声が遠くから聞こえてくる。見ると、彼はもう完全に酔っ払いモードで、頬を赤く染めながら家臣の一人と話し込んでいるらしい。いつもはクールなイメージなのに、酒が入ると人が変わるのかもしれない。私は思わずクスリと笑ってしまう。こういう光景を直接見るのは初めてだし、「いつもキリッとしてるボリスさんも、意外と飲むんだなあ」と妙に親近感が湧く。


 ディナーの後半になると、庭の拡大工事についての話題がちらほら出始める。家臣が「工事の進捗はどうか」とボリスに問いかけ、彼がまだ笑いながらも「順調ですよ……うぃ……まだ小さな改修が残ってますが、ほぼ完成です……」と酔っ払い特有の舌回りで答えているのが聞こえる。庭の安全対策や魔道具の設置などが進み、いずれ私が自由に歩けるように準備をしているらしい。確かに、殺風景だった屋敷の外も、今後はますます便利で綺麗になるのだろう。それなら早く足を治して散策したいな……と、私も少しワクワクする。


 そんなこんなで、盛り上がりは最高潮に達し、最後にデザートや果物まで運ばれてきた。私は気づけば満腹でぐったりしてしまい、少し頭がぼんやりしている。3歳の胃袋には豪華すぎるコース料理だが、正直どれも美味しくて、つい「もう一口……」と食べ過ぎてしまったようだ。さらに周囲の賑やかな声や音楽に、幼児の体はすっかりキャパオーバーを起こしている。


 「リア、疲れたでしょ? そろそろ部屋に戻る?」

 エミーが心配そうに囁き、私はコクンと力なく頷く。夜が更ける前にお開きとなりそうだが、ボリスも酔っ払っていることだし、私が途中で先に引き上げても問題ないだろう。ローザとエミーに支えられながら席を立つと、何人かの家臣が私に声をかけてくる。「リアンナ様、お疲れ様でした」「ゆっくりお休みくださいませ」と優しく言ってくれるのがありがたい。とはいえ、幼児らしく「ばいばい……」と返すことしかできず、ちょっと情けない気持ちがこみ上げる。


 部屋へ向かう廊下を歩き始めると、急にどっと眠気が襲ってきた。コース料理のボリュームもそうだが、大勢の人に囲まれていたストレスや緊張も一気に解けたのだろう。私は思わずエミーの腕をつかみ、「あ……なんだか……眠い……」と呟く。ローザがクスクスと笑い、「そりゃ、3歳にはきつかったでしょ。よく頑張ったね」と頭を撫でてくれる。


 部屋の扉が近づくと、ふと意識がさらに揺らいで、足元が危うくふらつきそうになる。エミーがすかさず脇を支えてくれなかったら転んでいたかもしれない。

 「だ、大丈夫……?」

 「う……ん。もう、眠い……」

 私は目をしぱしぱさせながら、何とか廊下を進むが、足が言うことをきかない。そうこうしているうちに、部屋のドアが開き、ローザが「さあ、着いたよ」と声をかけてくれる。


 思わずコロンとベッドに倒れこみたくなるが、エミーが横から「ちょっと待って。お風呂、入らなきゃね?」と手を伸ばしてくる。

 「あ……お風呂……」

 脳が眠気で回らず、正直そのまま寝たいのだが、体を清潔にするのは大事――特に、私の脚にはまだ包帯が少し巻いてあるから、しっかり洗わないといけない。たとえ3歳児でも、女の子だし、エミーとローザは「きれいにしてから寝る習慣」を徹底させるつもりらしい。


 そこで私の中の幼児の欲求が不意に爆発したのだろう。「じゃあ……だっこ……」と自然に口走ってしまったのが、次の瞬間には猛烈に恥ずかしくなる。前世だったらあり得ない台詞だが、体が3歳になり、眠気と足の痛みで弱っているせいか、思わず甘えてしまったのだ。

 「だ、抱っこ……?」

 エミーが驚いた表情を浮かべ、ローザは吹き出しそうな笑いをこらえながら、「いいよ、抱っこする! 無理しなくていいよ」と優しく応じてくれる。

 「あ、あ、なんでも……ない……」

 私は顔を赤くしつつ取り繕おうとするが、もう遅い。幼児の体が本能的に甘えた声を出してしまったのだから、どうしようもない。


 結局、ローザが私を抱き上げてくれて、エミーが補佐するように腕を支える形で、私はふにゃふにゃと力を抜いてしまう。前世で男だった意識が「なんて情けない……」と嘆きそうになるが、3歳児としては当たり前の光景、そして何より脚が痛いのだから言い訳も立つ。

 (でも、やっぱり恥ずかしい……)

 胸の奥がじりじりする感覚に耐えながら、私はローザの肩に顔を埋めてしまう。すると、あたたかい体温と柔らかな手が私の背中を支えてくれて、一気に安心感が押し寄せてきた。


 「さ、ちょっとだけお風呂でさっと洗って寝よう。今日はいろいろ疲れたでしょ」

 エミーがそう言ってくれるので、私は素直に頷く。頭のどこかで「こんなに甘えてばかりで大丈夫か?」と思うけれど、暗殺未遂があった日々や、ディナーの派手な場の興奮を思えば、今はもう限界なのだ。幼児の体には強すぎる刺激だったと思い知る。

 (……今夜だけは許して。明日からまた頑張るから……)

 そんな心の声を抱えながら、ローザに抱かれてお風呂へ向かう。恥ずかしさと安堵、そして眠気が渦巻くなかで、湯船で軽く体を洗われる瞬間を想像して、またほんのり赤面してしまう。自分が女の子の体で、しかも3歳児だという現実をいやでも再確認させられる。けれど、不思議と嫌な感じはしない。それなりに心地よさがあるから、自分でも妙に思う。


 ――こうして私の“食事会”デビューの夜は、ちょっとした恥ずかしさを上塗りされながら幕を閉じることになった。豪華な料理でお腹は満たされ、周囲の使用人や家臣は笑顔で祝ってくれ、ボリスの酔っ払い姿も面白かったし、何より無事に終わってほっとした。暗殺などの不穏な出来事は起きず、領地の盛り上がりを再確認できたのは収穫だ。

 明日からまた勉強とリハビリが始まるけれど、今夜はもう思考が回らない。お風呂でさっと洗い、再びローザに抱かれながら寝床へ戻ったら、私は一瞬で寝落ちしてしまいそうだ。3歳児の体が訴える本能は、どんな緊張や恥ずかしさも一気に吹き飛ばすくらい強烈なのだ。


 ベッドのシーツに沈みこむ瞬間、私は半分夢の中で「……おやすみ……」と呟く。エミーとローザが「おやすみ、リア」と同時に答えてくれる声をかすかに聞きながら、ぐるぐるとした思考が闇へと吸い込まれていく。満足感とわずかな恥ずかしさ、それに幼い感性が織り混ざった妙な安心が、私の胸をあたためていた。こうして、幼児領主としての初めての大きなイベントは、平和に――でもどこかしっかり印象を残して――終わりを告げるのだった。


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